8 大使
『ミサイル爆発! ストームです! 敵艦をロスト!』
互いのミサイルが爆発し、レーダーが再度乱れる。
「見事にかわされたな。さてどうするか」
キャンベルは顎ひげをなで回した。
敵の旋回コースに合わせて、ミサイルを撃つ。キャンベルならではの攻撃だったが、シフォンの早い対応でミサイルは打ち破られた。
「チャンスです。後ろを取りましょう!」
緊張感で汗びっしょりのフレウが声を上げる。しかしキャンベルは厳しい顔で否定した。
「いや、簡単過ぎる。停止旋回されたら格好の的だ」
すれ違った後、双方とも互いに旋回中である。思考は一瞬。決断は速い。
「CMW二本。囮を追いかけて距離を詰める」
「距離を?」
フレウの心配げな表情を無視して、キャンベルは艦内通信のスイッチを入れた。
「オリヴィア、仕事だ」
『このままくたばるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたぜ』
「ま、まさか白兵戦する気ですかぁっ!?」
思わず声を上げるフレウ。
ミン・オリヴィアは、今スペース・アイに潜入している薫の部隊と同じ、無重力戦闘のプロフェッショナルだ。船と船を接近させ、隔壁から中へ侵入し、船を制圧するのが仕事である。しかし向こうも降下部隊を出しているし、強襲戦艦である以上同じような部隊を持っている可能性は極めて高い。そもそも足を止めていない船に乗込むことは無謀以前の問題だ。どういう状況判断をしようと今の状況で出番はないはずである。
「ちょっ、やめてくださいっ!」
「保険みたいなもんだ。気にすんな……おっと?」
ニヤつきながらキャンベルがフレウの頭をチョンチョンと叩いてると、メインモニターに変化が現われた。
『五七五の九九八、ポイント五五二にミサイル二本発見! 速度六〇!』
――爆発の直前に、今度は逆にこっちの旋回コースにミサイルを撃っちやがった!
直後にストームが起きたので、ミサイル発見が遅れたのである。
「うまいなぁ」
「感心してる場合ですかっ!」
■ ■ ■
立体映像は遠方に居る人との会議を可能にした。現在では、光度や背景なども調節し、パッと目にわからないほど臨場感に溢れている。
今、ヘンダーソンの前には先ほどと全く同じ服装をしたアルカル、ヘリオン両大使が立体映像で写しだされていた。
「今さっき、スペース・アイ周辺で、戦艦による格闘戦が確認された。情報源は銀河警察だ」
ヘンダーソンはここでいったん言葉を切った。二人の大使がどんな顔するか眺めてやろうと思ったのだが、意に反して両大使とも顔色一つ変えなかった。
「まだ確認中なのかね? アルカルの情報収集能力が、そんなに低かったとは知らなかったぞ、大使」
ステファン・ギレットは片方の眉をわずかに上げた。
「我が方の戦闘艦が一隻、問題の宙域で活動中との報告を受けました」
「活動中? 戦闘中の間違いじゃないのかね?」
「攻撃を受けたらそれ相応の対応をします。繰り返しますが、我が国の方から攻撃を行う事はありません」
「我が国も先に攻撃することはありません」
ヘンダーソンは机を殴りつけたい衝動にかられたが、辛うじて自省した。
「しかし現に戦艦による格闘戦が行われているのだ! なぜ中立地帯に両国の戦艦がいたのかね? 納得いく説明をしてもらいたいものだな」
「アルカルについては、哨戒中の船が一隻居たと、報告を受けています」
「ヘリオン共和国は、救難信号を受けて戦艦が一隻急行したということ以外は、現在ではわかっておりません」
ルー・アダムズが前回の会談と同じようにギレットの言葉に続ける。
「哨戒中? 中立地帯でかね?」
矛盾を見つけたヘンダーソンは、そこに猛然と食いついた。
「アルカルは中立地帯と言う言葉を御存じないようだ。自国の領土でもない宙域を哨戒中とは何事か? 隣国と緊張状態であればなんでも許されると思ったら、大間違いだぞ」
吠えるヘンダーソンを見つつ、ルー・アダムズは内心苦笑した。ギレットはもう、つけ入る隙を与えてる。
「……逆にそういう時こそ守るべきルールというものがある。それを守らなければどうなるか? 中立の宇宙ステーションを落とし、無関係の民間人を戦争に巻き込む。それも地球資本のステーションでだ。こういうことが起こらないように私が和平会談を……」
「お言葉ですが、事務総長。我が国の行動は極秘の情報によるものです」
なおもまくし立てるヘンダーンを、ギレットが強引に遮った。
「極秘の情報?」
「ヘリオンの戦闘艦が中立地帯を徘徊しているという情報です」
「なんだと? 事実無根だ!」
いきなり矛先が自分の方に来て、ルー・アダムズが鼻白む。
