22 強敵
「ミサイルの軌道、重力に引っ張られて大きく膨れました。なんとか振り切れそうです」
ほっと安堵の表情を見せるフレウ。作戦時間が長引いて、集中力も途切れがちらしい。
――閃光弾二発。タイミングからいって効いたはずだ。
キャンベルの関心は追ってくるミサイルになかった。銀河警察の武装艦と射ち合いを始めてから、ヘリオンの戦闘艦の時より表情に余裕がない。
『敵艦、ミサイルを発射!』
「まさか、あれが効かなかった?」
『数二、俯角一.二。進路、本艦にではありません。本艦停止位置です』
「大丈夫。さっき止まってた位置に撃ってます。見えてませんよ」
「しかし、そんな簡単にわかるミサイルを撃つか?」
自分の言葉に反応して、頭の中で電光がひらめいた。
――閃光弾! ありえる!
「カメラのシャッターを落とせ! 十二秒間だ!」
指示と共にシャッターが閉じられた。ノイズメーカーで乱された宇宙空間はまだ当分回復しそうにない。シャッターを落としたことで、メテオストライクは全く外の状態がわからなくなった。
『あと十秒――』
「ヤッホー、元気ぃ?」
場違いに能天気な声が聞こえて、キムが艦橋に上がってきた。薫が苦い顔をする。
フレウは振り向きもしない。背中全体で関わり合いを拒否している。
「ホラホラ、もっと肩の力を抜け」
キャンベルはフレウの肩をゴリゴリ揉んでやった。
「話し掛けないでください」
フレウはにべもない。キャンベルは笑みを消した。
「あのな。命のやり取りを真面目にやってたら潰れるぞ。そうならないための方法は二つ。シャレで笑い飛ばすか、殺人機械になるかだ。お前は機械になりたいのか?」
「……」
フレウは口をひん曲げたまま、チラッと後ろの薫を見ただけだった。
「やれやれキム、こんなとこにいったい、何しに来たんだ?」
「あーっ、そういうこと言う? じゃあ聞くけど、隊長は何でここにいるの?」
「報告だよ、下の状況の。核ありませんでしたってな」
薫が肩をすくめて答える。キムはグイと顔をつきだして、その顔をじーっと見る。薫はそっぽ向いて視線を合せない。
「ふん。嘘ばっかし。言っとくけど、こっちだってちゃんとした報告なんだから。例の肩ふっ飛ばされたヘリオンの兵隊、なんとか助かったよ」
『三、二、一、シャッター開口。情報収拾開始』
「ミサイルを捜せ!」
指示を飛ばしてるキャンベルの横で、キムは薫に顔を寄せた。
「で、そいつの血ぃ取って、今検査してるからね」
「俺は面倒はごめんだからな。こっそりやれよ」
「おいおい、二人とも。艦橋でナイショ話はよせよ」
キャンベルが二人を見やって声をかける。ミサイルはまだ見つからない。
「キムが、例の噂を確かめるって言い始めてな」
「噂?」
『ミサイル発見! さきほどと進路そのまま、本艦と離れつつあります!』
■ ■ ■
『システム回復まで、あと六〇秒』
ジリジリするような時間が過ぎていく。外の状態は全くわからない。今は生きてるが、一秒後にはミサイルが直撃して、一瞬でバハムートは宇宙の塵になるかもしれない。
ハッサンは脂汗を浮かべて、落ち着きなく歩き回ってる。鬱陶しいので何度も怒鳴りつけようとしたが、どうせ別の形で邪魔になるのはわかっているので諦めた。
そしてまた、そういうラルフもさすがに冷静でいられない。軍用戦闘艦と戦ったことはないし、ここまで見事に閃光弾を喰らわせられたこともなかったのだ。
――しかしもうすぐだ。もし奴らが加速したまま、こっちの後ろを取りに来たら……。
「いい手だ。必ず連中は引っかかる」
唐突にクルーゼルが言った。
「なんだよ、らしくないな」
「大丈夫だ。私にはわかる」
クルーゼルの予言めいた言葉。そこへアナウンスが響き渡った。
『時間です! ミサイル進路変更!』
■ ■ ■
突然に警報が鳴響いた。場が一気に緊張をする。
「どうしたぁ!?」
『ミサイルが急に進路変更しました! こっちに来ます!』
「なっ!?」
メテオストライクから離れつつあったミサイルが、突如向きを変えたのだ。
「どんな動きをしたか、ミサイルのコースをモニターに出せ!」
指示を受けてすぐに映像が出る。キャンベルはそのコースを食い入るように見つめた。
『接触まで一〇秒!』
「回避行動っ!! 進路二九九! 仰角九〇! 全力加速!」
「閃光弾で死んでいた、銀河警察のシステムが復活した?」
「バカ言え! あのコースを見てみろ。有視界であんな器用な操作ができるかっ?」
『ミサイル、もう一つはキレ過ぎて外れますっ!』
『接触まで、あと五秒! 四、三、二、……』
「対ショック姿勢っ!!」
凄じい衝撃が、メテオストライクを襲った。
照明が落ち、非常電源直結の赤色照明が点灯する。コンソールのサインが一斉にレッドに変わった。同時に様々な警報音が鳴響く。
『パワーエミッター破損! 照明系全部ダメ! エネルギーコンジットで火災警報!』
『Fブロック以降のフロア全部が、通信途絶!』
『Dの一部、Fの半分、Hのほとんどで隔壁異常!』
赤色照明で赤く塗り上げられた艦橋に、続々と報告が入る。ものすごい被害だ。
「なんとか直撃は免れたみたいだが、派手にやられたな。イテテ」
身体を立て直した薫は左足をさすった。キムを庇ってぶつけてしまったのだ。
「無意味に余計なことするからだよ。まったく」
キムは不満もあらわに口を尖らせる。スペース・アイから脱出した際の怪我は、結構重傷だった。今でもほとんど力が入らない。しかし庇われるのはやはり面白くなかった。
「次はやんないから安心しろ」
「当たり前だよっ!」
プンプン怒ってるキムを見やり、薫は苦笑いを浮かべた。
『照明回復! 艦内通信、Hブロック以外回復!』
照明が戻ってきた。フレウはホッと息を付く。事態はあまりよくないが、それでも致命的なダメージとまではいかなかった。なんとか生きている。
一方キャンベルの方は、ミサイルのコースにこだわっていた。
――そうか。またミサイルのコースが乗ってくるようにセットしたんだ。
メテオストライクがそのまま加速した場合と、閃光弾が爆発してから背後を取りにいった場合の最短距離に合わせて、一本ずつミサイルで狙ってきたのだ。それも一度外れたように見える位置から切り返してである。
おそらく、こっちの閃光弾が効いたことは間違いないだろう。だが、そこから見事な機転で反撃したのだ。
――どうして、これほどの奴が銀河警察にいるんだ?
