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第9話 森の目印

村へ戻った二人は、夕食を取るため、広場にほど近い小さな酒場へ立ち寄った。


扉を開ける前から、店内の喧騒が外まで溢れている。


数卓しかない狭い店内では、収穫を終えた村人と護衛の冒険者が肩を寄せ合い、食事と酒を楽しんでいた。

低い梁の下に、湯気と笑い声、焼いた小麦の甘い匂いが絡みついている


炉の脇では、丸く伸ばされた生地が次々と鉄板に載せられ、ふっくらと膨らんでは香ばしい焼き色をつけていた。


「うわぁ~! これ、うまぁ~!」


フレアは焼きたてのパンをちぎり、立ち上る湯気の中に顔を寄せた。

薄く焼かれた表面は香ばしく、内側は柔らかい。


「さすがは穀倉地帯の名に違わぬ味だねぃ」

「確かに……噛むほどに小麦の甘みが広がるわね」


一緒に出された野菜と鶏肉のスープにも、具材の旨味がしっかりと溶け込んでいる。


一通り腹を満たすと、二人は席を立った。

村人や冒険者が囲む卓を順に回り、オーリンの名前と特徴を伝えていく。


村人たちは一様に眉尻を下げ、気の毒そうに目を伏せた。

オーリンが母親と弟を支えるためによく働いていたことは、村でも知られていた。


しかし、失踪当日の姿を見た者はいない。

北西の森へ入る者は、狩人が時折いる程度だという。


今は刈り入れの最中だ。

村人たちのほとんどは畑や麦の運搬に出ており、わざわざ森へ入る者は普段以上に少なかった。


村の護衛として滞在している冒険者たちにも尋ねたが、彼らが受け持っているのは街道や畑の周辺だった。

北西の森までは巡回していないと、申し訳なさそうに首を横へ振られる。


(……やっぱり、自分たちで当たるしかないか)


