21 責任のありか
「時間です。一発目が爆発したはずです」
「ちきしょう。小賢しい真似を」
ラルフは苦虫を噛み潰した顔をした。今、ラルフ達の乗るバハムートは、アルカル戦闘艦の二本目のノイズメーカーがつくり出したノイズの海の中にいた。
敵がノイズメーカーを撃つと予想はしていた。
だが、二本のミサイルのうち一本は爆発せず、こちらのCMWを切り抜けた後、まっすぐバハムートに向かってきたのだ。ラルフが射程外から脱出コースを狙ってミサイルを置きにいったのと同じやり方で、敵の艦長も脱出コースの出口を塞いでるバハムートを攻撃してきたのである。
――ミサイルと思わせたノイズメーカーで回避行動を取らせる。
二本目が、接触まで十五秒の所まで飛んできたので、バハムートはやむなく回避行動を取らざるを得なかった。そして爆発による大量のノイズ。
――強い。だが、戦争バカに好き勝手はさせない。
ラルフは、じっとりと汗の湧いた手の平を、ズボンの後ろポケットに隠した。
「渋い戦い方だなぁ。しかもこっちを『攻撃』しないで目的を果たすとは」
クルーゼルがラルフの様子を見ながら口を出す。
「さすがにミサイルをぶち込むことを躊躇してるみたいだが、いつかは来るであろうな」
「上にいる俺たちが圧倒的に有利だろ」
「そうだが、……らしくないな。私が無茶を言って、ラルフ君が止めるのが今までのスタイルだと思ったが」
「やかましいわ。そんなスタイルを押し付けられてたまるか」
とても心外らしいラルフ。
「わからんな。今回に限って、なんでそこまで無茶をする?」
「連中の首根っこを掴むチャンスだからだ」
「本当に、それだけか?」
「なんだよ、らしくねぇな。あんただって、今まで似たような状況でさんざんやってきただろう?」
珍しく引かないクルーゼルに、ラルフは前よりさらに憮然とした表情になった。
「一応、沈静化ってのも私の仕事でね。なのに、ラルフ君が率先して無茶に走る理由がわからない。何か含むところがあるのか?」
「ことなかれ主義で戦争バカをほっとくのが許せないだけさ」
「ふむ。しかし地球が絡めば、穏便に済ます方策を考えるのは、むしろ当たり前のことだ。それが理解できない君ではあるまい?」
クルーゼルの探るような言葉に沈黙するラルフ。やがて小さくポツリとつぶやいた。
「……そんなに地球が怖いかね」
――ふん。そんなに国防省が怖いかね。
それがラルフの青春時代の口癖だった。ラルフの母国ベルディナードは、今でも国防省が強大な影響力を持っている。父はその国防省の事務官で、忠実に仕事をこなし、永年勤続の表彰を受けて退職した模範的な事務屋だった。
しかしラルフはそんな父が嫌である。なんの疑問を抱かず、目の前の仕事だけをこなす父。国防省批判をしたラルフに、「他部署の事はわからない」と全く取り合わなかった父。
――俺は絶対、おやじのようにはならない。
それがラルフの行動原理であり、パワーだった。
■ ■ ■
『爆発を確認! 左舷前方、三〇〇メートルほどです! A―四隔壁に異常!』
「なんとか切り抜けましたね」
フレウがほっと一息つく。しかしまだ気を抜くのは早い。
『重力圏脱出まで、あと九〇秒』
「コース上に敵がいるか、直ちに確認だ!」
キャンベルが指示を飛ばしてると、潜入部隊の薫が艦橋に上がってきた。疲労の色は見えるが、思ったより元気そうである。タフな女だ。
「よう、お疲れさん」
皮肉げな表情で、キャンベルは出迎える。薫とのつきあいは長い。二人とも軍の中では極めて異端の存在であり、腐れ縁である。
「そっちもな」
薫の返事は素気なかった。そのままキャンベルの隣にならぶ。
「どうだ。調子は?」
「銀河警察と一対一だ」
一瞬、薫の瞳の中で、鋭い光が走った。
「いいのか?」
「信管抜いたよ。できれば墜としたくないからな」
