朝帰りと心配
「ふーん、それで、うちのお客様を連れて朝帰り?」
村に戻った俺は、何故か正座をさせられてジャムから夜遊びを問い詰められていた。
――話は少し前に戻る。
俺たちは、ドラゴンとの命がけの対話を無事に乗り越えた。
その後は、寝転がって星空を眺めているうちに、戦闘と緊張で疲れ切った身体が限界を迎え、そのまま意識を落としてしまった。
それから、昨晩の出来事について、お師匠様に色々と質問をしていると、ぐぅと、腹の虫が俺の質問を遮ることが増えてきたので、続きは宿屋(妖精の囁き)へ戻ってからと、おあずけされてしまう。
昨晩の出来事を思い返すと、俺の人生で一番の体験だった。もちろん恐怖体験ね。
早く誰かに話したいし、詳しい話をお師匠様から聞いてみたい!
ドラゴンと対等に会話した男アル・コール!どうだかっこいいだろう?実際に話をしていたのは、お師匠様だけだけど。
興奮冷めやらぬ俺は、疲労で動きが鈍いお師匠様を、背負って運ぶことにした。
PGがあるから、軽く持ち上げられると思ったが、しっかりと人の重さを感じる。
「あれ?お師匠様重くない?」
俺のとても失礼な物言いに、軽く頬をつねられた。痛い。
「初めに言っただろウ。魔力を込める必要があるんダ。私が後デ……。」
言葉を言い終わる前に、お師匠様は俺の背中で二度目の夢を見に行った。通称二度寝だ。
確かに、毎朝魔力を込める必要があるとか、前に言われた気がする。
自分に魔力が無いと言われたことを思い出し、改めてがっかりしながら、とぼとぼと、村を目指して歩き始めた。
汗や土で汚れたまま宿屋(妖精の囁き)に戻ろうと扉を開けると、髪はぼさぼさ、ほこりにまみれた姿でジャムが出迎えてくれた。
事情を聞いてみると、宿屋(妖精の囁き)の扉という扉を開けて、ザッハトルテを探していたらしい。
俺たちを見つけたときのジャムは、目元を赤く腫らしながら、俺たちを睨みつけてもいた。
泣いているのか、怒っているのかわからない……。
とにかく、ジャムの姿を見た俺は、すぐに謝った。
何か悪いことをしたわけじゃないが、こんなジャムの姿を見て、いたたまれなかったのだ。
一言も告げずに、お師匠様を連れ出したこと。まあ、連れ出されたのは俺なのだが。
昨晩の出来事など、話せそうな事情は素直に話した。これで落ち着いてくれるといいのだけれど。
お師匠様は変わらず俺の背中で眠りこけている。ここは一人で乗り切るしかなさそうだ。
そして、現在に至る。
「ふーん、それで、うちのお客様を連れて朝帰り?」
今まで話した事情の全てを無視して、俺がお師匠様を連れて悪い遊びをしていた事になっているようだ。
「だーかーらー!お師匠様との仕事で、森に入って魔獣と戦って、魔獣避けの結界を張って、ドラゴンを追い返して、そのあと森で気絶しちゃったんだって!」
追い返してのところは多少話を盛っているけど、概ねこんなところだ。
そもそも、俺がお師匠様のようなちんちくりんを夜遊びに連れて行くわけがない、夜寝ないと身長が伸ばせないんだから、お師匠様にはしっかり寝て貰わないと。
ごつんと、後ろから頭突きをかまされた気がする。寝てるんだよな?
