オフィス・トライメライ 幕張研修所18
私が幕張に移り住んで半年くらい経った日のことだ。夕飯のとき叔母に「叔母さんお仕事変えることにしたから」と言われた。それを聞いた私は「そうなんだ」としか返せなかった。たぶん幼い私は叔母が仕事を変えたとして私には特に関係ないと思っていたのだと思う。叔母は続ける。
「ずっと音楽関係の仕事してきたんだけどね。……これからは役者さんを育てたり、仕事紹介したりする仕事をすることにしたの。弥生ちゃん。もしあなたさえ良かったら役者やってみない?」
叔母はそう言うと顔の前で手を組んで私の顔を覗き込んできた。私は思わず口に運びかけたハンバーグを皿の上に落としてしまった。役者って何? 女優さんってこと? 私が? そんな疑問がいくつも頭に浮かぶ。
「女優さんになるってこと?」
「そうね……。女優には違いないと思う。まぁあなたがやるとすれば子役ってことになるとは思うけど。どう? もちろん無理強いはしないけど」
叔母はそう言うといつもみたいな優しい笑みを浮かべた。彼女の瞳に私の戸惑った顔が映っている。でも……。私には拒否権なんてなかった。拒否したくないし、出来ない。やっと叔母さんに恩返し出来る。私の頭の中にはそれしかなかった――。
それから程なくして叔母は『オフィス・トライメライ』という会社を立ち上げた。事業内容は俳優・エキストラの派遣事業。要は芸能事務所ってやつだ。おそらくこれは叔母の前職で得たコネクションによって実現したことなのだと思う。
叔母の前職……。それは『ニンヒアレコード』という音楽レーベルの企画担当だった。詳しくは知らないけれど『ニンヒアレコード』は新宿に本社を持つ大きな音楽レーベルらしい。叔母から聞いた話だとパンクバンドを多く抱えているとか……。
そんな音楽関係で培った人脈が叔母にとっての武器だったのだろう。彼女はそのコネクションを使ってどんどん仕事を熟していった。きっと叔母には商才があったのだ。芸能事務所の経営者としての類い希な才能が。
それと平行して私も子役としての仕事をひとつひとつ熟していった。最初はプリンを食べる子供役、次は車の後部座席でチャイルドシートに座るだけの役。それはエキストラに毛が生えた程度の仕事で、幼い私にも難なく熟せた。ただ泣かないで言われたとおりにすれば良いだけ。なんて簡単なことなんだ。私はそんな世間を舐めたことを思った。
そんなCMに数回出演すると今度はテレビドラマの子役の仕事が舞い込んできた。役柄は幼児虐待の被害者の子供役。言い得て妙だけれど私にとっては最高の役だと思う。
……今思えばそれが私の役者としての転機だった。自分の生い立ちを映し合わせたような。そんな可愛そうな子供の役が。




