T-G-終 支配者
「我が国の偉大なる暁、そして至高なる粉紅金剛石に御挨拶申し上げます」
アタシたちの王国、その暗部を取り纏める宰相夫人がそう言って仰々しいカーテシーを披露する。
その傍らに居るのは、彼女の夫にして現・宰相のクレイ。そしてその息子のフロド。
「サマラったら、そんなに畏まらなくてもいいのに」
「公の場ですから」
今日はアタシのダーリンの戴冠10周年を記念した式典の日だ。
アタシのそばに居るのはもちろんヴィシャル。
「よくぞ来てくれたな、クレイ、そしてサマラ」
「国王陛下」
あれから20年が経過した。
先王陛下はアタシに子供が産まれたことを期に退位し、今は静かに離宮で余生を送っている。
彼は私の息子──王太子ブルーノが彼の子ではないと知らない。
「ブルーノ殿下はどちらに?」
「控え室に居るわ」
「そうでしたか。フロド、貴方も控え室にいきなさい」
「はい、母上」
2人ともまだ幼い。そしてどちらも父親の血を引いていない。
「そういえば王妃殿下、例の研究については進捗いかがですの?」
「順調よ。もうあと10年もすれば、胚と畑を分けて子を成す技術が安定してくるわ。もう既にねずみを使った実験では成功しているの」
「素晴らしいわ。この技術が確立すれば不妊に悩む大勢の人達が救われるわ」
「それから並行して研究している時操魔術による種と卵の保存についても目処が立ちそうなの」
アタシは既に聖女を引退しているが、聖女スキルは聖女と言う教会内における役職と違って残り続ける。
このため、アタシはこのスキルを使って色々とこの国の医療について研究を続けている。
例えば不妊の治療とか、癒しの力の汎用化とか。
今まで教会と一部の癒し系列スキル持ちのみが独占していた癒しの技術を公開し、より発展させ、大衆に普及する活動をアタシはしている。
教皇の立場は捨てていないし、王妃としてのお仕事もあるから中々進まないけど……
「素敵だわ。善性の物に関してはあなたには敵わないわね……」
一方で、サマラは宰相夫人として政の中心で活躍しながらも、暗部の指揮を取っている。
アタシが太陽のように光で民と信徒たちを照らしているのなら、彼女は光の差し込まない場所での後暗い掃除を主戦場としている。まあ、嘘を見抜く力があるからある意味ではうってつけではある。しかも旦那が絶対記憶を定期的にかけ直してるから何事も絶対に忘れないし。まさに適材適所だ。
そしてそれだけじゃない。
「神の愛し子殿にご挨拶申し上げますわ」
「まあ、デトルーロ先王陛下!」
アタシに向けて挨拶してきたのは、以前違う時間軸でアタシを刃で刺し貫いたデトルーロ王国先代女王だった。
「戴冠10周年、誠に目出とうございます」
「ありがとうございます、陛下。ここは聖教本山が有りますから、いらしてくださるか内心ハラハラしてました」
この10年ほどでアタシもすっかり貴族っぽい言動が板に付いてきた。
と言っても中身は10年ではなく、もう少し長いけど。時間戻したり、魅了した先王陛下のスキルで時止めて貰って猛練習したりしたので。
「そうですわね。そのうち聖教本山の見学もしようかなと思っていたところです」
「……燃やしたりしません?」
以前の周回で一度燃やしてみたかったみたいな話を聞いていたせいで、思わずポロッと思ってたことが口をついて出てしまう。
すると彼女は一瞬瞬きをし、その後笑って見せた。
「王妃殿下も冗談がお上手ですわね。貴方が魅了持ちとかならそれも考えたでしょうが、燃やしたりはしませんわ。今のところは」
ドキッ。
内心で冷や汗を流しながらも、笑って見せ……──いや、今この人『今のところは』って言わなかった? ねえ待って?
