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episode27・驚愕

 傷裏が入院してから4日が経った頃。


「傷裏君、元気してる?」


 黒崎が見舞いにやってきた。

 この入院を機に傷裏が実感したことだが、自分は皆に心配されていることがよくわかった。この1週間、誰かしらは見舞いに来てくれるのだ。


「今日はね、街で1番人気って噂の超高級ケーキ屋のショートケーキだよ」


 特に黒崎である。彼女は毎日のように見舞いに来ている。

 ちなみに黒崎と同じ居候ズの戸田は軍の事務仕事を頼まれる便利屋的な扱いを受けているためなかなか来れないらしい。実質、彼女の事務スキルは目を見張るものがある。


「いつもありが……っ⁉︎」


 傷裏の言葉は途中で止まった。

 原因は黒崎。その服装にある。

 いつも黒崎は外出時、制服か例のウィンター装備を着込んでいた。理由は既に述べた通り、恥ずかしいから。

 だというのにだ。

 今、彼女が身に纏っているのは肩が露出し、胸元にバラの造花が添えられた白いワンピース。清純な装いだが、若干大人びた着用者の魅力が相重なり、どことなく色気を感じさせる。

 傷裏は知っている。このワンピースは嫌がる黒崎を押し切った室井の手によって半ば強制的に購入されたワンピース。その後の足取りは、傷裏宅に居候時に持ってきた服一式に含まれており(黒崎曰く室井に持って行かされた)、しかし着ることはなくクローゼットの肥やしと化していたことを記憶している。


(……え? え? え、え? ちょ、これどうなってんの? マジでどうなってんの? どうなってんの⁉︎)


 これは一体何が起きたというのだろう。

 あの黒崎が、肌の露出を極限に嫌がる黒崎が、少しとはいえ、肩が露出した衣服を着用している。これは天変地異の前触れだろうか?

 正直、傷裏は見惚れていた。黒崎の周囲に何か晴れやかな空間が形成されたと錯覚するほどに。


「傷裏君、どしたの?」


 黒崎が詰め寄る。下から見上げるような上目遣いがなんとも言えない愛らしさと色気を生む。そして近い。

 戸田のような常時官能系と違い、黒崎の場合は部分部分に集中する色気は傷裏の理性の弱い部分を執拗に叩く。

 それをなんとか制し、言葉を出す。


「あ、ありがとう。僕、イチゴが好物なんだ。女々しい……かな?」

「全然。普通でしょ」


 恥じらいながら問う傷裏に、黒崎はあっけらかんと答える。


「女々しいというか、愛らしいっていう方が正しいのかな。傷裏君のそういうとこって、親しみやすくていいと思うな」


 黒崎が小さく微笑む。

 そんな可愛げのある顔を見ていると、傷裏は不意に視線を逸らした。


(なんだろう……黒崎さんを見てると、胸の奥に何か……くるものがある)


 その正体を解読することはできなかった。ただ、嬉しい感情と恥ずかしい感情が混ざりに混ざっている状態だ、ということだけはわかった。


「傷裏君、どうした? 顔赤いよ?」

「え⁉︎ そ、そう?」

「汗も凄いし……風邪でもひいた?」

「だ、だだだ大丈夫。大丈夫だから心配することないよ、ありがとう」

「そう? ならいいんだけど」


 会話をするだけでここまで挙動不審に慌てふためくとは、一体自分の身に何が起きたというのだろう。


「ところで……黒崎さん」


 このままでは自身の今の異常具合が発覚して心配させてしまうと考えた傷裏は議題の転換を狙う。


「家の方、今のところ大丈夫?」

「ん? あぁ……心配はいらないよ。私と戸田さんなら地獄を生み出してただろうけど、傷裏君の分の戦力不足は柳沢がカバーしてくれてるし」


 安堵した。我が家が地獄絵図を体現していることはないようだ。

 毎度おなじみだが、思考がゲスい。


「ねぇねぇ、傷裏君」


 ふと黒崎が詰め寄ってきた。顔を赤く火照らせ、重心が定まらず左右にクネクネとブレる。何か、恥じらいがあるような。というか近い。


「今日の私……どう、見える?」


 静寂。


(……ぉ)


 恥じらいながら、挙動不審に、そして期待を含んだように尋ねる黒崎。

 それを見た傷裏は……。


(ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!)