フレアは礼を告げ、キサラとともに酒場を出た。


外へ出ると、空はすでに群青色へ沈んでいた。

村の家々には明かりが灯り、煙突から立ち上る夕餉の煙が、夜の訪れ始めた空にゆっくりと溶けていた。


* * *


礼拝堂へ続く小径へ入ると、明かり取りから漏れた光が前庭に淡く落ちていた。

花壇の草花が夜風に揺れ、その影が白い小石の上を静かに行き来している。


ルルナは明かりの向こうで二人の姿を見つけると、小走りで出迎えた。


「おかえりなさいませ~。森の方はいかがでしたか?」

「今日は入口の周りを見ただけだからね。手掛かりらしいものは見つからなかったかな」


フレアは礼拝堂に向かいながら答えた。


「さっき酒場でも聞いてみたけど、そもそも北西の森へ入る村の人が少ないみたいだね」

「そのようですね。狩りをされる方が、時折入られる程度だと伺っています」


ルルナは二人を礼拝堂へ招き入れた。


「さあ、中へどうぞ。もう夜は少し冷えますから」


三人は奥の廊下を通り、狭い階段を上った。


ルルナの部屋へ入ると、床には厚手の敷物が二人分用意されていた。

壁際に並べられた敷物は、端まで丁寧に揃えられている。


「今、お茶をご用意しますね~」


そう言ってルルナは部屋を出ていった。

ほどなくして、木の盆に三人分のカップを載せて戻ってくる。


湯気とともに、柔らかな薬草の香りが部屋に広がった。

フレアとキサラは敷物の上へ座り、ルルナはベッドの端へ腰を下ろす。


「とりあえず、明日は星涼草を手掛かりにして、森の奥を捜索する感じかしら」


キサラがお茶を一口飲み、身体から力を抜くように息を吐いた。


「そうだねぇ」


フレアはカップを両手で包みながら、キサラへ意味ありげな視線を向けた。


「キサラってば、なんだかんだ言いながら、ちゃんと捜索にも一緒に来てくれるんだよね」

「私が探している薬草と、星涼草の自生条件が近そうなだけよ」

「またまたぁ」

「なによ、顔が近いってば」


からかうような表情で距離を詰めてきたフレアの顔を、キサラがぐいっと押し戻す。

二人のやり取りを見ていたルルナが、口元へ手を添えて笑った。


「お二人は、とても仲がよろしいのですね~」

「でしょー?」

「そんなことないわよ」


キサラはそっぽを向きながら答えた。

ルルナはその様子を、どこか微笑ましそうに見つめている。


「わたくし、歳の近い女性の方と、こうしてゆっくりお話しするのは久しぶりで……なんだか、楽しいです」


そこまで話してから、ルルナは我に返ったように背筋を伸ばした。


「あ、すみません。お二人は大変な捜索をされているのに……」

「ううん! アタシも、こうやって話すの楽しいし」


キサラもカップを置き、ルルナへ顔を向ける。


「ルルナは、ずっとこの礼拝堂に住んでるの?」

「はい」


ルルナは膝の上で手を重ねた。


「わたくしは幼い頃に戦災で家族を亡くしまして。当時、この礼拝堂にいらした前の司祭様に引き取っていただいたのです」

「そうだったんだ……」

「前の司祭様には、本当の家族のように育てていただきました。ですが、三年前に病で亡くなられて……」


ルルナの目が、カップから立ち上る湯気に落ちる。


フレアは声を少し落として尋ねた。


「それじゃあ、ルルナを引き取ったのはカーゼル司祭じゃなかったんだね」

「はい。今の司祭様がこの村へいらしたのは、五年ほど前です」

「前はどこにいたの?」

「東の……リンドブルム連邦に住まわれていたと伺っています」


フレアは聞き覚えのある国名に、目を瞬かせた。


「リンドブルム連邦……」

「グランベルクの東にある国ね」


キサラがカップを机へ戻した。


「竜騎士団が有名な山岳国家だったかしら。確か今は、東側の領地で争いが続いているのよね?」


ルルナは困ったように眉を下げる。


「申し訳ありません。わたくしも、詳しい事情までは……ただ、東の方で長く不穏な状態が続いていて、故郷を離れた方も少なくないと聞いた気が……司祭様ご本人は、あまり昔のお話をされませんので」

「そっか」


フレアは、昼間に向けられたカーゼルの冷たい眼差しを思い出した。


「アタシたち、急に押しかけて、ちょっと迷惑かけちゃったかな」


フレアがぽつりと漏らすと、ルルナは困ったように笑みを揺らした。


「司祭様は、あのような方ですので……言葉が厳しく聞こえることもあるかもしれません」


ルルナは胸元で手を重ねた。


「ですが、村の方々が悩みを抱えて礼拝堂へ来られた時には、いつも親身になって相談へ乗っておられます。ですから、村では司祭様を慕っている方も多いのですよ」

「へえ……」


昼間の硬い物言いを思い返すと、フレアには少し意外だった。

それでもフレアはそれ以上を口にせず、残っていたお茶を飲んだ。


「それじゃ、明日に備えてそろそろ寝よっか」

「ええ。明日は朝から森へ入るものね」

「はい。お二人とも、おやすみなさいませ」

「おやすみ、ルルナ」

「おやすみなさい」


三人がそれぞれ横になる。


ほどなくして、蝋燭ランプの灯が静かに吹き消された。

小さな部屋が暗闇に包まれ、窓の外から聞こえる虫の声だけが残った。


* * *


夜も深くなった頃、フレアは目を覚ました。

中庭から入り込む涼しい風が肌を撫で、僅かに寒気を感じる。


(厠……どっちだっけ)


