episode14・真相
「私はあの日、部隊を率いて神奈川に駐留する反政府組織の制圧を任されていた。そこで出会ったの。『ヤマタの集い』と」
遠い目をしながら戸田は語る。
「そこには3人のメンバーが待ち構えていた。私たちは制圧する側、潰す側だったはずなのに、気づけば私以外、全員殺されたわ」
「確認ですが、バーバリアン同士の戦闘、だったんですよね?」
「えぇ。その時悟ったわ。死ぬんだ、殺されるんだって。でも……」
違った。
「私は聞かされたわ。この国の腐った部分を。そして言われたの」
『俺たちと一緒に、この国を正さないか』
そう、言われたという。
だから戸田は、裏切った。
腐敗の中にいれば自分も腐敗してしまうかもしれないという恐怖を覚えた。
いやそれ以前に、部下を全員死なせてしまった自分が軍に戻っていいのかと、恐怖した。
あの状況で、帰還できる可能性などこれっぽっちもないのに、だ。
「……というわけ。で、疑問は解決された?」
「……いえ。むしろ疑問がさらに深まりました。なぜなら、今の証言と物的証拠は、辻褄が合わないからです」
「え?」
傷裏は本棚から1冊の分厚い資料を取り出し、あるページを開いて戸田に見せる。
「これは?」
「その2年前の失踪事件についての資料です。一帯を焼き払ってないのは『何かがあった』ことを隠すためなんでしょうが、そのおかげで物的証拠が手に入りました」
10月13日。国防軍機械化04小隊隊長戸田恵実大尉が行方不明となった。現場に残された血痕や焼死体からは戸田大尉のDNA反応は認められず。
戸田大尉の機体と思われるコックピットには争った形跡があり、何者かに拉致された疑いもある。
「争った形跡……ですって?」
戸田は困惑した。記憶と物証との齟齬に。
その表情を見た傷裏は確信した。やはり、彼女を檻から出して正解だったと。
「争った覚えなんて……ない。彼は、回線を通して私に話しかけてきた。コックピットからは……自分の意思で下りた」
「やはりそうですか」
「やはり? 今傷裏、やはりって言ったわね? あなた、一体何を知っているの?」
「……おそらくなのですが、戸田さんは催眠術、もしくは洗脳手術なるものを『ヤマタの集い』にかけられた疑いがあります」
洗脳。
その仮説は現実味を欠いていた。
数世紀前のヒーローものに出てくる悪の軍団ではあるまいし。
「洗脳? その仮説は間違いでしょ。だって洗脳って人間を思うがままの操り人形にしたりとか、そういうやつのことでしょ?」
「語弊がありますね、訂正しましょう。戸田さんは記憶を改ざんされ、彼らにとって扱いやすい操り人形にされていたと思われます」
それこそまさに、非現実も甚だしいというものだろう。
戸田は再度否定する。
ことはできなかった。
物証と記憶のズレ。
これの説明を一言で済ますことができるのだから。
「どうして……そう思うわけ? 私の記憶と物証にズレがあるからってだけじゃないわよね?」
「戸田さんの目です」
「目?」
「チューナーというソフトを知っていますか? チューナーは人間の脳に干渉し、特殊な電気信号を送ることで記憶を改ざんすることができます。それの副次効果として目に黒く小さな斑点が生まれます」
傷裏はデスクから手鏡を取り出して戸田に渡した。
「嘘……全然気づかなかった……」
「つまり、『ヤマタの集い』は戸田さんを強引に拉致してチューナーを接続、自分たちにとって都合のいい記憶にしたのでしょう」
「え……でも……私は4人目にメンバー入りしている。彼らが勧誘した他のメンバーにそんな機械を当てているような姿は見たことない」
「だとすれば、チューナーをかけられたのは戸田さんだけということでしょう」
戸田は傷裏から放たれる言葉をほとんど理解できていなかった。無自覚に、機械的に反応を返すのが精一杯だ。
「なんで彼らは……そうまでして私を引き入れたかったのかしら」
「戦力が欲しかった、チューナーをテストしてみたかった……。考えればいくらでも思いつきますね」
戸田の『ヤマタの集い』での主な仕事は現場指揮だ。元国防軍大尉の力を存分に発揮していたという。
とりあえずの疑問はここで終了だ。
……いや待て。
「ちょっと傷裏。私の目を見た時にチューナーの効果を受けてたってわかってたならわざわざ拷問かける必要なくない⁉︎ これマジで骨折り損ってやつじゃないの⁉︎」
「そこは本当に申し訳ありません。目の違和感に気づいたのは戸田さんが僕に『真の正義は私たちだ』って言った時でして。そこは僕の観察力不足です」