「確か、『毒蜘蛛聖女』レン・ヴェルシーグは私の先々代にあたる聖女でしたか」
「ええ、そうなりますわ」
「気分を害してしまったら申し訳ないのですが……聖教にしか保管されていない歴代聖女の資料もありますので、それをお見せすることも可能ですわ。もしご興味があれば是非お越しください」
冷や汗でコルセットがしっとりし始めるのを、務めてポーカーフェイスで敢えて攻めた話の振り方をすると、彼女は目を獰猛に光らせて見せた。
「それもいいわね……今度改めて使者を送りますので、日程とか詳しくはそちらと詰めてくださいな」
「ええ」
そう言って彼女は下がる。
いや、マジで死ぬかと思った。今のアタシストレス物質シトシトおばさんになってるわ。
なんかドーパミン出して中和しないと。
ストレス物質と言えば。
クレイは心労が祟って円形脱毛症になったことがあった。
まあアタシとサマラに挟まれていればそうなるだろうなーってのは思ってて、週に1回ぐらいのペースで彼の治療をしている。
治療ってのは円形以外にも胃の荒れとかその辺も凄い勢いで悪化していくので、都度アタシが癒しを掛けないといけない状態なのだ。
しかも癒してもストレスの根源たるアタシたちが好き勝手しているから根治せずにまた同じ箇所が悪くなっていく。見るのが面白すぎてついつい癒しの力を弱めたりしてしまう。
しかしあんなんでも発狂して正気を失ったりしない分、耐える力は凄いのかもしれない。
ま、発狂したらそれも癒したり時間戻したりするんだけどね。
「諸君」
ヴィシャル陛下が壇上に立ち、会場を見渡す。
途端に、ざわめきが静まっていく。
戴冠十周年の記念式典。王侯貴族のみならず、各国の使節や聖教の高位聖職者、果ては平民出身の学者たちまで招かれた、アタシの国の威信を示す一大行事である。
「今日この場に集まった諸君に、まずは感謝を述べたい。十年前、私はこの国の王として即位した。そしてこの十年、我が国は多くの変化を遂げた」
うんうん、そうね。
実際、随分と変わったもの。
癒しの技術は王立医学院を中心に研究が進んでるし、一部は民間の医療施設でも利用されるようになった。
そして貴族の家に生まれたかどうかにかかわらず、優れた技能を持つ者が研究者として取り立てられる制度も整備した。
他にも、女性が貴族の家を継ぐことができるような法改正を進めたりもした。なんだっけ、サマラの親友だった人……あ、そうそう、ネールだネール、サマラが議会に提出した改正法のお陰でネールが女侯爵の第一号になったりもした。
あとは……サマラのスキルがガチ便利だったから、クレイとかのスキル付与能力から着想を得て、水晶玉にサマラの魔力を込めて嘘をついたら水晶が光るようにした嘘発見器の開発をしたりとか。
今までは尋問とかもサマラが居ないと出来なかったのがサマラ抜きでも出来るようになって、この国の情報収集能力も劇的に上がった。
そして王家の支持率は歴代最高だ。
まあ、これはね。言わずともって感じだ。
だって仕方ないじゃない。
アタシは聖女で、王妃で、教皇で、国民と信徒の愛を一身に受けている女なのだから。
アタシが愛してあげれるかは分からないけど、少なくともアタシを愛してくれることが、アタシが愛してあげるための最低条件だから。
「我が国の繁栄は、私一人の力で成し遂げられたものではない。王妃や聖教、宰相夫妻、そして国民一人ひとりの働きがあってこそだ」
ヴィシャルがこちらを見た。
アタシは優雅に微笑み、それに対してゆっくりと頷いてみせる。
その瞳には、今も昔も変わらぬ愛情が宿っている。
ああ、素敵。
何度見ても飽きないわ。
アタシに無償の愛を無限に注いでくれるその眼に、アタシは思わず口元を緩めた。
それを見たサマラが、こっそりと扇で顔を隠しながら吐くような真似をして見せる。
「また、我が国は今後も医療技術の発展に力を注いでいく。身分や財産によって救える命が決まるような国にはしたくない。それが癒しのスキルを共通点に持つ、私と王妃の共通した願いである」
会場から拍手が沸き起こった。