敷物から身体を起こす。


キサラとルルナは眠っている。

二人を起こさないよう、足音を忍ばせて扉へ向かった。


静かに扉を開くと、その先の廊下は薄暗く、明かり取りから差し込む月の光が帯のように床に落ちている。

途中で角を曲がり、闇の中へ消えていた。


フレアが足元を確かめながら踏み出した時だった。


「何をしている」


不意に背後から落ちた声に、フレアは肩を大きく跳ねさせた。


「うひゃっ!?」


振り返ると、蝋燭を片手にしたカーゼルが、廊下の奥に立っていた。

揺れる炎に照らされた横顔に、濃い影が刻まれている。


「あ、ええと。その……」


カーゼルはフレアの格好と、廊下へ向けていた視線を順に見た。


「厠か」

「う、うん」

「その角を曲がって、すぐだ」

「あ、ありがと……」


蝋燭の炎が小さく揺れ、沈黙が二人の間に落ちる。


「昼間も言ったが、必要のない場所をうろつかないでもらいたい」

「……分かった」


フレアが頷くと、カーゼルはようやく踵を返した。

法衣の裾を揺らし、足音もほとんど立てずに廊下の奥へ消えていく。

その姿を見送ってから、フレアは大きく息を吐いた。


「びっくりしたぁ……」


厠を済ませ、部屋へ戻る。

敷物へ身体を滑り込ませても、しばらく眠気は戻ってこなかった。


(うーん、やっぱり苦手だなぁ……)


