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episode26・親子

「よし、なら仲直りをしましょう」

「え?」


 傷裏から見れば、これは少し規模の大きい親子喧嘩。喧嘩なら仲直りの方法はいくらでもある。


「というわけで獅童さん、しばらくここにいてください」


 携帯を取り出し、おそらく今現在柳沢らと家にいるであろう黒崎にかける。


「あ、もしもし黒崎さん? ちょっとね、今から病室来れないかな? ……うん、1人で。……え? 戸田さんが着いてくるってきかない? あぁ……椅子にでも縛りつけといて。はーい」


 少々カオスな電話を切り、獅童に視線を移す。


「聞いての通り、今から黒崎さんが来ますので、逃げないでくださいね」

「あ、いや……ちょっと待ってくれ。娘と会って、何を話せばいい? 俺はどうしたらいいんだ?」

「そこのとこは自分で考えてください。僕はあくまで場を用意するだけの幹事ですから」

「凄い放任主義だな……」

「自分のことなんですから、自分で考え、自分で決めるのが道理でしょう」

「まぁ……そうだよな」



 20分ほどして、黒崎がやってきた。


「傷裏君、一体なんのよ……」


 めんどくさそうに入室してきた黒崎は、途中で言葉を失った。

 その目に写るのは自身の父。

 視界が脳に与える情報は憎悪か、恐怖か。どちらにしろマイナスであることには変わりない。


「やぁ、待ってたよ黒崎さん。実はね、黒崎さんに電話したすぐ後に獅童さんがお見舞いに来てくれてね。いやー、これはなんとも偶然だー、あー偶然だ」

「……」


 これはマズイ。黒崎のジト目が傷裏を見つめている。まさにジトーっといった感じに。さすがに棒読みが過ぎた。


「……帰るわ」

「あー! ちょっと待って黒崎さん! そんな怖い顔で去らないでお願いだから!」


 ここで手を掴んで止められればいいのだが、あいにく傷裏は現在動けない。

 しかし、黒崎はドアノブに手をかけたところで動きを止めた。


「……なんの用なの?」


 どうやら話だけは聞いてくれるらしい。微かな希望が灯された。


「黒崎さんの誤解を解く」

「誤解? それはお父さんと関係があるの?」

「はい。よく聞いてください」


 語った。

 稚拙で煩雑で即興で暗く汚く愚かで遠回りで無理やりの事実。

 正しさや道徳性や理論性や確実性が存在しない計画。

 後悔、自責、懺悔、恥じ、謝罪の塊。

 語った。


「…………」


 黒崎は何も言わなかった。俯き、肩をプルプルと震わしている。確実に怒りだろう。これに対して怒りを持たない方がどうかしている。


「……この、ヘ……」

「へ?」


 ゆっくりと、獅童の前に立つ。


「こんのぉ、ヘェェタァァァレェェェェがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 全力フルスイングで振り下ろされた掌が、獅童の頭頂部を叩き潰した。


「うぐぉっ⁉︎」

「ヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレ! お父さんのヘタレ野郎!」

「あぁぁぁ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 ヘタレ1回につき1回の掌叩きつけ。娘に全力で罵倒され、肉体的にも精神的にもダメージを受けた獅童はもう涙目。父親の威厳などあったものではなかった。

