勇者の役目
物語は台本に沿って進まなければいけない。
それぞれ割り振られた役割通りに演じなければならない。
もしその規則が破られる時。
世界の均衡は崩れ去る。
そんなセリフをどこかの小説で読んだことがある。
なぜその言葉が今頭に思い浮かんだかはわからない。ただ、なぜか嫌な予感がしたんだ。
今すぐ目の前の光景を。
それを見る周りの目が。
何もできないとわかっていたし、起こってしまったのなら止められない。
でも、すでに役目を与えられてしまった人間はそれを振り切ることなんかできるんだろうか。
「赤い月ってなんか落ち着くな」
今日で何日目だっけ。
日本では見ることのなかった赤い月が地上を照らしている。
窿太郎はついさっき見つけた、西塔の再屋上にある小さな鐘の下で寝そべっていた。
日本のマンションだったら、20階くらいの高さだろうか。
だが区切られた部屋はなく、このアーチの中央から垂れ下がる鐘のためだけに造られた塔のようで。
支柱以外はまるごと壁をくり抜いたかのような風通しの良い頂上と、円柱の外壁に沿ってくっついている螺旋階段しかない。
つまり、何も面白みのない塔なのだ。
それでも、学校の屋上の住人であった窿太郎としては、このそよ風と星空の眺めは非常に居心地がいい。
少し肌を刺す冷たい風も、慣れれば丁度良く感じる。
時々赤い月をかすめるように、風に流れていく雲を目で追いながらぽつりと呟く。
「綺麗だな」
他の生徒は、赤い月なんて気持ち悪いと言って夜にはあまり外をうろつかない。
ただ、窿太郎にとっては蛍光灯のように白く光る、地球から見る月よりも暖色がかったこの月の方が、なんだか懐かしい感じがして落ち着く気がしたのだ。
真っ赤、と言うよりも淡く、薄暗い桃色とワインレッドが混ざったような色。
その光に手をかざすと、光に赤シートを透かしたかのように赤い光がのった。
つくづくこの世界の不思議さを感じていたが、飽きたのか手を下ろして頭の下で組む。
そのまま寝そべりながらボケーっとしていると、この2日間で起こったことが自然と鮮明に思い出されてきた。
それに身を委ねるようにして、さわさわと木の葉が揺れる音を聞きながら目を閉じる。
_________
「千里すげーじゃん!!」
「これって才能ありですよ!」
「かっけえ!!!」
千里はあの後、火のみではなく水、土、風、全ての4大要素の属性を具現化することに成功していた。
しかも。
初級から上級の魔法まで飛び級式に魔法を具現化したのだ。
皆高が真っ先に声を上げて、賛辞の念を込めて後輩の背中を叩く。
いつの間に仲良くなったのだろうか、2人はハイタッチをしている。
食堂にいた皆が憧れを含んだ面持ちで千里を取り囲んで騒いでいる中、窿太郎と鳴海は遠くから観察していた。
生徒を、ではなく。
このような状態になった際に、彼がどのような態度をとるのかを。
見ていたんだ。
セイ=ガーナンドを。
そして。
それを見て体に緊張が走った。
冷や汗が固まった背中を伝う。
彼は隠れることをやめて、食堂へと堂々と入ってきたのだ。
セイの登場に、生徒達は目を丸くして口を閉ざしたが、彼が発言を促すと口々に千里の魔法を誉めそやす。
見ていただろうに、少し驚いた演技をしてみせた。
彼はよくやったとにこやかに拍手を送っていたが、目が全く笑っていなかった。
授業時のような気の抜けた雰囲気などどこにもない。
むしろ、冷徹で、誰も介入する隙さえ見えない鉄壁が彼の周りを取り囲んでいるように写った。
その冷え切った紫の瞳は、千里が呼び出した炎の光に反射して瞳孔が細まっている。
その目は、まるで獲物を見つけた肉食獣のそれのような錯覚がした。
「これは・・・」
「やばいですね」
目をつけられたんだ。
窿太郎自身、奴らの手中にある限りできるだけ派手な行動は避けていたつもりだった。
まさか、千里にこんな才能があるなんて窿太郎も春瀬も考えていなかったのだ。
この時、ちゃんと千里に忠告しておくべきだと後悔する羽目になるとは。
珍しくおちゃらけた口調を正している鳴海も同感だったのか、真剣な顔をしてセイと千里を見ていた。
どうやって挽回するか。
いや、もう今更誤魔化しても遅いのだ。
だから、早くここから抜け出すほうがいい。
2人の意見は一致していたようで、目を見合わせて頷きあった。
しかし、窿太郎たちはこの国の貴族の強欲さを甘く見ていたのだ。
いうまでもなく、発覚したその千里の魔術の才能は、一気に広まった。