 心の中で、全力で叫んだ。

 再度述べよう。全力で叫んだ。

 これは反則である。さすがにズルい。

 今すぐ発狂しながら床を転げ回りたい欲望に駆られたが、残ったわずかな自制心で踏みとどまる。

 本当に今日は一体何が起きたというのだろうか。もはや天変地異のレベルではない。明日は世界崩壊だ。


「どう……って?」

「いや……あの、変……じゃないかな? この服……」

「えっと……驚いた、けど、綺麗というか、可愛いというか……凄いと思った」

「それ……褒め言葉として受け取っていいんだよね?」

「うん……」

「そっか……よかった」


 黒崎は小さく胸を撫で下ろす。

 なぜだろうか? 黒崎の一挙一動に、傷裏は思わず見入ってしまう。彼女の全てに魅力を感じ、憧れ以上の何かを感じる。

 今更だが、黒崎は相当の美人さんだ。いや、どちらかといえば可愛いのジャンルに含まれるだろう。

 今まで可愛いとは常々思っていたが、ここまで踏み込んだ感情はなかった。それは彼女を警戒していたからに他ならない。

 しかしその危機は既に失せた。なら、彼女を警戒する理由もないだろう。

 そう思いながら彼女を純粋に見てみると、なるほど、かなり魅力的だ。雪のように白い肌、艶やかに伸びた黒髪、スレンダーなスタイル。

 成績優秀眉目秀麗。人当たりのよい文武両道の才女だと、傷裏はこれまでの学校での様子を見て知っていた(家事スキルについては目を瞑ろう)。


「それで……ね、傷裏君に、頼みたいことが……ね」


 やはり顔を赤く染め、視線を泳がせる黒崎。


「え?」

「いや……その……だから……ね」


 傷裏の心音が高鳴る。何やら言うのが恥ずかしくはばかられるということ、そしてこの雰囲気。


(これはもしや……ラブコメ展開ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎)


 きっと……いや絶対そうだ。そうに決まってる、それしかない。


「なん……でしょうか」


 それを理解した傷裏は、生唾を飲み込んで構える。


(これは……期待してもいいよね⁉︎)


 生まれてこの方まともな恋愛をしたことのない傷裏龍、15歳。当然ながら告白などされたことは1度もない。

 ということで、今現在の傷裏の脳内は極楽浄土であった。花畑やら天使やら死んだ祖母やその前を流れる川など。


(あれ? 何か危なげなものがあったような……まぁいっかぁ)


 ともかく。


「あの……実は……っ!」


 意を決し、黒崎は手提げバックから2つの小さなガラスケースを取り出す。片方のケースには熊の置物、もう片方には同サイズの猫の置物。机などに置いて飾るタイプだ。

 それを力と勇気を振り絞るように、傷裏の目の前に突き出す。


「お父さんへのプレゼント、どっちがいいか相談したいの!」


 極楽浄土、崩壊開始。


「……………………………………………………」


 傷裏の精神はズタズタとなった。

 別に黒崎は悪くない。別に何も言っていないのだから。

 傷裏も悪くない。健全な男子高校生ならこれぐらいの妄想、致し方ない。

 そして理解する。あの極楽浄土にあった川は三途の川だったのだろう。よくない未来の暗示だったのだろう。


「…………まぁ、仕方ないか」

『プッ……ククッ……』


 相棒が笑っているあとでシメておくと心に決めた。思考だけの存在なので方法はわからないが。


「……それで、なんでそれを僕に?」

「実は今日、お父さんとレストランで食事なの。だから苦手なこんな服を着てみたんだけど……」

(あぁ……アウトだ)


 今回の服装は父である獅童のためだった。あぁ……そうだったのだ。いくらなんでも出会って1ヶ月程度の男子にそこまで心を許すわけなかったのだ。


「両方じゃダメなの?」

「いや、私もどっちか欲しいし。それで親子の記念にと思って」


 そういうのはペアルック的に揃えるのが普通だと思うのだが、伏せておいた。


「というか……」


 再度2つの品を見比べる。

 熊と猫の置物。共に手に目がクリクリと愛らしく、いかにも女子的なアイテムだ。

 しかし、それはあくまで女子が持つような物であり、男性となると……。


「黒崎さん……可愛い趣味持っているんだね」

「お、可愛いってわかってくれた? へへへぇ〜、可愛いでしょ」


 笑顔で見せてくる黒崎。不覚にも傷裏はこの笑顔に心が揺らいだ。


「熊……かな。ある意味凛々しいし男性としてはそっちの方がいいんじゃない?」

「そう? こっちがいい? そっかそっかぁ、オッケー、センキュー傷裏君」


 熊の置物を高らかに掲げクルクルと回る。

 ぶっちゃけた意見、傷裏はさして深く考えていない。もう、メンタルダメージケアに精一杯だった。


「傷裏君、ありがとねー」


 楽しげに、彼女は去っていった。

 去ったのを確認し、小さくため息。


(まぁ……嬉しそうだったしいっか)

「あ、それとー」


 不意に黒崎が出現。ただし部屋のスライドドアを半分開いて顔だけ出した状態である。


「ありがとね。傷裏君がいなかったら、お父さんと食事なんてできなかったと思うから」


 満面の笑みで、感謝の意を告げられた。

 それじゃ、と言って今度こそ彼女は去っていったのだった。



 しばらく経ち、傷裏は病院の屋上にいた。

 眩しく照りつける夕日は、傷裏の微妙な心境を物語っていた。

 そんな夕日に向かい。


「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そして深呼吸。

 一拍置き。


「あの笑顔反則だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 叫んだ。

 今日の悲しみを込め。

 今日の喜びを込め。

 叫んだ。

 相棒はそれを見て(聞いて?)大爆笑したので、その怒りを込めて叫ぶ。

 直前に、ナースのお姉さんに見つかり、厳重注意を受けたのだった。

 余談だが、熊の置物を貰った獅童はハイテンションで喜びを見せたと娘から翌日に聞いた。

 それに対する感情は1つ。


「親バカかよ……」

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