珈琲と占いの店 地底人9
母がいない。それは四歳の私にとって最悪なことだった。単に寂しいとか心細いとかそんな問題ではない。子供一人ではとてもじゃないが生きていけないのだ。
冷蔵庫を覗くと中には酒と調味料とわずかな冷凍食品だけが入っていた。それ以外は何もない。誕生日だというのにケーキもない。いや、ケーキなんてあるわけないのだ。だって……。母は私の誕生日に何かしてくれたことなんてなかったのだから。
そう思うと急に涙がこみ上げてきた。世界でひとりぼっちにされた気がした。こんなボロアパートの部屋の中で一人で死んじゃうかも。そう考えると全身が震えた。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんなのってあんまりだ。私が何したっていうんだ。日本語の勉強だって一生懸命した。下手だったかも知れないけれど家のことだって頑張ってやった。自転車だって補助輪なしで乗れたし、一人で買い物だっていけた。なのに何で? 何でお母さんは私を一人にするんだ。
「こんなのって……ないよ」
私は独り言のように呟いた。当然返事なんてない。
だから私は『ああ、ここで死んじゃうんだな。生まれてきたことは間違いだったんだ』と思った。『このままお腹が空いてそのまま痩せっぽっちになってミイラになっちゃうんだ』とも思った。
でも……。そんな絶望的な状況の中でも私の身体は食べ物を欲していた。生きたい。こんなところで死んじゃダメ。生きるんだメイリン。お母さんだってそのうち帰ってくるさ。腹の虫はまるでそう伝えたいみたいに大きく鳴り続けた。
気がつくと私は冷蔵庫の中から冷凍チャーハンを取りだして凍ったままむさぼり食っていた。口に入れた氷の塊が少しずつ溶けてしょっぱい味が口いっぱいに広がった。ああ、美味しい。私まだ生きてて良いんだ。そのチャーハンの味は私にそう思わせてくれた。……残念ながら思わせてくれただけで何の解決にもならなかったのだけれど。
チャーハンの袋が空になると私は部屋中を探し回った。食べ物を探さなきゃ。少しでも長く生きたい。ミイラになんかなりたくない。お母さんのことだからどこかにお金しまってるかも。そんなことを考えながら部屋中を探し回る。
そしてしばらく探し回ると茶色の封筒をに入った一万円札を二枚見つけた。
「ありがとうお母さん。これでご飯食べれるよ。大きくなったらちゃんと返すからね」
私は封筒に向かってそう呟く。やはり返事はない。そして返す当てもない。
――その日から私の生き残るための生活が始まった。今思えば……。それは四歳の子供にとってあまりにも無謀なことだったと思う。




