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第5話

 別にわたしは、収穫の体験をすることに否定的な考えはない。こういった仕事をしてくれる方のおかげでわたしは美味しい食事や果物をいただけるのだから感謝するべきだと思っている。けれど……。

「お待たせいたしました! 用意が済みましたぞ!」

「お嬢様はこちらに。私が教えさせていただきます。未経験の方には一対一でお教えするのが主人の考えですので、ご理解くださいませ」

 夫人がわたしに収穫を教えてくれるらしい。声が混ざらないようにする配慮なのか、殿下と農園主はわたしと夫人がいるのと左右反対に移動した。

「……お手数おかけいたしますわ」

 夫人の説明はとても丁寧で、知識の全くないわたしでも簡単に理解することができた。すぐに実際の収穫を体験することになって、言われた通りにハサミを入れる。

「とても上手くできています。お嬢様は飲み込みが早いのですね」

「ありがとうございます」

 それでも、夫人の方が早く収穫できているし綺麗だ。経験の差と言われればそれまでだけど、なんだか気を遣わせてしまっているようでいたたまれない。

 横目で見ると、殿下は楽しそうに農場主と話している。こちらのことは見ていない。

「夫人、わたしはあちら側を収穫してきますね」

「かしこまりました。お願いします」

 夫人からも距離をとって、完全な一人。詰まっていた息が、上手く吐き出せるようになる。一人で黙々と作業を開始すると、ユズキが話しかけてくる。

『なんでセイランから離れてきたんだ?』

『殿下はとても楽しそうでしたわ。水を差すことなんてできません』

『別に、一緒にやればよかっただろ』

『良いのです。それより、ユズキが一緒にやりませんか?』

 元々、ユズキを誘いたくて離れた場所に来た。少し非日常的な体験が、ユズキと一緒ならもっと楽しくなると思う。

『あのなあ、俺もジュリも右利きだろ? どうやって同時にやるんだよ。左手じゃまともにできないぞ』

 ……確かに、無理だった。でも、ユズキがまた話さなくなってしまうのは嫌だ。せめて共有したい。

『では、わたしとお話ししましょう?』

『……セイランとのデート中に俺と話してて良いなら』

『良い、ですわ!』

 それから、ユズキと話したり時にはユズキが体験しながら楽しく収穫をした。あっという間に時が経って、呼ばれる頃にはカゴがいっぱいだった。

「まあ、お一人でこんなに集めてくださったのですね。素晴らしいです」

「ありがとうございます。とても楽しく集められましたわ」

 集めたのは正確に言うと二人だけれど。身体は一つだから一人、と言うことになるかもしれない。

「殿下も素晴らしい収穫量ですな! お二人とも農家に向いているのかもしれません。……失礼、不敬でしたかな?」

「いや、有意義な体験をさせて貰ったよ。どうもありがとう」

 殿下と農園主が硬い握手を交わす。わたしも夫人に挨拶をして、お土産にと収穫した作物の一部を渡された。

 それからお互いに着替えて、馬車に乗り込んだ。今度は扉が閉まってもさほど取り乱さなかったのに、殿下が改めてわたしに頭を下げてきて慌てる。

「すまない、つい視察に夢中になってしまいネフェルティーナ嬢を蔑ろにしてしまっていた」

「頭をおあげください、殿下! わたしは気にしていませんから!」

「しかし……いや、これ以上はむしろ困らせてしまうな。では、予約している食事に向かおう」

 本当に、気にならなかった。というか、ユズキと話しながら収穫している間に時間が経過していたから、殿下と長時間離れていたことに気付かなかった。最初の方に感じていた言い知れない感覚も無くなっている。

「それにしても、視察先までついて来てくれたのはネフェルティーナ嬢が初めてだ。他の令嬢は馬車で待機していてね。やはり君とならば素晴らしい国を作れそうだ」

「……光栄ですわ、殿下」

 褒められているのに、心に響かなかった。……それきり殿下は今回の視察について資料を作成し始めたようで、馬車の中に沈黙が満ちる。たまに殿下がわたしに質問してくるけれど、どれも農園についてで私的な会話がない。

