A-B-終 時間切れ
「ベティ・トレイソンよ。今日この時を以て、私ヴィシャル・ルトゥールは貴様を国家反逆罪で拘束する!」
王立学園の卒業記念式典と言う記念すべき舞台で、私は第一王子であるヴィシャル様より、何度目かの聖女拘束の宣言を聞いていた。
その声は怒りと憎しみに満ちており、彼女に対する一切の情けを感じられない物であった。
ああ、またか。
またしても、私は時間が巻き戻る原因について遂に突き止める事が出来ずにこの結末になってしまった。
その事に対する絶望で、指先が冷えていく。自らの顔が、血の気が引いた事で冷たくなっていく様を、まるで幽体離脱でもしたかのようにどこか他人事のように俯瞰していると、周囲の人間がクスクスとあの雌蟲をあざ笑う音が聞こえてきた。
「ヴィシャル様、待って! どうしてそんな事を――」
そのクスクスと笑う声も、初めてこの場面を迎えた時とはまるで違って私の耳に聞こえる。
あの頃は、彼らがただただ嘲笑っているのだと思っていた。しかし今はもうそう聞こえなくなっていた。あれはまるで……
まるで無力なこの私を嘲笑っているみたいな。
この場にいる全員が、何も知らないまま同じ結末へと向かって歩いている。その滑稽さと無意味さ、虚しさを知るのは私だけ。
この歓声も、このざわめきも、この眩いシャンデリアの輝きも、この後には何一つ残らないことを誰も知らない。
この式典の飾り付けも、楽団の奏でる荘厳な音色も、卒業生たちの晴れやかな笑顔も、私かあのチンパンジーが命を落とせば、夜を迎える頃には全て無かったことになり、その日の夜を迎えることは無くなる。
そう思うと、目の前の景色はまるで陳腐な舞台装置にしか見えなくなっていた。誰かが幕を下ろせば消えてしまう程度の出来の悪い、安っぽい幻。
「どうして、だと? ベティよ、貴様が我らに対して行ってきた数々の悪辣な試みを、私が知らないとでも思ったか。この国をいずれ担う我らに対するその行いが、聖女として相応しい物であったと本当に思っているのか?」
ヴィシャル様がそういうと、粘液を眼から撒き散らす不快な汚物が、動揺した様子で1歩下がった。
そして彼女は、ソワソワと辺りを見回すと突然私と視線を合わせ、許さないとでも言わんばかりに私を睨む。
もうその目も見飽きた。
己の愚かさを棚に上げ、あろうことか私を逆恨みするかのような、みっともない目つき。
不快だ。
何もかもが不快だ。
「アンタのせいよ……アンタのさえ居なければ……! ヴィシャル様! 騙されないで! ヴィシャル様はサマラに騙されてるの──!」
次の瞬間、ゲボカスの眼の奥から、ピンクゴールドの光がギラリと輝く。
「黙れ! 衛兵、現行犯逮捕だ!!」
「なっ──」
あのピンクゴールドの光は、魅了スキルをアクティブ発動する時に出る光だ。
その光を直視した者は、瞬く間にその者に魅了されてしまう。追い詰められたドブカス女が最後の足掻きでヴィシャル様を直接魅了しようと、スキルを発動させたのだ。
ところが、今回は場の全員が魅了避けを身につけている。
そう、私が殿下に進言したのだ。
もちろん、私は別に彼女が魅了持ちですと言いふらした訳ではない。
役に立ったのはあのオウムたちだ。
ヒソヒソと噂話を案の定膨らませた彼女たちの噂話を話した上で、念には念を入れた方がよいのでは、と提案しただけ。
もちろんマトモな教育を受けている貴族なら全員魅了避けなんて常に携行していて当然なのだが、いつぞやの砂虫を愛でていた愚物みたいにうっかり携行するのを忘れて寄生バエに卵を植え付けられる虫の如く魅了をまともに受けて貢いじゃったりする脳みそおち〇ぽ野郎が居ないとも限らない。
そういえばあの男、無事にパイプカットの上で廃嫡は済んだのかしら……確認する時間があれば確認しておきたい……
確認する時間があれば、だが。
「ヴィシャル様!! どうして!!」
最も、確認したところで、どうせこの世界も間もなく巻き戻る。
ただそれでも私は知っておきたいのだ。
もしループから抜け出すことができれば。
今まで蓄えてきたあらゆる知識はその瞬間から武器となる。
「はあ……もうよい。衛兵、この女の首を刎ねよ。容疑は未認可の魅了と国家転覆未遂罪だ。現行犯で証拠も揃っている、言い逃れは出来まい」
魅了は確かに恐ろしい。しかし対策が出来ていれば話は別だ。聖女として正しくあろうとせず、自らの足で立とうともしない、ただの穀潰しの娼婦。
いや、娼婦と呼ぶのも烏滸がましいか。
