↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河の彼方  作者: A.杉本
PR
18/25

18 限界高度

『速度七五! 軌道誤差〇.〇四! 修正します!』

『高度二億三千! ランデブーまで、あと百二十秒!』


 落下中のスペース・アイに突っ込んでいくメテオストライク。

 重力緩衝を利用して同調。緊急ハッチに接続。潜入部隊を収容した後、スペース・アイ自身の質量を踏み台にして向こうに抜けるのだ。タイミングはシビア。もちろん落下中の宇宙ステーションにタッチ・アンド・ゴーをかけるなんて、そもそも正気の沙汰ではない。


「ガンマ線その他は?」

「なかなかに荒れてます。船外活動は三分が限界ですね」


 その上、外は小さいが、れっきとした恒星からの風が吹きつける荒れた宇宙だ。訓練で行う中でも、最悪に近い環境である。


『連合警察の武装艦一隻が、本艦離脱コースへインターセプトをかけます!』

「本当に、一戦する気みたい……」


 フレウが思わずつぶやき、キャンベルも頷いた。


「一難去って、また一難だな」


 武装解除も停船命令も、ましてや降伏勧告すらなく銀河警察の武装艦は戦闘体勢に入っている。問答無用のインターセプトは明らかに銀河警察らしからぬ強行姿勢だ。これが威嚇行為なら、思い切った方法なのだが……。


「たぶん……本気で叩き潰しに来てる……」

「……」


 キャンベルの言葉にフレウは心配そうな表情を募らせる。そんなフレウにチラリと視線を走らせてキャンベルはニヤリと笑った。


「ま、お前さんの恋人をがっかりさせたくないから、無茶はせんさね」

「こ、恋人なんて、いませんよ。私」


 いきなり変な方向に話を持っていかれて、フレウは慌てる。


「いや、ほら。乗艦の前に電話をかけてきてたろうが」

「あ! あれは違います。全然違います!」

「そうなのか? まぁ、それならそれでいいけどな」


 ブンブン手を振るフレウを面白そうに見て、キャンベルは肩をすくめた。


「よくないです! 全然!」


 口をとがらせて、なお不満そうだ。


「うー。だから、あれは、その……なんです」

「あ? なんだって?」

「だから、父なんです」

「ちち? 親父?」

「はい」

「方面軍司令官の親父?」

「はい。その親父です」

「なんでわざわざ電話を?」

「いや、その……大丈夫かって」


 答えにくそうにフレウは言う。


「大丈夫って、なんか体調悪かったのか?」

「そ、そういうんじゃなくて、単に親ばかなんです。緊張してないか? とか艦長の言うことはよく守れ、とか……」

「守れって……だってお前、作戦行動これが初めてじゃないだろうに」

「だから、親ばかなんです」

「親ばか……毎回電話してくんのか? ひょっとして」

「えーと、はい」

「えぇー? なんか凄い意外だなぁ。だってあの軍紀が服来て歩いてるような人が……あ、いや。別にバカにしてるわけじゃ……」

「いーんです。いつかそう言われるだろうな、とは思ってました」


 はーっとフレウは溜息をつく。

 キャンベルは、フレウが着任したときに、わざわざ連絡を取ってきた司令官の顔を思い出す。「ビシビシ現場を体験させてやって欲しい」と言ってきたが、その実、心配でたまらなかったということか。


