episode16・モノクロ
一行が向かったのは……。
「冒頭から映画かよ……」
青島が嘆息する。
柳沢プロデュースぶらぶらコースの初戦は映画館だった。
色々とハイテク化が進む現代だが、古典的な存在もしっかりと残っている。以前傷裏が黒崎と訪れた骨董店が例だろう。
映画館もまたしかり。投射スクリーンや映像フィルムは今も健在である。
傷裏たちが見ているのは、数世紀前に上映されていた白黒のサイレント映画なるものだ。
(これはなかなか……)
傷裏は映画に見入っていた。音声が全くないにも関わらず不思議とストーリーが把握できる。なんと素晴らしいものだろう。
7人は中央最後列の席に座っており、左から戸田、室井、黒崎、傷裏、柳沢、青島、唐沢という順だ。
あろうことか、今回の発案者であるはずの柳沢は傷裏の横で小さな寝息をたてていた。
左を見る。黒崎が目を輝かせていた。すごく。
右端では、あくびをしながら一応しっかり見ている唐沢に青島がちょいちょい視線をあてていた。
そしてふと傷裏はあることに気づく。
この映画館は小さく閑散としており、空席の方が圧倒的に占めている。ゆえに、どの座席にどれだけの人がいるか、最後列からはしっかりと視認できる。
(あれは……大佐?)
前列中央の一席にいた細身の壮年男性。後ろ姿、それも後頭部のみだが、傷裏はそれが東郷平蔵と認識できた。
その右隣の席にも人がいた。モノクロカラーのソフト帽を被っており、少なくとも座高は東郷とほぼ同等だろう。
ただ、ソフト帽の人物は何かがおかしかった。
一言で、否、言葉で説明できない何か。
まず人間、というより地球上の存在なのかすらも判断し難い。
傷裏が2人を認識してから数分後、ソフト帽の人物が席を立った。
そこでようやく全貌を見ることができたのだが、やはりそこには『異様』以外の文字的形容は不可能だった。
全身をモノクロの服で揃え、その顔は同色の仮面で隠されていた。
傷裏は慌てて左右を見る。皆はその異様な存在に視線を移すことはない。まるで、それが見えていないかのように。
いや、それも違う。
見えているが、興味の対象には入らない。
皆にとってあの存在は、常にそこら辺に存在する空気と同等なのだろう。
その存在はゆっくりと歩き、劇場の出口へ消えていった。
あれの異常性を突き止めなければならない。傷裏の本能がそう強く訴えた。
「ごめん、ちょっとトイレ」
そう一言入れて傷裏も劇場を出た。
受付と劇場を繋ぐ細い廊下で、傷裏は屋外へ出ようとする存在の背を至近距離で直視した。
改めて感じる、気持ち悪い何か。
「待て!」
その存在に静止を促し、裾からナイフを取り出して構える。
そもそも、なぜ傷裏がその存在を追ったのか。
不気味だったからだけではない。
追記すると、この映画館は全席自由席だ。
だというのに、この存在は東郷の真横に座った。最後列の7席以外全ての席が空いていたのにも関わらず。
よって、この存在は東郷と何らかの関係にあると伺える。生易しいものではない、それこそ『何か』。
存在の歩が止まり、振り向く。
ピエロを連想させる不気味な仮面。
その瞳は、まるで全てを飲み込むブラックホールのように、底知れぬ何かを有していた。
「あなたは……何者だ」
「……ワタシは」
ボイスチェンジャーによるトーンの低い声。仮面の裏にでも仕込んでいるのだろう。
「ワタシは……仲介人」
「……え?」
「または……演出家」
仲介人や演出家はごく一部の人間にしか知らされていない。この存在の体型と仲介人等を知る人物全てを照会したが、検索ヒットしたのは東郷ただ1人。
だが、東郷は今劇場にいる。
つまり。
「本物登場というわけですか……」
「全てがワタシ、全てが本物」
存在……便宜上仲介人と呼ぶが、仲介人は手を大きく開く。その仕草もまたピエロのようだ。
傷裏としては、仲介人が何をしようと関係ない。今は捕縛することが最優先。
「捕らえる!」
ナイフを投擲。狙いは仲介人の仮面。
仲介人はそれを手で掴み、逆に投げ返してきた。
裾から新たなナイフを出し、なんとか飛来したナイフを上空に弾く。
(あの速度のナイフを掴んだ? やっぱり人間じゃないのか?)
