T-G-4 国王陛下
「まずは新入生諸君。入学おめでとう。そして在学生諸君。よくぞ戻ってきてくれた」
学園での在校生代表挨拶のために舞台に登壇した聖女改め教皇の傀儡が、私たちを見下ろす。
「知らぬ者はいないとは思うが、私は在校生代表のヴィシャル・ルトゥールだ。ここで過ごす日々は、諸君にとってかけがえのないものとなるだろう。君たちには是非とも学問に励み、友と語らい、己の才を磨いてほしい」
彼は心の底から穏やかな笑みを浮かべている。もうその目に邪悪な打算や焦り、そして憎悪は無い。
脳内の書き換えが済んでいるからだろう。このまま彼は生涯を生ぬるい産湯の中で緩やかに溺れ続けて行く。そこに王太子ヴィシャルの意志などない。
そんな物は過ぎたものであると私とベティが合意したからだ。
◇
「婚約の解消……じゃと?」
学園が始まってしばらくしたところで、私はマリオネット野郎とベティと、そして宰相殿と揃って陛下への謁見をしていた。
ちなみに宰相殿は陛下側の席だ。
「はい。既に我々で内々に話し合ったのですが、わたくしとヴィシャル様がこのまま婚約を続けるよりも、こちらの新教皇猊下と新たに婚約し、王家と教会の結束を深めた方がより国益に適うことかと思案しました」
私が自ら進んでそう言うと、国王陛下は難しそうな表情を浮かべる。
「しかし……其方も既に王妃教育を修了している身。今更ヴィシャルの婚約者をすげ替えるとしても、帥を野放しにする訳にはいかぬ」
側妃制度も廃止されて久しい中では難しいと言うのが陛下の言い分だ。
その認識は正しい。
「私も今更王宮の政から離れられるとは思っていませんわ。それに、新教皇猊下を王妃に迎えるともなれば王妃教育を新たに施す必要があるのも承知しております」
「ならば不可能であることぐらい分からぬとは言わせんぞ」
「ええ。ですがこんな案は如何でしょう」
一つ、新教皇猊下が王妃として自立するまでは私が後見人として王宮に残り続けること。
一つ、王妃が自立するまでは必要とあらば王妃の代理として表舞台に立ち実務も補佐すること。
一つ、王妃自立後は王宮の敷地内にある離宮で生涯を軟禁状態で過ごすこと。
「それは……」
「この条件なら検討できますでしょう?」
「しかし、それではお主があまりにも不憫ではないか。帥になんの利点がある」
「利点ならございますわ。代理でも王妃として政治への介入が出来ますし、それに離れといえども生涯王宮暮らし。新教皇猊下が王妃になれば病にかかることも無くなるでしょうし、それに……」
ここであえて言葉を止めて、私はベティたちの方向に一度振り返った。
「わたくし、新教皇猊下が……いや、私の友であるベティが、ヴィシャル様と描く未来を見てみたいと思ってしまいました。情が無いといえば嘘になりますが……そもそも我々は政略による婚約関係ですし、よりよい政略になるのであれば解消もやむなしと思えるのは、まさにこの王妃教育の賜物なのかもしれません」
情が無いといえばめっちゃ事実でしかないが、親の前でそんな酷な事をわざわざ言う必要も無い。
情があるのは最早ベティ側だがどっちに情があるかを別に聞かれている訳でもないし。
「しかし、その場合帥の婚約者は……」
「そうですね……まあ、元々バガリー家は私しか次代がいないので、そこはどうにかして婿を取りたいところですが……」
そこでチラリと、陛下の横に控えている宰相に目を向ける。
「あの……」
そこで声を上げたのは新教皇猊下のベティであった。
「王妃教育を完了している都合で王宮から出られないのであれば、クレイ様とかはいかがでしょう……?」
宰相殿はその提案に、僅かに顔を顰めた。
「宰相の息子か……」
「はい。クレイ様であれば、卒業後も政治に携わる事は分かりきっていますし、宰相様が王様の側近となっているように、クレイ様もやがてヴィシャル様の側近になると考えれば、一番適材適所ではないでしょうか」