『ユズキ、お話ししましょう?』

『ちょ、セイランといるときに俺に話しかけてくんなよ』

『殿下は忙しそうなんですもの。王都に戻るまでの時間はまだありますから。付き合ってください』

『はあ……』

 ユズキは呆れながらも会話に付き合ってくれる。今日の感想を言い合ったり、ユズキが王族の用意する食事に期待したり、話題は尽きない。

「ネフェルティーナ嬢? そんなに笑って何か楽しいことでもあったのかい?」

 いつの間にか表情が動いていたようで、殿下が不思議そうに問いかけてくる。手元の書類は無くなっていて、作成が終わったらしい。

「何もありませんわ」

「そうかい? 待たせてしまって申し訳なかった。よければ、これからの国についてでも話したいのだけど」

『じゃあ、俺は引っ込むから』

「……ええ、何からお話しいたしますか? 殿下」

 殿下と継続して会話できると見て、ユズキがまた沈黙を始めた。殿下と話す内容は、さっきまでユズキとしていた雑談とは打って変わって、国の未来を見据えた真面目な意見交換会。と言っても、殿下の展望にわたしが意見できるところなんてなかったけれど。

「さあ、着きましたよ」

 殿下はやっぱり馬車を降りる時にエスコートしてくれる。そのまま腕に手を添えて、店の中へ。そこは、ユズキが期待した通りに高級と言われるような内装だった。

「お待ちしておりました。セイラン・ヴィルフォード王太子殿下、ジュリエッタ・ネフェルティーナ公爵令嬢」

 わたし達が入ると、すぐに店員が声をかけてくる。完璧な動線で殿下が予約したという一等席に案内されて、流れるように飲み物の注文を取られた。するとすぐに下がっていく。

「ネフェルティーナ嬢とは話したいことがたくさんあるのだけど……ひとまずは食事を楽しもう」

 殿下にそう言われて、わたしは用意されていたフルコースのランチに舌鼓を打つ。ユズキも食べたいかと思って声をかけてみたら断られてしまった。

『ユズキ、少しは自分で食べてみますか?』

『流石にセイランとの食事中に入れ替わったりしないから。味は共有されてるから思う存分食べてくれ』

 自分の速度で食べたいかと思ったのだけど。まあ、ユズキが良いと言うならわたしが自分で食べる。

「それで、ネフェルティーナ嬢。いくつか聞きたいことがあるのだけど」

 メインのステーキを食べていたら、殿下が切り出した。こちらをまっすぐ見据えて、とても真剣な様子だ。なんだか、妃候補に選ばれたあの日を思い出す。

「……ネフェルティーナ嬢、君は何者なんだい?」

 予想の斜め上をいく質問が来た。意味がわからない。何者とは、どういうことなのだろう。わたしはわたしでしかないのだけど……?

「聞き方を変えよう。君は、なぜ炎の魔法で地面を抉ることができたんだい?」

「えっと、意味がわかりかねるのですが?」

「……君が誘拐され連れて行かれた森に、人為的に抉られた場所が見つかった。その近くには気絶した誘拐犯の一味も。木が生い茂った場所で焦げ跡一つ残さずに地面を抉るなんて、できないはずだよね」

 ……そうか、確かにあの森にはユズキが【風】の魔法を使った証拠がたくさん残っている。調べればわたしを犯人が攻撃したのではなく助力の形だったこともわかるだろう。

「それともう一つ、君が人を呼ぶために燃やしたと証言した小屋……周囲に一切の延焼が見られなかった。仮にそのような精密な操作ができるとしたら、それは国の魔法師団で雇いたい程なのだけど?」

