23 黒の戦闘艦
『船外カメラ、リスタートしました。システム回復!』
アナウンスに、すかさずラルフは命令を飛ばす。
「前方位索敵だ! 特に敵のミサイルに注意しろ!」
バハムートは閃光弾を受けた位置から、ほとんど動いていない。それでミサイル攻撃を受けなかったのだから、敵がラルフの仕掛けにはまったのだ。
だが、その仕掛けだけで、敵を見事に沈めたと思うほど、ラルフは楽観もしてないし、希望も持っていなかった。
『敵艦発見! 左舷三四〇を本艦に向けて接近中!』
「ミサイルは!?」
『ありません! いや、待ってください……』
途切れたアナウンスのわずかな沈黙が、ラルフには何分もの長い時間に思えた。
『ミサイル発見! 数三、速度五七、接触まで十五秒!』
「機動力なら負けない! CMW発射! 二〇二の九四八、左舷三〇、俯角一〇に回避行動!」
ラルフの指示が飛んだ直後に、モニターがフラッシュする。
「なに?」
閃光弾ではない。それにしては光が弱すぎる。
『閃光弾ではありません! 爆発は一本のみ! 残り二本はそのまま直進! いや、一本は接触コースをはずれます! 残り一本! 接触まで、あと一〇秒!』
――閃光弾でもないのに、なぜわざわざ爆発させた?
険しい目を中空に走らすラルフだったが、グズグズ考えているヒマはなかった。
「右だ! 五〇五の一〇〇、右舷三〇に回頭! 大丈夫だ、避けられる!」
『回避行動、続行中! ミサイル接触まで、五秒!』
次の瞬間、またもミサイルが爆発した。さすがにカメラが一つダウンする。
「今度も?」
「これは……」
訝しげな言葉が出る間もそこそこに、緊急警報が鳴り響いた。
アナウンスが絶叫する。
『残り一本、進路変更っ! こっちに来ますっ! 接触まであと五秒っ!』
「進路変更!? これは!」
クルーゼルがラルフに振り返った。
――なんだと!?
ラルフは息をのんだ。先行する二本のミサイルを囮にし、バハムートを三本目のミサイルから逃げられない位置に追い込んだのだ。
それもさっき自分がやった手で。
『ダメですっ! 避けられません! 接触まで、二、一……』
「対ショック姿勢っ!!」
ミサイルは艦の側面、下の方に斜め後ろから直撃した。外殻、内殻の全てを貫通して艦内に飛び込み、通路をふさぐようにして、ようやく止まる。
『ミサイル直撃! E―三隔壁を貫通! 爆発しなかった模様!』
「ふ、不発?」
「バカ言え! そんなわけがあるか!」
――最初から信管を抜いてたんだ。それ以外にない。
はっと気付くラルフ。
「敵は? 敵はどこだ?」
『確認中。……あっ!』
小さく叫んで、アナウンスの言葉が途切れる。
『敵艦、後ろですっ! 背後を完全に取られましたっ!』
■ ■ ■
『敵艦、射程内。距離一二〇〇。背後の死角に入りました』
「このまま、動くな」
フレウがスッと寄ってくる。キャンベルは腰に手を当てた。
「射たないんですか?」
「この状況の意味がわかって欲しいんだが……」
■ ■ ■
「撃たない……?」
一〇秒が過ぎ、さらに一〇秒が過ぎる。重苦しい沈黙に押し潰されそうだ。
「主任……」
「……」
いつでも沈められる位置。いや、ミサイルが直撃したということは、実際に沈められたのだ。おそらく戦闘の意志を見せれば、次は信管を抜かずに容赦なく攻撃してくるだろう。
――警察とは、やり合わないという意味か?
しかしそれでは、ステーションを落としたことと矛盾する。地球資本のステーションを落とすことは、十三連合全体を敵に回すことと同じなのだ。
――まさか、こいつらがステーションを落としたんじゃない?