目を閉じると、蝋燭に照らされたカーゼルの冷たい眼差しが、瞼の裏に薄く残った。


* * *


翌朝、まだ細い日の筋が森の梢を照らし始めた頃。

フレアとキサラは北西の森の入口に立っていた。


夜露を含んだ土は湿り、踏み込んだ靴底の音を吸い込んでいく。

鳥の短い鳴き声が頭上から響き、葉擦れの音が後を追った。


「迷わないように、目印をつけて行こう。一度探した場所も分かるようにね」


フレアは低い枝に小さな麻紐を結んだ。

さらに通り過ぎた場所の葉へ軽く折り癖をつけ、帰路と捜索済みの範囲を区別していく。


昨日見つけた頼りない小道は、奥へ入るほど草に呑まれていった。

木々の間隔も狭まり、重なった枝葉が朝の光を細かく切り分けている。

森へ進むほど、空気は少しずつ冷たくなった。


しばらく歩いたところで、キサラが足を止める。


「……あったわ。これが星涼草よ」


大木の陰をのぞき込む。

湿った地面へ、隠れるように葉を広げた背の低い草が生えていた。


キサラはその場へしゃがみ込み、葉を一枚摘み取った。

光へ透かして葉脈を確認し、鼻先へ近づけて香りを確かめる。


「これはまだ新芽ね」

「けっこう目立たないところに生えてるんだね」

「ええ。慣れていない人なら見落とすかもね」


キサラは葉を元の位置へ戻すように、そっと地面へ置いた。


「ここに新芽があるなら、この先に群生している場所があるかもしれないわ」

「オーリンさんも、それを探して奥へ行ったのかな」

「可能性はあると思う」


キサラは周囲の木々を見回した。


「いつも同じ場所で採っていたのなら、迷わないように何か目印を残していたかもしれないわね」

「目印かぁ……」


フレアは新芽が見つかった場所を中心に、視線を扇状へ巡らせる。


二人は少しずつ距離を取り、周囲の探索を始めた。

キサラは植生を確認しながら歩き、薬草を見つけては必要な分だけ摘み取り、紙包みへ移していく。


フレアは地面の窪みや折れた枝、木の幹へ残された傷を調べた。

日が高くなるにつれ、森を満たす虫の声が厚みを増していった。


湿った土の匂いと、枝葉を掻き分ける音。

ときおり落ちる木の実が、静かな林床を転がっていく。


だが、人が通ったとはっきり分かる痕跡は見つからない。

二人は途中で短い休憩を取りながら、探索範囲をさらに森の奥へ広げた。


やがて日が傾き始めた頃、フレアの視界の端で橙色の何かが揺れた。


「……あれ?」


細い木の幹に橙色の布が巻きつけられている。

布の下には、小さな木札も括りつけられていた。


フレアが周囲を見渡す。


少し離れた木の幹にも、同じ橙色が見える。

さらに奥、森の中へ続くように、間隔を空けて点々と残されていた。


「どうやら、誰かが残した目印みたいだね」

「たぶん」


キサラは布の結び目を観察した。


「アトラのお兄さんが残したものかもしれないわ」


キサラが木の根元を指した。

湿った土の上に、星涼草がいくつも葉を広げている。


新芽ではない。

採取できるほどに育った株が、木陰へまとまっていた。


「ここが群生地みたいね」

「やっぱり、星涼草のある場所に目印を残してたんだ」


フレアは橙色の布を一枚だけ木から外した。

結び目を解き、汚さないように折り畳んで懐へしまう。


「一応、アトラに見せてみよう。オーリンさんのものか確認してもらわないとね」

「そうね」


二人はオーリンの名前を呼びながら、周囲を一巡した。

だが、返事はない。

聞こえてくるのは、葉が風に揺れてこすれる音と、小さく聞こえる虫の声だけであった。


やがて、西の空が赤みを帯び始めた。

キサラが木々の向こうへ見える光を確認する。


「フレア、そろそろ日が暮れるわ」

「むぅ……もう少し探したいけど、仕方ないかぁ」


フレアは名残惜しそうに森の奥へ目を向けた。


「今日はここまでにしよう。明日は、この群生地の周りを重点的に探してみようか」


二人は自分たちが結んできた麻紐を頼りに、森の入口へ向かった。

来る時より足を速めつつも、ぬかるんだ地面や草に隠れた窪みを踏まないよう、慎重に帰路を辿る。

森を抜けた頃には、空の半分近くが夕暮れの赤へ染まっていた。


村へ戻る細い道を進んでいると、フレアは視線を感じて足を止めた。


少し離れた丘の上。

細い木の幹へ背を預けるように、一人の男が立っていた。


「あれ……あの人」


フレアの胸に、アトラの家の前での記憶が蘇る。

ラット——。名前だけで、手触りの良くない何かが指先に貼り付く。


目が合った途端、男は肩をすぼめ、背を向け、斜面の向こうへ消えた。


フレアは眉を寄せたが、追うには遅すぎた。

二人は足を村へ向けた。


* * *


村へ着く頃には、夕餉の煙が家々の屋根を撫でていた。

フレアとキサラはそのままアトラの家へ向かう。


家の前には刈り入れを終えた麦藁が積まれ、アトラが一束ずつ縄でまとめていた。

フレアたちの姿を見つけると、アトラは手にしていた縄を置き、駆け寄ってくる。


「アトラ」

「……兄貴は?」


期待と不安の入り交じった目だった。


