オフィス・トライメライ 幕張研修所14
そんなことを考えながら歩いていると店にたどり着いた。ビルとビルの谷間。鹿の蔵はそんな場所にあった。入り口には白い暖簾が掛けられ、店の前には盛り塩がしてある。そして白い暖簾の右端に控えめに『創作和食の店 鹿の蔵』と書かれていた。パッと見ただけで高級そうに見える。
「こんばんはー」
私の思いを余所に鹿島さんがそう言って店の引き戸を開けた。明けた瞬間、店内の淡い光が溢れてくる。
「いらっしゃい。あら?」
私たちが店内に入ると店主らしき女性がそう言って出迎えてくれた。そして彼女は「弥生ちゃん久しぶりねぇ」と弥生さんに駆け寄った。
「お久しぶりです。ご主人にはいつもお世話になってます」
「あらあら。すっかりお姉さんになったのね。フフフ……。えーと、そちらはお友達かしら?」
彼女はそう言うと私に微笑みかける。すごく上品そうな女の人だ。正直、蔵田さんの奥さんとは思えない。
「ええ。香取さんと一緒にバイトしてる夏木さんです」
弥生さんはそう言って私にも挨拶するように促した。私は「こんばんは。夏木聖那です」と普通に自己紹介する。挨拶と名前だけ。よくよく考えるとかなりシュールな自己紹介だ。
「叔父さんは?」
「まだ帰ってきてないわ。なんか生地屋さんに会うんだって……。たぶん飲んでくるんじゃないかなぁ」
「またぁ? まったくあの人は……」
「本当にね。まぁ……。完全に遊びじゃないから文句も言えないんだけどね」
鹿島さんと蔵田店長の奥さんは無遠慮に蔵田店長の悪口を言うと顔を見合わせて笑った。みんなから悪く言われる蔵田店長って……。と内心思った――。




