12 メオテック
西暦二二五五年。アステロイドベルトから持込まれた鉱物の中に、未知の微粒子が発見された。運んできた貨物船の名前を取って、『メオテック』と名付けられたその微粒子は、人類の活動範囲を一変させる力を持っていた。なんと五万メガワットの大電力の渦に放り込むと、反重力効果を生み出したのである。
当然あらゆる分野の学界が、この未知の微粒子の研究に没頭した。なにしろ反重力である。解明できれば地球のエネルギー事情を一変させることは間違いない。しかし期待の高さとは裏腹に、それから四〇〇年経った現在でもその正体は杳として知れなかった。
あーでもない、こーでもないと悩み続ける学者がいる一方で、企業の開発チームを中心に実用化の研究も心血注いで行われていた。
だが、これだけの大電力を常時維持するのは並大抵ではない。発見された当時考えられたように、すぐ先の未来に反重力カーが街中を走り回るなんてことにはならなかった。そんな難しい条件の中で、実現に向けて急ピッチで研究が進んだのは、恒星間宇宙船への応用だった。
恒星間宇宙船の推進エンジンに、核融合を使ったものが実用的でなかったのは、古くて新しい質量差の問題があったからである。居住空間の数十倍の、燃料のカタマリのような船を飛ばすのは、コスト的にも速度的にも全くお話にならなかった。
しかし反重力なら事態は全然違う。推進燃料を考慮しなくていいのだから当然だ。
二物体間の引力は、質量が大きくなればなるほど、そして距離が縮まれば縮まるほど、強くなっていく。その逆だと力は弱くなる。
この時、ある境界線を境に力Fは、銀河の中心に向かって『流れ始める』。
銀河の中心にある超巨大ブラックホールの力だ。この銀河を覆う力のことをグラビティストリーム{重力流}という。ここから星雲を構成する星々の全てを、銀河という一つの巨大な重力に引かれていると見ることもできる。よって重力流を『ビッグG』と呼ぶこともある。さらにこれを、より詩的に『風』と呼ぶ乗組員がいるのは、お約束であった。
反重力船は、この重力流を加減して航行するのだ。
アルカルのスターホーク級も、ヘリオンのガルスレイ級も同じ反重力船だ。電力の供給源は泣く子も黙る核融合炉である。電圧の変化でメオテックを制御するのだが、より細かい制御のできるヘリオンのガルスレイ級の方が、いろんな点で性能が上だった。
ミサイル八本の爆発の後、スターホーク級メテオストライクは、敵戦闘艦をまだ補足できていない。爆発の影響でレーダーが乱れたままなのである。
「距離が近すぎるんですよ」
「しょうがないだろう? 径で負けてて回り込まれる訳にいかなかったんだから」
キャンベルうんざりしたように天井を仰ぐ。
『敵、未だ不明』
沈黙が占めるブリッジを、アナウンスだけが響きわたる。
「やったんですかね?」
「だと、いいんだが……」
『ミサイル接近!』
「ほーら、来た」
「はぁ~」
「あのなぁ」
がっくり肩を落とすフレウ。そのフレウにキャンベルは後ろからボソリとつぶやく。
「やっぱりお嬢さんか、と思われたくなければ、しゃんとしてろ」
「!」
弾かれるように、フレウは背筋を伸ばした。
「そういうことを言うのやめてください」
厳しい顔でキャンベルに言う。フレウは父は第三方面軍司令官であった。厳格な軍人で特別扱いは許さずと、キャンベルにわざわざ連絡を取ってきて、「ビシビシ現場を体験させてやって欲しい」とお願いしていったくらいである。
「副官の任は重い。気を張り続けるのは苦痛だが、それは艦の安全に直結するんだ」
「わかってます。それでも、父の名は出さないでください」
堅い表情のフレウに気合いが戻ったことを確認して、キャンベルは少し笑った。
