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episode24・リーダー

「ん……ぅん…………ん?」


 まぶたがゆっくりと開かれた。

 状況把握を最優先に、情報を収集することで、ここが病室であり、自分はベッドに横になっており、全身を固定する包帯やサポーターにより身動きが取れないということを理解した。


「あ……ぁあ…………なるほど」


 記憶を辿り、自分が生きていることに対して素直に驚いた。ボコボコに叩き潰され、最後には銃弾も食らったというのに。


「……僕の生命力は化け物かよ……」


 思わず呟く。驚くよりは恐怖の方が割合を占めているかもしれない。

 部屋の戸が勢いよく開かれる音がした。多分そのはずだが、あいにく傷裏は首を固定されているのでその方向を見ることは叶わない。


「傷裏君!」

「傷裏!」


 声から入ってきたのが黒崎と戸田と判断できた。首のせいで顔を見ることはできないが。


「大丈夫なの傷裏⁉︎ 死にかけの状態で路地裏に倒れてたって……」

「あ、戸田さん……。大丈夫……かな」


 喋ることすら一苦労だが、なんとか苦笑を返す。


「傷裏君、一体どうしたの? チンピラに絡まれた……ら逆に返り討ちだよね」

「……僕をバーサーカー的ポジションに置かないで」

「だとしてもだよ傷裏。本当に何があったのさ?」


 2人共凄く心配そうに詰め寄ってくる。さて、どう誤魔化すべきか。ビルとビルの屋上をアクション映画が如く大ジャンプして落下したとでも言おうか。


「言っとくけどさ、傷裏。ビルとビルの屋上をアクション映画が如く大ジャンプして落下した、なんて言って誤魔化すのは反則よ。傷裏ならそれぐらい余裕だろうし」


 読まれていた。まさかの一言一句フルコンプであった。加えて過度の期待を植えつけてしまっていた。


「……わかった」


 傷裏は全てを話した。自身を襲ったフードの男が『ヤマタの集い』のメンバーだということも、戸田が狙われているということも。

 話し終えると、戸田は自らの頭を抱え、怒りのままに掻きむしった。


「……フードの男と、言ったわよね?」

「……はい」

「……クソッ、これは本気でマズイわね。まさかあいつが動いてるなんて……」

「あいつ……?」


 戸田の口が再度開かれるまでに、多少の間があった。おそらくその間の中で戸田は、どれほどの思考を巡らしたのか。

 語っていいものか、という恐怖の感情が表れていた。


「『ヤマタの集い』のリーダー…………基崎翔太郎よ」

「基崎翔太郎……ってあれ? なんか聞いたことある気が……」

「そりゃそうよ梨々香ちゃん。基崎翔太郎っつったら黒崎グループ元技術開発部主任だし」

「は⁉︎」


 その時の梨々香の顔は、正直コメディ的なそれだった。空いた口が塞がらないというか、鳩が豆鉄砲食らったというか。デフォルメキャラ化してストラップにすれば売れそうだ。


「傷裏は基崎のこと知ってる?」

「そりゃあ、有名人ですし。……今じゃ黒崎グループの看板製品である吹雪シリーズ1番機、吹雪の生みの親。天才的なバーバリアン設計士として有名ですね」

「……私なんでここまで無知なんだろ。もはや泣けてくるわ」

「まぁ……黒崎さんは教養分野にムラがあったみたいだから仕方ないよ」


 これは黒崎が居候になってから聞いた話なのだが、黒崎は転入前は高校に行っていなかったらしい。一般教養は家で雇った家庭教師に教わり、ほとんどの時間はバーバリアン操縦訓練に当てられていた。

 黒崎梨々香の操縦適性はAA、つまり最高値だ。梨々香が幼い頃に行われた検査でこの事実が判明し、前述のような教養方式を取られることが決められた。


「傷裏君のスパイをやってて唯一よかったことと言えば、高校に通うことができたことかな。そうでもないと、もう一生行けなかったと思うし」

「かなり面倒な人生送ってるのね、そっちも」

「戸田さんも僕も、色々ありますしね」


 ため息をこぼす一同。

 するとだ。


「いっ……」


 戸田が急に頭を抑え、苦悶の表情となった。


「戸田さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ傷裏、気にしないで。そんなことより傷裏。今の議題は基崎についてだったわね」


 すぐに笑顔を見せ、話を元に戻す。


「あいつはなんていうか……敵にしたくないやつナンバー1なのよね。純粋に怖い。肉弾戦でも、バーバリアンでも」

「僕も……それを思い知りました。あの人の動きは……人間にできる領域を超えていました」

「うん。以前アレと組手みたいなことをしたんだけど、無慈悲に潰されたわ」


 一拍置き、続ける。


「私たちのリーダー、基崎翔太郎の愛機はビートル。吹雪系の『私の知らない機体』をベースにした機体だった」


 戸田は携帯からインターネットに接続し、基崎について検索した。


「『基崎翔太郎。第1国防大学設計学部主席卒。卒業後は黒崎グループへ入社。吹雪シリーズの創始者として有名。また、設計士としてだけでなくバーバリアン操縦適性も高く、退社後はフリーのテストパイロットとして各社を転々としている』……だそうよ。アレは表の世界での立ち位置が確保されてるから基本外出自由なのよね」