 殿下の言葉を聞いて、ユズキがすぐに声をかけてくる。けれど、もうどうにもならないのだ。

『どうする? 誤魔化すか?』

『……無理ですわ。わたしもユズキも、殿下に勝てるとは思えません』

 わたしより余程頭の回転が早い殿下を相手に、誤魔化しなんて利かない。そう悟ってわたしは、覚悟を決めて重い口を無理矢理に開く。

「殿下は、わたしの中に別の魂があると聞いたら信じますか?」

 それは完全に予想外の答えだったようで、殿下の目が点になっている。それでも、一度始めたからにはやめられな、

「もしも君の中にもう一人の民がいたらという事だろうか? であれば是非とも一度、話をしてみたいな」

「……もし、わたしが妃筆頭候補に上り詰めたのはもう一人の力だとしたらどうですか?」

「仮にそこまで優秀ならば尚更話がしたいな。ネフェルティーナ嬢と共に国政に力を貸して欲しい」

「……それが、殿方でもですか?」

「特に男女の区別はないよ」

 それが、殿下の答えだった。殿下は、わたしに嫉妬をしない。わたしの一番そばにユズキがいても気にならない。ただ、ユズキも一人の国民として扱う。それは、伴侶に向ける特別な愛と言えるのだろうか。

「殿下は、わたしを愛してくださいますか?」

「もちろん。僕は君も、君の中のもう一人も、全ての民を愛しているよ」

 ……ようやっとわかった。わたしが最近ずっと感じていた違和感の正体。殿下は、わたしの欲しい愛をくれない。どこまでも平等で、どこまでも残酷な方なんだ。

「わたしがお話しできることはお伝えしましたわ。……殿下、次は以前の質問の返答をさせていただいてもよろしいですか?」

「どの質問だい?」

「舞踏会の日の質問ですわ。……わたしは、妃候補を辞退させていただきたく思います!」

 きっとこの選択は間違っている。でもわたしは、どうしても、愛してもらいたい。わたしだけを特別にしてほしい。

「……本日はありがとうございました。失礼いたしますわ」

 なんとか挨拶をして、店を飛び出した。乗ってきたのは殿下の馬車だから頼れない。わたしのメイド達が乗っていた馬車に合流して、家まで帰る。

 ……それから、家に帰ってすぐに両親への報告もせずに自室に飛び込んだ。ベッドまで行くことすら億劫で、ドアの前に座り込む。

「ユズキ!」

『おい、ジュリ。なんでセイランの妃候補、辞退したんだよ?』

「わたし、愛のない結婚なんて嫌ですわ!」

 自分の意思で殿下を拒絶したのに、涙が止まらない。心の中だけで会話をする気力もなくて全てが声になってしまう。……ユズキが、右手だけを動かして頭を撫でてくれた。

『ジュリも色々考えて辞退したんだな?』

「でも、悲しいです。八年間、好きだったんです。……今は、こんなことで泣くよりわたし達のことを考えなくてはいけないと分かっているんです。でも、」

『ジュリが本当にセイランを好きだったのは知ってるよ。だからこそ、同じだけの特別な愛が欲しかったんだと思う。まあ、俺は慰めるとか上手くできないし、好きなだけ泣け』

 今はユズキの不器用な慰めに縋りたくて、左腕だけで自分の身体ごとユズキを抱きしめる。そうしていると、さらに涙が溢れ出してしまって止まらない。ユズキが、たくさん泣いて良いというから、止める必要もないのかもしれない。いつの間にか天気が崩れていたようで、雨が窓を叩く。きっと、わたしの声も雨音がかき消してくれると、そう思い込んだ。

『そうそう、いっぱい泣け〜。泣いて、悲しい気持ちは全部流しちまえ〜』

 わたしは、疲れて意識が落ちるまで泣き続けた。遠のく意識の中で、身体が勝手にベッドに向かうのを感じる。きっと、ユズキが運んでくれているんだ。

 ……ああ、ユズキがわたしのことを抱え上げて運べるような肉体を持っていたら良かったのになぁ。

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