A-G-1 蝶の羽ばたき、雫の冠
東西南北を調べた。
隣国も調べたし、そのさらに向こう側も当然調べてある。闇ギルドも頼った。あと探していない所は一体どこだろう。
教会の禁書庫も見てきたし、胡散臭い占い師とかですら、もしかしたらもしかするかも知れないと全て調べ上げたけど、何も出てこなかった。
魔術協会にも間者を入れて見たこともあるし、考古学者などに遺跡とかを調べさせたこともあるけど、時を操る秘術については全く出てこなかった。
各貴族の家についても、もちろん調べている。特にあの鳥の頭の雌鶏の家など、いの一番に調べた。結果はシロだ。
たかが木端の貴族如きが我が家の情報網を掻い潜る事など不可能。だからこそ言い切れる、少なくともあの産卵しか頭にない鳥頭女は、少なくとも時間が逆行する事に関してはシロであると。
ま、そもそもの話になるけど土台そんな頭があるとは思えないものね。それはそれで哀れだけれども、仕方ないわね。
「きゃっ!」
そんな事を考えていると、目の前で突然転んで見せたのはいつものように3歩歩いたら全てを忘却していそうなチキンヘッドだった。
それにしても食べたら不味そうな桃髪だ。家畜なら家畜らしく、もっと喰われる事を考慮して食欲を唆る色合いというものを覚えるべきではなかろうか。
あるいは食べるは食べるでも、別の食欲とかを唆るでもいい。
……ああでも、あんなのでも食べたいと思うような輩もそういや居たんだわ。目が腐ってるのではないのかしら。それとも腐ってるのは嗅覚か、味覚か。いや全部だわ。
悪食にも程があるでしょ。変態度偏差値80オーバーかよ。
「うおっ!?」
「だ、大丈夫か?」
それにしても、毎回毎回転び回っている割には頭の打ち所が悪くてそのままこの起き上がり小法師が儚くなると言ったケースは今まで起きたことがない。無駄に芸術点が高すぎやしないだろうか。
それとも人生そのものが転落していくだけの哀れで無様で無価値なみっともない人生だから今更ちょっと躓いたぐらいではノーダメということなのかしら。
「い、つつ……ご、ごめんなさい! だ、大丈夫です……」
聴覚が腐り落ちて無くなりそうな猫撫で声。
廊下でなにかの見世物かのように華麗に転んだ彼女はそのままアクロバティックにピエス・ミノール伯爵令息にぶつかり、地に伏した。
ミノール伯爵令息の手を借りて立ち上がると、彼女の視線が此方を向いた。その目には涙が溜まっている所まではいつも通りだったが、彼女の眼は、いつもの反抗心が嘘のように申し訳なさそうなものをしていた。
「も……申し訳ありません……!」
……!?
え。
此奴今なんて??
「私、ま、前を見て、歩いていなくて……」
何を言っているのか、一瞬理解ができなかった。
……いや訂正。
今も理解できていない。
謝った?? この雲助が?? 私に??
「お怪我はありませんか? お洋服は汚れていませんか??」
「は……?」
今まで、私はこの女に謝罪なんてされたことが無い。何を企んでいる? 何が目的だ??
そも、謝罪する程度の知能をようやく身につけたのは大いに結構だが、それはそれとして謝れば済むと思っているのか? この私を足蹴にしておきながら?
いつもの私なら適当に流していただろうが、生憎今日の私は逆行の影響で大層機嫌が悪い。
この程度では済まさないぞ、この蜚めが。
「ひっ……す、すみません!」
「どこのどなたか存じませんが、謝れば済むだなんておめでたい頭ですのね? 名を名乗りなさい」
「さ、サマラ。それ位にしましょうよ」
ネールにそう言われ、私は瞬きをし、周囲の状況を確認した上で目を閉じた。
いけない。私としたことが、頭に血が上っていた。
本当はコイツに構っている暇なんて無いのに。またしても同じ所まで堕ちる所だった。
だが、私はそれ以上に気になってしまった。
この違和感は一体何なのだろう。
たった一言謝罪しただけ。ただそれだけなのに、今まで積み上げてきた前提が音を立てて崩れ始めている気がした。
「怖……」
「バガリー嬢、今日はいつにも増して氷の令嬢って感じ……」
「しっ、聞かれるぞ……」
気が付けば、周囲には人だかりが出来上がりつつあった。これは良くない。
前回はどうしていたっけ。ああそうだ、前回はここをネールと一緒に通るようにしていたんだ。そうしないとまたこの亀虫にあることないこと言われるから。証人のために呼んだんだ。なのに何故前回と展開が違う?
