10 地球
地球連合政府。現在は他星系への窓口として認知されるこの政府も、成立までに紆余曲折があった。地球上の国家、一五二か国が加盟するこの連合政府は、地球外勢力への窓口であり、権益の一元管理がその役割である。
しかし当初は、大国と呼ばれた十数か国が連合政府への参加を拒み、独自の外宇宙進出を行ったため、その構造はかなり複雑になってしまった。さすがに地球上で内戦になるようなことにはならなかったが、地球を離れ、外宇宙になればなるほど対立は表面化した。
各国の開発の先頭を走る企業体は、武力の行使を躊躇せず、無重力作業用の無人工作機械『パワーアーム』の武装化を筆頭に、軍隊並みの装備を運用したのである。
やがてその大国も徐々に連合政府に加わり、最終的には六ヵ国が対抗勢力として『VOA』という共同体を構築し、対立は膠着した。その規模・勢力共に地球連合政府が圧倒的になったからである。
外宇宙勢力には、ようやく建て前通り地球の窓口の一元化が達成されたように見えた。
だが今でも、『VOA』との対立は太陽系周辺宙域で根強く残っている。
『爆弾テロのあったスペース・アイに関しての続報です。
戦闘艦による戦闘の為、救出の難航しているスペース・アイですが、ASA十三連合のフレリック・ヘンダーソン事務総長は先ほど記者会見を開き、アルカルとヘリオンの両国大使に、直ちに戦闘を停止するよう勧告した事を明らかにしました。
これに対して両国は、互いに相手国を非難、戦闘の引き金は相手国にあったとして、対立姿勢を崩していません。
今回爆弾テロがあったこの宇宙ステーションは、地球資本の宇宙ステーションであり、今後の事態の収拾に、連合理事会の影響力が疑問視される可能性は高く、このままでは地球政府の介入を許すことが必至との見方がされています。
そのためヘンダーソン事務総長は、取るべき手段は全て取ると言明しており、連合艦隊による実力行使の可能性を示唆しました。
要救助者の救助の難行と共に、事態は刻一刻と深刻さを増しています。
今度の事件に関して、軍事評論家のマーク・アーウェット氏に話を聞きました……』
――ついに来たか……。
ヘンダーソンは何度目かのため息を吐いた。
今さっき、事務官のマイスターが地球連合政府大使の訪問を、告げたばかりである。
スペース・アイ落下についての事実報告を要求しに来たのだ。
落下を止めるどころか、救助活動すらまともにできず、わかっている事実はテレビの方が詳しいこの状態で、いったい何をどう報告すればいいのか。
卓上のインターホンが鳴った。再度大使の来訪を告げる。
――確か、自分と同年代だったな。
今の大使は二ヵ月ほど前に変わったばかりで、ヘンダーソンも会うのは就任の挨拶が最初、今回で二度目である。均整の取れた体つきの男で、今でこそ深い皺が顔に刻まれているが、それでも若い頃美形だったことは想像に難くない。
今では落ち着いた、年齢と共に身につけた威厳をにじませ、銀色の髪を綺麗に撫でつけた、実業家然とした風貌になっている。
「どうも、お待たせしました大使」
「こちらこそ事務総長、都合も合わせず。しかしなにしろ事態が事態ですので」
初めて会ったときと同じく、決して絶えることのない笑みでフレメン・ディアーロはヘンダーソンと握手をした。皺がなかったらエクボが見えそうである。
「お聞きになってると思いますが、場所が非常に困ったところにあるので、情報がなかなか思うように集められません」
「スペース・アイは大丈夫なのですか?」
幾分、神妙な顔になってディアーロは尋ねた。
「残念ながら、落下が避けられない状況です」
「ううむ。それでは政府へ報告せずに済ますわけにはいかない」
「い、いやそれはしかし……。今回の件ではASA一三連合が、全面的に保証しますので……あまり話を大きくすることは……」
「地球の財産が侵害された場合、いかなる事情でも我々は報告しなければならない義務があるのです。特に今回は宇宙ステーションの破壊という類を見ない事件です。報告なしに済ますことは不可能ですよ。ヘンダーソン事務総長」
まるで自分の身が切られたかのような苦汁の顔で、しかしはっきりとディアーロは言う。ほぞを噛むヘンダーソン。
地球が乗込んでくることになれば、事態は一気に星系全体の存亡を掛けた大問題に発展する。母国ベルディナードのために、なにより自分の保身のために、地球の介入は絶対に避けなければならない事態だ。
「大使。地球への報告がどのような影響をもたらすか、大使もわかってらっしゃるはずです。星系連合にもう少し時間をください。今、大使の判断がこれからの星系連合の自治を左右するのです」
真摯な態度でヘンダーソンは申し入れた。いや実際連合への殉難者になった気分だった。
泣いてみろ、と言われたら泣いて見せたに違いない。
「おっしゃりたいことは、よくわかります。が、しかし……」