「ご存知のとおり、スペースアイ四Sはアルカルに近い。そして中立地帯は『ただ通過する』だけなら問題にならないのです。ヘリオンがそのことをうまく使い、中立地帯を通過し、アルカルに侵入すると情報があったのです」
「とんでもない誹謗中傷だ。その極秘の情報が、アルカルによって捏造されたものでないと証明できますか? 中立地帯を通過するだけなら構わないとは、ヘリオンには思いもつかない詭弁だ。アルカルの勝手な被害妄想に、ヘリオンを巻き込まないで戴きたい」
「しかし、現にヘリオンの戦闘艦がいた。救難信号が届くほど近くに……」
ギレットが意味ありげに後尾を濁した。
――この男……。
ルー・アダムズは先ほどの柔和な顔から一変し、能面の様な無表情でそれを受ける。若さで行過ぎる事があるのかと思っていたが、どうやら計算していたらしい。
――面白い……。
ルー・アダムズは再び微笑んだ。氷のような鋭さをたたえた微笑を。幾度となく政治的暗闘を経験してきたこの男の、本気の表情だ。
「ギレット大使の言葉をまとめると、こういうことになる。ヘリオンの戦闘艦が中立地帯を通ってアルカルへ侵入しようとし、さらに何をトチ狂ったか中立ステーションを攻撃し、情報を察知していたアルカルの戦闘艦に攻撃を受けている」
言いながらアダムズは呆れたように両手を広げた。ギレットが口を挟む。
「先に攻撃したのはそちらだ」
「なんともマヌケな話だ。いくらなんでも都合が良すぎないかね? 大使」
「確かにマヌケだ。もう少しマトモな作戦を考えられなかったのかね。アダムズ大使」
イライラと机を爪で叩いていたヘンダーソンの忍耐も限界だった。バン! と机をひっぱたく。
「責任のなすりあいを聞きたいのではない! 落下しているステーションの救助活動が、両国の戦闘のおかげで止っているのだ! 直ちにどちらの戦闘艦も撤退してもらいたい!」
「まるで我がヘリオンの船が事故を引き起こしたかのような、ギレット大使の言葉は看過できないものがあります。前言撤回と我が艦への攻撃を停止すれば、ヘリオンはすぐにでも撤退します」
「事故とは認識が甘い。これは紛れもない攻撃です」
「その物言いを、まず何とかしたまえ。ギレット大使」
話し合いは、全く解決を見ない。ヘンダーソンは、ついに最後の札を切った。
「撤退しろと言っているのだ! できないのならば、連合軍が実力をもって排除する!」
■ ■ ■
薫達のアルカル=スペール隊は、大回りして目標の七番格納庫についた。民間人の避難はほとんど終わっているようである。しかし、ケガ人や死者も相当数出ているはずだ。文字通り、大惨事である。
脱出には、格納庫が使用できない状況なので、生活区域である二つのドーナツから救命ボートで使用して脱出しているらしい。いや、脱出と言っても遠心力で放り出されると言った方が正しいのだが。
通信その他工作担当のショウ=タナファが、解除作業しているのだが、これがなかなか開かない。そんなショウの悪戦苦闘する姿を見ていた薫は、チョイチョイと肩をつつかれた。
「ね、ね。なんか気が付かない?」
キムがめずらしく難しい顔をしている。
「なにが?」
「変な音がしてるでしょ?」
「音?」
「うん。いつもじゃないんだけど、時々……」
「どんな音だ?」
「どんなって、言葉じゃうまく言えないんだけど。そうだなあ。あえて言うとイルカの雄叫びかな?」
「なんだそりゃ?」
薫は顔をしかめた。しかしキムはいつになく神妙な顔である。
「すっごくヤな予感がする。いますぐとっとと逃げちゃうってのはダメかな?」
「なに言ってんだよ? 核ほったらかしで逃げるなんて、できるわけないだろ? 少なくとも破棄の確認しなきゃ。今更そんなこと説明する必要もないだろーが」
「うん。そうなんだけど……」
「大丈夫か、お前。らしくないぞ?」
薫はキムの顔を覗き込んだ。高校生でも通りそうな童顔。いつもお茶らけてるキムだが、今は幾分顔色が悪い。
「開きました!」
「やっとか」
薫はフォーメーションを指示してから、再度キムを覗き込んだ。
「もうちょっと我慢しろ。とりあえず目的の船まで行ってからだ」
「うん……」
キムは元気なくうなずいた。
「隊長……」
隔壁の脇に控えたビーンが、中をうかがって声をひそめる。
「どした……あ? 銃声か?」
停電してるらしい闇に包まれた通路のどこかから、レーザー兵器の発射音が聞こえていた。
「撃ち合いやってるってことは、俺たちの敵が二ついるってことだな」
「武装も完璧」
「最高だ」
薫が軽く手で合図し、部隊は静かに進み始めた。
脱出限界高度まで、あと三時間二二分。