真相はわからない。だが、少なくともこの敵は、戦う相手を選ぶ分別を持っている。
――だが、このままこいつらを逃がすわけには……。
「ラルフ!」
クルーゼルがラルフの腕を掴んだ。
「こっちの負けだ! 割り切る時だ!」
珍しく鋭いの声に、ラルフはクルーゼルにゆっくりと視線を移す。これだけは譲れない、という強い光がその瞳にはあった。
数秒間、目線での一瞬のやり取りが展開される。
「……フー」
ラルフの方が遂に肩の力を抜いた。鳥肌が立つような沈黙が和らぐ。
「微速前進だ。救援活動の方を支援する。ノイズメーカーもそろそろ効かなくなるだろ。グリーンスリーブスと連絡を取れ」
「主任……」
泣きそうな顔だが、どこかほっとした表情のハッサン。
「クルーゼル、後の指揮は任せる」
「わかった。任せろ」
クルーゼルは、ラルフの肩を一度叩いて、労った。
「今回は引き下がるが、いずれこの借りは返す時が来る。お前は良くやった」
「ありがとよ」
『救難信号、受信中』
「そっちに先に向かう。グリーンスリーブスとのランデブーはその後だ」
クルーゼルが指示を出す。
『いや、これは……救難信号はグリーンスリーブスからです』
「それは、なんの冗談だ?」
■ ■ ■
『敵艦、微速で離脱。戦闘の意志は認められません』
「か、勝った……これで、やっと帰れる……」
疲労困憊のフレウがへたり込んだ。キャンベルがウーンと伸びをする。
「銀河警察侮るなかれ、だな。しかし俺たちは、思ってた以上に恨まれてるようだ」
罠にかかったとはいえ、特殊部隊を民間の宇宙ステーションに派遣した。必要もないのに民間人を殺さないが、同時に殺す時に躊躇しないのも事実だ。銀河警察が、なり振り構わず沈めに来るほど、一般から見た軍部への風当たりは強いのかもしれない。
――わかっちゃいるが、やはりショックだな……。
少し沈んでるキャンベルの肩を、薫がポンポンと叩いて微笑んだ。
「なんだよ? 変な気を回すなよ。それよりお前さん達もいい加減待機ルームに戻ったら?」
「何言ってんの。噂聞きたいって言ったの、そっちじゃない」
キムが心外だ、と言わんばかりに、胸を張って怒りのポーズを取る。
「噂ってなんだっけ? あー、思い出した。ヘリオンに、まつわる噂ね。で、どんな噂だ?」
「ヘリオンが自分とこの兵士に、薬使ってるって噂だよ」
ヘリオンの兵士は優秀だった。いや、優秀過ぎた。
愛国心と言う言葉では到底表せないほど、自己を犠牲にして目的を達成する。しかもヘリオンもアルカルも、決して裕福な星ではない。自己犠牲の見返りは、本当に微々たるものだ。ヘリオンが、稀に見る結束の堅い軍事国家を維持していけるのは、なんらかの別なファクターが存在するのでは? という噂は後をたたなかった。
薬物による人心の操作は、ヘリオンの星の数ほどもある噂の一つに過ぎなかった。その噂が、立ち消えにならずに今も生き続けているのは、捕えた兵士が半日ほどで陥る、心神喪失状態のせいである。それも年々そういう兵士は、多くなっているのだ。
「で、血を調べるわけか。なるほど。でも噂も何も、すぐにわかりそうな話だがな」
キャンベルは首を捻った。その必要性もさることながら、一発で発覚しそうである。
「それがね。うちの情報局でも、捕虜を調べたんだけどわからなかったんだ」
「じゃあ、結論は出てるじゃないか。何も無いんだろ」
「それにしちゃヘンなんだってば。もしかしたら検知されない新しい薬品使ってんのかも」
「ふーーん。まぁ、確かに噂だなぁ。薫、お前はどうなのさ?」
キャンベルは、薫に視線を移す。
「どうって別に。確かに捕虜にヘンな症状の奴がいるのは事実だが、わからんよ、俺には」
肩をすくめる薫を見やって、キャンベルはやれやれと軽く首を振った。
「艦長、ノイズが落ち着いてきて、救難信号をキャッチしたんですが……」
フレウが話に割り込んできた。モニターには三つ発信点が表示されている。
「それは銀河警察に任せろ。俺たちはすぐに脱出だ。弾もなくなったしな」
「それが、その……救難信号は銀河警察の武装艦からなんです」
「なに?」
■ ■ ■
「どういうことだ?」
「不明です。銀河警察の武装艦と思われる艦影が三つ、いずれも大破しているようです」
「……おい、ひょっとして国籍不明艦に向かったのが、やられたのか?」
その時、緊急警報が鳴り響いた。アナウンスが叫ぶ。
『緊急警報! ミサイル発見! 数四、ポイント一九八、接触まで二十五秒!』
「CMW三本発射! 全力加速、ポイント一九八! 射った奴はどこにいる!?」
『不明です! ミサイル二本、コースをはずれ……いや、違う。狙いは銀河警察です!』
――俺達と銀河警察を同時に沈めにきただとっ!?
