ドラゴンと星々
「久しいネ……黒の帳、シュラウドーラ。」
お師匠様は、まるで古い友人の名を呼ぶように、ドラゴンへと語りかけた。
俺か?そりゃあもちろん、勇敢にもお師匠様の隣で立ち尽くし、膝をがたがた震わせているさ。そうならない方が無理ってもんだ。
黒い巨体が地面へと降りてくると、身体に響くような声が空気を揺らす。
「月光の加護を受けたプリーストが、我の睡眠を邪魔していると思ったが……月に愛されぬ混沌だったか、プリーストの真似事をしていたようだな。」
ドラゴンとお師匠様は、まるで久しぶりに再会した知人同士のような声色で話をしている……気がする。
加護?混沌?
何を言っているのか、半分も理解できなかったが、寝ていた?ドラゴンをお師匠様が起こしてしまったようだ。謝ったら許してくれないだろうか……。
「イヒ……気に障ったようだネ。すまなかっタ。君の活性化に怯えて小動物がここに逃げてきて鬱陶しかったんダ。」
また、グガガガガと空気が揺れた。笑っている……気がする。
むしろ笑っていてほしい。
「我が降りてくる事を理解して、いや、むしろ我を呼ぶためにか。」
「うん、まどろっこしいのは苦手でネ。」
お師匠様はドラゴンを前にしても普段通り、飄々としている。
あなたの隣のお弟子さんは、膝が震えて立っているのもやっとなんです。
どうか無事に戻ってジャムの顔を見られますように。
「……我との繋がりを持たずに、我の目の前に立つ。死を与えられぬ理由がないこと、理解していぬわけではないな。」
月明かりでうっすらと見えたドラゴンの表情は怒りにまみれている気がした。
もしくは、元々こんな顔なのかもしれない。
「なに、友人の元を訪ねるんダ。手土産くらいは用意するサ。」
この人、友人と言ったか?ドラゴンと友人?おとぎ話でもあり得ないような会話が、目の前で進んでいる。
手土産なんかでこの状況が良くなるのなら、早く渡してしまって欲しい。
「我を友と呼ぶか、矮小な混沌ごときが!」
「エンハンスド・エアルド・プロテクション!」
ドラゴンによる怒りの咆哮と、お師匠様の呪文が同時に繰り出される。
俺たちの方へと嵐を凝縮したような突風が吹き荒れる。
だが、俺たちは突風に吹き飛ばされることはなく、その場にとどまっていた。
どうやら、お師匠様が放った魔術が風から守ってくれたようだ。
「イヒ……あまりドラゴンに冗談を言うものではないネ。」
いくら俺でも命がかかっているタイミングで、冗談を言う勇気はないだろう、見習っていきたい……わけないだろう!?怖いよ!
今のドラゴンの咆哮で、周囲の木々が倒れている。
お師匠様が守ってくれなければ、どうなっていた事か……。
「ふん、盲目とはいえ、己の先行きが見えぬほど老いぼれたわけではあるまい。」
「そうさネ。これがあるから少し遊んでみたのサ。」
お師匠様が、手に持っているモノをドラゴンの方へと掲げた。
あれは、ペンダント?
黒い石が嵌め込まれている。とても綺麗だ。
こんなに暗い場所なのに、光を放っているかのように、浮かんで見える。
「シュラウドーラよ、ドラゴンの心臓が輝いている。わかるだろう?君との繋がりを持てる者が生まれたんダ。」
「……。」
シュラウドーラはただただ、お師匠様とそのペンダントを睨みつけている。
いや、そのペンダントだけを見ているようにも見えた。
しばらくの沈黙の後、シュラウドーラは苛立ったように、お師匠様に疑問をぶつける。
「ではなぜ、ここに、繋がりを持つ者がいないのだ。」
俺は、彼……いや、彼女か?まあ、どちらだっていいが、このドラゴンの語る言葉に、少しの寂しさを感じた……気がする。
この強大な存在が、寂しさを感じるかどうか、わからないけど。
「人というのは小さな生き物なんダ。君達ドラゴンとは比べ物にならないほどに、身体も心もネ。だからこそ、準備が必要なんダ。繋がるための準備ガ。」
お師匠様の言葉を聞くに、繋がりを持つ者?とは、ひとりの人間なのだろう。
このドラゴンはそのひとりの人間に会いたいと、そう言っているのか?