 しばらく叩くと、黒崎は手を止め、獅童から1歩下がる。


「……よかった。本当に、よかった」


 黒崎の瞳から、艶やかな涙が流れ始めた。

 それはきっと、今までの負の感情ではなく、晴れ晴れとした正の感情。


「私は……見捨てられていたわけじゃ、なかったんだ。よかった……よかった……」


 言葉を噛みしめるように、理解するように、自身の胸に手を置き、小さく微笑んだ。

 その微笑みは、傷裏の精神をぐらつかせるには十分以上だった。


「でも」


 ムスッとした表情で、獅童を見る。


「優柔不断で頑固でヘタレなお父さんが全ての元凶じゃないの」

「あぁ……本当に、本当にすまなかった」


 獅童は深く、深く頭を下げる。


「許してくれとは言わない。恨み続けても致し方ない。ただ、俺にもう1度、チャンスを与えてほしい」

「……チャンス?」

「あぁ。お前の……梨々香の父親として、もう1度やり直すチャンスをくれ! 頼む!」


 おこがましいともとれるだろう。

 何を今さら、手遅れだ、ありえない、信用できない、愚かだ、馬鹿馬鹿しい、無駄、阿呆、不可能、無意味、非常識。

 あまりにも現実味がなく、わがままで自分勝手な願い。

 優しさが叶わず、空回りした結果。


「……大丈夫」


 黒崎は優しく、ゆっくりと答えた。


「私はあなたを許します。元々、これまでの道のりはお父さんだけの責任ではないし、誰の責任でもない。皆は当然のことをして、当然のように犠牲が生じた。今回その犠牲が私だっただけで、犠牲は世の中にいくらでもいる。私だけが特別じゃない」


 父に対し顔を上げるよう促し、いつの間にか流していた父の涙をそっと指先で拭う。


「それに、私が犠牲になったことは私にとって不幸なだけではなかった。おかげで黒崎グループの経営は安定期に入ったし、室井さんとおしゃべりできる仲になれたし、何より……」


 傷裏君、青島さん、柳沢さん、唐沢君、戸田さんに会えた。

 そう言った。


「きっと普通に学校に通っていたら他の友達もできただろうし、親友もできただろうし、恋もしたと思う。でも」


 でも。


「私は断言できる。他のどのルートを通って作られたコミュニティより、この私は立っているこのルートのコミュニティが、どこよりも、誰よりも、素晴らしいんだ。そう、思えるの。根拠はないけど、絶対に」


 凛々しく、誇らしげに、嬉し気に。

 優しく、父の体を抱きしめる。

 獅童も同じように娘を抱きしめ、嗚咽を漏らす。


「泣いてるお父さんとか、やっぱりヘタレね」

「う、うるさい。少しは親の面子を保つ努力をしろ」


 優しい声で茶化す娘に、赤面で小さく叱咤する父。なんとも絵になる光景だ。

 すると不意に、黒崎は傷裏の方を向いた。


「それと傷裏君、ありがとう」

「え?」

「傷裏君でしょ? この場を設けてくれたのは。じゃないと、お父さんがこんな踏ん切りつけられるわけないもの。ヘタレだし」

「おい梨々香、さっきから父親をヘタレヘタレ言うの今すぐやめろ」

「事実だから仕方ないじゃん」

「いやしかしだな……」

「いい加減黙ってくださいヘタレーマン」

「ヘタレーマン⁉︎」


 2人の親子らしい会話を聞き、傷裏は思わず口元からほころばせた。

 これだ。傷裏はこんな、『親子らしい』親子を見たかったのだ。


「とにかく傷裏君、ありがとう。本当に本当に、ありがとう」

「そんな、よしてよ。僕はそんな大それたことはやっていない。僕はただそれぞれの背中を押しただけ。それ以外は何も、だよ」


 これは謙遜でなければ嘘でもない。ありのままの真実を述べている。

 本当に、それだけなのだ。


「それを当然のように言っているあたり、やっぱ傷裏君は凄いわ」

「あぁ、まったくだ。君には畏敬の念を抱かずにはいられないな」

「いえですから……」

『いいじゃねぇか。向こうがお前に感謝してんなら、素直に受け入れるべきだろ』


 『タイガ』までが乗ってきた。こうなったらもう相棒の言う通り、素直に受け入れるしかないだろう。

 微笑。


「……どういたしまして」

「よし、よかろー」

「なんで梨々香が誇らしげなんだよ」

「ヘタレーマンは黙りなさい」

「だからヘタレーマン言うな! ていうか梨々香、俺に対してと傷裏君に対しての態度違いすぎないか⁉︎」

「そりゃあ、ただのヘタレーマンと恩人を比較したら、必然的にこうなるよ」

「せめてただの父親と言ってくれ!」


 もはや傷裏は蚊帳の外状態な気がする。


『何はともあれ一件落着だな』

(そうだね。うん、本当によかったよ)