――家庭を顧みず仕事一筋とかってタイプなのかと思ってたが、逆に子煩悩とはね。


 つくづく人間見た目じゃわからない。


「あー、笑ってる。ひどーい」


 フレウがおよそらしからね口調で抗議した。それが面白くてさらにキャンベルは笑う。


「いや、そうじゃないんだけど」

「とにかく、あんな父だから恋人なんていないんです。そろそろ欲しいのに……」

「へー」

「あ、いや。仕事、仕事ですね。えーとランデブーまでの時間は?」

『ランデブーまであと九〇秒!』

「よし!」


 パンとキャンベルが手を打って気合いを入れ直す。


「まず救出作戦の完遂に注力しろ! オリヴィア! 用意はいいな? シュマイケル、腕を見せろ! チャンスは一度だけだ! 擦れ違いざまかっさらうぞ!」



  ■  ■  ■



 オリヴィアはこの日二度目の船外活動である。しかも今度は曲芸に近い。

 時間が二分もない中で、落ちるステーションと船をつなぎ、薫達を脱出させなければならない。


『ランデブーまで、あと一〇秒! 速度二十七!』


 アナウンスを合図に、オリヴィアを先頭にして全員ハッチの前にスタンバイした。


「二〇秒でハッチをつなぐ! 用意!」


 側面隔壁が開け放たれた。すぐ目の前に銀色のステーションの外殻が走る。


『ハッチ確認! 距離二〇メートル! 速度一〇! 艦、停止します!』


 十六個のワイヤーフックが放たれる瞬間を待つ。


「タッチダウン」


 ブリッジではシュマイケルがつぶやいた。


「速度ゼロ! 右側面三メートルに外殻! 成功です!」

「行くぞっ!」



  ■  ■  ■



 緊急ハッチの簡易真空室で、既に薫はスペース・スーツを着ていた。こんな事態を想定してはいなかったので、ステーション備え付けの汎用スーツである。軍用スーツと違って、特に手の指先の作りが甘い。銃を持って戦うことは、当然のことながら不利である。


『エア、排出完了まであと一〇秒』


 何故か低音にだけノイズが乗る汎用スーツの通信機が、録音によるカウントダウンを伝えてくる。

 キムが薫のスペース・スーツに、通信オンラインケーブルを差込んできた。軍用スーツならちゃんとチャンネルで秘話機能が選択できるが、汎用スーツにそんな便利なものはない。


「隊長、僕なら『今』を狙う」


 やっぱり低音にだけノイズの乗った声である。悪いのは薫の通信機らしい。


「今脱出しなきゃ、ステーションと心中だ。そこまでやってくるか?」


 話している内容は、もちろん黒い部隊のことだ。格納庫の時も、エレーベータホールの時も、敵にとって最も不利な瞬間を狙って仕掛けてきている。特に今は絶好の条件だ。簡易スーツで俊敏な動作を制限されるだけでなく、遮蔽を取るためのコンテナなどがほとんどない。


『三、二、一、排出完了!』


 ピーッ!


 警報音が全員のスーツに鳴響いた。侵入路の一〇〇メートル先に仕掛けた、対物センサーの警報音である。秘話機能がないおかげで、全員一瞬に事態を把握した。


「敵襲!!」

「まぁ。なーんて、仕事熱心な人たちなんでしょ」


 ドンッ!


 ふっ飛ぶ隔壁。猛烈な勢いで流入する酸素。破壊したハッチの向こうに既に見慣れた黒い部隊の戦闘服が見えた。きっちり軍用スーツを身につけている。


「通常銃だ! 遮蔽を取れ!」

『脱出ハッチ、開きます!』


 敵の銃が咆哮を上げた。重力があるから、レーザー兵器から鉛弾を使う銃に武器を変更している。

 弾丸がコンテナに命中して、火花を散らした。酸素の流入で、体勢を保つのが難しい。


『薫ォ! 迎えに来たぜ!』


 振り向くと、アルカルの軍用スーツが脱出ハッチを覗き込んでいた。

 そしてその向こうには、船体にいくつか傷をつけたメテオストライクの外殻が世界を占めている。そしてさらにその向こうには、底のない真空にして漆黒の闇が広がっているのだ。


『カウントダウン! 接続時間、残り八十五秒です!』

「今ちょっと取り込んでるんだ!」

『ちょっとか? これが』


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


「くそっ! 緊急閉鎖警報だ!」


 一度開いたハッチが、酸素流出の異常を捉え、緊急閉鎖を行おうとしている。


「オリヴィア! 閉鎖を止めろ! ヘリオン、脱出を急げ!」


 自分も銃を撃ちながら、薫は指示を飛ばす。黒い部隊の嵐のような射撃が世界を占めた。


『右の奴を撃て!』


 オリヴィアの鋭い声が飛んだ。ハンドミサイルを構えた黒い兵士が見える!


