16 決着
『敵艦、全速で離れます! 距離三〇メートル!』
「ミサイルは撃ったか?」
『何もありません』
「何も?」
そんなバカな、である。
「背後がガラ空きですな。ケツを蹴っ飛ばすには持ってこいだ」
サイードがなんだかよくわからないことを言って、シフォンに視線を飛ばした。
敵はスキだらけである。自殺行為と言っていい。この距離で後ろを取られることは、死に直結する。
――慌てたのか? いや、そんなミスをする艦長ではない……。
「ミサイル発射許可をいただけると、大変ありがたいんですが」
シフォンは答えなかった。艦内モニターには、突破された隔壁が赤く点滅している。
「敵の侵入経路に爆薬が仕掛けられた場合の、予想される被害は?」
サイードが目をしばたいた。敵があっと言う間に離脱したことから見ても、爆薬の置土産が残された可能性は十分にある。いや、他に有りえないというほど常套手段である。
サイードは、自分が早くそれに気付かなかったことに、軽く舌打ちした。
『被害はほとんどありません。D、Eブロックの照明系がダウンします。他は生命維持系に少しの影響。しかし復旧は可能です。あとは……』
聞きながらシフォンは、下唇に人差し指の第二関節を持っていった。
――目標が小さ過ぎる。……いや、待てよ?
たとえ隔壁の解除コードが変えられなくても、たった一〇分間でエンジンルームに侵入するのは至難の業だ。切り離されることを承知で、エンジンルーム破壊を優先したのなら、あっさり撤退してしまったことと矛盾する。
もし狙いがメオテックエンジンならば、解除コードによる侵入ではなく、隔壁を破壊して一気に目標に達する電撃作戦の方がより現実的だ。実際不意を突かれたカレル一は、囮の部隊にも押切られそうだったのだ。
つまり作戦の核は、戦闘部隊の牽制などではなく、隔壁突破にいかに時間を掛けないかということなのである。そういう点では、実に手際が良く意表を突いていたとは言え、今回の侵入ははっきり言って効率的とは言えない。逆に策に溺れたとすら言える。
――いや違う……。そもそも破壊の目的がメオテックエンジンなら、わざわざ艦内に侵入して隔壁と格闘するよりも、もっといい方法が……。
「まさか……」
ズンッ!!
その瞬間強烈な振動がバンベストを貫いた。艦内全ての人間がふっ飛ばされ、一斉に照明が消える。艦橋はレッドランプと警告音で埋めつくされた。
「何だ? 今のは?」
サイードがつぶやいた。オレンジの非常灯が点灯し、世界が異様な極彩色で復活する。
『環境維持システムの四五%が停止! 酸素循環システム、モニターできません!』
『戦術制御システム全てレッド! E、F、Gブロックが反応有りません!』
「各班点呼! 被害状況を報告させろ!」
立ち直りの早いシフォンは即座に指示を飛ばした。
「エンジンを調べろ! いくつ動かせる?」
「エンジン?」
『エンジン……ちきしょう、なんてこった。一番、二番、四番が停止! こちらからの制御コマンド受け付けません! 稼働しているのは三番だけです!』
「やられた……」
「これは驚いた。いったいどういうマジックです?」
『照明回復!』
艦橋の照明が回復した。ようやく各班から報告が入り始める。
「ふむ。思ったより被害が少ないな」
環境維持、酸素循環両システムも回復しつつあった。一番被害が大きいのはメオテックエンジンである。死傷者もここに集中していた。
「エンジンは復旧できそうか?」
「難しいですな。隔壁にバカでかい穴が空いてしまっているようですから」
「それでは、落ちるステーションに接舷して再離脱するのも難しいか」
「エンジン一基だけでは本国に帰るのもやっとですな」
「そうか……」
シフォンは軽く目を閉じた。ゆっくりと深呼吸する。作戦行動の継続は不可能だった。
「潜入部隊にレッドコールを。ああ、無線は回復したか?」
「はい。今回復したようです」
「レッドコールを送信。進路一〇一、戦闘宙域を離脱する」
「……了解」
サイードは艦長席に戻るシフォンを見送る。
「現在の敵艦の位置は?」
『三二五の九九一、前方を旋回中』
サイードはいくつか指示を飛ばしてから、シフォンの側に寄った。