アタシも微笑みながら手を叩く。
いい演説だ。相変わらず嘘をつくのも上手い。
最近気づいたんだけど、この男は嘘をつくことに関しては天賦の才がある。
非常にそれっぽい嘘をつくし、ハッタリをかますことについてもほかの追随を許さない。
普通、嘘とか詐欺とかって耳障りのいい、いかにも信じたくなるような情報の姿を取ることが多いけどヴィシャルの嘘はひと味違う。
信じたくないようなことですら実は本当なのかも……と思わせるような何かを持っている。
「ちょっと、ベティ」
不意に、サマラがこちらを向き声を落とした。
「ん〜?」
「先ほどの話ですが」
「どのお話?」
「デトルーロ陛下を聖教本山にお招きする件」
「あー、あれね」
「本当に招くつもり?」
目を閉じれば、今でもまだあの電撃戦の記憶が蘇る。
アタシたちの記憶は消えない。それはサマラの形だけの夫であるクレイが、アタシたちに掛けた呪い。
「もちろん。歴代聖女の資料をお見せするって約束したもの」
「資料の閲覧だけで済めばいいのだけれど……」
「何よ。まさか、聖教本山がガチで燃やされるとでも?」
「可能性はあるでしょう」
恐らくサマラの脳裏にも同じ光景が浮かんでいる。
「じゃあ、燃えないように気をつければいいじゃない」
「具体的には?」
「燃えたら無かったことにする」
「……王妃殿下」
彼女の目付きが鋭くなっていく。まずいまずい。
「冗談よ、冗談」
そう茶化すと、サマラは何とも言えない顔をした。
それにしても感慨深いものがある。このとんでもない妖怪みたいなババアに国を滅ぼされた結果、今のアタシたちの関係があるのだから。
なかったことになった時間だからババアは何も知らないけど、ババアマジ感謝。
と、そんなやり取りをしていると、壇上のヴィシャルが演説を締めくくった。
「今後も我が国は、民のため、そして未来のために歩み続けることを誓おう!」
大きな拍手と共に、彼は両手を広げると、小さな破裂音とともに小さな花びらが天井へと吹き上がり、それが舞い落ちていく。
それに合わせて楽団の演奏が始まり、今日来ているお客様たちが思い思いの雑談をし始めた。
とっても華やかな光景だ。
ようやく掴み取った平穏。ようやく踏み出せた未来。この時間軸は、紛れもなくアタシたちが勝ち取ったものだ。
誰かに与えられた結末でもないし、誰かの都合で押しつけられた運命でもない。
王国は今、かつてないほどに繁栄している。
医療技術は発展し、聖教との一体化も進み、かつてなら救われなかった命が救われるようになった。
サマラは……なんか相変わらず暗部で好き勝手をしているけれど、国のためではあるし、その事でクレイは足繁くアタシの元に通っているけどその顔はマジでウケるし。
ブルーノはすくすくと育っているし、フロドもまた、あの母親のもとで立派に育つことだろう。
ヴィシャルは……あ、そうだ。
「サマラ」
「何かしら、ベティ」
「スキル剥奪の薬あるじゃん?」
「それが何か?」
「あれちょっとヴィシャルに飲ませてみない?」
「……何を企んでるの」
彼女は一瞬だけ眉をひそめたものの、すぐに笑顔に戻る。
「いや、スキル使えない状態で術を解除したらどんな顔するかなって思って」
「……そんなことしたら、私たちも二度とやり直しができなくなるわ」
「その点は問題ないわ、アタシが癒せば多分また使えるようになるから」
「そんなこと出来るの?」
「多分。ほら、前にクレイが全部ゲロった時に、アタシが武力蜂起したとか言ってたじゃん」
アタシがスキル剥奪の薬を飲まされたのにミノールの鉱山で暴動起こしたという話。これはアタシたちの記憶にはなく、クレイとヴィシャルの記憶にしかないものだ。
アタシがそんな物を飲まされたのに魅了と癒しを使えたということは、多分アタシが常時聖女側の癒しを垂れ流してるためにアタシの身の回りのあらゆるものに癒しの力が染み込んでしまっており、その癒しの力でスキルが再生したのだと睨んでいる。
「ああ、そういう……って、それ癒しの定義に当てはまるの?」
「多分ね」
「ほんと貴方のそのスキルって無茶苦茶ね……」