フレアはアトラの前にしゃがみ、懐から橙色の布を取り出した。


「今日は、森の中でこれを見つけたの」


アトラは差し出された布を両手で受け取った。

汚れのない部分を広げ、何度も目で確認する。


「これ……兄貴ので間違いないと思う。目立つ色だから、森で迷わないように使うんだって言ってた。こんな布を何枚か持ってたはずだ」

「昨日見せてもらった葉、星涼草っていう薬草なんだけどね。その群生地の近くで、木に巻きつけてあったの」


フレアは安心させるように笑った。


「今日はもう日が暮れそうだったから戻ってきたけど、明日はその辺りを重点的に探してみるよ」


アトラは布へ視線を落とした。


「……頼む。兄貴……どこ行っちまったんだよ……」


小さく声を震わせるアトラへ、キサラが歩み寄った。


「アトラ。今日は星涼草の葉も摘んできたの。お母さんの様子を見せてもらえる?」

「えっ、あ……うん。母さん!」


アトラは布を大切に畳み、家の中へ駆け込んだ。

室内には火と湯気の匂いが満ちていた。


アトラの母親は、咳をこらえながら小さな鍋を見ていた。

二人が入ると驚いたように振り向き、軽く頭を下げる。


「少し、ここを使わせてもらうわね」


キサラは部屋の一角に調合道具を広げた。

摘んできた星涼草の葉を水で洗い、小さなすり鉢へ入れる。


「本当は、しっかり乾燥させてから使った方がいいのだけど。今日は取り急ぎ、ね」


そう言いながら、葉を細かくすり潰し、腰のベルトから小瓶を取り出す。

中に入っている薬液を一滴ずつ加え、色と粘りを見ながら慎重に混ぜていく。


フレアとアトラは、少し離れたところからキサラの手元を見守っていた。


キサラは火加減を弱め、調合した薬液をゆっくりと煮詰めていく。

部屋の中にほんのりと苦い香りが広がっていく。


しばらくして火を止める。

出来上がったとろみのついた液体を、手際よく別の小さな瓶に移した。


「できた」


キサラは小瓶に蓋をしてアトラへ手渡す。


「これを匙で二杯分、お母さんに飲ませてあげて。少しは症状が和らぐはずよ」


アトラは目を丸くして、慌てて受け取る。


「あ……ありがとう……。でも、家には……」


アトラが落ち着かない様子で、家の中をキョロキョロと見まわす。


「ん……? あぁ、お代のことなら別に心配しなくても大丈夫よ。そこの冒険者に請求しとくから」

「え゛?」

「冗談よ。気にしないでいいから、早くお母さんに飲ませてあげて」


キサラが表情を緩めて調合道具に残った薬液を拭き取りながら、アトラの母の方へ向き直る。


「あ、結構苦いと思うから、蜂蜜があればそれと一緒がいいかも」

「……ありがとうございます」


アトラの母の目に、安堵が滲む。

アトラは何度も礼を言い、瓶を胸に抱えた。


「今作った分で、明日の夜までは持つはず。それで少し様子を見てみて」


キサラはそう言って微笑んだ。


「ふふーん。キサラの作るポーションは本当に品質は抜群だからねぇ!」

「なんでアンタが得意げになってるのよ」


フレアは、アトラの肩を軽く叩く。


「明日、必ず見つける手掛かりを増やすよ」


アトラは力強く頷いた。


* * *


夕食は昨日に引き続き、村の広場近くの小さな酒場で取る。

短く腹を満たした二人が礼拝堂へ戻ると、明かり取りの向こうで小さく手が揺れた。


「お二人とも、お疲れ様でした~」

「ありがとう、ルルナ。はい、これおみやげ!」


フレアは袋から、森で摘んだ木の実と、小さな果実を取り出した。

ルルナは目を丸くして、口元に手を当てる。


「まぁ……ありがとうございます~」


部屋に戻ると、ルルナはすぐに台所にお茶を淹れに行き戻ってくる。

ハーブのいい香りが部屋を満たす。


三人は湯気の向こうに今日の出来事を並べ、明日の段取りを話し合った。


話はいつしか、衣のほつれの直し方や、収穫祭の日に配られる甘いパンのことにまで広がっていった。


「収穫祭って、オルフェンでもやるんだね」

「はい。小麦の収穫を祝う、村で一番賑やかな日なんです。……あ、でも、今年はまだ落ち着かないかもしれませんね」


ルルナが少し表情を曇らせたのを見て、フレアはわざと明るい声を出した。


「アタシたちが住んでるアルテナの方にもね――」


フレアは身を乗り出し、指を折りながら『町の味』を語り始めた。

六角芋のとろりとしたスープ、甘酸っぱいサニーベリーを塗った甘パン、炉で燻したフロストトラウトの香ばしさ。

話すうちに、自分でもお腹が空いてきたのか、フレアの声は次第に早口になっていく。


「わたくし、アルテナには一度も行ったことがなくて……。そんなに賑やかな町なのですね」

「市場なんて、毎日がお祭りみたいなものだよ。動く絵が入った箱とか、歌う小箱とか、変なものもたくさん売ってるし」


ルルナは目を輝かせ、フレアの語る一つ一つに小さく相槌を打った。

知らない町の匂いと音が、言葉を通して少しずつ、彼女の中に積み重なっていくようだった。


狭い部屋の中、笑い声が重なり、夜がゆっくりと更けていく。

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