episode18・ファッション
「そういえば傷裏君、君に伝言を頼まれていたのだった」
「え?」
一向がカフェを去って歩いていた時、室井はそう切り出した。
そこに今まで見せていた緩い表情はなく、真剣という言葉を具現化しているようだった。
「これは社長から受けた最重要任務。なに、報酬は弾むさ」
「それは一体……」
2人が静寂に包まれる。風は止み、小鳥は音もなく周囲から飛び去り、有象無象の喧騒も届かない。
そんな錯覚を感じ、恐怖を覚えた。あの黒崎獅童からの伝言だ。一体何をさせるのか、わかったものではない。
覚悟を決めるように、傷裏は拳を握りしめる。
「実はだな……梨々香ちゃんの服選びを…………手伝ってほしい」
「………………………………はい?」
思わずコメディ番組風にずっこけてしまいそうになるのをなんとか踏みとどまる。
「社長がな、あの子の私服を常に心配そうな目で見ているんだよ」
室井が移した視線の先にいる黒崎。
その服装、前例通り真っ白のウィンター用フルセット。
やはり、問題視されていた。
「……いつもあれなんですか?」
「外に出る時は基本。家の中だとラフなシャツ1枚なんだが」
「色々質問がありますがまず1つ。室井さんは黒崎家によくいるんですか?」
「あぁ。というか居候だ。わたしは諸事情で家がなくてな、黒崎グループで働くことを条件に住まわせてもっている」
居候という言葉を他人事に感じず、黒崎に若干自分と同じ波長を感じた傷裏だった。
「……なぜ僕なんですか?」
「君以外に頼めそうな子がいないからな。それに傷裏君は私服センスが高そうだからね」
「残念ですが、僕はそれほど私服センスは高くないですよ。すいません」
小さく肩を落とす室井に、傷裏は代替案を挙げる。
「あの女性陣に頼めばいいですよ。まぁ変人揃いですけど、僕よりはよっぽど役に立つと思いますよ」
カフェから歩いて約10分。全国チェーン展開してる洋品店に到着した。
「あの、だから、私は別に新しい服とかは……そんな肌の露出したものとかは……」
「何言ってるのさ。確かにクロちゃんのそのもふもふセットも小動物チックで可愛いけどさ、やっぱ悪目立ちしちゃうのはいかがなものなのかなー、って思うわけよ」
店から出ようとする黒崎を柳沢がガッチリとホールドして店内へと吸い込んでいき、女性勢も同様に入って行く。
店内は白を基調とした清潔感溢れる雰囲気を持ち、男女服共に綺麗に掛けられている。
「傷裏、俺らやることないけどどうする?」
「そうだね、終わるまでそこら辺をぶらぶら……」
「させないわよ」
背後から戸田が出現、円陣を組むように2人の肩に腕をかける。
ていうかあなた今店内に入りませんでした? なんですか、テレポートですか? と言いたい傷裏だったが、言ったら何か、負けた気持ちになりそうだったので控えた。
「やっぱ男子から見た意見もいると思うのよ」
「まぁ、構いませんけど……唐沢君もいいかな?」
「あぁ、どうせ暇だしな。黒崎の真面目な服を拝めるのなら行くだろ」
ん?
今の言葉に少し違和感が。
「……その口ぶりだと、唐沢君は黒崎さんに好意を抱いてるように聞こえるけど」
「あ? いやいや違うぞ。男子は皆可愛い女子を見るのは好きだろ。お前だってそうだろ?」
「まぁそうだけど……青島さんが聞いたらなんて言うか……」
「あ?」
「いや、何でもないよ」
ポロっと呟いてしまった一言は運よく唐沢の耳には届いていなかったらしい。
だが、逆に聞こえていた方がいいのかもしれない。聞こえていれば、青島の想いにも気づけるだろうに。
肩に手を回されたまま3人が店の奥まで向かうと、ちょうど黒崎が室井に押し込まれて試着室に入って行くところだった。
室井は数着の衣服を持ち、同室に侵入する。
「ちょっ、室井さん⁉︎ わりました着ますから服脱がさないで! それぐらい自分でできますから!」
「何を言う。わたしがやらないと梨々香ちゃんは一生動かないだろ。任せない、委ねなさい、やらせなさい」
男子が聞いていいのかわからない会話が室内から聞こえてきたが、一応スルー。
数分後、試着室のカーテンが開け放たれる。
黒崎が纏うは肩が露出した白いワンピース。胸元のバラをかたどった造花が特徴的だ。
当の黒崎は顔を赤く染めると同時に、学校で見る怖い目つき状態となっていた。
「室井さん……私、こんなの無理です……」
「どうしたどうした。いつもみたく堂々としていればいいんだ。ほら、可愛いから。だろ、傷裏君?」