――まずいっ!


 遮蔽のない真空室で爆発すれば、破片にまったく対応できないし、ミサイルが飛び出して戦闘艦に直撃すれば、事態は更に深刻なものとなる。


『撃たせるなっ!!』


 薫が叫ぶのと同時に、キムがフラリと前に出た。ピタリと銃を構えている。

 敵の攻撃がキムに集中した。だが、まるで実体がないかのように、キムはスーっと横に移動して避ける。

 構えた銃は全くフラつかない。


「キム!」


 撃った。

 ミサイルを構えていた兵士がもんどり返る。それを見届けるより先に、キムはアッと言う間に、わずかな遮蔽の後ろに隠れた。見ていて信じられないような神業だった。


『なぁ薫、あとで少し話があるんだがな』

「キムならやらんぞ」


 即答してニヤリと笑う薫。それを受けてやはりニヤリと笑うオリヴィア。

 へっへっへと無気味に笑い合う二人。


「ほらほら。時間がないんだから、とっとと逃げるよ」


 キムが平然と声をかけ、さらにその声を遮るようにアナウンスが飛んだ。


『接続時間リミットまで、あと七〇秒切りました!』



  ■  ■  ■



 フレウは額の汗を指で拭った。キャンベルも同じく汗をかいている。それを確認してフレウはちょっとほっとした。さすがのキャンベルもやっぱり緊張する事態なのだ。


「艦長、残り六〇秒切りましたよ」

「オリヴィア! 状況は?」

『薫の言ってた黒い部隊が割り込んできやがって、その攻撃が激し……』


 ズーンッッ!!!