『CMW発射っ!! 接触まで、あと一○秒!!』
「全速っ!! CMWを追っかけろ!!」
『ミサイル来ます! 銀河警察の方にも接触っ!』
「回避はできそうか!?」
『微妙ですっ! CMW爆発っ!』
爆発が近すぎて、ノイズに大きくレーダーが乱れる。そこを突っ切ってくるミサイル。
メテオストライクはすれ違うように荒れた宇宙に飛びこんだ。
■ ■ ■
『ミサイル二本、右舷八〇〇メートルを通過!』
『A、B、Cブロック、隔壁異常発生! 熱交換システムも、同じブロックで制限値を超えました! システム緊急停止します! 復旧プロセスのIPL開始!』
『ストーム発生! 銀河警察武装艦をロスト! 計算ではあと五秒でミサイルと接触!』
「右に回避行動! 急げ!」
――ばかな! 三艦を同時に相手にして、沈めたってのか!?
指示を飛ばすクルーゼルの横で、ラルフはまだ信じられなかった。
火力で優っても、三艦に攻撃されれば普通どんな艦でも墜ちる。ライサは格闘戦が得意なわけではないが、三艦だからといって油断する男ではないし、慎重すぎて敗ける男でもなかった。
『回避行動、続行中! ミサイル接触まであと五秒! 四、三……』
「ミサイルの方が早い! 対ショック姿勢を取れっ!』
ミサイルが爆発した。直撃は免れたが、強烈な嵐がバハムートを襲う。照明が明滅した。
『隔壁異常、多数! 火災警報、多数! Bブロック連絡取れません!』
『酸素循環システム、異常停止! メオテックエンジン緊急停止!』
「くそっ! エンジン回復を最優先! この宙域を脱出するっ!」
――国籍不明戦闘艦……か!
