SOS
「……解読、おわりました」
オペレーターが、暗い顔で解読結果を送付してくる。わたしは少しためらってから、ホログラムアイコンをタップしてドキュメントを開いた。
約37光年むこうのβ91星系からの電波信号。β91文明の言語と通信プロトコルは、10年も前にすっかり解読され、今では市販の汎用AIに翻訳アレイが搭載されるほどだ。
こちらから友好のメッセージを送ったのが、2年前。もちろん、まだ返事はない。
いま届いた信号も、およそ37年前に発信されたものだ。
『助けてください』
β91星系では、……いつからかはわからないが、大きな戦争が続いているらしい。地球よりおよそ数十年分(通信時差を考慮すればその2倍ほど)進んだ彼らの文明は、惑星の地表を破壊しつくすだけの武器を、誰もが簡単に製造できる段階に至っていた。
『わたしは、──(固有名詞)の国民です。いま、緊急挺にひとりで乗っています』
くわしい事情は、我々には知るべくもない。こちらは、ただ、37年も前に発信された電波を、勝手に傍受しているだけなのだ。
『母船は、破壊された……と思います。その衝撃で、緊急挺に乗ったのこりの人たちは、真空にさらされて死んでしまいました。私のいる区画だけが、かろうじて気密を保っています。操舵室にも機関室にも戻れません』
このメッセージも、我々に向けたものではない。……あいては、地球文明のことを知らないはずだ。
『助けてください。……だれか、助けてください。敵でも味方でも、だれか生き残っているなら。わたしは衛星軌道にいます。助けてください。お願いします。』
このメッセージを最後に、β91星系の電波は静かになった。
『助けてください』
いや、正確にいうと、このメッセージはまだ続いている。……自動送信になったらしく、およそ地球時間で7分ごとに。ただ、SOSだけを、延々と。
わたしは、ため息をついて、メッセージを閉じた。
「……観測機、送る?」
同じメッセージを読み終えた副長に、そう、小さく声をかける。
もとより、予定さていたことだ。片道5412年の、気の長い旅路。無人観測機の寿命をはるかに超える。それでも、送ろうとしていた。
「送りましょう」
よどみなくそう言われて、わたしは、やっと自信をもって頷いた。
送るべきだ。
せめて、
形のあるものを、あそこに。
https://twitter.com/kusunoki_umou/status/1376733429807652870




