17 エレベーターシャフト
「なんとか間に合ったか」
艦橋で仁王立ちになってラルフ・クラレンツはつぶやいた。銀河警察に入って既に二〇年。未だに主任止まりなのは、優秀でも時としてやり過ぎるからだ。
「この速さで到着できたのは、新記録と言えよう」
脇に立つクルーゼルが淡々と言う。とにかく最初の命令を無視していたからこその、到達時間だった。
『一隻離脱する船があります。艦種はガルスレイ級』
「ヘリオンか。いずれ必ず落しまえをつけさせてやるぜ」
『ステーションに近づく船があります! 艦種はスターホーク級、速度七十。速い! そしてもう一隻いますが、こちらは国籍を検索することができません!』
「国籍がわからない?」
厳しい顔でラルフはクルーゼルを見る。スターホーク級ならアルカルの船だ。離脱するのがヘリオンの船。両国の使っている戦闘艦は残らず記録されてるはずだから、もう一隻はそのどちらの船でもないということになる。
「艦種を意図的に消すなんて、そんなこと聞いた事あるか?」
「いや……、無い」
ラルフの質問にクルーゼルも眉をひそめて答える。
艦種を隠す。技術的なことより、その理由の方がラルフには重要だ。つまりアルカルとヘリオンの他に、『ここ』にいてはいけない艦がいるのだ。
「グリーンスリーブスと、ファビット、ロードモナークはその国籍不明艦を叩け。武装解除の必要はないぞ。銀河の塵が奴らにふさわしい姿だからな。あとの船は救助活動を開始しろ」
「スペース・アイに接近する艦はどうする?」
クルーゼルの言葉に、凄みのある笑みがラルフの顔に浮かぶ。
「もちろん俺たちが、奴らにふさわしい姿に戻してやるのさ」
「いいねぇ。その言葉を待ってたよ」
クルーゼルの目が猫のように光った。
■ ■ ■
グリーンスリーブスの艦長ライサ・オゴナルは、困惑していた。ラルフと分かれて国籍不明艦をだ捕するため接近したのだが、かの艦は呼びかけに全く応答しない。そしてレーダーに反応しにくい理由は、未だにはっきりわからない。
なんとか船外カメラで確認して、頭のてっぺんから、しっぽの先まで塗装が真っ黒なことだけがわかった。銀河警察でそれなりのライサの経歴の中でも、こんな不気味な戦闘艦には会ったことがない。
『射程まであと三〇秒!』
「ミサイル発射用意!」
ライサは全く気が進まないが、やむを得ない。グリーンスリーブスと、ファビット、ロードモナークの三艦は、くさび型陣形で戦闘状態に入った。
ビーッ!!
全く予測していない艦内警報が鳴響く。ライサは電撃を受けたように硬直した。
「な、なんだ?」
『敵艦ミサイルを発射。八八七の〇二一、俯角十二.三、速度六十九 。接触まで二百秒!』
■ ■ ■
ベルディナードとカーミアンによる非公式の会談は、まだ続いている。ASA十三連合の事務総長ヘンダーソンは、その行方をなんとか探ろうと議場を離れる回数が多かったが、今ではジッと針のむしろと化した議長席に縛りつけられていた。
アルカル、ヘリオン両大使が退出してしまったので、非難の矛先がヘンダーソンに向けられたのである。特に世界中に報道が流れてからの対応が非難を呼んだ。
曰く、脱出ボートの浮かぶ宇宙空間で戦闘が未だに続いてるのにも関わらず、事態を全く収拾できなかったこと。
曰く、一度呼んだ大使を、知らぬと言われてあっさり帰してしまったこと。
「事態が判明した時点で、艦隊を派遣すべきだった! アルカルやヘリオンの方から謝罪してくるのを、のんびり待っていたのは明らかに判断ミスだ!」
中でも惑星リビニウスは特に強行だった。農耕の他に見るべきものがないこの星は、人口だけならベルディナードに次いで二番目である。特色はASA十三星域きっての名門大学が集まる学術惑星であることだが、その点で産業を発展させることは至難の業だった。学術研究に企業の参画も頭打ちになり、結局、他の星への出稼ぎによる人口の流出に悩まされ続けている。
「四時間もいったい何をしていたのか。事態はASA十三連合全体の問題である以上、問答無用で艦隊派遣を行い、ASA十三星域の総意として停戦させることもできたはずだ。メロウ議長がこの場で言及するまで、両国の戦闘を放置していたのは、ヘンダーソン事務総長のあまりにも危機意識に欠ける対処だったと言わざるをえない!」
