9 格納庫
『ミサイル爆発!』
「やったかな?」
アナウンスにサイードがつぶやく。
『ノイズが酷くて……』
「敵の艦長は、それほど甘い奴ではない」
シフォンは静かに否定した。その顔から緊張は解けない。敵と同じ手で攻撃したが、さっきからレーダーがまるで効かないので状況がわからない。
『あ、反応が……え?』
モニターに複数の反応が現われる。
『ミサイル……八本!?』
「おやおや」
サイードが顔色一つ変えずにつぶやいた。
『接触まであと二〇、いや十八秒!』
「こりゃあ、避けられない」
「回避行動! 大丈夫だ。このノイズでは向こうもこっちを把握できてない」
『接触まで一〇秒!』
船体がよじれそうなほどの急転回をするガルスレイ級「バンベスト」。
『五秒! 来ます!』
左舷をかすめてミサイルが通り抜けた。
「対ショック防御!」
言葉と共に振動が襲う。近接信管が作動しミサイルが爆発したのだ。
『F―二で電気系統異常! 気圧低下! 緊急隔壁下ります!』
『ミサイル連鎖爆発!』
今度の衝撃は大きかった。一瞬照明が消え、ブリッジが闇に落ちる。
『非常電源作動!』
『E―七で火災発生! C―十四で破片貫通! 死傷者が出た模様!』
照明はすぐに回復した。アナウンスにシフォンは耳も貸さない。
「ノイズメーカー二本、四〇〇で爆破! 有視界で戦闘する!」
「有視界?」
サイードもさすがに聞き返した。
「この距離なら大丈夫だ。角度もいい」
手早く指示して、サイードはシフォンを振り返る。
「賭けですな。決めないとこっちがやられる」
「そうだ」
その口元にうっすらと笑みが浮かんだ。緊張に包まれた美貌は汗で艶やかさを増し、その笑みは引き込まれるような美しさがある。
サイードはその笑みに気付いて、『やれやれ』と言ったふうに首を振った。
「閃光弾も用意しときます」
「頼む」
■ ■ ■
ラルフはCL七駐留の銀河警察の中で、最も巨大な武装艦であるバハムートに乗っていた。
船足が若干遅いが、火力はある。戦闘艦と一対一で渡りあえるのは、実際にはこの艦だけだろう。既にラルフは先行させた連絡艦が、戦闘艦の戦闘を確認したという情報を受け取っていた。これから船は戦場のまっただ中に飛込むことになり、真価はすぐにでも発揮されるに違いない。
『グリーンスリーブス遅れます!』
「ライサのバカ。何をやってるんだ?」
「本部から停船命令が出たんでしょう」
通報しようとして、強引に船へ連れ込まれたハッサンが、すでに悟ってしまった顔で静かに答えた。
「バカ野郎め。何ビビってんだ」
『グリーンスリーブスから通信です』
「ええい、なんだよ、全く!」
憮然とした表情で天井を仰ぐラルフ。
「メインモニターに回してくれ」
『グリーンスリーブスです。本部から主任に通信できないと言ってきてますが?』
「へぇ。通信機の故障かな?」
――呼出しに出るなって、言ってませんでしたかねぇ?