娼婦は──特に女性からとなるが──蔑視され事ある毎に馬鹿にされるきらいがあるが、歴史学や考古学の観点から娼婦を考えると、実は最古の職業とする説もあるとされている位、商いとしては由緒も正しく歴史も長いのが娼婦というジョブだ。
特に古代文明においては、宗教儀式で性的な役割を担う『神聖なる娼婦』が存在していたとされる。現代に置ける『聖女』のルーツも実はこれなのではないか? と提唱する者もおり、『聖女』が度々『魅了』を伴って発現する事があるのもこのためなのではないか? と言う説も現在教会とは一線を引いた学者たちの間では議論されている。
私も一度、教会を洗った時に教会の禁書庫に保管されていた古い書物にそのような記述を見たことがある。その本の作者は、その本を書き上げた後に破門され、追放されていた。
「しおらしくしていればよいものを……全く」
そもそも、娼婦という職業ひとつとっても高級娼婦と安い娼婦でも雲泥の差がある。
売買春は経済的困窮や社会的弱者である女性が男性に搾取される構造であると批判すること自体が間違っているのだ。
「さて、皆の者、騒がせて済まない。宴を続けよう」
平たく言えば、娼婦にだって客を選ぶ権利がある。高級娼婦は我々貴族にも引けを取らない知識と教養を持っているし、選べない、選ばない奴は下の下であると言うだけ。
「サマラ」
そういう意味では、下劣にも夜鷹にも満たない存在でありながら殿下を狙う様な愚か者は、正しく見下されながら死んでいくのがお似合いだ。
「はい、殿下」
不浄な惣嫁の死に様など、最早興味もない。
それよりも、私の頭の中を占めるのは敗北だ。
「これでようやく我らを邪魔立てする者は無くなった。共に、この国を繁栄に導いて欲しい」
最初に人生が巻き戻った時、この言葉が、嬉しくて仕方なかった。
今はどうだろうか。この後の口付けがどんな味だったかも、最早覚えていない。
「ええ、喜んで」
何度も同じ言葉を聞き、何度も同じ返事をした。
初めのうちは嬉し涙を流したこともあったし、心の底から未来を信じたこともあった。しかし、それらは全て翌朝には存在しなかったことになる。
思い出だけが私の胸の奥に残り、静かに朽ちながら私の心をも腐らせていく。
花は散らせた。だが、それもまた無為に終わるのだ。この勝利にはなんの価値も無い。なんの意味もない。
だって、全部巻き戻って消えてしまうのだから。
◇
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
この声はターナの声だ。ということは、また時間が巻き戻ってしまったか。さて、これで何周目だろうか。まだ100は超えていないはずだが。
「何でもないわ、ターナ。さ、行きましょ」
侍女に心配され、何事も無かったかのように私は馬車に乗る。行先は学園だ。
私かあの女、そのいずれかが死ぬと、必ず時間が巻き戻る。そして私については、それまでの人生の記憶を残したまま戻る。
私がヴィシャル様と結ばれようと結ばれまいと関係なく、無条件に時間は戻る。
「今年も多くの学びに恵まれると良いですね、サマラ様」
より正確には、いずれかが死を迎えた時、その夜を迎えると時が巻き戻る。私が死んだ時は……どうだろうか。死んでからだとは思うが、まあ基本的に私が生きている時での物差しになってしまうのはこの際仕方ない。
ようは死んだ瞬間ではなく、タイムラグがあるのだ。つまり、誰かが私たちの死を見届けてから、時間を戻している。
私は、今回もまたその誰かとは誰なのかを探す。
異教の魔術師も虱潰しにチェックした。辺境の遺跡などは実際に足を運んで調べた事もある。もちろん異国の遺跡とかもだ。
「そうね」
さて、今回はどこを調べればいいだろうか。
もう調べられる所は何周も調べ尽くしているが、それでも私は立ち止まる訳にはいかない。
「ああ、サマラ。会いたかったよ」
到着した学園で馬車の扉が開かれると、ヴィシャル様のエスコートで私は馬車を降りた。
──絶対に、何かを見落としているはずなのだ。
それが何かを突き止めない限り、この周回もまた無に帰す。
「ヴィシャル様……」
「どうした、サマラ」
思わず思いに耽っていると、彼が心配そうに私に声をかけた。
「いえ、何も」
「そうか」
私がすり潰れるのが先か、抜け出せるのが先か。
学園ではまたあの辻君の相手もしなくてはならない。何度首を泣き別れさせたところで、巻き戻っては意味が無い。試合に勝っていても勝負に負けていては話にならないわけよ。
最後に泣くのは私なのか、それともこの茶番の黒幕なのか。
もはやどっちでもいいと思い始めている自分の本心に蓋をして、私は今年もまた原因究明に勤しむ。