「そんな冗談みたいな事、信じられるわけないでしょう!魔獣と戦ったとか、魔獣避けの結界?ならまだしも、ドラゴンがこんな森に出てきて、それを追い払ったなんて、誰が信用できるっていうのよ!」
うーむ、あまり反論できない。森にドラゴンが現れた証明は難しいだろう。
あの木がなぎ倒されている場所に行けば信じて貰えるだろうか。いや、俺が木を折ったことにされて、村まで運ばされるオチが見えた……。
「ほんともう!今朝、ザッハトルテさんが部屋にいなくて、目が見えないって言ってたから、もしかしてどこかで倒れてたり、井戸に落ちたりとかって……でも、無事で……。」
ジャムの声色は怒りからだんだんと安堵に変わり、泣き出してしまいそうなほど、か細くなっていく。
無理もない、外見だけ見れば、盲目の少女だ、ジャムが考えているような事故が起きていても不思議じゃあない。
「あ、あーっと、ほら……無事だったんだし、お師匠様だって魔術師なんだ、そう簡単に
怪我をしたりはしないさ。昨日だってすごかったんだぜ?」
「魔術師だって言ったって、何でもできるわけじゃないでしょ!水浴びの時だって、私に頼ってきたんだから。それに、夜の森に入るなんて、アルのバカ!死んじゃったらどうすんのよ……。」
我慢の限界が来たのか、その場に崩れ込むと、ジャムはぽろぽろと涙をこぼして泣きじゃくった。
「お、おい、ジャム……泣くなって。死んでないだろ?ほら、手足のどこも取れてないし、お前を持ち上げることだってできるぜ?」
ジャムが泣く姿を見て、子供を安心させるような、幼稚な冗談を口にしてしまう。いやいや、女の子を慰める言葉にこれは無いと俺でも思う。
とにかく、ジャムを慰めなくては。
お師匠様を適当な場所に転がして、手袋を脱ぎ捨てた。汚れているしな。
ジャムの方へと近づいて、頭に手を置いて、ぎこちなく撫でてやる。
冷静になったらきっと、思い出したくないほど恥ずかしい記憶になるね絶対に。
「汗臭いし、土で汚れてるけど、怪我はしてない。魔獣とも戦ったけど、一撃で倒してやったんだぜ?この背中のバスターソードでな。武勇伝として後で聞かせてやるよ。」
落ち着かせようと笑いながら適当に話を続ける。飯でも食いながら話そうと思ってたんだけど、まあでも、ドラゴンの話っていうとっておきもあるし、勿体ぶる必要はないか。
しばらくジャムの頭を撫でていると、少し落ち着いたのか、何かに気が付いて俺の手を取りこっちをにらみつけてくる。
撫でられるのは子供っぽくていやだったかな?
「手……血が付いてる。」
何があったのかって、視線でも問いただしてくる。目は口程に物を言うって本当らしい。
「心配いらないよ、これは魔獣やドラゴンにやられたわけじゃあないんだ。ちょっと力みすぎて、手が擦れちまっただけ。」
わきわきと手を動かして無事な様子を見せる。
「この前、親父の手伝いで手の豆がつぶれたときの方が痛かったよ。」
にっと口角を上げてわざとらしく笑って見せる。
「痛い痛くないじゃなくて、消毒しなきゃでしょ。水と綺麗な布持ってくる。」
「あ……うん、頼むよ。」
俺の方へと腕を突き返すと、ジャムは顔を見せずに店の奥へと走って行ってしまった。
色々失敗した気がする、あとでちゃんと謝らないと……。
「良い子じゃないカ。」
「……お師匠様、起きてたなら、説明してくれよ。」
お師匠様は地面に伏せていて、表情は読めないが、おそらくにやけ顔なのだろう。
「ふたりきりで話せた方がよいと思ってネ。そろそろ私は部屋に戻るヨ……PGには、私が魔力を注いでおくから、怪我の消毒の後に取りに来るとイイ。」
のそのそと立ち上がり身体のほこりを払い、2階にある部屋へと戻っていった。
変に気を使われてしまった、そんなんじゃないんだからね!
ぽつんとひとりにされたので、椅子に座って、少し思いを巡らす。
昨日の朝、お師匠様に出会ってから、俺の人生は変わってしまった気がする。
壮大な冒険や伝説の始まりとか、そういうものじゃない。
人と人が出会って友人になったり、世界のことを少し知っていったり。
そんな、小さな変化だ。
魔術師の弟子を名乗ったり、ドラゴンと遭遇することが小さな変化っていうのは懐が大きすぎる気もするけどね。
とにかく、これからの俺の人生は、そんな人たちや、その人たちの世界を、知らなかった頃には戻れなさそうってことだ。
魔術やドラゴン、王国に繋がる者、興味の種は尽きない。
などと、俺の人生を本にしたときに様になるような台詞を考えているうちに、俺は再び夢の中へと落ちていった。