普段の破天荒さというか、わけのわからなさを見ていると、どうにも聖女ベティがマトモな顔してマトモな事を言っているだけで笑いそうになってしまうのを何とか堪え、しかし私は敢えてこう反論して見せた。
「ですが、クレイ様には既に婚約者がいらっしゃるのでは?」
「王命によって婚約者の変更を試みるのは?」
「王命で強引に婚約解消をさせてしまったら、その補償はどのように?」
「アタ……私のツテで教会にポストを用意しましょう。神事をこなさないと行けませんから、王宮と教会の実務レベルでのパイプを担って貰いたいです」
「婚約者探しは?」
「帝国などにも信徒はいますから、他国の要職の方を紹介します」
「……だそうですが」
改めて国王陛下に目を向けると、一見こちらを案じるような表情を見せていたその顔が、徐々に嬉色に染まっていく。
「そなたらが話し合って合意が取れているのであれば、儂としては構わないが……ヴィシャル、お前はどうなんだ」
「私は……」
ようやく話を振られたお人形さんが、顔をあげる。
「その……恥ずかしながら、私は聖女に……ベティに、真実の愛を見出しました。しかし婚約者のある身でありながら、他者に懸想するなど以ての外だと考えています……」
「……」
「だからこそ、私はこの気持ちを封印するしかないと、覚悟を決めていました。しかしこの話は……他でもない、サマラ側から最初に提案をもらいました。私はまさかサマラ側からこのような提案をして貰うことになるだなんて、正直感謝してもし切れないと、そう考えています……」
「……」
「ですから私は、サマラの献身に応えるためにも、そして、より良き世界のためにも……ベティを人生の伴侶としたいと、考えています」
その言葉に、思わず私はベティと顔を見合せた。
こいつ、本当によくもこう、ツラツラと嘘が出るな?
私たちの記憶のない最初の周回では私と婚約破棄をしてベティと結ばれ、その次の周回で私と結ばれ、その後数え切れないほど同じことをしていた奴が?
それが『他者に懸想するなど以ての外だと考えてます?』ですって?
その上で『だからこそこの気持ちを封印するしかないと覚悟を決めてました』と? 正気か??
と、お互い目線でコンタクトを取りつつも、真顔でいることに全神経を注ぐ。
ここまでくると、もう一周回ってこの嘘つきのつく嘘と、その嘘に乗せる演技力は見事であると言う他ない。
実際これでパリエ伯爵令息を騙せたりしているのだし、スキルに関してもボロをつい最近まで嘘を見抜ける私からすら隠し切っていたのだからハッキリ言って凄い。全く褒めていないが。
「あいわかった。そこまで、三人が言うのであれば……婚約解消、そして新規婚約の件は、このルトゥール王国が国王、ドメディ・ルトゥールが承認しよう」
「有難きお言葉、感謝申し上げます」
「父上……!」
私が臣下の礼を取りながらそう申し上げたところで、感極まったように操り人形が一丁前に立ち上がった。
「ありがとうございます! ああ、ベティ!! これで一緒になれる!!」
「ヴィシャル様!! アタシ、嬉しいですっ!!」
ふたりが抱き合う様を、私と宰相、そして陛下の3人で眺める。陛下だけは暖かい目を向けているが、私としてはなんとも言えないこの茶番に、思わず鼻でフン、と笑ってしまった。
それを宰相に見られてしまい、彼はますます苦い顔をして見せた。
何も知らないのは国王親子だけ。
本当に業の深い者共だ。
「そうと決まれば、わたくしも次期宰相殿に是非とも熱烈なプロポーズを受けたいものですわね」
「ほっほ。バガリー嬢もそのような事を言うとは」
「冗談ですわ、陛下。お互いにそういうキャラではないですわね」
しっかし、ほんとよくあの女も表情一つ変えずにあの吐瀉物の擬人化みたいな男のキスを手の甲に受けたりできますわね。
あれで教会で結婚式あげる時に口同士でキスするわけでしょう? 吐瀉物流し込まれるようなものじゃありませんの。おおやだやだ。
ほんとあんなばっちいの、ベティに押し付けることに成功してせいせいしましたわ。ベティには申し訳ないけど……