呆れたように彼女は首を振る。
そこでアタシは久しぶりに彼女に向けてゆっくりと笑みを浮かべながら、挑発するように彼女に向けて魅了の力を発した。
もちろんあのクソババアの死角になるように位置調整はしている。
「そんなの無茶苦茶で当然じゃん」
「当然?」
アタシの挑発に、彼女は腕を組んでこちらを睨む。ああ、久しぶりにそんな顔を見た。
「だってアタシ、この世で最も神に愛されているのだもの。少々の理不尽は通って当然なのよ」
「……あれからもう十年以上経過したけど、私貴方のそういう所だけは大嫌いだわ」
彼女の声に殺気が乗り始め、傍にいたクレイが胃を抑える。
「あら、じゃあまた久しぶりに何周回か殺り合う?」
「貴方がその気なら受けて立つわ」
チラリと、そこでサマラはアタシのダーリンに目線を送った。
「冗談よ。もうあんなのは懲り懲りだわ」
「うふふ、アタシもよ」
アタシたちの間に生まれていた異様な空気が一瞬で四散する。
クレイがあからさまにホッとしたように胸を撫で下ろす。
「妃殿下、申し訳ないが後で癒しをかけて欲しい」
「は〜い」
たまらずと言ったようにクレイがそういうと、サマラがクレイを鋭く睨んだ。
「この程度で何を今更。もっと酷い場面を散々見てきてクソカスゴミクズの傍らで高笑いしていた分際で、随分といいご身分ですのね?」
「……」
クレイは縮み上がるばかりだ。無理もない。
一生傍観者……いや、諦観者でいるのが彼の仕事なのだから。いい気味だ。
「正気で居られるだけ感謝なさい?」
「サマラそういうけど、案外ヴィシャルみたいになれた方がかえって幸せかもしれないよ?」
おいで、と手で仕草をするとヴィシャルがこちらに歩み寄ってくる。
「どうしたんだい、愛しの妻よ」
「ねえ、ヴィシャル。貴方今、幸せ?」
「もちろんだ。君と一緒に過ごせたこの十年、私はずっと、この上なく幸せだ……」
「……」
悲しみがその目に宿る。対照的にサマラの目は愉悦で歪んでいた。
「いいわね、その案。でも必ず人体実験をしてからよ」
「それはもちろん」
「必ず癒せるという確証がない限り、逆行を永久に失うというリスクは取れないわ」
「分かってるって」
「というわけでクレイ、政治犯でスキル剥奪しても問題なさそうな人の人選お願いしましたわよ」
「……はい」
およそ式典の最中にコソコソやる話じゃないけど、アタシたちはクスクスと笑って見せた。この上なくゲスな笑いだ。
「貴方の悪趣味が移りそうだわ……ああ、でも、貴方のそのペットが術から解放にされた時に、どんな表情を浮かべるのか……想像しただけで面白いわ……」
サマラの顔がどんどん極悪になっていく。
「ちょっと。人の旦那で何興奮してんのよ、変態」
「元はと言えばわたくしの旦那みたいなものですわ。それに貴方、タイプじゃないって言ってたじゃない」
「それとこれは話が別」
言外に、彼女はブルーノがヴィシャルの子ではないことを指摘してくる。
そんなのサマラん家のフロドだって同じなのに。
「ああでも、他人の所有物という点では確かに私もはしたないですわね……これが寝盗り寝盗られと言うことでしょうか……」
サマラが自らの頬を抑え、照れるようにしてそんな世迷いごとを言った。
……この子大丈夫?
「思ったんだけど、アンタ最近ますます壊れてるよ」
「でも貴方も興味あるからこそ、こんな話を振ったのでしょう?」
その言葉に、あたしもまた笑った。
「それはもちろん」
魅了されてアタシに愛の言葉を未だに囁き掛けてくるよりも、どんな憎しみの声がその口から溢れてくるのか……知りたい!
どんな表情をして激怒し、憎悪し、スキルを使おうとして時間が戻らずに呆然とし、そしてまたアタシの魅了に掛かってその絶望が溶かされていく様を……見たい!
アタシたちの復讐は、まだまだ始まったばかりだ。そして永久に終わらない。
だって、寿命で死にそうになったらまた一からやり直せばいいんだもの。
せいぜいアタシたちを楽しませてちょうだい、ダーリン……?
傲慢悪役令嬢VS極悪魅了聖女
終




