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エンドレスロンド

「条件は、言わないことです」

天使は言った。


「六波寺くん、おはよう」

「おはようございます、天秋院さん」

あるとき私は犬だった。

手折られた一輪の花であった。

それよりも更に前、記憶にある一番最初の私はただの人間だった。ただの人間の女であった。

ただの人間の女だった私は恋をした。

相手は隣りの家に住む男だった。二つ年上の男だった。

生まれた時からずっと近くにいた。母に言われて森へ薪を拾いに行く時も、怪我した兄のために山へ薬草を採りに行く時も、男は着いてきてくれた。

「俺の女房になってくれないか」

その言葉に女であった私は頷いた。

私は男の妻となった。私は男の妻となるはずだった。

祝言を挙げる予定だった日、私達の住む村は山賊に教われた。

燃え盛る男の家の前で私は一人、立ちすくんでいた。

周りで逃げ惑う人々の声がやけに遠くに聞こえた。

「助けて!」

「息子が!息子が!」

「どうしてこんな事に!」

私もそればかり思っていた。どうしていきなり、どうして私達が、どうしてあの人はこの家の中に、どうして……。

「どうして?」

「天命というものですよ」

思わず口に出ていた言葉に返事が返ってきた。

目の前には一人の男が立っていた。

一瞬、村を襲った奴らかと怯えたが、そうではなかった。その男はとても清らかな格好をしていた。上から下まで真っ白な着物に死に装束を思い出した。

「……天命?」

「古より定められしことでした。今日、この村が襲われることも、彼が死ぬことも」

「…彼は死ぬの?」

「ええ、そして貴女も」

「どうしても?」

「どうしても、と本来なら言うのですが、それでは私の出てきた意味がありません」

「どういうこと?」

「もしも貴女が望むなら」

男は柔らかな笑みで言った。

「もう二度と会えない二人の天命を翻して差し上げましょう」

その言葉に私は頷いた。


「あ、あの、天秋院さん。ちょっといいですか」

「何かしら? 六波寺くんが私を呼び止めるなんて珍しい。明日はきっと雨ね。今朝の天気予報では晴れだったけれど、折り畳み傘を用意しておかなくっちゃ」

「茶化さないで下さい。あの、放課後、空いてますか? 話があるんですけど」

「あら、可愛い後輩のお誘いを断るほど私は狭量じゃないわ。もし、放課後に予定があっても変更してあげる位には、六波寺くんのこと、気に入っているつもりだけど」

「あ、ありがとうございます! じゃあ、教室で待ってて下さい。迎えに行きます」

「ええ、待ってるわ」


あれから私は何度も生まれ変わっている。

あるとき私は犬だった。

愛する人が戦争に行くことを止められずにキャンキャン吠えるだけの犬だった。

手折られた一輪の花であった。

愛する人の帰りを待てずに枯れゆくだけの命であった。

男は言った。

「貴女と彼が生まれ変わるための条件は一つだけです

「自分から正体を明かさないこと

「つまり、彼に自分達が生まれ変わっていると言わないことです

「生まれ変わっていることを知っているのは、それを私に願った貴女だけになりますので

「ええ、彼は覚えていないでしょう

「ですが、貴女と関わることで、思い出す可能性はあります

「彼が自力で思い出した場合は言っても構いません

「逆を言えば、彼が自力で思い出さない限りは言ってはいけないということです

「もちろん、周りに言ってもいけませんよ

「人づてに伝えるという方法も紙に書いて伝えるという方法も許されません

「それさえ守って頂ければ、必ず貴女と彼を生まれ変わらせることだけはお約束できます

「実は、何に生まれ変われるかがわからないんです

「ええ、残念ながら私の力では、お二人ともが人間になれるかどうかは…

「ふふ、思っていたより、強欲な方ですね

「いいでしょう。彼だけは、何とかしてみせます

「ただし、もう一つ条件を付け加えさせて頂けるならですが

「いえ、先ほどの条件と似たようなものですよ

「条件は、言わないことです

「彼に好きだと言わないことです

「まあまあ、話をよく聞いて下さい。彼に好きだと言ってしまえば、次は生まれ変われなくなるというだけの話です

「貴女の目的を達成するには十分すぎる話でしょう

「私、ですか?私はテンシです

「いえ、その天子ではなく

「天からの使いという意味の天使です

「それを今さら聞かれるんですね

「いえ、こんな状況ですから、普通はそこまで気が回らないでしょう

「理由は簡単ですよ

「貴女のことが気に入ったからです

「納得がいかないなら修行の一環ということにします

「お坊様が徳を積むのと似たようなものだとお考え下さい

「誰でもというわけではありません

「先ほど申し上げたでしょう

「貴女のことを気に入ったんです

「おや、そろそろ時間ですね

「では、よい来世を」


自らを天使と言った男の言葉を最後に女であった私は死んだ。背後から心の臓を刺されたのだ。おそらく山賊の手によって。

それから何度も生まれ変わって、ようやく私は彼と巡り会えた。人間の男と人間の女として巡り会えた。

二つ目の条件を呑むことで、彼だけは必ず人間として生まれ変われるようにしてもらったけれど、私はずっと人間に生まれ変われなかった。ようやく、ようやく、彼に言うことができる。