 突如、メテオストライクは凄まじい衝撃に見舞われた。

 ミサイルを受けた時とも違う、不自然な振動である。

 爆発で歪んでいた六本の骨のうちの一つが、恒星I九四の潮汐力に耐え切れず崩壊したのだ。その衝撃で、さらに二本の骨の付け根が破壊される。


 キャンベルは、銀河警察の武装艦の位置を確認しようと、丁度モニタを覗き込もうとしていた。衝撃で艦長席に激突し、目の前が一瞬真っ白になる。


「くそっ! 引きずられるっ!」


 飛流士のシュマイケルの怒声が聞こえて、キャンベルは我に返った。


「船を接触させるな!」


 キャンベルは痛みをこらえて怒鳴る。その時またガツンと揺れた。

 八本の固定ワイヤーが同時に切れる。重力緩衝のバランスが崩れ、船尾がスペース・アイの方へ振られた。さらに二本のワイヤーが弾け飛んだ。


「のやろおっ!」


 シュマイケルのドスの効いた悪態が艦橋にこだまする。


「なんとか安定する! だが長くは持たねぇ!」

「今ので、引きずられて一〇〇〇メートル近く落ちました! もう、すぐにでも脱出しないと、この重力圏から抜けられなくなります!」

「まだ待て! オリヴィア、リミットだ! 脱出するぞ!」


 重力が強くなればなるほど、重力船の航行は難しくなる。一〇〇〇メートルも落ちたのでは、脱出コースは全て計算のし直しだ。それもすぐに答えを出さなければならない。


「ダメだっ! 保たねぇ! 脱出するぞっ!」

「あと一〇秒待てっ! オリヴィアッ! あと一〇秒だっ!」



  ■  ■  ■



 真空室内部の衝撃はもっとすごかった。全員が床に放り出され、ステーション全体に響き渡る大音響に埋もれたまま、身動き一つ取れなかった。


「ちきしょう! ダイビングは今日はこれで二度目だ!」


 投げ出された薫は悪態をついて、腕の力だけで跳ね起きる。


「隊長、大丈夫?」


 キムの声が笑いを含んで聞こえた。


「大丈夫だがな。なんでお前だけ倒れてないんだ?」

「ちょうど片足でケンケンしててね。揺れても大丈夫だった」

「ホントかよ、おい」

『薫ォ!』

「わかってる! いちいち怒鳴るな! よし、敵の銃撃が止んだぞ! 今がチャンスだ!」


 指示にしたがって、次々と脱出する。慌てたように、敵の銃撃が再開された。


『時間が縮まった! あと一〇秒しかない! 早く!』

「キム、いったい何やってんだ? 足の傷か?」


 薫は最後の一人を補助しながら、しゃがみ込んでいるキムに声をかけた。敵も相当なダメージを受けたらしい。攻撃は散発的になり、まるで統制が取れていない。


「まぁちょっとね。行きがけの駄賃ってやつだよ」

『早くっ!』



 ■  ■  ■



『船の向きを少し修正するぜ! 進路上に破壊されたエレベーターチューブが被さってて、これじゃ脱出できねぇ!』


 キャンベルの指示より先に、艦は強引に位置を変え始めた。


「まだ動かすな! えいくそ、オリヴィア! 状況は!?」

『あと、キム一人だ!』

「早くしろっ! もう出すぞっ!」



  ■  ■  ■



 メテオストライクが移動を始めた。残っていた固定ワイヤーを引きずって、強引に艦首の向きを変える。また新たなワイヤーが飛んだ。


『あっちっちっ! キャンベル! まだ早い!』

「キーームッッ!!」


 黒い部隊が真空室に突入してきた。その先頭の奴を素速く仕留める薫。

 通路奥の隔壁が閉まったのか、酸素の流出は減ってきている。

 キムはさっき言っていた通り、足の傷が痛いのか、ケンケンしながら脱出ハッチに戻ってきた。だが急いでいる今は、それがものすごく焦れったい。


「手を伸ばせ!」


 侵入してきた黒い部隊の銃声が、追い打ちをかける。


『このっ!!』


 オリヴィアがレーザー兵器を撃ちまくって、援護した。

 と、あと一歩のところで、突然キムはバランスを崩す。


「キムッッ!!」


 が、そのかがんだ姿勢から反動をつけて、片足で一気にジャンプした。

 オリヴィアと薫が、思い切り手を伸ばす。

 掴んだ!


「よし!」


 薫を手伝って、オリヴィアも力ずくでキムを引き寄せる。


『出せぇっっ!!!』


 ほとんど声と同時に加速がかかった。脱出ハッチが、あっと言う間に後ろに遠ざかる。

 その脱出ハッチに人影が見えた。こちらに銃の狙いをつける。


――撃たれるっ!!


「大丈夫」


 薫の心を読んだかのように、キムがつぶやいた。


 ドンッ!!


 いきなり脱出ハッチが爆煙に包まれた。視界が紅蓮の炎に満たされる。


「行き掛けの駄賃ね」


 唖然とする薫に、キムはにっこり微笑んだ。



  ■  ■  ■



「落ちたな」


 男はつぶやいた。感情の入った様子はない。単に事実の確認だった。


「コールが、まだありません」


 と、控えていた若い男。


「予想以上の抵抗があった、か……」


 窓の外は闇に沈んでいる。夜明けまではあと三時間ほどだ。


「他からのコールは?」

「そちらもまだです」

「ふん。口ほどでもない」


 表情がわずかに動いた。どうやら笑ったらしい。


「もしかすると……」


 視線を窓の外にうつして、男はつぶやいた。


「成果が最小になるかもしれん。大山鳴動鼠一匹ということにならなければいいが……」


――この方面に『ゲート』がなければ、それも……。


 空振りは何度もしてきた。それこそ何十回、何百回となく。

 いや、徒労感を覚えるのはまだ早い。作戦は継続中なのだ。単にここの連中を黙らせるだけでも、成果と言える。仕事が楽に、早く進めば次にかかるのも早くなる。

 一応の結果が出るのは、あと数時間後だ。今は待てばよい。ただ、待てばよいのだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。