指輪
「きみにあの星をあげる」
合宿所の屋上。都会とはまったく違う空を、ふたりで見上げていた。ショウは、得意満面の顔で天を指さして、わたしにそう言った。
「どの星? わかんないよ」
わたしは笑ってこたえた。満天の星空だ。天の川の、とくに星が濃いあたりを指しているようにみえるが、それ以上はわからない。
「ほら、──あの、21光年くらい向こうの。」
「わかんない!」
ショウは子供っぽいところがある。10歳の子供のような真摯な顔をして、──じっさい、童顔で、体格も大きくないので、中学生に間違えられることもある。わたしは、絶対に年下には見られないのに。
「とにかく、……あれは、ぼくの星なんだ。この前、権利を買ったから」
「へえ?」
「いい星なんだよ! 地球型惑星で、ちゃんと大気もあって……」
「それで?」
「とにかく、あれを君に──、」
わたしが相手にしないでいると、ショウは一瞬だけ睨むように目を細めて──、それから、ふっと力をぬいて、言い直した。
「……ぼくの恋人になってよ」
そうして、私たちは正式に付き合いはじめた。
*
合宿から帰ってすぐ、ショウは大学をやめて、遠くへいってしまった。家庭の事情、だとか。わたしたちはすぐに会えなくなり、──映像通話は、なぜかショウがいやがるので、──電話とメールだけでやりとりする関係になった。
そうして1年がたち、2年がたち、
わたしは卒業して、システムベンダーの営業職になった。下っ端は毎日いそがしく、ショウと連絡をとる余裕はなくなっていった。月に何日かの休日は、ぐったりと寝ていた。
頭の片隅に、別れ話をしなければ、という思考はあった。そもそも私たちは付き合っているといえるのだろうか、とも。そんな思いさえ、忙しさに紛れていった。
金曜日の夜、1時。
職場を出て、歩いて30分のアパートへ歩いている途中、着信があった。ショウからだ、と認識する前に、反射的に出ていた。
もしもし、と言う前に、ショウは早口でしゃべりはじめた。なにを言っているのか、よくわからなかった。……早口すぎて、というより、──寝不足の頭には、かれの溢れ出るようなおしゃべりは、ほとんど理解不能で。
ただ、……すぐに来てよ、と言っているのはわかった。
「どこに?」
必死でといかえす。通話に、少しずつノイズがまじってきていた。電波が悪いのだ。いわれるままに、走る。アパートの反対側。高架下をぬけて、入ったことのない路地裏を。古びたビルのあいだ、ぽっかりと空いた土地。そこに、ショウはいた。
あのときと、まったく同じ笑顔で。
かれの後ろには、──大型トラックの倍くらいの大きさをした、脚のはえたコンテナのようなものがあった。
「……時間、かかっちゃって。家の都合で」
「家の、って」
わたしは、かわいた口で聞き返した。もう一度、かれの後ろのコンテナを見直す。コンテナの底部には、スカートのように広がった、銀色のパーツがついている。
「その……母星の」
「え?」
「あの星、」
わたしたちの頭上に、すっと指をさして。
「……あれを、正式に君のものにする手続きを、してきたんだ。だから、」
「なに、言ってるの?」
「結婚、しよう」
はぁ、とまぬけな声がわたしの喉からもれた。口をひらく前に、ごう、と大きな音と、つんと鼻をつくにおいの風が顔を叩いた。コンテナの銀色のパーツが、はげしく光って、大きな唸り声をあげていた。
「ねえ、わたし──、」
「乗って!」
ショウは強引にわたしの手首をつかんで引っ張った。
ふりはらおうか、と一瞬だけ迷ってやめる。おとなしくついていくと、コンテナの前面に、ぽっかりと入り口があいていた。さっきまでは、そんなものはなかったはずだが。
こわごわと、入り口をくぐる。中はとても明るくて、……まるで、空間をねじまげたみたいに、広かった。あたりを見回そうとした瞬間、ごうっと足元がくずれるような感覚がして、わたしは膝をついた。
「大丈夫?」
ショウの腕にすがって、なんとか立ちあがる。
眼の前に、窓があった。空間の外周ぜんぶに広がっているような、大きな窓だ。断言してもいい。さっきまでは、なかった。
「ほら、見て!」
外を見る。
青い地球。写真で何度も何度も見た景色。もう、日本がどこかもわからない。地球のうしろには、まっくろな宇宙空間と、きらきらとさんざめく天の川の星ぼし…、
「これ、」
頭が真っ白になっているところに、小さな声。
横をむくと、ショウは真剣な目をして、両手で何かをさしだしてきていた。
リングケースに入った、指輪だった。
わたしは絶句して、それから、しばらくショウの目をみて、
しかたなく、笑った。
ショウは、昔からこういう奴なのだ。
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