キャンベルは汗を吸って重くなった髪を掻き上げた。軽く目をつぶる。
――敵は強い。このままでは本当にやられる……。
残弾数のこともある。長引く戦いは許されない。
「駆動系は生きてんだな?」
目をつぶったまま、キャンベルはフレウに尋ねる。
「はい。しかし武器関係がほとんどやられました」
「何門動く?」
「三門だけがなんとか」
ふーっ、と長い息を吐く。ゆっくりと目を開けた。
「ミサイル、三発発射。一発だけ信管をはずせ。こいつで決着を付けるぞ」
■ ■ ■
いきなり流れが変わったことをアダムズは感じた。いや、流れが変わったどころではない。国民議会で五本の指に入る実力者、アックスミンター議員が直接通信してきたのだ。もちろんこんなことは、長い大使生活の中でも一度としてない。
身なりを整えながら、なんとかスムーズに話を進ませようと思っていたアダムズだったが、アックスミンターが繋がると同時に厳しい顔で詰問してきたので、面食らってしまった。
「今回の件で、マスコミに情報を流したかね?」
「いいえ、議員。とんでもありません。十三連合もまだ公式に発表していませんので」
「こっちでは一時間前から流れまくっているぞ」
「まさか。そんなはずは……」
答えつつも、アダムズの脳裏にはギャラガーの柔和な顔が浮かんだ。
「まさかもクソもない。君は今まで何人にこの情報を流した?」
「えー、全部で十二人です。議員が十三人目です」
「そんなに……」
アックスミンターは渋い顔をした。アダムズは顔をそらさず、別の回線を開いてヘリオンの国営放送に周波数を合わせる。緊張して手が震えた。
「通話記録は有るな? そのリストを送ってほしい」
「わかりました」
「それと、どこまで本当なんだ? 連合艦隊の武力行使が有るという情報まで飛んでるぞ」
「その可能性はあります。ベルディナードがスターヘヴンを地球に差し出して見せたので、連合内では武力行使もやむなしの雰囲気が広がっています。理事会議長のメロウは、私の前ではっきり『誰に責任が有るかは、もはや関係ない』と言い切りました」
「そこまで……」
アックスミンターの渋い顔がさらに渋くなった。
「ベルディナードがスターヘヴンを委譲するという確かな証拠は?」
「あります。ベルディナードが作成した委譲書を手に入れました」
「すぐに送ってくれ。私のオフィスでなく、首相官邸宛てだ」
「――りょ、了解しました」
返事が終わらないうちに通信は切れる。なんとも言えない表情で、沈黙するモニターを見つめるアダムズ。事態が想像以上に深刻になっていることがひしひしと迫ってくる。
だがこの発端を作ったのにも関わらず、自分はいつまで経っても蚊帳の外だ。
――しかしいきなり大統領官邸に送れとは、どういうことなのだろう?
ヘリオンではマスコミは怖くない。いくら情報が流れたとしても、押さえつけることはいくらでもできる。軍部の力はそれほどに強固なのだ。いったいアックスミンターは、何をそんなに慌てているのか?
その答えはすぐにわかった。
ヘリオンの国営放送で臨時のニュースをやっている。どうやら何かの記者会見のようだ。
――あの壁は、国家警察本部?
警察本部のロビーで、フラッシュを浴びながら立っている男。樽のように太ったその男は、国家警察警察長ビル・マカフィに間違いない。
鷹揚に構えてはいるが、得意そうに鼻の穴を膨らませて、彼は次々と飛ぶ記者の質問に答えていた。
「――そうです。――遅かれ早かれリシャー・バロウズ本人にも話を聞く予定です。――それは捜査上の秘密です。――今言えることは、バロウズ一族を中心とした公金横領、贈収賄、その他諸々の犯罪について、遂に司法のメスが入ったということです……」