ハッサンは白い目でラルフを見やる。しかしラルフは、かったるそうにしているだけで、罪悪感は全くないようだ。
『本部から正式に救助命令が出ました。緊急非常体勢が発令され、本部長自らが指揮を取ることになります』
「え? なんだって?」
『本部長が話したいそうです。直ちに連絡を取ってください』
「おいおい、ホントか?」
――事態が悪化したぞ、これは。
ハッサンはぼんやり考えた。どこか思考が麻痺して身体とつながってない感じである。しかしそれで良かったかもしれない。戦場のど真ん中に飛び込むことなど、ハッサンの通常の神経で耐え切れない事態だ。
「ふん。そんなに地球が怖いかね」
悪態をつくラルフ。ほどなく通信がつながり、面長のグレンビー本部長がスクリーンにあらわれた。表情に怒りはないが感情を消している分、視線が冷たい。
『緊急を要するのに、なぜ通信に出ない?』
グレンビーは目を細めてラルフを見やる。その視線をラルフは平然と受けた。
「何十秒もかけて課長の愚痴に付き合いたくありませんでしたので。本部長が指揮を取ると知ってたらすぐに出たんですが」
『相変わらずだな、君は』
にこりともしないで、グレンビーは応じる。グレンビーは仕事のできる男だ。押す時は押し、引く時は引く。ラルフの暴走も予定に入れて仕事をするキレ者だった。
『とにかく銀河警察は、連合艦隊協力のもと、全力で事態の沈静化にあたることになった』
「連合艦隊?」
ラルフは訝しげに、言葉を繰り返す。星系連合艦隊の出撃には、安全保障理事会の決議が必要だ。とてもこの短時間に可能になるとは思えない。
『現在、連合艦隊の提督が合流するべく彗星高速船で追いかけている。ピックアップした後、提督の指揮下に入りたまえ』
――そういうことか!
連合艦隊指揮官が銀河警察の船に同乗し、事後承諾で安全保障理事会の決議を取るつもりなのだ。警察は人命救助を遅らせた批判を回避し、星系連合は体面を保つことが出来る。ついでに、暴発しそうなラルフの首に、鈴をつけることもできる。
「指揮権を渡すなんて、同意できません。ここにいる船は全部銀河警察の船です。連合艦隊の戦闘艦とはわけが違う」
『派遣されるのはクルーゼル提督だ。指揮に関しては問題ない』
「はぁっ!? クルーゼル? なぜあいつが?」
『君の無茶を止められる唯一の人材と聞いている。事態の沈静化を最優先にして欲しいというメッセージだ』
「しかし……、なんだってあいつなんですか……」
『さっそく効果があったようだな』
苦虫を噛み潰すラルフに満足そうなグレンビー。
クルーゼル=マキナーは、銀河警察出身なのだ。ついでに元ラルフの上司である。
銀河警察の指揮経験もあり、連合艦隊の提督でもあるという、人選としては、極めて正しく見える。見えるが、問題はクルーゼルの人となりにあった。
頭は切れるが、同時に神経も何本か切れてる難人物。なにしろラルフより早く切れてしまうのだから、手に負えない。
――いくら沈静化したいからって、何もあいつを。
地球資本の宇宙ステーションを落とせば、最悪、地球連合艦隊の軍事介入を受ける。地球の介入は星系の死を意味していた。だがラルフの正義は戦争を続けるアルカルとヘリオンに鉄槌をくだすことにある。最初からアルカルかヘリオンか、もしくはそのどちらかと一戦交えるつもりで出てきているのだ。どこの資本の宇宙ステーションだろうと、ラルフが行うべきは犯人逮捕であって、政治的配慮のための事態の沈静化ではない。
「ふん。そんなに地球が怖いかね」
再びラルフはつぶやいた。皮肉以上のため込めた感情を知って、ハッサンが目を丸くしてラルフをみつめている。
脱出限界高度までは、ついに三時間を切っていた。
■ ■ ■
「ようし! 左に回れ! キース! 撃ちまくれ!」
バーネットは矢継ぎばやに指示を送る。敵も強いが、バーネットの部隊はもっと強かった。コールを中心に切込み、それをキースが援護する。
「やつら引くぞ! 回り込んで追い詰めろ!」
黒い部隊の数人を撃ち倒している。不利を知って黒い部隊はじわじわ後退を始めた。
――よし。なんとかなりそうか?
