魔獣除けと夜の森
「装備を試すっていうから森に出てきたけど、早速後悔してきた......。」
魔獣除けの場所まで向かおうと、勢いに任せて森へと入ってしまった。
月明かりに微かに照らされている森は、見方によっては綺麗なのかもしれない。
だが、この森では日常的に魔獣が出るんだぞ!?
風の音や、何か動物が動く音が森に響くたびに、俺は身体を強ばらせて足を止めていた。
「オイ、急に止まらないでクレ。危ないじゃないカ。」
お師匠様は夜目が利かないのか、俺の服の裾を掴んで歩いている。
おい、そもそも目が見えないのだから、夜目がどうこうは関係ないだろう!!!
「女将さんに、ランプも借りたんだロ。弟子らしくしっかりエスコートしてクレ。」
エスコートって言ったって、どこかの綺麗な令嬢とかならともかく、ちんちくりんの魔術師だしな……っと、今の俺はお師匠様の弟子だった、失礼が無いようにしなきゃな?
などと冗談で恐怖心を押さえつけながら、女将さんから借りた小さいランプを頼りに森を進んでゆく。
「なあ、言われたように、村が見えなくなるくらいまで、森を進んだぞ。」
「ウム、じゃあこの小袋を、そこらに、埋めてくれるカ。君の拳くらいの深さでいいヨ。」
どこから取り出したんだその袋は。なんてツッコミは省略して、拳ひとつ分の深さの穴を掘る。
PGのおかげで、水をすくうような感覚で簡単に掘れた。
この小袋には何が入っているのだろう……あれ、いつもならこのタイミングで、お師匠様が全部教えてくれたりするのだけど、お師匠様は黙ったまま俺の後ろに立っている。
「お師匠様?」
沈黙に耐えきれず声をかけた。
俺の裾を掴んでいるってとこも変だけど、こんなに静かなのも気になる。
実は俺と同じで夜の森が怖いのか?
「ンア?なんだい、埋め終わったのカ。」
気の抜けた返事だ、危険な森なんだからもう少し緊張感を持っても良いと思う。
眠いのかな。
「そうだけど、何にも喋らないから気になって。」
「ああ、ちょっとね。夜は色々見えにくくなるんダ。」
見えにくくなるって、心の中もそうなのか?一体どんな原理で、昼は見えて夜は見えないのだろう。ってそうか、ちゃんと言葉は声に出して会話しなきゃな。
「なるほどね、今ならお師匠様をどんなにからかっても、口に出さなきゃバレないわけだ。」
「イヒ……言いたい事があるなら今のうちに言うといいヨ。この先、軽口を叩く暇が無くなるかもしれないからネ。」
お師匠様が言うと本当に何か起こる気がしてくる、縁起でもないからやめて欲しい。
「サア、次へゆこうカ。あと四か所は回らないといけないんダ。」
俺の後ろから行き先を指さして、早く動けと催促してくる。
この様子だけ見ると、魔術師の師匠と弟子というより、幼い妹にこき使われている兄って感じかもしれない。
ふたつめ、みっつめと、滞りなく小袋を埋めていった。
その間、お師匠様は、声をかけても気の抜けた曖昧な返事しかしてくれず、俺もだんだんと口数が減ってきた。
静かになると、恐怖心が戻ってきて緊張感が増してくる。
「ここだネ。」
ぐっと裾を引かれて動きを止める。
見えてもいないし、森はまっすぐも歩けないから距離感がわからないのに、的確な場所がよくわかるなお師匠様は。
もしかして適当に決めているわけはないよな?
馬鹿な事を考えながら、また小袋を埋める。
魔獣避けの材料って何なんだろうな。
臭いがきつかったり、ここから何か生えてきたりするのだろうか。
「ン……アル、構えてくレ。」
お師匠様が突然、俺の脇腹を小突いてきた。
構える?構えるって……ああそうか、今の俺はバスターソードを背負っているんだった。
一瞬反応が遅れつつも、鞘からバスターソードを抜く。
バジルに提案された、叩きつける動きのために、剣を上段で構えて周囲を見渡すが、敵は見当たらない。
「……ど、どこにいるんだ?」
「左だナ。ちょうど真横、飛び出してきたら、叩き斬ってやるとイイ。」
言われてすぐに俺は左方向へ体を向けた。飛び出してくる?
恐らく魔獣が潜んでいるであろう茂みを睨みつけ、その時を待った。くそ、緊張と怖さで冗談も出てこない!
「......。」
心の中でずっと今と唱え続けている。
いつが今でも剣を振り切れるように、今......今......今..............
「シャッ!!!」
「まっ!?」
小柄な魔獣が茂みから飛び出してきた。
動けない、少しタイミングがズレて身体が固まってしまう。
やばい、やられる!!!
「今ダ!」
恐怖でまぶたまでも閉じかけたその時、背中に衝撃が走った。
お師匠様の小さな手が、俺の背中を叩いたのだ。
「おわっ!?」
固まった身体が弛緩して、目の前の物体にバスターソードを力いっぱい振り抜いた。
明確に何かを斬った感触があった、ただ、PGの馬鹿力のせいでそれが何だったのかはすぐに理解できなかった、なんせ、振り抜いたバスターソードは地面へと深く刺さっていたからだ。
たしかにバジルには振り抜く力で叩けと言われたが、剣がこうなると戦いにおいては危険なんじゃなかろうか。バジルめ、適当なことを教えたな!!!