「もちろん、私も重要性は熟知しているつもりです。大使が見過ごすには余りにも深刻な事態だということもわかります。しかし地球政府よりも遥かに、この事態は星系にとって深刻なのです」
身振り手振りをまじえて、必死に説得するヘンダーソン。
「現在事態収拾のため連合艦隊を準備しています。もうすぐスペース・アイに向けて出発できるでしょう。各国首脳とも会談が開かれ、エキサミット・アーツ、そして地球への補償について協議されることになります。せめてその結果を受けて、報告をして貰いたい。どうか大使、お願いいたします」
思案に眉を寄せていたディアーロだったが、やがてまた、いつもの笑みに戻った。
「わかりました。協議の結果を待ちましょう」
「ありがとう大使。星系を代表して感謝します」
ヘンダーソンは卑屈なまでにお礼を繰り返してディアーロを送り出すと、自室の専用通信モニタに飛びついた。連絡先は本国、ベルディナード中央政府である。
「首相と話をしたいと言っているのだ。緊急の用件だぞ!」
一〇分も交渉した揚げ句、出てきたのはヘンダーソンが最も会いたくない人物だった。
「補佐官のグリツァーです。首相は現在会議中ですので、私が用件を承ります」
眼鏡を掛けた不健康そうな若い男が、冷たく突き放すように言う。
このグリツァーは、メルサール大学を主席で卒業した秀才で、経済学の専門家である。優秀なのは間違いないのだが、年齢がヘンダーソンと二〇も違ってる上に、いかにもエリート然とした言動を見せる。
ヘンダーソンのことを、まるで眼中にないと言いたげだし、実際に好かれようとは思っていないだろう。いつの日にか、ヘンダーソンが首相の座についたなら、真っ先にクビにすることを心に決めている男である。
「スペース・アイの件だ。緊急に連合理事会を開き、補償問題を話し合いたい。カーミアンの方へはこれから要請をする。それで……」
「その件は既にこちらでも協議中です。カーミアンの大統領とも、この件が報道された直後から会談を持ちました。現在善後策を実務レベルで協議中です」
――聞いてないぞ!
という、言葉をヘンダーソンは辛うじてのみ込んだ。怒りで頬の筋肉が引き攣る。
「こちらに一言あるべきでしたな。グリツァー補佐官」
「事務総長には是非、現在の事態の沈静化に専念してもらいたいという配慮でした」
――何が配慮だ。
ヘンダーソンは殺意すら秘めた目で睨みつける。
「報道によれば、事務総長は連合艦隊を派遣する決意を固めたとか。今からですと余程急がなければ、間に合わないのではありせんか?」
「そんなこと、言われるまでもない。おそらく三〇分以内に先行艦隊を出せるよう、調整中です」
わかりきった忠告に、ヘンダーソンはそっけなく応じた。
「それよりも、これから各惑星に対し緊急理事会の開催を打診します。ベルディナードとカーミアンとの協議がどのように進んでいるのか教えて頂きたい」
「まだ話せる段階ではありません。ある程度固まってから報告致します」
「それでは遅い! 是非今、どのようになっているのか教えて頂きたい」
気色ばむヘンダーソンに、グリツァーは苦笑して、間を取った。
「事務総長、お話しできないのは私一人の考えではありません。首相の決定です。事務総長だけでなく、他の誰にも話すことができないのです」
「事態の収拾には、そのことが不可欠なのですぞ。理事会を召集しておきながら、どんな合意がされたか知らずにおけるわけがない。いったい理事会で何をやれと言うのか」
「アルカルとヘリオンの責任を明確にしておいてください。いずれ誰かに責任を取って貰うことになります。それと連合艦隊を出すのはお早く。都合のいいことに、スペース・アイから三時間の場所に、我が国の艦隊が移動中であることが報告されています。事務総長の指揮下に入れ、連合艦隊の代りに事態の収拾に協力するよう、指示を出しましょう。ベルディナードが事態の収拾に積極的であることを示す、いい機会です」
「それはありがたい。しかし私が言っているのは……」
「私も仕事がありますのでこれで。艦隊の指揮権は直ちに事務総長に移します。それでは」
一方的に回線は切られた。何も映していないモニタの前で、ヘンダーソンは怒りを通り越して嫌気がさした。「勝手にしろ!」という捨てセリフが、すぐ口先にまで這い上る。
『事務総長。連合艦隊の先行艦隊から、用意が整ったと連絡が届きました。出発許可を』
インターホンからのマイスターの声が、ヘンダーソンを現実に引き戻した。
「わかった。それとベルディナードの艦隊の一部が、協力するそうだ。指揮権委譲の連絡があったら、派遣艦隊に組み入れてくれ。スペース・アイから三時間の場所にいるそうだ」
ヘンダーソンは、自分で言ってしまってから、ふと気が付いた。
――なんだって三時間の距離にウチの艦隊がいたんだ?