それをきっかけに、何かの準備が済んだとでも言うようにその翌日の午後、窿太郎らは謁見の間に呼び出された。
奴らの動きが予想以上に早かったことに、窿太郎と鳴海は焦ったが、欠席できるはずもなく渋々従う。
別に面倒くさいから、とかそう言ったへなちょこな理由で欠席したかったのでははないぞ、断じて。
謁見の間は、最初に王と対面した様子と全く変わっていない。
そして、生徒が並んで歩くのも規模が違うだけで何ら変わりない。
だが、一つだけ、目を疑う光景が目の前にあった。
レッドカーペットに列を作って王に対し跪く生徒達の少し前で、背を見せながら横一列に並んでいる人物がいた。
左から、千里、蓮華、康介、生徒会会長、そして悠真がこちらに背を向けて立っていたのである。
彼らはいつもの白服に加え、それぞれに装備を身につけていた。
まるで、これから戦場へ出発するかのように。
彼らに何が起こるのか知っている者、知らない者。
2種類の視線を浴びている彼らに、玉座の階段下に佇む宰相が視線を投げ掛ける。
そして、脳が震えるような声を張り上げて宣言した。
「我らが国王に仕えし5人の勇者が決まった!これをもって、魔王討伐の隊を述べる!」
「広庭の聖魔導師」センリ。
「旋空の聖騎士」レン。
「豪壁の重騎士」コウ。
「天智の聖遣」シュウ。
「光の聖英」ユーマ。
後日談だが、そのジャンルを極めたもの(頂点に立つもの)を「聖」と呼ぶらしい。
それにしても、いつの間にか頂点へと登りつめていた悠真に驚きであんぐりと口が塞がらない。
何よりも、生徒会会長を彼のサポート役として配役している事が恐怖だ。
彼らの顔は伺うことが出来ないが、悠真の顔は胃痛で引きつっているに違いない。
しかし、とてつもなく恥ずかしい二つ名を送られた蓮華と悠真は、呼ばれるたびに身をよじらせて悶えるのを我慢しすぎて震えている。
窿太郎はそれを見て、肩を震わせて笑っていた。
後にそれをわざと呼んで蓮華にボコボコにされたのは言うまでもないが。
そしてなんと、そのグループを率いるのは、いつも悠真にべったりしているあの第二王女らしい。
第二王女は治癒を主とした聖魔道士、周りの貴族からは聖女と呼ばれているそうだ。
なかなか表と裏のギャップが激しいお姫様である。
王族は皆このように腹黒くなって行くのだろうか。
社交界にはとことん向いていない窿太郎からすると、そのコミュ力は見習うべきものだが、貴族に生まれてこなくて良かったと安堵していた。
若干の現実逃避から意識を戻すと、未だに宰相は興奮気味に語っている。
歴代最強のチーム編成だ!と言ってのけた宰相は、鼻高々にこう宣言していた。
「ここまでの才能溢れるもの達が我らの味方となってくれることを心より誇らしく思う。先に述べた諸君は騎士団団長と行動をしてもらうため、他のもの達とは接触は困難になるだろう。だがこれも力を伸ばすためなのだ。わかってほしい」
微かに生徒達に動揺が走る。
特別扱いだと憤った者。
隔離されると怯える者。
頼る相手を失くし不安がる者。
様々な息遣いが聞こえる。
しかし、宰相はお構い無しに続けた。
「さて、その他の勇者達は彼らをサポートする為に力をつける必要がある。なので、少し荒療治にはなるが『花盛りの森』へと遠征を行ってもらう」
跪かせられている生徒達は衝撃を隠せなかった。
外への討伐。
つまり、魔物との実践だ。
そして、森という単語に皆は動揺しているようだった。
日本では危険な森に入る機会なんて滅多にない。
ましてや魔物がでる世界の森となれば、怯えるのは当然である。
さらに、彼らのように強そうな二つ名がつけられた森なんて尚更行きたくなどない。
不安と焦りの声が周りから聞こえ騒めく。
かくいう窿太郎もすっかり動揺してしまっていた。
何故なら。
「国王が目を開けたまま寝る技術を持っているだと……。くそ、負けた」
「そこかよ!ってワオ!マジで寝てんぞあのオッサン!」
「ヨダレ垂れてますね〜」
間髪入れずに突っ込んだ皆高に呆れた視線を向けられたが、気になるものはしょうがない。
鳴海は面白半分で見ているようだ。
ここの王は寝ることが仕事なのだろうか。
「あ、起きましたよ〜」
何故この国は生きてこられたのだろう。
ざわめきに起こされた王は、不機嫌そうに宰相へ愚痴っている。
そんな、幼稚園児のような国王を見た窿太郎は、むしろ羨ましいとすら思えてきた。
「俺も昼寝したい……」




