T-G-3 教皇猊下
そうして訪れた始業式の日……の、前日。私たちは聖教総本山の前に集合していた。
先日より教皇猊下が病に伏せており、その事について教会より重大な発表があるとして信徒たちが一堂に会していた。
「今日は全ての国民の皆様に、そして聖教の敬虔なる信徒の皆様に……悲しいお知らせがあります……」
私たちが茶番劇の舞台を物陰から覗くなか、造られた舞台の上に立つのは聖女ベティであった。
「聖女殿……」
沈痛な面持ちで顔を伏せるその姿に、苦い顔でそれを観るのは宰相殿だった。
こんな若い小娘共に踊らされるこの国のことを憂いているのだろうか。
それとも。
「た、たった今……教皇様が……っ!」
そう言って、彼女は涙を拭く。
「お亡くなりになりました……!」
教会総本山の前に広がる広大な広場に集められた信徒たちが、その発言にどよめく。
「教皇さまが……!?」
「そ、そんな!」
曰く、教皇猊下は教会内の自室で突然倒れ、そのまま神の袂へと旅立ってしまったらしい。死因は不明。しかし変死だ。
全身の臓器に謎のダメージが入っており、まるで急激に酸素供給が喪われたかのようなその死に方は誰かを彷彿とさせるが……それは私の知ったところではない。
「このため……っ、ぐすっ、し、修正条例第13条のっ、て、適用によ、りっ……」
──不肖、このベティ・トレイソンが聖教の指導者となり、教会の指揮を執り行う事になりました……
いや、不肖って……
貴方そんな言葉遣い出来たの? と笑いそうになったのを何とか堪えていると、彼女は涙ながらに更に言葉を続けた。
「あり、がとう……ございます……っ、ぐすっ……先程、枢機卿の皆様の、ごっご承認を……ううっ……いた、だきました……」
彼女は涙を拭い、そして片膝をつく。
「きっ、教会として、これから皆様に、色々と……おっお願いごとをすることがあるかも知れませんが……ぐす……共に、この世界を……よっ、りっ……良いものにするために……共に、手を取り合いましょう……!」
そして直後に始まったのは、教皇猊下に捧げる鎮魂の祈り。
……のように見えるが、もちろんそんな高尚なものなどではなく。
「祈りを──」
凄まじい聖力が聖女ベティの周囲を渦巻く。さながら彼女自身が光っているかのように。
その凄まじい黄金色の聖力は、その裏でほのかに香っていたピンク色の魅了のエネルギーを完全に覆い隠すものであった。
「そして、皆に祝福を!」
祈りの姿勢から立ち上がり、空を仰ぐようにして彼女は両手を広げる。
そして広場中に、強大な癒しの力が放たれる。ピンクゴールドの光と共に。
光が幾度と放たれ、聖女の祝福の儀が終わると、いっそ寒気のするほど恐ろしい静寂が訪れた。
その中で彼女は立ち上がったまま再度手を組み、祈りを捧げるような姿勢をした所で、誰かが口を開く。
「──より良き世界のために」
ポツリと、誰かが小さく零した。
「うっ……うう……よりよき、世界……」
「聖教の、齎す……美しき……秩序……」
「こ、これは……」
「まさか、バガリー嬢、貴方は全てを知って……!?」
宰相親子が、驚嘆しこちらを魔物でも見るような目つきで射抜く。
そんな顔でこちらを見ようとも、もう遅い。
「──より良き世界のために」
「──より良き世界のために」
「──より良き世界のために」
一般市民に加え、何人かの貴族までもがフラフラと、熱に浮かされたかのように呟く。
「ふふっ」
魅了避けを携行していない間抜け共は後で粛清するとして──私と、皆を見下ろす女が、双方同時に獰猛に笑って見せた。
──聖女猊下に、栄光あれ!
誰かが絶叫し、それに民衆が続く。
轟雷のような、鳴り止まぬ歓声が轟き、世界を揺さぶる。
聖女のパフォーマンスは魅了で補正が入っているのを除いても満点だろう。
「くふ、うふふふ……あははっ、あははははっ!!」
聖女の公然とした高笑いに気付くものも最早いない。
この場でその異様さを、真の意味で理解しているのは私と宰相殿、そしてその恥知らずな息子ぐらいのものだろう。
いやはや寒気がする。
これだけの民衆を一瞬で狂信者に変えてしまえるとは。いつか隣国のアルマ女王が彼女のことを大量破壊兵器などと呼んでいたのは間違っていないのかもしれない。
……考えてみれば、彼女は魅了聖女との対立という観点では私の先駆者に当たる。
その時どんな対応をされたのか、彼女と対話するということをしてみても良かったかもしれない。
もうみだりに時間を戻すこともないだろうから、それは叶わない幻想に過ぎないが。
「あーっはっはっは!! 何もかも、計画通り!!!」
彼女がその身を仰け反らせて盛大に邪悪な笑い声を発しても、もはやそれは誰の目にも留まらない。誰の耳にも届かない。
鼓膜の破けそうな拍手喝采が全ての音を相殺し、魅了の力が愚民共の目を塞ぐためだ。
こうして、聖女は臨時とは言えども教会のトップに座ることとなった。
教会のトップは教会内でのみ行われる閉じられた選挙によって決定される。
しかし民衆の圧倒的な支持と教会内の岩盤支持層を持つ聖女が臨時教皇代理から常時教皇として選任されるのに、そう時間は掛からなかった。
そうして教皇猊下を輩出した貴族の家が男爵のままであるのも格好がつかないため、トレイソン家はその後子爵へと格上することになったのはこちら側の話だ。
ちなみに、ベティは歴代最年少の教皇猊下であった。




