9話「光射す」
予想外に大きかった箱から出てきたのはコバルトブルーのドレスだった。
「これは……す、すごい、綺麗……!」
袖の先と裾には生地と同じ色のフリルがついている。特に裾のフリルは三段くらいになっていてボリュームがあった。一見甘い雰囲気の衣服のようだが、全体的に青系の色でまとめられているため甘々な雰囲気にはなっていない。可愛らしいデザインでも落ち着いた空気をまとっているドレスだ。また、広がりの控えめなスカート部分には、金銀の糸で刺繍が施されていた。夜空に星の輝きの軌跡を描いている、そんなイメージ。煌めく糸たちは宇宙のような色をしたドレスに無数の輝きを与えていた。
「星空みたいですね……!」
「気づいてもらえて嬉しいです、そういうイメージで注文しました」
着用すると喉もとにくるだろうと思われる位置にはブレスレットのような飾りがついている。宝石のような透明のパーツが連なった飾りが縫い付けられている。そしてそこから胸もとに至るまで隙間はレース状の生地。そこは恐らく着用すると肌がうっすらと透けるのだろう。肌丸出しでもなく、色に塗り潰されているのでもない、そういった曖昧さから深い大人っぽさが生まれるのだろうなと想像した。
「青い髪に青い服というのはどうなのだろうとも思ったのですが、自分の中ではアズリーさんはどうしても青のイメージでしたので、思いきってそのイメージのまま青系のドレスにしてみました」
ヴェガウンディはそんな風に話していた。
「色々考えてくださってありがとうございます」
「いえいえ、あれこれ考えてみることは意外と楽しかったです」
聖女だからといって何かできるわけではないのに、こんなに優しくしてもらってしまって……本当に良いのだろうか、逆に不安になってくるほどだ。
「大事にしまっておきますね」
深くお辞儀をすると。
「いやいや! 着て!? 着てくださいよ!? ドレスは着るものですから」
思ったより勢いよく突っ込まれてしまった。
「わ、分かりました」
圧をかけられ一歩後退しつつも忘れず言葉を返す。
「というより、今ここで一旦着てみませんか?」
「早速ですか」
「もちろん嫌なら嫌で構いませんが……」
遠慮したような目をするヴェガウンディを見たら何だか少し申し訳なくて。
「では着てみようと思います」
気づけばそう発していた。
ヴェガウンディの瞳が煌めく。
太陽光を浴びる雨上がりの葉っぱのように。
一旦部屋へ入り、世話係の女性に手伝ってもらって、何とか無事ドレスを着用することに成功。軽く髪も整える。化粧は時間的に今からしっかり施すことはできないので、顔面だけはナチュラルなままで。
「どうでしょうか」
ヴェガウンディの前へ出ていってみる。
彼は驚いたような顔で硬直していた。
「変ですか?」
「……ぁ、ぃ、いえ」
「えっと」
「その……思った以上に似合っていて……驚いて、固まってしまっていました。すみません、変な反応になってしまって」
少し間を空けて。
「本当に綺麗です」
彼ははっきりと言いきった。
「綺麗ですよ!」
さらに圧を強めて主張する。
「すごいです!!」
彼は主張することに燃えていた。
着ている服を褒められたことなんてなかったからとても嬉しかった。
私のような女にも希望はあるのだと思えて。
ほんの少し前向きになれた気がする。
「これからたまにでも着てみようと思います」
「ぜひぜひ!」
◆
王城で暮らすようになって十ヶ月ほどが経ち、私は、王子であるヴェガウンディと婚約することとなった。
恐らく初めから仕組まれていたのだろう。
気づけばそういう話が出てきていて。
普通の生活をしていただけだったというのにいつの間にかそんなことになっていた。
……でも嫌だったわけではない。
ヴェガウンディのことは嫌いではなかった。彼はいつも優しいし思いやりを持って接してくれるから。なので、彼と結ばれるということに抵抗はなかった。むしろ嬉しさを感じていたくらい。なにも無理矢理婚約させられたというわけではないのだ。
だがこれが現実であるとはいまだに信じられない。
ただ聖女だと言われているだけの普通の女がこんな自然な感じで王子と結婚するという道を歩むことになるだなんて。
少し前まで、私の人生は暗かった。
心ない人に囲まれて。
仲良くできる人も少なくて。
純粋に楽しいと思える瞬間なんてあまりなかった。
でも今は違う。
彼と出会って。
ここへ来て。
気づけばすべてが変わっていた。
雨上がりの重苦しい雲に覆われていた空から強い日射しが降り注ぐ、その瞬間を想わせるような――そんな今がここにある。
未来なんて分からない。
でも歩いていく。
でも生きていく。
いつの日か、光に出会えることを信じて。