■ ■ ■
『ストーム抜けました! レーダー回復! 銀河警察武装艦、宙域を離脱する模様!』
――ミサイル二本とも、なんとか避けたのか。
内心ほっとするキャンベル。あの艦が墜ちることで、事態の深刻さに拍車がかかることもあるが、それよりあれだけ戦える人間が死んでしまうことに惜しさを感じたのである。
「ミサイル射った奴は、どこにいる?」
『まだ不明です。現在分析中』
「ジョン、いったいどういうことなんだ?」
薫が、眉をしかめて尋ねる。キムは興味津々といった表情だ。
「ステルス塗装の、正体不明の戦闘艦がいるんだ。ずっと動いてなかったんだが……」
――最初の時も、たっぷり解析に時間をかけてやっと見つけた。まして今は……。
『ミサイル発見! 数は四本、ポイント〇三五、接触まで一五秒!』
――時間がねぇな。全く。
笑みを浮かべるキャンベル。それも今までにない、凄味のある微笑だ。
「CMW三本だ! さっきと飛んできた方向が違う。両方のポイントに射てる位置は?」
『現在解析中。CMW発射しました。ミサイルとの接触まで一〇秒』
またもCMWを追いかけるメテオストライク。
CMWの爆発を抜けてくるミサイルは、当然爆発の影響で、約五秒間、近接信管のセンサーが死んでいる。だから直撃しない限り、ミサイルが爆発することはない。
そのためCMWの爆発から五秒以内は、ミサイルの死角と言われている。
『CMW爆発! 敵ミサイル、二本抜けてきます!』
直後に、またメテオストライクは爆風に飛び込んだ。隔壁異常が一斉に表示される。
もちろんミサイルの死角は、それなりに大きなリスクをともなっている。爆発による様々な副産物。直撃してないというだけで、破片や放射線をそのまま受けてしまうのだ。
『ストーム抜けます! レーダー回復!』
『分析によって、敵予想位置を六ヵ所にまで絞りましたが、情報が足りないため、それ以上は無理です』
解析にずっとかかりきりになっていたフレウが、顔を上げてコンソールを叩く。
「もう一度、ミサイルを撃ってもらわないと、絞り切れません!」
「ノイズメーカー用意。敵さんの攻撃を待つ。だが次はおそらく違う方法を使ってくるぞ」
同時に警報が鳴り響いた。
『ミサイル接近! 八本、ポイント一二二! 接触まで二〇秒!』
――くそっ。こっちが三本しか射てないのは、つらいな。
キャンベルは心の中で悪態をついた。しかも今度は、前二回の攻撃でこちらの戦い方を見た上での攻撃である。単純に本数を増やしただけでなく、必ず何かやってくるはずだ。
「時間差でCMW発射だ! 一本ずつ、三秒毎に射て!」
命令を受けて、直ちに一本目のCMWが発射される。
「まだ、敵の位置はわからんのか!?」
「もう少しですっ!」
『CMW、初弾接触まで、あと五秒!』
「一発目爆発後、右に回避行動を取る! 全力!」
『二、一、接触っ!』
一発目のCMWが爆発した。敵の二本のミサイルが誘爆を起こし、残り六本が突っ切ってくる。
『二発目、接触!』
さらに爆発が起きた。また二発誘爆し、残りは四本になる。
『回避行動、続行中!』
敵は、こちらのCMW発射のタイミングから逆算して、細かく安全距離を区切ってきたのだ。キャンベルはそれを読んだ。
だが、こちらは弾を同時に三本しか射てない。残り二本、どうしてもCMWによらず、避けなければならないのだ。
『最後のCMW接触!』
予想通り、爆発の海を最後の二本が抜けてきた。回避行動を取るメテオストライクを猛然と追いかけ始める。
「左に回避行動! 振り切れっ!!」
一発がコースを大きく膨らみ、そのまま外に流れていく。
『一発、振り切れません! 接触まで一〇秒!』
キャンベルは艦長帽のつばに手をかけ、身体を乗り出して怒鳴った。
「CMW発射、五秒で爆発! その爆発に飛び込めっ!!」
「む、無茶ですっ!!」
「やかましいっ!! 発射しろっ!!!」
『ミサイル接触まで、あと五秒っ!』
『CMW発射! 爆発まで、あと四、三、二、……』
『ミサイル、来ますっ!!』
「対ショック姿勢っ!!」
『CMW爆発! ストームッ!!』
メテオストライクは最高速のまま、その爆発に突っ込んだ。船体が悲鳴を上げ、隔壁異常が一斉に表示される。直後にさらに大きい振動が艦を襲った。照明が落ちる。
『Aブロックで隔壁、融解っ! 緊急隔壁作動!』
『各ブロック、隔壁穿孔多数! 火災発生、Bブロックで消火装置が動きません!』
『MSリミッター破損! メオテックエンジン緊急停止しますっ!』
『バックアップシステム作動! 完全起動まで、約一〇秒!』
続々と被害状況が寄せられる。致命的とも言える被害だった。
「敵、発見しましたっ! 国籍不明、艦種不明! 距離四〇〇〇! 本艦正面です!」