「潜入してきた部隊そのものが囮だったんだ」
椅子に深く身体を沈めて、淡々とサイードの問う目に答える。
「艦橋を狙う部隊、エンジンルームを狙う部隊、それらを囮にして、エンジンルームの外隔壁に指向性の爆薬を設置、直ちに離脱というわけだ」
「それはまた、信じられない作戦ですなぁ」
「見事なもんだ。完敗だよ。全く大した奴らだ」
シフォンは母国でも周り中、敵だらけだった。政治的な駆け引きは心を陰鬱に曇らすだけが、この戦闘では、敵の艦長との駆け引きに不思議な達成感を覚えていた。敗けたのに、親近感すら覚えている自分に驚く。
あの敵の艦長は、こんな辺境に出張ってくるような腕の艦長ではない。あれだけ練達な戦闘に長けていれば、ヒヨっこということはないだろう。階級と実力の乖離の激しさを見ると、ひょっとするとシフォンと同じように軍隊の中で浮いた存在なのかもしれなかった。
――似たもの同志か。ふふ。次は敗けない。必ず勝つ……。
目を閉じたままのシフォンの口許に、柔らかい微笑が浮かんだ。
サイードも初めて見る、フワリとしたやさしい笑みだった。
――あの艦長とは、一度話をしてみたいもんだ……。
今回の作戦失敗はシフォンの立場を悪くするだろう。ヘリオンに帰ればまた政治的闘争が待っている。本国に帰るまでではあるが、今はしばしの休息の時だった。
■ ■ ■
「隊長、レッドコールです!」
コールの言葉に、ゆっくりとバーネットは振り向く。
「……そうか」
特に感慨はなかった。――敗けたか。という乾いた感想があるだけだった。
軌道のズレたステーションでは、通常の脱出は不可能である。ヘリオンの部隊もアルカルの部隊も、居住区画までの退路の確保に躍起だった。しかしそこから先の脱出はバックアップの船が来なければ、どうしようもない。
「攻撃を中止しろ」
言って遮蔽物から敵を盗み見る。ちょうど向こうの幹部級の男と目が合った。
「……」
彼は撃ってこなかった。人差し指がきらめき、敵の攻撃も止む。
戦いの残響だけが耳に残り、それが消える前にバーネットはレーザー兵器を放り投げた。
■ ■ ■
「敵が降伏した。脱出する」
薫は簡潔に命令を発した。
「隊長、ロータスとつながった。この『船』やっぱり落ちてるって」
キムが近寄ってくる。顔にわずかに緊張があるが、余裕を取り戻している。事態を把握したら落ち着いたらしい。
「時間は? どのくらいあると言ってる?」
「それが、ギリギリ。三〇分くらいだって」
「三〇分! くそっ、みんな急げ!」
■ ■ ■
『敵艦、離脱する模様』
「や、やっと、勝った……」
うるうる来てるフレウと対照的に、キャンベルの厳しさは解けない。
「おい、それよりステーションはどうなってる?」
『まずい状況です。このままではあと三〇分で、脱出させることが不可能になります』
「三〇分! ちきしょうっ。時間がねぇ」
キャンベルは天井をふり仰いだが、すぐに気合いを入れ直した。
「ステーションの自転に合わせて突っ込み、緊急脱出用ハッチに接続、直ちに離脱する。薫に連絡を。接続時間は一分半。それが限度だ」
「しかし、まだ潜入部隊との連絡が……」
『待ってください! 今、少し回復したような……』
『……こちらスペール隊、応答せよ……』
『通信回復! スペール隊、脱出プロセス開始。繰り返す脱出プロセス開始。ルートへ誘導する。待機せよ』
その時、また警報が鳴響いた。キャンベルは艦長帽をかぶり直す。
『警報! チェックしていた国籍不明戦闘艦が動きます!』
「ついに来たか。全方位索敵! 奴はどっちに向かってる?」
キャンベルの言葉にフレウの指示がかぶさった。
『ポイント〇四二……いや、ちょっと待ってください。……なんだ?』
「どうした?」
『緊急警報! ポイント〇九九に新たな艦影多数!』
「まさか? 敵の援軍? しかも多数って……」
フレウがキャンベルを振り返る。そういう連絡もないし、キャンベル達の援護ではないだろう。
とすると、敵しかない。アルカルの方か、国籍不明戦闘艦の方か。
『艦数十一! ブルーサインを確認! これは……銀河警察の武装艦です!』




