赤毛の幼馴染とパンケーキ
「女将さーん!荷物持ってきたぞー。」
「あんがとさん、いつも通り倉庫まで頼むよ!」
いつも通りね、荷物女が女将さんの仕入れた食材っていうなら倉庫に入れるべきか。
馬鹿なことはやめておこう。倉庫に小さい女を閉じ込めたなんて絵面だけみたら女児誘拐、こんな汚名は背負えない。
「お、アル、おつかれ〜。」
赤毛を揺らしながら、少女がひょっこり顔を出す。
彼女の名前はジャム、この宿屋『妖精の囁き』の自称看板娘。
接客中は愛想がよく気前のいい娘に見えるが、寝相は悪いしつまみ食いの常習犯、俺の軽いジョークにすぐ手が出る短期な女だ、もう少しお淑やかでいれば嫁のもらい手があるだろうに。
俺がいなかったらどうなっていたことか……もらうつもりはないよ?
「ジャムか、ちょうど良かった、荷物運んできたから倉庫に入れるの手伝えよ。」
「あいよ〜......ふぁ、今日の朝食はパンケーキだって、良かったね。」
担いだ荷物をジャムに渡す。
これも毎朝の日課、寝起きのいい運動になる。これをしないとこいつ朝飯の後に寝直すんだ、きっと将来はいいお嫁さんになるよ。
「イヒ......それは楽しみだネ。」
「別に俺の好物って訳じゃないぞ。」
「私の好物だよ。私が嬉しい、私が笑顔でアルが嬉しい……ね?良いことづくめでしょ。」
好物じゃないとは言え、楽しみなのは間違いない。
しかし、こいつの自信はどこから来るのか。いくら胸を張っても平らな双丘からではないことは確かだろう。
「私よりナイとは......開き直るのも無理はないネ。」
俺に春を売るとか押し付けてきた割には、自分の体の小ささに自覚はあるのかこの魔術師は、まあでも、身長差の割に他で差が無いというのは哀れみの気持ちもなくは無い。
「で?この子誰なのかな。」
痛い。何も口に出していない俺のこめかみに、指がめり込んでいるのは何故だろう。笑顔なのも怖い。
「荷物女だよ、他のと一緒に運ばれて来たんだ。」
「運ばれ終えたから今は旅人かナ。」
なるほど、荷物ではなくなったわけだ。
それじゃあ旅人か、いや、紹介するなら魔女?どちらにせよ幾分かマシな印象になる気がする。
「つまり......お客さん!?」
俺の頭を放り投げると、ジャムは血相を変えて飛び出していった。もう少し優しく扱ってもばちは当たらないと思う。
荷物女改め魔女はイヒっと笑っている。怖いよやっぱり。
彼女はすぐに戻ってきた。
「いらっしゃいませ!ようこそ『妖精の囁き』へ!ご食事ですか、ご宿泊ですか?」
小綺麗なエプロンを携え、パンケーキを食べている時よりも笑顔......いや、作り笑顔が張り付いている。接客業には向いていそうだ。
「イヒ......しばらく世話になるヨ。ひと月くらいかナ?」
「ひ、ひと月!?」
驚くのは無理もない、月に数人が一晩泊まっていくのがやっとなこの宿屋にひと月のお客なんてめったにいない。
ところでこの魔女、支払い能力はあるのだろうか、どう見ても手ぶらなんだが。
「あ~……えーと。」
俺と同じ疑問を持ったのだろう、怪訝な表情を浮かべ、彼女を値踏みするように睨みつける。流石にお客様に失礼じゃないか?気持ちはわかるけど。
「安心するといい、お金ならあるヨ。これでも王国に雇われている人間なんダ。」
ジャムは思考を読まれたせいか、驚いた様子を見せてぺこぺこ謝っている。
驚く事は無いだろう、魔女じゃなくてもあんなに睨みをきかせていれば、どんな風に思われているかわかるだろう。
ところで王国に雇われているって言った?王国ってこの村の数十倍も大きいあの王国?
この魔女がうちの村の村長よりも偉いのかもしれない。こちらに顔を向けてにやけているし、きっとそうなんだろう。
「で、では料金は一週間分を前払い、銀貨七枚をお願いします。」
「金貨二枚渡すから食事も頼むヨ。どうやら女将サンの料理が絶品らしいからネ!」
俺に顔を向けながらニヤついている、絶品とまでは言ってない。それよりおいしいものを食べた事が無いだけで。
ところで今その金貨どこから出した……?
「お、お部屋はコチラになります。」
金貨なんて初めて見たんじゃないだろうか。驚きで口を開けたまま魔女を案内していった。俺も金貨を見るのは初めてだ、この村じゃそんな高額な品は親父の作る剣くらいだ。
「朝食は一緒に食べようナ。」
平穏な一日が訪れるのはもう少し先になりそうだ。
「女将さん、荷物の片付け終わったよ。」
「あんがとアル、いつも助かるよ。これ、お客さんの分も一緒に持っていきな。」
普段と変わらない様子で皿をこちらへ渡してくる。
魔女の見てくれや金貨だって見ただろうに何も動じていない。流石女将さん、年の功という点でジャムと大違い......いや、パンケーキの枚数が普段の倍になっている。
内心ウキウキだこの人。
食堂のテーブルを見渡すと、見覚えのある大きな帽子が見えた。
「おまたせしましたお客様、お食事がご用意できました。」
少しかしこまって給仕の真似事をしてみる。
ジャムなら自然?な笑顔で配膳するのだろうが、俺の顔は今どうなっているのだろうか。
「お偉いさんだったからって、改めて緊張しなくてもいいゾ?」
引きつり顔だったらしい。
慣れない事はやめて、彼女の正面に座って遠慮せずパンケーキを頬張る。
「魔術師らしいお礼っていうのを考えてみたんだけど、ちょうどいい品がなくてネ。」
そういえばそんな話だった。
別にありがとうでいいんだけどな、おかげでパンケーキ増えたし。
「ありがとう、よし、これで運んでくれたお礼は終わりだナ。貸しが無くなったところでひとつ頼みたい事があるんダ。」
あっさりと済まされた、少年の純情を返して欲しい。ちょっと期待してたんだぞ。
「ここにいるひと月の間、私の弟子になってくれないカ?」
ここから伝説が始まるのかもしれない。俺はそう思いながらパンケーキをのどに詰まらせた。