打ち上げられたナイフを回収し、2本のナイフを投げる。
先ほどと同じように、仲介人はナイフを掴む。
が、その行為は失敗だった。
なぜなら、ナイフにばかり気を取られ、投げた直後に接近、既に仲介人の懐まで潜り込んでいた傷裏への対処ができないからだ。
「フッ」
傷裏は小さく息を吹き、仲介人の腹に数発に蹴りを叩き込む。
仲介人の動きが鈍った隙にバック、新たなナイフを投げつける。
掴めるポジションではない。
反射的にそう悟ったであろう仲介人は、服の中から何やら細長い物体を展開、ナイフを叩き落とした。
手に握られたそれは鋼鉄のワイヤーだった。鞭のようにしなやかに床を打つ。
『龍、俺に代われ』
今まで静観していた『タイガ』がここにきて口を開いた。
『お前、ナイフはうまくても肉弾戦は中の上だろうが。ナイフが絶対的に無力化される今、俺が出るのが得策だろ』
「……わかった。任せたよ、相棒」
『任されたぜ』
一瞬、傷裏の体からあらゆる力が抜け、崩れるようにその場に倒れ、瞳が閉じられる。
開眼。
片膝をつき、ゆっくりと立ち上がる。
その目に宿すは殺気。
殺気という包装紙に覆われた、恐ろしく冷静な眼差し。
「よぉ、ずいぶんと色々やってくれてるみたいじゃねぇか。しかも真の標的が俺たちだ? 一体何が目的だよ、あぁ?」
「……標的……」
「あ?」
しばらくの沈黙が続いた後、仲介人が小さく口を開く。そこにピエロを連想させる雰囲気は皆無で、感情のない機械的なイメージが強かった。
「標的の優先順位、第2位から第1位への変格を確認」
今の言葉をそのまま呑むとすれば、仲介人にとって標的は傷裏龍であるが、最優先は龍ではなく『タイガ』ということになる。
「本命は俺かよ。かぁー、モテるって辛いねぇ」
軽くおちゃらけるようにため息をつく『タイガ』。
この瞬間だけを第3者が見ればただの軽口の言い合いだろう。外見は度外視して。
そんな柔らかい空気も一瞬にして消失する。
「潰すぞ」
ドスのきいた重い声。
それが第2ラウンドのゴングだった。
明らかに先ほどまでとは別格の速度で、仲介人の懐に迫った。
ワイヤーを振るう間合いも取れない。
仲介人はすぐさま後退するが、そんな程度で離せるものではなかった。
強烈なサマーソルトキックが仲介人のアゴを叩く。
今までとは比べ物にならない、洗練された動きだった。
着地したが、この程度で終わらせる気は毛頭ない。
そのまま仲介人の腹を鋭く蹴り上げる。
加え、蹴り上げた足を仲介人の頭上まで振り上げ、ギロチンさながらのかかと落としを頭頂部にぶつけた。
仲介人は倒れはしなかったがヨロヨロと頭を抑えながら、懐からある物を取り出す。
オートマチック式拳銃。
『タイガ』は追撃をやめ、両手を挙げながら後退する。
このままでは確実に殺される。おそらく、裾のナイフを取り出す素振りを見せればその瞬間に弾丸が滑走するだろう。
(終わりかよ。こんなとこで……)
しかし、仲介人はすぐさま拳銃とワイヤーを服の内側に仕舞い、その場を走るように立ち去った。
状況が読めずに立ち尽くしていたが、すぐにに自分は重要人物を逃してしまったことに気づいた。
急いで館外に出て周囲を見渡すが、仲介人の姿はもう、どこにもなかった。
その場には『タイガ』、そしてイヤフォンを耳にかけて爆睡した若い男性受付係がいただけだった。
本作は『ロボット』バトル物です