彼は人間の女で、私は人間の男になってしまったけれど、彼が彼である以上は関係ない。

「お前が好きだ」

そう言ってくれた彼に頷くばかりだった私は

『私もあなたが好きです』

と一度で良いから言いたかったのだ。


今日の放課後が待ち遠しい。彼は、天秋院さんは、どんな反応をするだろう。

彼としての記憶は無いから、きっとフられてしまうだろうけれど。

それでも、良い。

ようやく報われるのだから。


「制約は、言えないことです」

悪魔は言った。


「六波寺くん、おはよう」

「おはようございます、天秋院さん」

俺は、何度も転生を繰り返している。

好いた女と祝言を挙げることが出来なかった。それだけが未練で。

幼い頃からずっと一緒にいた彼女を好きになるのは自然なことで、彼女にそれを告げたのも自然なことだった。

「俺の女房になってくれないか」

彼女が泣きながら頷いたから、俺も泣きたくなるほど幸せだった。

なのに、あの日、俺達の住む村は襲われた。


彼女と共に暮らしていくはずだった家は外から火をつけられたらしく、周りがやけに赤い。

彼女は無事だろうか。無事であってほしい。

倒れた柱に潰された脚では彼女を探しに行くことすらままならない。

「無事だよ」

俺以外誰もいないはずの空間にそいつはいた。いつの間にか俺の正面にいた。真っ黒で鴉のような奴だった。


「そうか、良かった」

「驚かないの?」

「何に驚く必要がある。このような場所にいるのだ。人ではないのであろう」

「確かにそうだけど、何でそんなに冷静でいられるの?」

「俺はもう死ぬのだ。怖いものなど無いさ」

「彼女が死ぬことは?」

「…無事では無かったのか」

「いや、今のところは無事だよ。ただ、もうすぐ殺されるってだけで」

「何とかならないのか」

「ならないね。彼女が殺されるのも君がここで死ぬのも運命だから」

「…運命」

「そう、運命。もう君は彼女に二度と会えない運命にある」

「……」

「ただし、もし君が望むなら、うん、その運命を覆してあげようか?」

「彼女を助けられるのか」

「それは無理だ。何とかならないって言っただろう?」

「ならば、何を」

「また、彼女と会えるようにしてあげる。生まれ変わった、その先で」

「…俺は、何をすればいい」

「話が早いね、助かるよ」

「時間がない。俺は何をすればいいんだ」

「焦らないでよ。君の残り時間位知ってるさ」

「……」

「知ってるから手短に言うけど、君と彼女が生まれ変わっても必ず巡り会えるようにするためには、制約が一つある」

「制約…」

「そう、守ってね」

「何だ、その制約とは」

「制約は、言えないことです」

「……」

「制約は、好きだと言えないことです。破れば二度と会えなくなります。守れますか?」

「守れる」

「即答できるんだ?」

「そんな事なら簡単だ」

「そんな事って、結構大事な事だよ?」

「言葉にせずとも気持ちを伝える術はある」

「そっかぁ」

「そうだ」

「では、契約成立って事で」

「待て」

「何?」

「俺達が生まれ変われる事は確実なのか」

「あは、鋭いね。じゃあ、それも付け足そうか」

「出来るのか」

「もちろん。ただし制約は追加されるよ」

「何だ」

「付け足すということは、必ず生まれ変わって必ず巡り合えるという運命にするという事で良いんだよね?」

「ああ」

「その場合、追加される制約は、死にます」

「……」

「追加される制約は、最初の制約を破ろうとすると死ぬというものです。守れますか?」

「…何かおかしくないか」

「おかしい? 要は最初の制約を守れれば良いってだけだよ? ね、守れますか?」

「…守れる」

「良かった、契約成立だ。そろそろ時間だから、ついでに言っとくけど、この話は彼女は知らない。だから、自分達が生まれ変わってる事は内緒にしといた方が良いよ。」

「……」

「基本的に記憶は持ち越せないしね。気味悪がられて終わりだ」

「……」

「あ、君の記憶はもちろん持ち越せるようにしとくけど」

「……」

「んー、もう話す元気も無いかな?」

「…お前…は」

「?」

「…お前の、名は」

「名前なんて無いよ。悪魔とはよく呼ばれるけど」

「そう、か。…頼んだぞ、悪魔」

「うん、任せて」

「……」

「……おやすみ」

そうして俺は意識を手放した。


「お待たせしました、天秋院さん」

「あら、六波寺くんのためなら幾らでも待つわよ? 一時間でも一日でも、一年でも百年でも」

あれから俺達は何度も繰り返し巡り合った。にもかかわらず、二人とも人間であるのは、今回が初めてだ。性別は逆となったが今のところ、関係は至って良好。上手くいけば祝言、もとい結婚出来るのではないだろうか。

今生でようやく俺の未練に決着を付けられるかもしれない。

「えっと、それで、本題なんですけど」

「ええ、何?」

「あの、その…」

「……?」

「…ずっと前からあなたがす」

それが今生での最期の記憶となった。


「…え? て、天秋院さん?」

目の前で起きたことなのに理解出来なかった。ちゃんと目を見て好きだと言おうとした瞬間、教室の窓ガラスを何かが突き破って、そのまま…。真っ黒な槍のようなモノに貫かれた天秋院さんの体を前にして、私は動くことが出来なかった。

「…どうして」

天秋院さんは、彼は、私を置いて死んでしまったのだ。


「随分と酷い事をしますね」

天使が言った。

「契約通りの事をしただけだよ?」

悪魔が言った。

「誰が、という具体性に欠けた穴だらけの契約通りですか?」

天使が言った。

「自分の娯楽の為だけにする約束よりマシだよ」

悪魔が言った。

そうして天使と悪魔は顔を見合わせて笑った。

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