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episode17・恋バナ

「ん〜っまい!」


 柳沢が満面の笑みでチーズケーキを口に運ぶ。


「にしても意外だな。龍がこんな穴場スポットを知ってるとは」

「これでもね、僕は暇な日は町中ぶらぶらして、こういうあまり知られてないけど美味しい店を探してるんだ」


 紅茶を飲みながら質問する青島に、傷裏もまた紅茶を飲みながら答える。自然と絵になる光景だ。

 飲みながら、傷裏は少し前の記憶を振り返る。

 約30分前、仲介人に逃げられた傷裏はすぐに市原に報告を入れ、指示を仰いだ。

 しかし。


『龍、今友達と遊んでるんだろ? なら今のうちに楽しんどけ。次いつ休めるかわかんないんだ。人との関わりは大事にしろよ』


 とのことで、仲介人捜索は市原に任せることとなった。

 傷裏たちがいるのはレトロな雰囲気が目立つ小さな喫茶店。古き良きジャズのBGMだけが響く静かな空間。


「ねぇねぇドラちゃんや」

「どしたの?」

「なんか面白いことない?」

「唐突だね」


 柳沢が脈絡なく話を振るのはいつものこと。適当に流せば向こうも飽きる。

 いつもならそのはずだった。


「よし、では恋バナといこうか」

「ぶぉっ⁉︎」


 流されなかった。

 最初に反応したのは、優雅に飲んでいた紅茶を危うく吹き出しそうになった青島だ。


「そ、そういうのは無しだ無し! プライベートに関わるもの……だし……なぁ冬夜!」

「お、俺? あぁ……別にいいんじゃね?」


 唯一敵にならないはずの冬夜に同意を求めた青島だったが、その期待は無残に消え去った。

 机に突っ伏すように倒れる青島。


「さて、議員全員の可決を確認しましたので……」

「1名反対いたよね?」

「恋バナ大会を開催しまーす」


 傷裏の質問はスルーし、柳沢が小さく手を叩く。戸田と室井の大人勢も便乗するように拍手。

 ということで、地獄の恋バナ大合戦が幕を開けた。




「では、戸田さんから左回りで進んでいきます。個人名を出してくれたら最上ですが、嫌な場合は好きなタイプや過去の恋愛談でも構いません。司会は僭越ながら私、柳沢織が勤めさせていただきます」


 大人勢以外の皆が乾いた拍手を送る。ちなみに青島はもうヤケだ。

 皆は円卓を囲んで座っている。戸田から左に室井、黒崎、傷裏、唐沢、青島、柳沢の順だ。


「じゃあまずは私からね」


 戸田は微笑みながら手元のティーカップの縁を滑らかに触れる。毎度おなじみだが無駄に官能的だ。


「やっぱ頼りがいのある男がいいわね。身長は185センチは必須で堅物系よりは少しぐらいだらしない方が母性本能をくすぐられるものね。歳は同い年が望ましくて極力日本人の方がありがたくて私の話を聞いてくれて家事できて買い物付き合ってくれて歌うまかったりギター弾けたりベース弾けたりキーボード弾けたりドラム叩けたり……」