「本当に骨折り損、じゃなくて肉溶け損なわけね……」
本当に申し訳なさそうに手を合わせて頭を下げる傷裏。なぜかこの状況に愛嬌が生まれるのだからおかしなものだ。
「ということで戸田さん、どうします?」
「どうするって?」
「あなたは自分を利用していた『ヤマタの集い』の秘匿情報を、まだ隠します?」
(あぁ……うまいもんね、この子)
全て傷裏のシナリオ通り、ということなのだろう。
人員を得て、なおかつ情報も手に入れる。一石二鳥とはこのことか。
完敗だった。
「確かに、こんな事実を知っちゃったらもう未練はないわね。……いいわ、全部話してあげる」
『ヤマタの集い』は計8人。今回の作戦で3人投入され、2名死亡1名離脱ということで現在は5名。
傷裏たちが突入に踏み切った原因である細菌兵器テラーであるが、これの強奪は半分当たりで半分外れとのこと。
「私たちにテラーを譲渡したスポンサー的立ち位置の人物がいるの。そいつは演出家と名乗り、多額の資金援助をしてきた。言っておくけど正体は不明。連絡はメールだけで複数の海外サーバーを経由されてるから発信源も不明なわけね」
演出家。その行為や連絡手段、そして直感で、傷裏はある存在を思い出した。
仲介人。
同一人物、もしくは同集団である証拠など何もない。
が、傷裏はそうとしか思えなかった。理屈ではなく感覚で。
「その演出家なる存在は、どうやってコンタクトを取ってきたんですか?」
「いきなり、としか言いようがないわね。アジトの通信網が全部ジャックされて依頼文が送られてきた」
「依頼?」
「『BP機関所属テストパイロットを消すため、下記の作戦遂行にご協力ください』って」
傷裏はしばらく口を開くことはできなかった。
文面からわかることは1つ。
多数の死者を出したスネークバイト作戦。
その真の標的が、傷裏だということ。
戸田は傷裏の心情には気づかず、首を上げ、思い出すように言う。
「あのBPEを使ったおびき寄せ作戦は演出家の考案なの。それ用の大量のCユニットに対BPE用シェルターとか、全部演出家が用意してくれたわ。もっとも、一式は指定された場所に置いてあっただけで本人には会えなかったけど」
傷裏龍にそこまでの価値があるだろうか。
演出家は何を思い、傷裏を標的にしたのか。
そこでようやく、戸田は傷裏の物思いに耽っているような顔に気づいた。
「ん? 傷裏、どうかした?」
「あ、いえ……実はそのBP機関のパイロットっていうのは、僕のことなんです」
「え⁉︎ だって傷裏は軍人……」
「BP機関所属テストパイロット兼国防軍国防特務少尉なんです、僕。本業は向こうだったんですが、大佐に言われ仕方なく兼務を……」
戸田は空いた口が塞がらないの慣用句を体現していた。悪く言えば間抜けな表情をしていた。
そんな状態が20秒続いた。
「っは!」
20秒かけることで、戸田はようやく傷裏の言葉を理解することに成功した。これは傷裏の勝手な妄想だが、レベルアップの音楽が鳴った気がした。
「傷裏……あんた本当に人間?」
「人間ですよ。誰がなんと言おうと、僕は人間なんです」
「ん?」
何やら意味深な物言いに首を傾げる戸田。
傷裏はそれに微笑で返して、資料を本棚に戻す。
「ではこの情報を上に提出しなきゃならないんで、今日のところはもう帰って頂いて構いません。ありがとうございました」
「帰るって言ってもねぇ……」
戸田の表情に暗雲が立ち込めていた。
そう、戸田は2年も行方不明だったのだ。当然ながら宿舎に戸田の荷物はない。
「金は手持ちの数万円のみ。犯罪者のレッテルを剥いだと思ったら貧乏人に昇格よ」
自傷するように笑う。動きがアメリカコメディのそれだった。
そして、そんな事態を傷裏は想定済みであり。
「僕の家に住めばいいですよ」
40秒。
今度は40秒かけた末、戸田は理解した。その間、傷裏はPCを開いてレポートを書いていた。
カタカタと、キーボードを叩く音だけが響く。
「……マジ?」
「マジですよ」
顔をPCに向けたまま、淡々と傷裏は答える。
「お邪魔じゃないの?」
「BP機関に所属するにあたって大きい部屋をもらったんですけど、部屋が多くて使い道がないんですよ。あ、確認ですけど戸田さんはショタコンという持病はお持ちではありませんか?」
「ショタコンではないけど……そもそもあれ病気の類なの?」
「では決定です。なら少し待っていてください。すぐに提出書類書き上げるんで」
結果。
傷裏と戸田の同居が決定した。