「それを聞いて安心だ」
「だが、これがなかなかやる。よく考えていて、艦の性能差を埋めるために先手先手……」
ふいにキャンベルの言葉が途切れた。薫は眉を寄せて目線だけで問い返す。薫とキャンベルに鍛えられて、やたら危険察知能力が高いフレウも振り返った。
「有視界だ……」
「なに?」
キャンベルは宙空を睨んだまま、独り言のように言う。
「ノイズメーカー二本で、レーダーはがちゃがちゃだ。有視界戦闘以外ありえない。そして有視界戦闘では、艦隊性能差はほとんど出ない……」
――判断を焦ったのか? いや、ノイズメーカーを撃ったのは間違っていない。脱出コースが限られている以上、ミサイルを撃たれたらどうしようもないわけで、他の選択はありえない。ありえない? そうか。やはり読まれたんだ。
当然警察の武装艦と、軍隊の戦闘艦では性能差は歴然である。純粋に勝負になるのは、機動力ぐらいだろう。つまり正面切っての戦闘は無謀なだけである。
だが有視界戦闘なら話は違ってくる。重要なのは映像データの処理能力と、そのデータを受けて瞬時に行動を起こせる命令伝達能力。そして旋回、加速と言った機動力だ。
データの処理能力の速さはあまり差が出ないし、命令伝達能力は訓練だ。それもノイズメーカーを撃っといて、その隙に逃げを打つ犯罪者も多いので、実は銀河警察は有視界戦闘にかなり慣れている。
むしろ銀河警察の武装艦なら、戦闘に有視界を選ぶのは当然なのだ。
『三、二、一、重力圏脱出します! 誤差一.二。予定通りです』
「ミサイルが来るぞ」
『ミサイル発見! 数四、速度五十四。接触まで、あと四〇秒!』
「お前さんの予言通りだな、キャンベル」
「こんな当たってほしくない予言もないよ。機関を停止しろ」
「停止ですかぁ!?」
すっとんきょうな声を上げるフレウ。宇宙での戦闘は、停止、即、死につながる。
「恒星の巨大な重力のそばだ。絶対に細かいミサイルの操作はできない。さらに有視界戦闘だしな。合図と共に加速し、ミサイルを振り切る。それと閃光弾用意!」
■ ■ ■
『敵艦、停止』
「停止だと?」
アナウンスに、思わずラルフは聞き返した。
『はい。間違いありません。ん? ミサイル! 数二、速度五十九、接触まで四十秒!』
いくら重力が強くても、操作をして十分ミサイルを当てることは可能である。
――俺たちをみくびった? いや、しかし……あっ!
「ラルフ! 閃光弾だっ!」
「シャッターを下ろせ! 閃光弾が来るぞっ!」
次の瞬間閃光弾が爆発し、激しい光が宇宙の深遠なる闇を切り裂いた。
『船外カメラ、四個機能停止。バックアップに切り換えます』
頻度の低い有視界戦闘用に、バックアップシステムを持っているのは銀河警察ぐらいなものである。
『システム回復。……敵艦、急加速中。ミサイル発見! 数一。接触まで二〇秒!』
「やりやがったな! 急加速でミサイルを振り切るつもりかよ」
「そんなことよりまだ一本、ミサイルが残ってるんですよ! 早く迎撃しないと!」
「んなこたぁ、わかってる。ガタガタわめくなハッサン。CMW……!」
「うわっ!!」
次の瞬間、モニター全てが白色の閃光に染められた。システムがダウンし、リスタートサインが点滅する。警報音が鳴響き、艦橋は騒然となった。
――ばかな! 閃光弾だと!?
時間差で爆発した二発目の閃光弾に、バハムートは船外モニターを全て潰されたのだ。
『システム、リスタート開始! 回復まで一五〇秒!』
「戦争屋め! ふざけた真似を!」
ラルフは右手を振り回して悔しがる。ハッサンは青い顔をして立ち尽くしたままだ。クルーゼルも唇を噛んでいる。
「ミサイル用意! これから言う通りにコースを設定しろ!」
――このままでは、終わらん! 戦争バカにナメられてたまるかっ!