さらに痛烈な非難を続けるムイエ・ストルツ大使。だが実際に、問答無用で連合艦隊の派遣を行い、実力行使をするのは極めて難しいことである。
そもそもアルカルやヘリオンは、ASA十三連合の中で弱小国家の部類だった。経済的影響のみならず、位置的にも辺境にあたる両国の対立は、それまで他の惑星にとって対岸の火事的遠い存在だったのである。最初にヘンダーソンが両国に対して和平の働きかけを行ったのも、アルカル、ヘリオンの平和のためや連合の平和のためというよりは、ヘンダーソン自身の実績作りのためだったと言ってよい。
富める国と貧する国。経済的な勢力の二極分化が近年さらに悪化する中、その大国ぶりにますます拍車のかかるベルディナードやカーミアン。その両大国が牛耳る連合の事務総長に、「停戦しろ!」と頭ごなしに言われても、貧する国のアルカルやヘリオンが素直に聞き入れる可能性は極めて低かった。自分たちは自分たちの権益を守ってるだけだ、と全く相手にしていなかったからである。
それを連合艦隊の派遣をなんの説明もなく行えば、停戦どころか本格的な戦争勃発の引き金にすらなりえる。
ストルツの言い分は、事態がここまで深刻化してなければ言えない言葉だった。
「事務総長。あなたに申し上げている。聞いておられますか?」
詰問口調にうんざりしながら、ヘンダーソンはこの日何度目かの言葉を繰り返した。
「あの状況では、最良の判断だったと確信しております」
「しかし現実に最悪の事態を迎えているのではないか!」
――それは、結果論だ。バカ者。
と吐き捨てられればどんなに楽だったか。自分としては甚だ心外な時間を、ヘンダーソンは憮然とした表情で過去のものとなるのを待っていた。
スペース・アイからの脱出可能限界高度まで、あと二四分。
■ ■ ■
「ナンバー一〇八、一〇九、一一〇の緊急ハッチ。そこまで行くのに十六分。脱出に一分半。遊びは三〇秒しかないことになる。コントロールの奴らは大丈夫か?」
薫は腕の端末に仕込んだ脱出ルートを目を走らせながら、キムに確認する。
「もうハッチの直前まで行ってるって。向こうの方が近いんだから」
スペース・アイのドーナツを支える六本の骨。構造的にその骨と接合部分が最も弱い。そのため安全装置はことのほか多く設置されており、現在も最初の爆発によって、六本中四本が緊急隔壁が下りて行き来ができなくなっている。
脱出ルートは残り二つのうちどちらかを使い、既に停止しているエレベータのワイヤーを拝借して一般区画へ上がらなければならない。上がるといっても、遠心力が働いているので、実際には落っこちている感じになる。
しかしエレベータシャフトは細いし、もちろん遮蔽物がない。
「狙い撃ちには持ってこいだね」
「不吉なこと言うなよ」
キムの緊張感のない言葉に、薫はため息をついた。
部隊のしんがりは薫とキムの二人が担当している。もちろん極めて珍しいフォーメーションだ。普通ならどちらかがフォワードを務めるのだが、武装解除したとはいえ敵の部隊と行動している。他の者が不測の事態を乗り越えるのはかなり難しい。
『ロータス隊です。下に到着しました』
「よし、そろそろ俺たちも……」
「伏せてっ!!」
突然の声だったが、薫は反応した。耳障りな発射音と共に、後ろの壁が灼熱する。
「くそっ! いったいどっから沸いて出た!?」
例の黒い部隊が連絡通路の端から狙い撃ちをしてきていた。数は少ない。三、四人だ。
「色も黒いし、これからはゴキブリと呼んじゃおう」
応戦するがいかんせん遮蔽物が少ない。さすがの二人も防戦一方になった。
『こちらロータス隊! 黒い奴と接触! 交戦中!!』
「上も下も大騒ぎだね」
「ミサイル!」
尾を引いてハンドミサイルが飛んできた。ワイヤーモーターを掴んでジャンプする二人。
ドンッ!
爆発と共に、強烈な爆風が二人をさらに押し上げる。
「あつっ! 足に何か当たった!」
キムの声に振り向く余裕も無い。
ビーッ! ビーッ!