ああ、そうか。
殿下との顔合わせが前回の通りではない。
それにメイドとのやり取りも、前回と今回では違う。しくじったか。
「まあいいわ。どこぞの醜女を相手する暇があれば罰しましたが、今はその時間も惜しい。ごきげんよう、名も知らぬそこの貴方」
蝶がその場で羽ばたくことによって、巡り巡って異国で竜巻が起こりうる事がある。
同じように、平らな水面に雫を垂らすと、まず水面に水の冠が生まれる。その冠が現れることで水面は平らではなくなり、小さな波が生まれる。その波は水面の端で反響し、また跳ね返る。これを波及と言う。
小さな行動の違いが、巡り巡ってこうした違いを起こしているのなら。
私は既にここで一つ手を間違えた事になる。
ネールを連れてその場を去り、曲がり角に差し掛かった頃、ネールがふと、私に声をかけた。
「サマラ、貴方何だか余裕が無さそうだわ。大丈夫?」
大丈夫、と答えようとして返答に窮した。
「どうなんでしょうね。なんとも言えないわ」
「……なんとも、言えない?」
「ええ」
大丈夫……なのだろうか。
出鼻を挫かれたのは挽回すればいい。ただ、私が気にしているのは、どのような因果が周り回ってこうなったかだ。
あの小娘の反応は明らかに異常だった。
あんな殊勝な様子、ただの一度として今まで見たことがない。
それが何とも気持ち悪かった。
「世の中には我々の想像もつかない物が溢れているとは聞きましたが、正に今、私の想像を超える何かが動いているために、その対応に苦慮しておりますの」
まさか……もしかして、もしかするのだろうか?
あのベティ・トレイソンが、あのフ〇ックな女が、実は魔道具を……いや、違う。
あのファ〇キンフ〇ックの周りにいる誰かが、時間を巻き戻している?
もしかして、教会関係者か? 今まで教会を洗った事はあるが、その時どこまで深く掘った? もしかしてもしかして、掘り方が足りていなかったか?
彼女を守ろうとするような趣味の悪い存在が、何かアクションを起こしたか?
まさか、今まであまり重要では無いと判断していたこの学園の教師陣や司祭、あるいは聖女の護衛などに黒幕がいる可能性が……??
こうしてはいられない。
「ごめんなさいネール。ちょっと急用を思い出したので失礼致しますわ」
「えっ?」
一目散に学園を飛び出し、我が家の馬車に乗り込み、控えていた執事に指示を出す。
「イグアス、時間逆行スキル保有者の件だけど、探す場所を変えて欲しいの」
「と、言いますと?」
今回は異なる大陸に捜査の手を伸ばしていたが、それは取りやめだ。
「教会を洗って頂戴」
「き、教会ですか? ですがお嬢様、幾らバガリー侯爵家の力を以てしても、教会は──」
「闇ギルドを使いなさい。必要なら拷問や脅迫暗殺、あらゆる手を使ってでも情報を見つけなさい。もちろん、バレてはダメよ」
前回および前々回調べた時は闇ギルドを使っていなかった。
だから今回はその手を使う。
「御託は聴きたくないわ。必ずや見つけ出しなさい」
「……承知しました、お嬢様」
必ずやこの周回で全てを断ち切り、私は王妃へと上り詰めてみせる。
そのためにはまずは犯人探しだ。