「なるほど……って、ちょっと待って戸田さん」


 黒幕登場的なシリアスムードに突入しているところ悪いが、傷裏は見逃さなかった。戸田の決定的なミスを。


「戸田さん、それ初耳じゃん! なんで今までそれ言ってないの⁉︎」

「あ、あぁ……うん……ね」

「言っとくけど、ギャグパートムードで流そうなんてなしですからね」

「あ……いやまぁ、傷裏も私の硫酸事件をギャグパートで流したしいいかなーって」


 どうやら戸田は本当にギャグパートムードで全てを取っ払おうとしているらしい。

 しかし、その程度で折れる傷裏ではない。


「よかないですよ! そちらは手を冷やして軽く手術するだけで済みましたけど、僕は全身骨折のオンパレードですよ⁉︎」

「……ねぇ、なんか凄いさりげなく自分の罪を帳消しにしようとしてない⁉︎ ……あぁ、思い出したらイライラしてきた。今から傷裏殴るよいいね⁉︎」

「ちょっ、ストップ戸田さん! トマト入れますよ!」

「毎度それでなんとかなると思うなよー!」

「待って戸田さん! 相手怪我人だから!」


 戸田の暴挙を未然に防いだ黒崎。彼女こそまさに英雄だろう。

 さらになんの脈絡もなく、黒崎の脳内にある危険因子が発生した。


「あの……お2人様、少々よろしいでしょうか?」

「ん? 夕飯にトマトが出るか否か以上の問題点なんてあるの?」

「それが最優先なんですね……。いやじゃなくて!」


 どうやら口にするのが凄く憚られる事項らしく、あっちへキョロキョロこっちへキョロキョロと視線が泳いでいた。


「傷裏君、先生によると退院まで約1週間らしいの」

「あ、そんなかかるんだ。じゃあしばらく仕事は市原さんと大佐に頼んで休ませてもらわなきゃな……」

「あ、うん。それもなんだけど……」


 やがて意を決するように、視線を正面に固めた。


「傷裏君がいない間……誰が家事できるのかな……?」

「あ」

「あ」


 静寂な空間が生じた。

 時間の速度が停滞しているようだった。

 そんなこと現実にあるわけなく、それは一同の現実逃避による産物だ。

 今は真夜中である。太陽が姿を隠す、無音無光の世界。

 そんな世界は、一同の絶望を強調する。


「……私死んだ」


 戸田の体が崩れ落ちた。目が、死んでいる。


「ホントだやばい……。1週間もあれば、僕の家が倒壊するのが目に見えているじゃないか……」

「うんちょい待ち傷裏。さすがに倒壊はしないからね?さすがに怒るよ?」


 今は『ヤマタの集い』がどうとか、基崎がどうとか、トマトがどうとか、そんなことを語り合っている場合ではない。

 彼ら彼女らの生死を賭けた問題が、今まさに爆誕したのだ。


「お2人の壊滅的な家事スキルは言わずともだね。幸い料理だけならレンジでチンの商品買うなり……レンジでチン、できるよね?」

「…………梨々香ちゃんに回答権をお譲りします」

「……多分…………爆発する」

「……えっと、確認だ、黒崎さん。爆発って、何が?」

「……レンジが」

「……ボクハ、ナニモ、キイテナイ」

「現実逃避された⁉︎」


 誰が思う。レンジを爆発させるなんて誰が理解できる。誤って卵を電子レンジに入れて爆発させちゃったー、程度ならありえるが、さすがにレンジ自体が爆発となると傷裏の思考領域に収められる話ではない。

 こうなれば、あまり気が進まないが最終手段に出るしかないだろうと、傷裏は決心した。


「黒崎さん、悪いけど明日学校で僕が事故で入院したと、柳沢さんに伝えてほしい。最優先は柳沢さんだ」

「あ……えと、なぜ柳沢さん限定?」

「多分、柳沢さんなら大体把握してくれると思う。黒崎さんと戸田さんの死体的な家事スキルの有り様を柳沢さんには事前に言っておいてあるし」


 チーム居候が首を傾げる。今日の土下座が如くジャストタイミング。やはり2人にはシンクロナイズドスイミングを勧めるべきだろうか。


「まぁ、そういうことでよろしく。あ、今日の夕飯はコンビニでおにぎりでも買っておいて。レンジは……使うなよ?」


 挑発的に、傷裏は念を押した。

 これ以上家を破壊させるわけにはいかないのであった。

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