バーネットは長引いたらマズイと判断していた。闇の中なので分かりにくかったが、黒い部隊の全員がバッテリーパックのようなものを背負っているのである。
――下手すると一晩中撃っても平気かもしれない。
だとしたら長期戦は不利だ。早く核を確認し、破棄し、脱出する。
「キース! 船に取り付け!」
黒い部隊をさらに一人打ち倒すことに成功した。仲間がその人間を引きずって後退し、一気に前線の人数が減る。チャンスだ。
目標の船は格納庫のまん中に、繋留されている。キースはその隔壁に取りついて操作盤を開けた。
「隊長!」
「なんだ!」
頭に包帯巻いたアレキサンダーが、確保した重傷の黒い兵士の背中を指差した。
「バッテリーパックじゃないです」
「なに?」
バーネットも無重力の中を器用に近寄ってくる。
「こいつは……」
「RI遮蔽装置。ノイズを全方位にバラ撒くジャミング装置です。通信妨害はこいつのせいですよ」
「なんてこった……」
非常回線や電話線の切断、爆発、そして通信妨害。あの黒い部隊がすべて仕掛けてた事になる。ヘリオンではない。そしてアルカルでもないだろう。何者かは知らないが、両国をおびき寄せ、大事故を演出したものがいる。
――これは核もあるとは限らんな。
バーネットは鋭い目で目標の船を見やった。
「キース! 船の格納庫を確認したか?」
キースは、全身に緊張感を漲らせ、腰を低くし、船の格納庫に対し戦闘態勢を取っていた。
「なにか……いる……」
「え?」
■ ■ ■
「ああっー! もう開けちゃってるぅっ!!」
「デカい声出すな、バカ」
キムを後ろからひっぱたき、薫は目標の船の格納庫を確保している、スターカーゴのマークをつけた部隊をみつめた。
照明は全て壊されたか、電源を切られたかしたらしく、一つもついていない。頼りは非常警報を告げる真っ赤な回転灯と、点滅を続けるドア附近の青い確認灯だけである。青い確認灯はドアの向こうに酸素があることを示し、赤だと真空であることを示す。もし赤く点滅していた場合、専用コードを打込むか、コード解除がされてる状態でカバーの後ろにあるフックを回すかしなければ、開けることができない。
もちろん、開けたとき宇宙服をつけなければ大変なことになるのは当たり前である。
「ちょっと様子が変だな……?」
薫は首をひねった。全員が、こちらでなく船に向かってレーザー兵器を構えて緊張してる。待ち伏せを受けたにしては、発砲がない。
「あ! ほら隊長、さっきのイルカの鳴き声!」
「あ? イルカァ?」
キムへ顔を向けた瞬間、目標の船の隔壁が吹き飛んだ。
スターカーゴの隊員が身体を投げ出し、間一髪で避ける。
ガーン!!!
隔壁が格納庫の内殻にぶつかって、凄じい音が響き渡った。
「なっ、なんだ!?」
闇の中、赤外線アイの赤い目が光った。
駆動音を響かせ、無重力の中、器用に這い出してくる。
これまた漆黒にカラーリングされた機体。
ウイィ……。
顔を巡らし周囲の『敵』を確認した。
「核に手足が生えてる」
「……ちっきしょう……」
平均全長二.五メートル。無重力活動専門に作られた無人の工作機械。その感情のない自動工作機械の総称を、『パワーアーム』という。
その『パワーアーム』に武器を装備させ、戦闘用にプログラムしたものが、今、目の前に動いている代物だ。
「バトルアーム。しかも完全自立型の最新鋭」
「何者か知らんが、俺たちを生かせて返さないつもりだな」
「敵襲!!」
声が上がるのと、左からのレーザー一斉射撃とが同時だった。
「応射!」
薫は声をかけて展開を指示する。漆黒の戦闘服が闇の中で動いていた。
「ヤロウめ」
「運送屋のあんちゃん達も気付いたよ」
「バトルアームもだ」
「それとイルカの鳴き声」
「イルカ? お前さっきも同じこと言ってたな」
言った瞬間、薫にも聞こえた。低音で底から響くような音と、それにかぶさって甲高い、精神に直接触られるような金属音。
「さっきより随分大きいや」
「バカお前……。ありゃ軋む音だ」
薫は中空を見つめ、口の片端だけ吊り上げる。
「宇宙で無重力にあるはずの宇宙ステーションが、重力を受けて軋んでる……」
その時バトルアームがレーザーの束を放った。あれだけの大出量レーザーが当たれば即死もありえる。スターカーゴの部隊がこちらを牽制しつつ、バトルアームを攻撃する。いい動きだ。
薫は静かに、誰に言うともなしにつぶやく。
「落ちてるぞ……この『船』」