先ほどの寂しそうという感想は間違いではないのかもしれない。
「ドラゴンにとって、時は永遠だ。綻ぶことはない。」
「そうだネ。これからも続いてゆくはずサ。私たち人間には至り知らぬ所だガ。」
「我に、今一度待てと言う、すでに永遠を待った我に。」
「永遠と、もう少しだ、私の目に誓おウ。芽吹きの季節には、ここへと連れてくル。それまで、もう少しだけ眠っていてくれないカ。」
このふたりはこの場に俺がいることを忘れていないだろうか。
もちろん、会話に混ざるつもりは全くないのだけれど!
「いつでも死せる存在である貴様らは、貴様らの都合でしか世界を見られない。傲慢にも、貴様らの都合で世界が変化すると思い込んでいる!」
言葉を重ねるたびに声が荒々しくなり、この場にのしかかる重圧が数段膨れ上がったように感じる。
今にも逃げ出したい、無理だ、ここにいられるわけがない、息が出来ない。
自分がどうして、この場で剣を握り、立ったままドラゴンの方へ視線を向けられているのかがわからない。
魔獣と相対した時よりも圧倒的に、自分の死が目の前に存在している。
「グガガガガ……我がこの地を離れ、我が自ら求めれば、繋がりは手に入る。待つ必要はない。」
「頼むヨ。今はその時じゃあないんダ。」
お師匠様の意思は変わらないようだ、この目の前のドラゴンがどんなに怒号を上げようと。
きっと、俺たちがここで踏みつぶされたって、意見を変えないのだろう。
そろそろ、覚悟を決めた方がいいのかもしれない。
「そうか。」
もし、シュラウドーラが襲い掛かってきたらどうする?
お師匠様は戦うのだろうか、冗談とはいえ俺を生贄にとかいってたから、置いて逃げたり?
はは、この短い付き合いだけど、なんとなくそれはない気がする。
死ぬときは死ぬ、よし……死ぬなら戦おう。
俺は覚悟を決め、今すぐにでも飛びかかるつもりで、息を止めて剣を強く握った。
その時――
「……終わりだ。」
シュラウドーラは全ての緊張を解くかのように言葉をひとつ呟き、巨大な翼を翻して上空へと飛び上がる。
「約束の時を待つ。」
現れたときと同じように、嵐のごとき風を巻き起こし、ドラゴン――シュラウドーラは夜の闇へと消えた。
そして空には、月と星々が戻ってきた。
「ふう……アル、そろそろ呼吸した方がいいゾ。」
お師匠様は自分の額の冷や汗を拭いながら、俺の肩をぽんと叩いた。
「っ……ぜぁ、はぁ……ぁ……。」
今まで止められていたものが、一気に動き出したように、身体が震えた。
そのままの勢いで、全身が脱力すると、剣を手から落とし、その場に大の字で倒れ込んだ。
「すぅはぁ……ありえない、10回は死んでる。」
「10回で済むなら、マシな方だネ。」
深呼吸で息を整えていると、手に痛みを感じたので、手袋をはずして、月明かりに手をかざした。
力が入りすぎていたのだろう、剣の柄を握っていた手には、血が滲んでいる。
「はは、お師匠様、信じてくれるかわからないけど……俺、ドラゴンに斬りかかろうとしたんだぜ?」
「実に勇敢で無謀だネ。そんなことにならなくてよかったヨ。本当ニ。」
気持ちや言葉では自分を鼓舞して、戦おうなんて考えていたけど、もしあの後に何かあっても、俺の身体は動かなかっただろうな。
生存本能には逆らえない。
「分の悪い賭けだったケド。ふたり揃って無事でよかったヨ。」
お師匠様は俺の隣でしゃがみこみ、一緒に空を見上げている。
「賭けって、お師匠様は余裕そうで、そんな様子には見えなかったけど……内心、怯えていたのか?」
「イヒ……私の弟子らしく、心が読めるようになったじゃないカ。」
お師匠様はケタケタと肩を揺らして笑った。
ふむ、夜、恐ろしい出来事を乗り越えた男女ふたちが、月明かりの下で空を見上げる。
物語であれば何かロマンチックな事を言ったりするかもしれない。
......とりあえず。
「綺麗だな……。」
「ああ、綺麗ダ。」
俺たちは夜空に浮かぶ星々を眺めながら「生きている。」と自身の命の実感を、噛み締めていた。
アル・コール:主人公
ザッハトルテ・チコレイト:ヨナンバル王国の魔術塔の主
シュラウドーラ:ブラックドラゴン




