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その十一

 ぼくにとってのロックスターは瑠衣と颯斗、忍だった。ロックに目覚めた憧れのロックスターは憧れのままだ。しかし、憧れと現実の両方を兼ね備えていたのが、同じヘブモンの仲間だった。自分と同じものを持ち、あるいは自分に持っていないものを持っている彼らだ。颯斗は今もメイクをしながらギターを持って歌っている。


「当たりめぇだろ。火葬される時だって化粧するよ」


 きっと畢生(ひっせい)の貫通を宣言するだろう。


 ぼくは颯斗が載った音楽雑誌の記事を開いた。


「今回のアルバムはどうしても曲が書けずにとても苦しんだ。でもそれを逆手に取って、むしろその憧憬をありのまま音や詩にすることでようやく書けた。やっぱりこれが天職だと信じています」


 天職。一体どれほどの人間がそれに辿り着けるのだろう。しかし、颯斗の言葉の裏には、化粧の奥に深い悲しみと苦しみを背負った天職なのだということが含意されていた。新しくリリースされる曲を聴く度、歌声も、ギターの物の音も、泣き喚いているようにしか聴こえなかった。颯斗が自らの音楽で誰かを救えば救うほど、彼自身が追い込まれているように見えた。


 人一人の生涯と人物像を追って行けば、人間の持っているすべての要素が出てくる。優しさ、気遣い、好奇心、繊細さ、反面、怒りや狂気。それらの喜怒哀楽が出せる人だから、出せる情況だから、愛されるのではないか。そしてメディアの取り上げ方次第で、如何様にも映る。


 しかし、メディアから発せられる情報は第三者の視点でしかない。例えばめちゃくちゃやってきたロックスターが何か社会貢献するとメディアは挙ってそこにフォーカスを当てるが、報道している側は当事者ではない。助ける側でも助けられる側でも、ない。


 きっと颯斗も、そして今助けて欲しいと願うぼく自身が求めているものも、社会貢献して立派にやっているロックスターの「表」の姿ではないはずだ。誰よりもロックンロールで、自由奔放で、無法な、どうしようもないクソガキのまま大人になった姿のはずだ。それこそが本来ロックスターが持つ最大の魅力なのだから。


 颯斗が苦しみの中から発する「生きろ」というまっすぐな言寄せは、きっと多くのファンに響くだろう。でも、ぼくも颯斗自身も実は生と死の狭間でもがく当本人でしかない気がしていた。ヘブモンの生と死。そのふたつを経由した上での「今」だということだ。


 肝心なぼくのその「今」は金もつとに底を突いた。着ている服ももう何年も経つので所々解れている。中古車を手放して得た金も泡沫のように消えた。家賃や携帯代を含む最低限の生活費すら、もう来月分を払えるあてがない。財布の中身は三十五円。いい大人が情けない。が、情けないという感覚すら生まれない。麻痺しているならそれでいい。当然ながら、今さら家族にも頼れない。就職活動をするにも金が要る。電車に乗る交通費すらない。職安は未だに慣れず、いつもどんよりした気持ちになる。いっそこのまま窮迫した生活に飲み込まれて、借金まみれになるか。いや、そんな度胸も持ち合わせていない。


 ただ、残された手段がひとつだけある。これまでの人生で一度だけ、それなりの金を手にしたことがあった。何もかもが順調だった頃。そう、売ればいいのだ。もう、捨ててしまえばいいのだ。どうせなら何もかも。本当はこれを捨てなければ、記憶を捨てたことにはならないのかもしれない。そう思ったぼくは静かにベースのネックに手をかけた。その瞬間だった––––。


 ジリィリィリィリィー。


 何かが鳴り響いた。携帯電話じゃない。脳か。身体か。それとも、そうじゃない自分の知らない体躯の何か、なのか。 時折聞こえてくる鈴虫の声も、突然音響外傷による耳鳴りが悪化したのかと思わせた。しかし、それともまた違う。激発する音と振動が確かに全身を駆け巡ったのだ。ぼくはそのままベースを持ち上げた。


 ジリィリィリィリィー。


 また鳴った。今度は走馬灯のように想い出が一気に脳から爪先まで電流の如く流れるようだった。もし弦を弾いたりしたら、また鳴るのだろうか。そう思いながらぼくはピックを手に取る。そして、そっと弾き慣れたフレットを押さえる。上から下へとストロークした瞬間だった。


 ジリィリィリィリィー。


 やはり鳴った。が、今度は紛れもなく携帯電話の音だった。いきなり場を遮って、催促してくる携帯の着信が嫌いだからいつもならマナーモードにしているはずなのに、なぜか解除されていた。無論、誰かからかかってくること自体、珍しいことだった。


 ジリィリィリィリィー。ジリィリィリィリィー。ジリィリィリィリィー。当然、出るまで鳴り続けている。


「も、もしもし––––」


「もしもし、日和か。久しぶりだな」


 バンドが解散したあの日、もう駄目かもしれないと思った。電車を降りたぼくは駅構内の人混みに紛れ、彷徨していた。その時、行き交う人波の向こうからまるで閃光の如く、規範となり続けていた大好きなロックスターが現れた。いや、そのコスプレをした人なのだが、その完成度の高さに思わず本人かと錯覚するほどだった。


 でも、今になって振り返れば、コスプレをした人という感覚こそが錯覚だったのかもしれない。本当に天に召されたロックスターがぼくを励ますために地上に降りて来たのではないか。なぜならその時ぼくのイヤホンから流れていたのはその人のバンドの曲だったからだ。そう信じてもいいじゃないか。


 その時のことをぼんやり思い出しながら、ぼくは武道館にいた。昔ヘブモンで観に行ったヴィジュアル系バンドのライブ。一人、当日券を買ってスタンド席に坐った。二〇〇〇年代にデビューしたこのバンドもいつの間にかベテランと呼ばれるキャリアを積んでいた。それだけ月日が経った証左だが、どれだけ時が流れてもこのバンドの化粧は変わらない。


 ヴィジュアル系を貫くことの美しさや力強さ、あるいは儚さを感じながら、自分が立つことの出来なかったステージで輝く憧れを観ていた。その時だった。


 爆音の会場の中で不意に、


〝きっと瑠衣もこの会場のどこかにいるんじゃないか〟


 そう思ったら、聞こえるはずもないのに急に誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り返った。声は聞こえなくても、確かに呼ばれた。

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