『ミサイル爆発! ノイズメーカーです!』
「なに?」
キャンベルはメインモニタを見上げた。敵の予測位置が点滅している。
「ストームがまだ起きてるのに、ノイズメーカー撃ったのか?」
「もしかして、この間に逃げるつもりとか?」
自身の希望を込めて意見を言うフレウ。
「こいつはそんな可愛げのある敵さんじゃねぇ」
シュマイケルの嫌に響く独り言を聞きながら、キャンベルは、あっちこっち剃り残しのあるアゴを撫で回す。
「距離が近い……有視界か!」
「まさか……」
「有視界に切り換えろ! それと閃光弾! CMWもだ!」
モニターが切り替わり、漆黒の宇宙が映し出される。
有視界戦闘は、一七の船外カメラを使って、直接映像を解析、敵艦を補足して攻撃する。攻撃だけではない。ミサイルの回避や、対ミサイル攻撃まで全ての船外モニターを使っての視認戦闘だ。
しかし精度はレーダーより格段に落ちる。落ちるだけならまだしも、漆黒の宇宙を捉える超高感度カメラは、五〇〇ルクス以上の光を受けると焼きつきを起こして役に立たなくなってしまう。これを狙った閃光弾というものまで存在する。
もし、レーダーが使えずカメラも使用不能にさせられたら、戦闘艦は全く外のことがわからなくなってしまうわけだ。
この状況を「フラッシュダウン」もしくは「デスダウン」と呼び、外の状態が全くわからない、戦闘艦にとって死の時間帯とされている。
「えーと、俺らの射った八本のミサイルから旋回回避をかけたとして、予測値を立てろ!」
キャンベルの指示で、コンピュータが猛烈に映像情報を解析し始める。
「そういや、国籍不明戦艦もいたっけな」
「まだ、動いてませんよ」
艦長席の操作盤を叩いて、フレウは情報を引っ張り出した。
「おー、覚えてたか。エライ、エライ」
軽く拍手するマネをするキャンベル。
「艦長、私のことバカにしてるでしょう?」
「そんなことはねぇよ。ただ反応が面白いからな」
「……それはバカにはしてないけど、遊んでるってことじゃないですか!?」
「違うぞ、フレウ。ちょっとからかってるだけだ」
「どこが違うんですかっ!?」
怒るフレウにキャンベルは胸を張った。
「遊ぶよりちょっと真面目だ」
自信満々のそんな姿を見て、フレウは脱力した。
「はぁ。艦長、黙っていればカッコいいんですから、無闇に口を開かないでください」
言ってしまってから、ハッと気付く。
「カ、カッコいいって言ってたのは私じゃないですよ」
真っ赤になってあわあわと手を振る。非常に怪しい。
「しかし、コイツなんで動かないんだろうな?」
「だから私じゃなくて……、はい?」
「あの国籍不明艦だよ。なんで動かないんだろうな?」
「あ。あの艦の話ですか。なんだ」
ちょっとがっかりした顔でフレウは肩を落とした。キャンベルは顎ひげをなで回しながらモニターをみつめている。
「で、あの艦が動かない理由ですか?」
「そう」
「うーん。どっちかが脱落するのを待ってるとか」
自分で言って、フレウはその言葉に顔をしかめる。キャンベルも苦い顔して引き取った。
「どうも俺はこの大騒ぎの元凶が、あいつじゃねーかって気がしてるんだよ」
「そうですね。私もそんな気がします」
「あ、それじゃやっぱり違うかも」
「ひっどい……」
フレウが恨めしげにキャンベルを睨んだ時、警報が鳴り響いた。
『敵艦発見!! いや、ちょっと待ってください……ミサイル? ……ミサイルです。敵艦はミサイルを発射した模様! 本数は解析中!!』
「CMW四本用意! はずすなよ!」
『ミサイル、四本以上です!』
「バーゲンセールかよ。さっき八本お見舞いしたからな。同じ数返してくれたかな?」
余り手入れのしてない頭をコリコリかいて、キャンベルはため息をついた。