警報音が辺りに響き渡った。
「ちきしょうっ! シャッターが作動したぞっ!」
エレベータ昇降口の骨のつけ根に当たる隔壁が、カメラの絞りのように何枚もの刃で閉じられた。たった今、薫達のいた場所である。さらに次々と、ワイヤーを追いかけるように隔壁が閉まり始めた。
「や、やばいっ!」
薫は自分の足を覗き込んでいたキムの襟首を掴んで、ワイヤーモーターを全開にした。薫のエレベータワイヤーを噛むモーターが唸りを上げ、グーンと加速がかかる。
「ひどぉいっっ!!!」
「さっきのお返しだ」
二人を追いかけるように閉まる緊急隔壁。他の隔壁と違って、この緊急隔壁は解除用のコントロールパネルが端にしかない。しかもこじ開けるのは不可能だ。つまり閉じ込められたら脱出には相当な時間を費やさなければならないし、さらに今はその時間がない。
「くそっ、シャッターの方が速い! 追いつかれる!」
「あー、大事なこと思い出した。僕たち今落ちてるよね?」
極めて大事なことだった。エレベータの終点には遠心力が生んだ疑似重力が存在し、二人はそこへ向かって疾走している。このままでは高さ二五〇メートル近くのビルから飛び降りるのと一緒になってしまう。さりとて速度を落とすのは、それこそすぐ目の前に死が待っていた。
「こちら薫! 大至急クッションを置け! 到着まで三分だ!」
無線に怒鳴っておいて、薫はワイヤーモーターの取手に安全ベルトを差込んだ。
「ベルトを腰で張れ! 最後に減速をかけるぞ!」
「このモーターって、たしか一人用じゃなかった?」
予定では先にキムが出て、次に新しいワイヤーモーターを付けて薫が脱出するはずだった。爆発で飛ばされなければこんなことにはなってない。
「なあに大丈夫。死ぬときは一緒だよ」
「隊長と心中はヤだなぁ」
取手に通したベルトを腰の後ろに回して突っ張り、緩みが出ないようにする。この速度ではとても手で体重を支えることはできないからだ。
「到着まで一分!」
「くそっ、そっちはどうなってるっ!」
『こっちも取り込んでるんです! 最後の隔壁は切り離しました! もう閉まりません!』
「おバカだなぁ。一枚くらい閉まんなくたって、あんまり意味ないよ。二枚やって。二枚」
シャッターの間隔は五メートル。二枚閉まらなければ、十メートルの猶予を稼げる計算だ。
遠くに黄色いものが見えてきた。既にシャッターは通り過ぎた直後に閉まるほど近い。
「カウントダウン! ブレーキまであと二〇秒!」
目測でタイミングを計るキム。こういう小技はキムの十八番である。
『隊長! もう一枚切り離しました! 三枚目に取り掛かってます!」
「そんな暇はないよ! タイミング修正! 七秒前! 五、四、三、二、一、ブレーキ!」
「うっしゃあっ!」
声とともに、薫はストッパーを叩き落とした。
閉まる寸前の最後の隔壁を、すり抜ける。
ギーン!!
凄じい急制動がかかる。火花をまき散らして悲鳴を上げるワイヤーモーター。取っ手にしがみついて、放り出されるのを耐える二人。底がみるみる近づいてくる。
ビシッと音がして、ワイヤーモーターのどこかの部品が飛んだ。瞬間ズルッと噛み合わせがスリップしたのが伝わってくる。
今までにない高音の制動音が鳴り始めた。
「くそっ! さすが一人用だけのことはあるっ!」
性能のいいワイヤーモーターを使っていたせいで、スピードはガンガン落ちてくる。床には黄色いものは、緩衝材のようだ。あと六メートル……。
バシッ!!
突如音がしてワイヤーモーターがふっ飛んだ。
「!」
「わっ!!」
床まで三メートル弱。文字どおり二人は黄色い緩衝材に叩き付けられた。
「あっつっつ……、くそ、骨は……やってないみたいだな。キム、大丈夫か?」
「なんとか、あ、でも流血してる」
「なに!?」
「ああ、これミサイル食らったのときのだ。何か太ももを貫通したみたい。動脈は大丈夫」
「隊長っ! 大丈夫ですかっ?」
待機していたショウ・タナファ達が走り寄った。
「キムが怪我した。手当を。通信で言ってた敵はどうした?」
「それが隊長からの通信が切れた後、逃げられました」
「逃げた?」
聞き返してから、薫はキムに視線を流す。
「微妙なとこだね」
七番格納庫での戦いぶりから見て、逃げたというより戦略的撤退だろう。爆発でシャッターの向こうに取り残された、仲間の救出に向かったのかもしれない。
応急手当てを終えて、手助けもされずにキムは片足で器用に立ち上がった。タイムリミットまで、あと六分。無茶をしたお陰で、時間だけは余裕が生まれてしまった。
「よし。移動する。あの黄色いのは、どこから持ってきたんだ?」
「緊急ハッチの緩衝材をひっぱがしたんです。そいつに消化装置のFM二〇〇を詰めました」
「なるほど。咄嗟の判断にしちゃ上出来だ」
薫は声を張り上げて、士気を鼓舞する。
「さあ、脱出だ! 三班に分けて、接続予定の三つのハッチから同時に脱出する! 時間は一分半しかないぞ! レン、ヘリオンを任せる!」