ラルフは歯を喰いしばって、不屈の炎を燃えあがらせた。
■ ■ ■
「いつの間にこっちに来たのかね? グリツァー補佐官」
「会談の少し前です」
愛想なく、まるでヘンダーソンとの会話が煩わしいように答える。
場所はヘンダーソンの執務室であった。同席しているのは議長のアーネスト・メロウ、グリツァーの秘書だという身体のバカでかい男である。
「スターヘヴンの譲渡などという重大事が、事前に全く話がないというのは、どういうことなのかね? 仮にも私は事務総長だぞ。それに……」
「パッカード大使と共に、ベルディナードの威信を代表する立場にいる」
グリツァーが静かに話を引き取った。ソファにゆったりと座って足を組み、その膝の上でさらに手を組んでいる。視線はその組んだ手に落としたまま動かない。
「その通りだ。それがわかってるなら、私を無視するような行為はやめてもらおう」
いらいらと手を動かして、グリツァーを睨み付けるヘンダーソン。
「――まさか、スターヘヴンを放り出す破目になるとは思いませんでした――」
「……補佐官、私の話を聞いているかね?」
「そんなに、あの二国に責任を取らせるのが、難しかったのですか?」
「なに?」
「ベルディナードの利権を守ることも、あなたの仕事のはずだ」
「……何が言いたい?」
ヘンダーソンの背筋にじんわりと不安がつき上げてきた。
「理事会で対応の不味さを糾弾されましたね。あのような公の場で正面から非難されるとは……。あなたはベルディナードの威信を、背負っているのではないのですか?」
グリツァーの言葉はまるで独り言のようだった。相変わらず視線は、組んだ手に落としたままである。その目前に身体を乗り出すようにして、ヘンダーソンは座っている。
「あれは結果論に過ぎない。私のやってきたことを何も知らんリビニウスの大使が、勝手に吠えておっただけだ。あの程度の事を気にする必要はない」
「本国はそう思っていません」
静かな声だったが、妙にその言葉は通った。ヘンダーソンは唖然とする。
「な、何をばかな」
「ベルディナードの威信をもって事にあたったのにも関わらず、その収拾に遅れた。結果、ベルディナードはスターヘヴン委譲という手でもって、尻ぬぐいせざるを得なかった」
「ふ、ふざけるな! 全部私のせいだと言うつもりか!?」
「地球のステーションが墜ちた以上、十三連合としても責任を明らかにすることが必要です。明日の理事会で、事務総長の席を降りていただく」
ヘンダーソンは弾けるように立ち上がった。血走った目が吊り上がり、口元に唾の泡が浮かぶ。血管の浮き出た手が、痙攣したようにブルブル震えた。
「おおお、俺はやめんぞっ! 絶対にやめんからなっ!」
「事務総長の後任はアーネスト・メロウ議長、議長の後任はリビニウスのスクレンダム氏が引き継ぎます。カーミアンも既に了承しました」
ヘンダーソンは目を見開いた。その瞬間、全ての事象が一枚の絵を形作った。
――なぜ、メロウが議事進行などで、突然主導権を取るようになったのか?
――なぜ、リビニウスのストルツ大使がヘンダーソンを執拗に糾弾したのか?
――なぜ、グリツァーがヘンダーソンを常に蚊帳の外に置いていたのか?
突然ヘンダーソンは、獣のようなうなり声をあげて、グリツァーに掴みかかった。
立ち上がるメロウ。グリツァーは微動だにしない。
指がグリツァーの首にかかる直前、ヘンダーソンの身体はグイと引き戻された。
控えていた秘書だという身体のデカイ男が、ヘンダーソンを羽交い絞めにしたのだ。ヘンダーソンは暴れたが、男は岩のようにビクともしない。
「貴様ぁっっ!!! 俺に全部の責任をなすりつけるつもりかっ!!」
仮面をかなぐり捨てたかのように、凶悪な面相でヘンダーソンが吠える。
グリツァーはメタルフレームの眼鏡を指で押し上げた。上げた顔には表情がない。ロボットのように感情を交えずヘンダーソンを正面から見つめ、一言静かに言った。
「誰に責任があるかは、既に関係がないんです」
「なっ―――!」
声にならない叫びを上げるヘンダーソンを残し、グリツァーはメロウを促し退出した。