「初陣の感想はどうだイ?」
そっか、これが初陣......あまりピンと来ないけど、怖かった。
PGもバスターソードも持っていたし、防具も揃えた、それなのに身体は動かず腕も振れなかった。
魔獣が沢山出没するこの村で生きてきた俺には、勇気があるものだと思っていた。
魔獣に向かっていける人間になれていると思い込んでいた。
これを体験した今は、そう思いこんでいた自分がたまらなく恐ろしい。
自分の死という実感が目の前に立っている、そんな感覚が身に染みた。漏らさなかった事は褒めてもいいかもしれない。
「ヨユーだぜ。」
振り向いてお師匠様に笑って見せた、笑えていたかどうかは分からないが、お師匠様の目が見えなくてよかった。
「よくやったヨ。休んでいるところ悪いケド、次は右からもう1匹くるゾ?」
抜けろバスターソード!!!!!
俺が思ってるよりも簡単に抜けてしまい、引っ張った勢いのままバスターソードを振り回すと、反対から飛び出してきた魔獣に直撃し、そのまま吹き飛ばした。
「さ、作戦通り!」
動いて出た汗か、冷や汗かわからないが、背中がびっしょりだ。早く着替えたい。
「ウンウン。PGも使いこなしているようだネ。」
今の戦いを見て、本当に使いこなせていると思っているのか!?
いや、見えていないのか……。
「周りにはもういないようダ。先を急ごウ。」
行き先を指さしながら、もう片方の腕で俺のことを探している。
「休憩はなしね……わかった、行こう。」
お師匠様の手を握り、指さす方向へと連れて歩く。
初めから手を引いて歩けばよかった、お師匠様は盲目なんだから、気を使わないとな。
俺が怖くなったから、手を握ったわけじゃあないぜ?
しばらく歩くと、お師匠様が俺の腕を引いた。どうやらここらしい。
「これで最後ダ。埋めてクレ。」
「よし、任せろ。」
五回目ともなると慣れたものだ。一発で掘り、小袋を置いて土をかける。
とんとんと、よし完成!
「終わったよ、お師匠様、次は何をすればいい?」
「そうだナ……とりあえず、剣を構えておいてクレ。」
ふむふむ、剣を構えて……。
「ま、また敵か?」
「ただの備えサ。私のそばから離れるんじゃあないゾ。」
備えか、そうだよな、危険な夜の森なんだから、警戒して損はない。
緊張してキョロキョロ回りを警戒している俺をよそに、お師匠様は帽子の中に手を入れてガサゴソと漁り始めた。
なるほど、あのどこから取り出したかわからなかったものは、帽子から……いや、無理があるだろ!
「じゃあ始めようカ。」
帽子の中から取り出した赤色の石?を何もない空間にかざして、空中でその石を動かし始めた。
じっと見つめていると、どうやら文字を書いているように見える。
「見えないと、正確性に難があるのだケド……ちゃんと朝に準備しておけばよかったナ。」
ぶつぶつと何かつぶやいている、呪文か?
ただの面倒くさがって後悔しているだけにも聞こえるな。どんどん魔術師のイメージが下がっていく。
「よし……いくヨ。」
何が起こるのかわからない、俺は構えを解かずに周囲の警戒を続ける。
どんなことをするのか気になるけど!
「ハイ・ルミナス・プロテクション……チェーン・コネクト……」
お師匠様が一つ目の呪文を言い終わると、俺が小袋を埋めた地面が薄紫色の光を放ち始めた。
二つ目の呪文で、光り始めた地面から ふたつの線が伸びる。他の埋めた場所に向かっているのか?
「フィフタゴン・オーリラ!」
お師匠様が呪文を唱え終わると、手に持っていた赤い石が空気に溶けてゆき、地面を這う光から、光の壁が立ち上がった。そして、すぐに消えていった。
ちゃんと魔術を見るのはこれが初めてで、内心わくわくはしている。あれ、顔にぶつけられた水は、魔術だったっけ?
「さて、私も覚悟を決めるカ。」
「覚悟ってなんだよ。魔獣除け?できたように見えたけど。」
あの光、明らかに結界って感じで魔獣除けのようだったけど違うのか。
「君の言う通り、魔獣除けは無事に張れたヨ。問題はこの後なんダ。」
「この後って、いったい……。」
俺が言葉を言い終わる前に、嵐のような風が森を襲った。
何だってんだ急に、目も開けられないぞ!?
「うおあ、な、何が!?」
「私の隣にいロ。絶対ダ。」
暴風からお師匠様を支えながら、周囲の様子を伺う。
何が起こったんだ、嵐でも来ないとこんな突風起きないだろう。村の建物が耐えられたかも怪しいなこれは。
しばらく風に耐えていると、また突然風が止んだ。
それと同時に、聞いたこともない、空気が揺れるような音が森に響いた。
「グガガガガ……。」
「さっきから驚くことしか起きないな、お師匠様……。」
「上を見てみるとイイ。今日一番の驚きがあるヨ。」
お師匠様はかすかに笑っている、いや、呆れているが正しいかもしれない。
言われた通りに俺は星空に顔を向けた。
そこには、いつもなら見えるはずの星々も、この森を照らしていた月も雲に隠れ、ただただ巨大で真っ黒な影だけが浮かんでいた。
「これは……もしかして。」
その黒い影を月明かりが照らすと、俺の前に現れるはずもなかった存在が、俺たちを見下ろしている。
死ぬときは死ぬ、生きるときを喜べ。
これまでのすべての思い出に感謝をしながら、俺は剣を構える。
ああ、ジャムに言っておきたい事が沢山あるんだけど、最後に伝えるなら、俺のベッドの下に隠してある手紙は絶対に読まず燃やしておいてくれってことかな。
「ああ、ドラゴンだヨ。」