『これであの家事悪魔は無事、家に帰れるわけだ。いやー……マジでよかった』


 『タイガ』の声がだんだん暗く重く変化していった。彼も彼で色々気苦労が絶えなかったようだ。

 ちなみにこの会話、フラグである。


「というわけで傷裏君、引き続き居候お願い致します」

「……は?」

『……あ?』

「……え?」


3人(1名は思考だけだが)の台詞が見事にハモった。というかデジャヴである。


「黒崎さん……どういうこと?」

「そのままの意味。多分お2人は私がそのまま帰るだろうと思ってただろうけどそうは問屋が卸さないのですよーね」

『なんで時代劇風なんだよ……』

「傷裏君の家だと自由だし」

「自由……なのかな?」

「自由だよ。口うるさい家庭教師とか家事させてくれない執事とかドジで可愛いメイドとかいないし」

「後半2つ何?」


 きっと家事をさせてもらえないのは黒崎のスキルの低さが原因なのは言わずともだろう。そして……。


(ドジっ子メイドか……。いいな)

『おい』


 かなりドスのきいた、優しさ皆無のツッコミが放たれた。

 傷裏の趣向が1つ、暴露された瞬間であった。


「ま、そういうことだからお父さん。私はこれからも傷裏君のお世話になります」


 笑顔で宣言した。片手の指でV字を作って目の横に置いたキャピキャピとしたポーズつきで。あざとい。

 当然、それを受け入れられる獅童パパではないのだ。


「うぉぉぉぉぉぉい! ちょっと待てい梨々香ぁぁぁぁ!」

「うぉっ⁉︎ どしたのお父さん⁉︎」

「どしたのじゃねぇぇ! え、何? 君はこの異常性に気づいていないと申すか? え? そう申すか? 申すのかぁ⁉︎」

「お父さん……顔近い」


 獅童のキャラすらも、崩壊の一途を辿っていた。獅童に対する畏怖の念は、もう欠片もなかった。


「なぁ、傷裏君はどう思う? 正直に言ってくれ」

「傷裏君なら私の気持ち、わかるよね?」


 同時に詰め寄る黒崎親子。顔が近い。

 獅童から真っ黒な断れオーラがビンビンに放出され、黒崎梨々香から真っピンクなお願いオーラがムンムンに放出される。


(どうしよう……僕が決断しないといけないのか……)

『早いとこ決めちまえ。待たせたら待たせただけ無駄な期待感を生むぞ』


 相棒からの忠告はもっともだ。

 さて。

 獅童側に回ればまた1つ貸しを作ることができ、何かしらの要望をたてることができるだろうが、梨々香に何をされるかわからない。多分、鋭いハイキックを0距離で拝むことができるだろう。

 黒崎梨々香に回れば……というか回らないと傷裏は戸田との2人暮らしを強要される。それは避けたい。

 さて。


「えぇっと……黒崎さん」

「はい」

「はい」

「あ、黒崎梨々香さんの方です」

「あ、私ね」

「……引き続きお願いします」


 親子の表情に光と闇が生まれた。どちらが光でどっちが闇かなんて、言うのも野暮というものだろう。


「ありがとう傷裏君!」


 空中をアニメ風に平行ジャンプして傷裏に抱きついた黒崎梨々香。

 そこまではまだよかった。

 だが、黒崎梨々香のハグパワーが予想以上に力が強く、なおかつ傷裏は怪我人だった。

 結果、傷裏の入院日数が3日追加されたのでだった。

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