(やっぱり僕に振ってきたかー……)
こういう場合、大抵名指しされるのは傷裏だ。唐沢に振った場合、後で青島になんと言われるかわかったものではない。
「えぇ、さすがだと思います。こっちの方が今までより断然いいですね」
「ほら、傷裏君も賛同のようだぞ」
「……」
「むぅ……。そこまで嫌なら仕方がない」
パァっと、黒崎の顔が明るくなった。
「なら別の服にするまでだな」
「え? ちょっ、うわぁぁぁぁ!」
室井の魔手によって再びカーテンが閉じられる。
「こんなの着させる気ですか⁉︎ ありえません。嫌ですよ!」
「梨々香ちゃんはいい素材……まぁ胸はないけど……を持ってるんだし、これぐらいしないとダメだろ」
「そういう問題じゃないです!ていうかごく自然に胸ないって言わないでください!」
「任せない、委ねなさい、やらせなさい」
「それハマったんですか⁉︎」
わーわーとまた数分経過。
カーテンオープン。
緩いシャツにホットパンツというボーイッシュな格好は、言わば黒崎の嫌う格好の頂点。これほど屈辱的な拷問はそうないだろう。
黒崎は全身像を公開したかと思うと、すふに端に追いやられたカーテンに身を隠す。
「傷裏、これはアレだな」
「うん、アレだね」
男子2人の思考がシンクロする。
それは類似点が多数存在する一卵性双生児が如く。
または群体で動き無意識に人々を魅力するイワシが如く。
かけ声をかけ合ったわけでもないのに、2人の言葉は100%リンクする。
「グッジョブ」
親指を突き立ててサムズアップ。
2人は思春期ジャストミートの健全なる男子。これぐらいの感情持っても何も問題はないのだ。
「じゃあこの2着を清算するよ。安心していい、全額ワタシ持ちだ」
顔を手で覆ってうずくまる黒崎の肩に優しく手を置き、カーテンクローズ。
傷裏が出口で待っていようと思った時、あることに気づく。
「あれ、青島さんがいない?」
柳沢も同様に視界に存在しない。
「あ、ホントだ」
その事実を唐沢も口にする。
だがまぁしかしだ。
ここで今までの脈絡を粉状粉砕して拉致などのシリアス展開へ突入するわけはなく。
「おい織! だからあたしはそんなの着ないっつってんだろ! 頼むから人の話を聞いてくれ!」
柳沢に背を押されながら2人が衣服売り場からやって来て、黒崎のいた隣の試着室の前まで到着する。
「何言っちゃってるのさシマちゃん。ここまで来たらシマちゃんも動く以外選択肢はないでしょうが。それに……」
柳沢の目から情が消失。
「カフェでの恨みがまだ残ってるんだよ」
「いや、それ完全に逆恨……」
ピシャッ。
2人は試着室の中に消えた。
その5秒後、柳沢がそそくさと出てくる。その手には布の何かを掴んでいる。
直後、カーテンに身を隠すように青島の顔だけが姿を見せた。
「織! あたしの服返せ!」
なんと柳沢はたった5秒で青島から衣服(地味目のシャツとズボン)を剥ぎ取ってきたというのだ。
つまり、今試着室の中にいる青島は人には見せられない憐れもない姿になっているということだ。
「うぅ〜ん? 返してもいいけどさ、さっき渡したあの服を試着すれば返してあげるよ〜。まぁでも、今のその格好じゃあそれ着るしかないよねぇ」
果てしなくウザい口調で青島を挑発する柳沢。ゲスを体現していた。
果てしない程度の言葉では形容できない怒りを表しながら、青島は嫌々顔を引っ込めた。
それと同時に、黒崎と室井が試着室を出た。黒崎の目には絶望、室井の目には希望がはっきりと確認された。
「なんか……向こうも凄いことやってるね」
同類を憐れむように、黒崎は青島のいる試着室を見る。
「……あの子、なかなか見込みがあるな」
同類を歓迎するように、室井は柳沢を見た。
そんなこんなで数分後。
再びカーテンオープン。
「そうきたか……」
「……斜め上突貫してきたな」
「やっぱ……ぷくく……最高……くくっ」
「……可哀想に」
「凄いわね」
傷裏、唐沢、柳沢、黒崎、戸田はそれぞれ5者5様の反応を示す。
その服とは、アイドルが着るようなフリフリ全開のスカートにヘソ出しチューブトップ。
「傷裏、これはアレだな」
「うん、アレだね」
2人の思考が……(以下略)。
「エロいな」
「エロいね」
直後、驚くほどの高速移動を成し遂げた青島によってラリアットを叩き込まれた男子2人の悲鳴がこだましたのであった。
余談であるが、このアイドル風衣装は織の予算持ちで購入された。