「敵も結構、執念深いんですね」
「お前といい勝負だぜ」
「なんで私が……」
反論するフレウを遮ってキャンベルは命令を飛ばす。
「CMW八本だ! それと閃光弾!」
「う~」
フレウはさらに恨めしげな視線をキャンベルに投げる。しかしやっぱりキャンベルは平気な顔だった。
『CMW爆発します!』
「シャッターを下ろせ!」
その精度のため常に焼きつきの危険が残る船外カメラには、強烈な光からレンズを守るシャッターがついている。もちろんシャッターを下ろしたら、有視界戦闘はできない。この時も感慨の状況がわからない死の瞬間だが、自らシャッターを落とすためフラッシュダウンとは区別されている。
『あっ!』
叫び声と共に、艦橋全てのモニターが光を放った。
「うわっ」
フレウもキャンベルも目をそむける。次の瞬間、モニターは闇に包まれた。シャッターが落ちたのだ。
「な、なんだ?」
「閃光弾だ! 各システムチェック! シャッターをリセットしろ!」
コンマ何秒で立ち直ったキャンベルが、矢継ぎ早に指示を出す。
「閃光弾……」
「くそっ! 一番大事な時に合わせて射ってやがった。多分CMWがいくつかはずれたぞ」
心底悔しそうな表情をするキャンベル。滅多に無いことだが、完全にしてやられたのだ。
『回復まで一二〇秒!』
「ええいっ、遅すぎる!」
「回避行動を」
「いや、全速前進だ」
「ぜ、前進?」
「あのCMWで爆発しないのは、かなり安全距離を取ったヤツだけだ。前進する!」
■ ■ ■
ラルフの乗ったバハムートに、一隻の彗星高速艦が接舷しようとしていた。
『三、二、一、相対速度ゼロ。ウィンダム、接舷しました』
「見事な腕でしたね」
ハッサンが感心しているのを、苦虫を噛み潰した顔でラルフは見ている。速度重視の彗星高速艦を「振り回す」といった感じで接舷させたのは、クルーゼル=マキナー提督だ。
「よりによりまくってやがる」
憮然としてラルフがつぶやいていると、ブリッジの扉が開いて、赤毛を綺麗に分けた女性が入って来た。一見男のようだが、実は女性である。
「久しいな。ラルフ君」
「あんたもな、クルーゼル『提督』」
憮然としたラルフを、アイスブルーの冷たい瞳が捉える。
「提督か。銀河警察にいた頃の方がよほど楽しかったと、述懐したくなる。連合は手続きが多くて、ミサイル一発撃つのも簡単ではないのだよ」
「連合艦隊が簡単に撃ったら、洒落にならんだろ」
「何を言う。兵器は飾り物じゃない。使ってこそ意味があると言うのに」
「ホント。よく心理テストでパスできたよな」
ジト目で見やるラルフ。一方のクルーゼルは悔しそうに天井を仰いでいる。
「だから、今回の任務は期待しているのだ。さあ、とっとと戦場に向かおう。アルカルとヘリオンが涙を浮かべて感動するぞ」
「初めに言っておくが、この艦隊の任務は救援活動だからな。あんたはその指揮を執るのが仕事だ」
クルーゼルは目を丸くした。
「何を言ってるんだ、君は」
「心底不思議そうな顔をすんじゃねぇ! あんたは全体の指揮。俺はこの艦の指揮。そういう役割分担だ」
「つまり君がぶっ放すと、こういうことか?」
「違う! 中立区域で戦闘艦を運用しているバカを逮捕するんだよ!」
「ふーん」
クルーゼル無表情に応じる。ラルフの言葉は、あまり信じてなさそうだ。
「まぁ、良かろう。細かい事を気にするな。さあ、出発、出発!」
「だから俺が艦長だ! 勝手に仕切るな!」
「ハッサン、美味しい紅茶を入れてくれ」
「人の話を聞け!」
そこで、はっとクルーゼルは何かに気がついた。ぐるぐると辺りを見回し、ラルフの顔を真剣な面持ちで見る。
「私の席がない」
「当たり前だ!」




