T-G-5 最後の報復
「こほん。『それではおふたりに質問します。互いに互いをいつくしみ、どんな時も手を取り合って進む家庭を築きますか?』……」
「……微妙」
「では、『嬉しい時も、悲しい時も、互いを支え合うパートナーでい続けることを誓えますか?』」
「微妙」
気持ちだけは大変共感するが……
「ベティ、真面目にやらないと行けませんわ。『今日ここに証人となった皆様の前で、永遠の愛を誓いますか?』」
「え〜どうしよっかな〜。ぶっちゃけアタシヴィシャル様ってそれほど顔とかもタイプじゃないんだよね〜」
「そうなの?」
学園生活は驚くほど穏やかに過ぎていき、私たちはつつがなく卒業することが出来た。
今までの殺し殺され騙し騙されは、本当になんだったのだろう。まるで夢でも見ていたかのように、何事もなく全てが呆気なく終わってしまって、今私たちはようやく何が起こるか分からない、未知の領域に足を進めることができていた。
本当に長い夢だった。それも、悪夢。
「てかさ〜そっちこそさ〜、『互いをいつくしみ、どんな時も手を取り合って進む家庭を築きますか?』……」
「……手を取るまでもなく解決しますわね」
「じゃあ、『嬉しい時も、悲しい時も、互いを支え合うパートナーでい続けることを誓えますか?』」
「わたくしに支えは必要ありませんわ」
「アタシとだいたい同じじゃん。ほら、『今日ここに証人となった皆様の前で、永遠の愛を誓いますか?』」
「自己愛のことなら」
「真面目に答えてないのどっちよ」
お互いに目を合わせ、クスクスと笑う。
明日は聖女ベティ王宮入りの日。つまり結婚式だ。
予定通り新教皇猊下は殿下へとクラスチェンジを果たす。そんな訳で私たちは教会本部の一室でその準備をしていた。
教会はいい。
壁や天井裏に影が張り付いていることもないし、聖女謹製の結界魔法で音が外に漏れたりもしない。
「てかさーほんとまって、アタシ明日のために今からちょっと聖力を練っとかないといけないのに全然進まないんですけど」
「それはそんな所でお人形遊びに勤しんでいるからでしょう」
「マジそれな〜」
聖女に宛てがわれた部屋に居るのは、実は私たちだけではない。
完全に見知らぬ男が聖女の部屋に一名居る。もちろん魅了済みだ。そしてもう一人。
「……」
「ほら、クレイも明らかに混乱しているじゃない。せめて紹介ぐらいしたら?」
「あ、そーだった。この子ね、なんかその辺の鍛冶屋だって」
「は?」
「そ、その辺って……」
「あ、自分トラヴィスと言います」
「ほら見て二の腕ヤバくない? 一生揉んでいられるんですけど」
そう言って彼女は躊躇なく下劣な平民の腕に無遠慮に触れる。
流石に今回ばかりは私は新婚約者と目を合わせ、顔を顰めた。
「もう少しその……人選はどうにかならなかったの? 例えば騎士科の子とか……」
「騎士科の奴らってノルマで鍛えてるでしょ? アタシそういう人工的に作られた筋肉好きじゃないんだよね。むしろこうやって仕事とかで自然と身についたタイプの筋肉がマジでフェチぃんよ」
「はあ……」
フェチ活フェチ活、などと意味不明な供述をする彼女に、流石に呆れてものも言えない様子でいた筋肉ゼロ男が口を開く。
「それにしても結婚間近の人間が見知らぬ男を連れ込むのは、如何なものかと僕は思いますが……」
「でも内緒にしてくれるでしょ?」
「……」
「ま、ヴィシャルにバラしたところで魅了されてて何言っても笑顔で許してくれるから意味ないけどね。ギャハハ、マジウケるー!」
大口を開けて猿のように手を叩く彼女を見て、彼は無言で天を仰いだ。
「ん〜、でもこいつ腕は良いんだけどアレがアレなんよね〜。だからトラバースさ〜、悪いけど死んでくれる?」
「ああ、もちろんだとも!」
そう言って、トランプだかなんだか名前の知らない男が立ち上がると、その辺にあった短剣で躊躇なく自らの首を掻き切る。
「!!?!?」
「あらあら……」
そのまま床に倒れると共にカラン、と探検が音を立てて床に落ちる。トライアル? さんがビクビクと痙攣するなか、ベティはニッコリと聖女のような笑みを浮かべて立ち上がり、私もそれに合わせて座っていた椅子から立ち上がった。
「な、何をしている!? ち、血が──」
「クレイ。私たちが今日この場に貴方をわざわざお呼びしたのは他でもない、貴方への罰についてお話するためですの」
「ば、つ……!?」
「かは……っ」
だいぶ顔の色が白ばんで来ている。そろそろ死ぬだろうか。
そう考えていると、横からベティが両手を組み、詠唱を行った。
「神よ、憐れなるかの者を癒し給え」
眩い光とともに、彼の傷が塞がっていく。床に零れ落ちた朱色こそ元には戻らないが、床に倒れ伏していたトラック? だかの顔が瞬く間に色を取り戻していく。喉元を裂いたお陰で喪われていた酸素供給が急激に再開され、彼の胸が大きく隆起する。
「ごめんねトラヴィス。やっぱ死ぬのナシ〜。お詫びに身体を癒しておいたし、許してくれるよね?」
「もちろんさ! なんだか首を切る前よりも身体が軽いくらいだ! 感謝こそすれども怒ったりなんてしないよ」
「ほんと!? 嬉しいっ!!」
そう言ってベティは血まみれのままの彼に抱きつく。
「……あの薄気味の悪い茶番はさておき、私達が貴方に要求することは一つ」
──それは『正気のまま、全てを見届けること』。
貴方の自由意志は奪わない。貴方の自由意志は奪う価値も無い。
だからその代わり、そこで指を咥えて見ていなさい?
貴方が仕えた国が、愛した者たちが、我々によって緩やかに腐り落ちて行く様を。
王家の血筋が途絶える瞬間を。
「それ、は……」
「うふふ。もちろん、諸外国に我らの行いを密告したり、誰かに話そうものなら、そこのトラバサミだかと同じような目に遭いますわよ?」
あまり趣味はよくないと思うが、別の男をわざとこの密室結界の中に通したのはこのため。
目の前の男に、自分の立場をしっかりと認識していただくため……
「あ、もちろん死のうとしたらアタシの力で癒すし、万一死んでもヴィシャルの力で生き返らすからそのつもりで!」
「魅了していないだけで、あなたがたの所有権はこの私にあると言うことを、お忘れなく」
ああ、その絶望した表情、本当に素晴らしいわ。
貴方の生殺与奪を握っているのは、この私……
いや、生殺与奪を取り消すか、再度無意味に奪うかすらも我々の手の中にあるだなんて、滾る。
「キャハッ! まーサマラはああ言うけど、要は今まで通りただの傍観者でいろよって事だから、肩の力は抜いていいよ」
「ええ、そうですわ。今まで通り、何もしない、何も出来ないままでいてくださいな」
何をせずに我々がすり減っていく様をただただ傍観していたのと同じように。
この国の腐敗と滅びを、このまま黙って見ていろ、下郎。




