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episode19・目的

 傷裏はいつものように学校で授業を受け、そのままBP機関へと向かう。


「ねぇ、黒崎さん」

「ん?」


 学校帰りの場合は、黒崎の一緒に出社することが多い。


「黒崎さん、リハビリの方は順調?」

「えぇ。あと数日もすれば本物に乗っても発作を起こさず操縦できそうって所長に言われたわ」


 黒崎が派遣されてから約3週間。週3回のリハビリの効果ははっきりと表れているらしく、あと数回のリハビリで完治とのことだった。


「完治したら……黒崎さんは機関を去るの?」

「うぅ〜ん……まぁそれが目的だったし去るっちゃ去るけど、完治してもしばらくはいる予定かな」

「そうなの?」

「うん」


 軽快なステップを踏み、嬉しそうに答える黒崎。

 傷裏には、その目が笑っているようには、到底思えなかった。


(しばらく……か。なら勝負は近いって思った方がいいかな)


 スネークバイト作戦の日、『タイガ』が言おうとしていた黒崎の真意。傷裏はそれを先日聞いた。

 聞いて、辻褄が合った。それなら黒崎が傷裏に接触してきた理由も納得できる。

 だが、憎たらしいのだ。

 黒崎が何かを企てていたことではない。それぐらいのこと、誰にだってあるだろう。

 傷裏が最も憤怒し、恐怖したのは、その事実を知った自分が、驚くほど素直にそれを受け入れられたことだ。

 たった3週間といえど、バカ騒ぎしたクラスメイトであり、同僚だ。普通は否定するなり別の結果を模索するなりするだろう。

 信用しているなら、そうするだろう。

 だが、そんな発想はなかった。

 結局傷裏は、黒崎と出会ってからずっと、信用なんてしていなかったのだろう。


『それは違うと思うぜ』


 そんなことを歩きながら振り返っていると、『タイガ』が脳内で語りかけてきた。


(……心を読んだね)

『悪いな、何やら機嫌が悪そうだったからな』


 思考解析。

 それは『タイガ』にのみ与えられた能力。傷裏龍の思考を大ざっぱにだが理解することができる。

 もっとも、その能力の正体は『傷裏龍の電気信号の流れを解析する』ものであり、思考解析はその応用である。


『俺は知ってる。お前は確実に黒崎梨々香を友人として、仲間として大切に思っていた』

(気休めは余計傷つくって知ってる?)

『俺は意味のない気休めなんか言わねぇ。それに、電気信号は嘘をつかないんだよ』


 どうやら彼は、傷裏の知らない間に思考をよく読んでいたらしい。個人情報保護もあったものでない。


(でも、僕は君の仮説を否定しようとは思わなかった。それはなぜ?)

『……おい、龍』


 柔らかかった『タイガ』の声はその瞬間から憤怒を帯びた。

 憤怒といっても、理由なき理不尽な憤怒ではなく、悪しきを正すための憤怒だ。


『お前、何でも自分のせいにしようとしてんじゃねぇよ』

(え?)

『お前がこうなっちまったのは俺のせいだろ。お前はそれを知ってる上で自分のせいにしてる。そういうの、うぜぇよ』


 『タイガ』がこれほど憤怒を表に見せたのは初めてだ。声を荒立ててない分東郷との対談より落ち着いているように見えるが、憤怒の密度が違う。


『お前の探究心の欠落は、その分を俺がぶんどっちまってるからだろ。わかってるだろ? 俺たちは2人で1人なんだ』

(わかってる……わかってるけど…………)


 認められない。『タイガ』1人の責任として押しつけるのは、我慢ならない。


(そもそも、君が……いや、僕たちがこうなった原因は僕に……)