「はい次の方ー」


 言葉が発せられる度にテンションボルテージが徐々に上昇して、いつの間にか拳を握りしめて立ち上がっていた戸田を柳沢が椅子に座らせて抑え込む。


「ちょっと! まだ話は終わってないのよ。他には指パッチンしたらどこからともなく現れてくれたり……」

「それは忍者か執事を雇って好きにやっててください」


 戸田を鎮める柳沢の額から汗が滴り落ちていた。結構真面目に辛そうだ。その視線は傷裏に救援を求めていた。

 仕方ない。傷裏は小さくため息をつく。


「戸田さん、それぐらいにしないと今日の夕飯にトマト入れますよ?」


 それを聞いた途端、先ほどまで饒舌だった戸田の口は活動を停止。


「ごめんなさい許してくださいトマトはダメなんですそれ以外は何でも食べるし何でもするからトマトだけはやめてくださいお願いします勘弁してください!」


 泣きながら傷裏にすがりついた。

 追記すると、昨日の夕飯の中にミニトマトの入ったドレッシングサラダがあり、戸田は号泣しながらそれを拒否した。


「子どもですか……いやマジで」

「トマトはぁ……やだぁ……」


 大人の威厳もあったものではなかった。

 再びため息をつき、乱れた呼吸を整えている柳沢に視線を移す。


「柳沢さん、次回して」

「え? あ、うん。それでは次、室井さんお願いします」


 いつもの軽い雰囲気が抜けた柳沢の声は完全に普通の人のそれだった。

 室井は指をピンと立てる。


「小さくて可愛い男子なら95%オッケーだ」


 ですよねー、と傷裏は言いたくなったが一応堪え、のほほんとした表情をするに留めた。

 周囲は……引いていた。黒崎以外。


「室井さん……それは公言しない約束じゃなかったでしたっけ?」

「しかしだな梨々香ちゃん。恋バナになってしまったらもうこれを言う以外あたしにはネタがないのだが……」

「恋には興味がないとか、そう言えばいいだけじゃないですか。全く……」

「いや……あのだな……梨々香ちゃん。恋には興味がないと言うと……あたしが同性好きのキャラに誤解され……」

「されません!」


 室井が神妙な面持ちで黒崎から顔を逸らし、黒崎はその顔を掴んで元の状態に戻してガミガミ説教しだした。


「えーっと……次クロちゃんなんだけど……」


 あまりの周囲のキャラの濃さに『なんで私こんな提案しちゃったんだろ……』と自分の今までのキャラを反省して真面目モードに突入しかけている柳沢であった。


「私? 私は……ナイフを投げないなら誰でも」


 グサっと、傷裏のハートに何かが刺さった音がした気がした。

 今の発言、確実に傷裏を的確に標的にした言葉だっただろう。


「ナイフ? どゆこと? まぁそれでいいや。じゃあ次、ドラちゃんお願い」


 もう半ばどうでもよく感じてきた柳沢は傷裏に発言権を回す。


「年老いたおじいちゃんに肘打ちとか蹴ったりしない女性なら誰でも」


 仕返しと言わんばかりに、傷裏は黒崎を、ほぼ誰にも気づかれずにいじってみる。黒崎から怖い視線を受けるが総スルー。


「ほら次、唐沢君だよ」

「あぁ、俺か。俺はなぁ……」


 唐沢は顎に手を置き、考え込むように見上げる動作をする。

 一同の視線が、唐沢に集中する。特に青島は目力がすごい。眼力で目から血が流れてもおかしくないほどすごい。

 そして唐沢の出した答えとは。


「口数少ない癒し系がいいな」


 一同、沈黙。

 青島、顔面蒼白。

 沈黙。

 沈黙。


「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 絶叫と号泣。

 青島は逃げるように店を走り去った。


「え、ちょっ、青島⁉︎」


 唐沢の制止は当然結果を生まず、何も理解できずその場で棒立ちとなった。

 10秒ほど、誰も動かなかった。

 唐沢以外の一同は深い、とても深いため息をつく。つい先日知り合ったばかりの黒崎、さらにはそれよりも接触期間の短い大人勢すら見え見えのあれに気づかない唐沢とは……。

 要約しよう。

 唐沢は哀れである。


「な、なんだよお前ら……」

「君って男は……同じ男として恥ずかしいよ」

「スーちゃん、人としてどうかと思うよ」

「唐沢君が鈍感なのは知ってたけど……まさかここまでとは……」

「傷裏の男友達がどんなのか楽しみだったけど、これは悪い意味で予想以上ね」

「1回死ね」


 全員に言葉でフルボッコにされる唐沢。ここで脚注を加えておくと、スーちゃんとは柳沢が唐沢を呼ぶ時のあだ名である。


「ちょっと皆揃ってひどくないか⁉︎ てか最後に室井さん、今死ねって言ったよな死ねって⁉︎」

「事実だ」


 室井は冷めた目で唐沢を見下す。人を殺せそうな恐ろしい目をしていた。


「さて、とりあえずスーちゃんは今すぐ青島を追いなさい。そして謝りなさい」

「え、俺? 一体全体何が何やら俺にはさっぱり……」

「あ?」

「……行きます」


 柳沢が素でイラついていた。これはマズイ。

 傷裏一行の中で1番怖いのは青島と思われがちだが、実は柳沢が1番怖かったりする。普段はおちゃらけているが本気で怒らせた場合は誰の手にもつけられない。


「とっとと探してこい」

「はい……」


 恐怖の主従関係が構築されていた。

 完全に怖気づいた唐沢は無言で出口まで向かう。

 ドアノブに手をかけたと同時に、外側から戸が開かれた。

 入ってきたのは青島だ。あのまま外でも全力疾走したのか、息が上がっていた。

 一同に緊張が走る。


「あ、青島。あの……だな……」

「……バナナ」

「……はい?」


 ムスッとした表情で、青島は唐沢の後ろを指差す。

 指の先は店のカウンター、その中のメニュー表。


「バナナ、食べたい」


 メニューの中でバナナが入っている商品はたった1つ。

 特大バナナパフェ。税込み950円。


「あれを買えと?」


 こくんと小さく頷く青島。


「……わぁったよ。買ってやる」

「なら……許す」


 ピリピリとした周囲の緊張の糸が緩み、一同は安堵の息を吐く。

 唐沢は自身の財布と睨み合いをしながらカウンターに向かい、青島は元の席につく。その時にはもう既に、いつもの凛々しい青島に戻っていた。


「まぁ、これにて一件落着かな」

「おい織、何勝手に終わらせてんだ」

「ほえ?」


 青島の口元が嗜虐的に釣り上がる。


「お前の恋バナだけ、まだ聞かせてもらってないよな?」

「あ」


 柳沢の頬が引き攣る。

 全員の視線が柳沢へ向かう。

 逃げなければ。そう判断した柳沢は席を立とうとするが、戸田に肩を抑えつけられ、起立することすら叶わなかった。


「どこへ行くのかな?」

「あの……急用思い出したんで……」

「嘘はいけないなー」


 戸田は笑っていた。太陽が如く全てを明るく照らすような笑顔だ。

 言わずとも、それがカッチカチに練られた恐怖の仮面であることは誰から見ても明らかだった。


「ちょっ、ドラちゃん助け……」

「どんまい」


 柳沢の必死の願いも傷裏の悪意込みの微笑には届かない。


「さて、ゆっくり尋問させていただき……の前に、男連中は一旦店の外に出といて」


 戸田に言われ、傷裏と唐沢は店外に締め出された。

 その先何が行われたのか、傷裏たちは知らない。

 柳沢は女性勢に恋バナを語ったらしいが、男性勢はそれを聞くことができなかった。

 ただ1つだけ、柳沢はトラウマを思い出すかのように、その時のことをこう語った。


「百合の花が咲いた」

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