『言うな龍。それも俺たち2人の責任だ。2人で分かち合えばいい』

「……ら君。……傷裏君!」


 ハッと、黒崎の声で意識を現実に戻された。『タイガ』との会話に集中してその場で立ち尽くしていたようだ。


「大丈夫? 棒立ちしてたけど……」

「あ、うん。大丈夫。さぁ、行こうか」


 改めて、2人は歩を進めた。




「っはぁー、今日は一段と疲れたー」


 デスクワークを終えた黒崎が大きく伸びをする。

 今日の2人の仕事はBP機関総務課の手伝いだった。恐ろしいことに、本日総務課の人員は全員風邪らしい。

 狭いオフィスで2人、黙々とPCを操作してデータを整理する。

 いつもは武闘派(バーバリアン操縦を武闘と例えるかは知らないが)の黒崎は案外と言うべきか、デスクワークが得意ではなかった。


「疲れたって……それ僕の台詞。黒崎さんの仕事の4割を手伝ったのは誰?」

「……すいませんでした!」


 傷裏は微笑を返し、手持ちのバッグから1本のUSBメモリの取り出し、それを自前のノートPCに接続する。


「傷裏君、それ何?」

「僕の戦闘データだよ。新型の操縦補助AIの開発のために必要なデータだけを抜粋して提出するよう言われてるんだ」

「……そのUSBメモリに、傷裏君の戦闘データが全部?」

「うん。文字通り全部だね」


 興味深そうに黒崎が画面を覗き込んでくる。

 画面には0と1の無数の羅列。その数列から不要な0と1を削除していく。


「……わかんない」

「だろうね」


 黒崎は操縦以外の能力は皆無らしかった。

 その作業を数分続けていた傷裏はトイレに行ってくると言い、オフィスを一旦去る。

 USBメモリを差し込んだPCを放置して。



 傷裏がオフィスを出ると、黒崎はすぐさま行動に出た。

 自身のノートPCからケーブルを出し、それを傷裏のPCに接続する。

 器用な手つきで2つのPCを同時操作、自身のノートPCへデータコピーを開始する。


「やっと……やっとだわ」


 あと30秒でコピーは完了する。このオフィスの位置上、トイレに向かった傷裏はあと1分は帰ってこない。


「そうだね、こっちもやっとって感じだよ」


 突然、背後から声をかけられた。

 知っている声。というより、あと1分は聞くはずのない声。

 振り返り、顔をしかめる。


「……傷裏君」

「ここまで素直に引っかかってくれるとは思わなかったよ。やっぱり君に産業スパイなんて向かなかったんじゃないかな?」


 全てお見通しのようだ。

 だが、あと少し時間を稼げばコピーは完了する。さらにコピーされたデータは獅童のPCに自動送信される。

 この勝負、勝った。


「1つ教えてあげるよ」


 傷裏は微笑を絶やさない。

 焦りや憤怒といった感情が全く見えない。


「そのデータ、偽物だよ」

「え⁉︎」


 慌ててデータを確認するが、その道では素人同然の黒崎が何度画面を見たところで何かがわかるわけはない。

 やがて黒崎は諦め、データのコピーを中断すると机に腰を落とす。


「いつから気づいていたの?」

「言うと思う?」


 沈黙。


「僕のデータを盗む狙いは?」

「言うと思うかしら?」


 沈黙。

 互いを見据える。


「教えてくれないなら」

「やることは1つしかないわよね」


 黒崎は机から降り。

 傷裏はポケットからコインを取り出し、真上に軽く放る。

 コインが床に落下するまさにその時。

 2人は同時に言い放つ。


「聞き出す」


 黒崎が疾駆した。

 傷裏に対し放たれる拳の連撃。

 それらを全ていなし、黒崎の腹を7割ほどの力で蹴るが、黒崎はそれを跳躍によって回避、伸びた脚の上に飛び乗ることで真下に蹴り落とす。

 その状態からトランポリンのように再度跳躍。

 空中回し蹴り。

 横腹を蹴られた傷裏の体は宙を舞い、机の上に叩きつけられる。


「……がっ⁉︎」


 痛みを鎮めようとのたうち回りたいところだが、すぐに追い打ちが迫る。


「ナイフっ……いやダメだ!」


 裾からナイフを取り出したが、すぐに収納する。これでは怪我をさせる危険性がある。


『敵の心配してる場合か!』

「敵でも仲間だ!」


 黒崎のかかと落としを転がるようにかわし、なんとか体勢を直す。


『龍、俺に代われ! 俺の体術ならこいつを確実に無力化できる!』

「君だと怪我をさせる可能性が大だ。僕がなんとかする」

「何をごちゃごちゃと!」


 鋭い正拳突きが傷裏の脇腹を刺す。ご丁寧に先ほど蹴った側を重点的に。


『いつもなら容赦無く潰すくせに、知り合いなら手を抜くのか。差別だな』

「君に探究心が偏っているように、僕には仲間意識が偏っている。仕方ないことさ」


 傷裏は攻撃を受け、流し、しばらく黒崎の動きを観察した。

 見たところ、黒崎は様々な体術を併用している。

 空手、柔道、合気道、太極拳、ボクシング、サバット、ムエタイにテコンドー。

 全てがマニュアル通り、教本を100%正しく清書したようだ。それぞれの道の達人と渡り合うことも難しくないだろう。


(だから!)


 だから、避けやすい。

 マニュアル通りだが、それ以上の行為、応用が効いていないのだ。

 加えると、彼女は複数の体術を切り替えて使うことはできるが複合、つまり複数体術の合わせ技はできていない。

 そこで戦法が決定された。

 狙いを絞る。

 空手も柔道も合気道も太極拳もボクシングもムエタイもテコンドーも、傷裏は詳しくない。

 が、サバットだけなら、ある程度は把握している。足技を得意とする傷裏だからこそ、足技に重点を置いているサバットならある程度の対応が可能だ。

 待つ、待つ、待つ。


(きた……)


 顔面を狙ったハイキック。

 それに対し、傷裏は左腕で防御の体勢を取る。

 容赦のない蹴りが突き刺さる。

 グシャっと、腕が鈍い音を奏でる。


「ぁ……っぐぁぁぁ……」


 しかし、それは傷裏の想定内。

 へし折れた腕で黒崎の足を絡め取り、右手は黒崎の襟を掴む。


「そい、やっ、さ!」


 軽快な掛け声と共に、足を引っ掛け、そのまま背負い投げた。

 地に倒れる黒崎に跨るように、傷裏はマウントポジションをとる。


「……柔道かよ」

「僕の得意技が足技だけだと思わないことだね。あと左手は足にかけてたから柔道ではないかな。即興のオリジナル技だね」


 勝負は決した。

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