T-G-2 宰相との密談
「殿、下が……」
信じられないとでも言いたげに、彼は目を大きく見開く。
「動機は察しがつきますわ。大方、時間逆行乱用を咎められる事を警戒しての口封じでしょう」
最早あえて全てを語る必要はない。
しかしそれだけ口にしてしまえば、少なくとも宰相殿は納得したように頷く。
「私は、バガリー嬢が殿下と無事成婚されてから再度時が巻き戻った時点で、殿下に苦言を呈したのです」
その言葉は以前聞いた話と合致する。武力蜂起があって止むを得なかったとはいえ、三度の巻き戻しは巻き込まれる側からしたらたまったものではなかっただろう。
「ヴィシャル様からしたら、今後も時間を巻き戻したい時に巻き戻せないなどということになったら不都合ですからね」
で、恐らくは宰相殿には敵わないが、息子であれば丸め込めるだろうと言う算段で宰相殿を殺ったのだ。分かりやすい。
そして実際に息子が丸め込まれてるのだから救えない。
「して、何故私はまた生き返ったのだ。下手人が私を生き返らせるなどという事は、さすがに考えにくいのだが……」
「ふふふ」
そこで私は宰相殿にも事の顛末を話すことにした。
私とベティが、何十年にも渡り不毛な争いを続けていたことを。お互いに記憶を保持したもの同士が、互いにそうと気付かずに手を替え品を替え、命の奪い合いを性懲りも無く続けていた事を。小さな嘘から私が黒幕に辿り着いたことを。父と母を赤子になるまで時間を巻き戻されたことを。その果てに私が国を売り、汚泥の如き男の信頼を勝ち取り、そして、裏切った事を。
全てを洗いざらい話してみると、宰相殿どころか、2人が揃って血の気の引いたような表情を浮かべていた。
「……」
「それは、なんと……」
絶句している宰相殿を前に、私は言葉を続ける。
「本来であればヴィシャル様を魅了させて、それで終わりの予定でした」
でも、もう一度時間を巻き戻させて、わざわざ二度手間をしてでもまた魅了したのは、最後の最後にこの男が自首したからだと言うと、血の気を失っていた宰相の顔がみるみる血の気を帯びていく。それはもう真っ赤な林檎のように。
「クレイ……貴様、なんということを……!」
「折檻は私の目の前ではなさらないでくださいませ。彼がまだ未熟なのは知っての通りでしたが、最後に少しだけの誠意を見せて頂いたので、そのお返しにこうした二度手間を取ることにしましたの。それに……」
未熟過ぎて話にならない男よりも、有能であると分かりきっている男に国の舵取りを引き続きお願いする方が合理的ですもの。
そう口にすると、宰相殿は私に対して頭を下げて見せた。
「我が愚息が、すまなかった……それに、私共の命を救って下さり、最早どう感謝すればよいものか……!」
「いいのです、宰相殿。本来全ての責任はヴィシャル様にございますもの」
そう、全てはあの男がいけないのだ。
私の記憶にはないが、喪われた初周で私と婚約破棄するのも論外だが、そこでベティと結婚しようとしたら陛下を殺されるなんてヘマを犯したところからもう既にダメとしか言いようがない。
それに、もし私が粛清して回るのがそんなにも嫌だったのなら、次の周回で事前にベティの動きを先読みして、他の大勢が魅了されないように立ち回ればよかっただけの事。
なんでそれが出来ないの?
挙句『王太子妃として不適格』などといった理由で私たちに無限に殺し合いを続けさせる? まるで意味がわからない。
そう言ってみせると、宰相殿はうんうんと頷いていた。愚息の方は小さくなっていたが。
「とはいえ、ヴィシャル様は老いた公爵殿を除き、この国で唯一の王位継承者……首をすげ替えるという訳にも行きませんから、その魅了聖女の力を敢えて使うことにしたのです」
「と言うと?」
「自由意志を持たれていると何をされるかわかったものではありませんから、未来永劫、彼には我々の傀儡となって頂きます」
それが彼に残された唯一の贖罪方法。
生かさず……殺さず……!
本人の意志とは関係なく、未来永劫私たちの元に縛り続け、私たちの意のままに動き続けてもらうことこそが、私の復讐。
いや、私たちの至った結論だったと言うべきか。
「当然私たちと言ったのですから、宰相殿も、パリエ伯爵令息殿もこの輪の中に既に入っておりますわ。ここまで私達の話を聞いて今更降りようとは思わないかと思いますが……」
「……」
「それとも、今から陛下にこの事を密告しますか? わたくしは別にそれでも構いませんわよ?」
その場合、再度時間を戻させてまた宰相殿を暗殺しますがね。
まあそこまで言わずとも、宰相殿は私の意図を察したのか、息を飲んで見せた。
「この後の予定としては、まずはわたくしとヴィシャル様との穏便な婚約解消、そして新たに聖女ベティとの婚約を目指しますわ」
「……えっ?」
「王太子妃と言うブランドに聖女のブランドを掛け算して、そこに更に一般市民には魅了による愛国心の植え付けを計画しておりますの」
「ちょ、ちょっと待った!」
ペラペラと今後の計画について話していると、使えない方の絶対記憶持ちが私の話に割り込んできた。
「はい?」
「君は……君は王太子妃にならないのか……?」
「まさか」
そんなつもりなど、もうとっくの昔……いや、とっくの未来に無くなってしまっている。王妃になるつもりなど毛頭無い。
「今更あの男と寝ろと? 正気ですの?」
「そ、それはでも、貴方は既に王太子妃教育を完了しているじゃないか!」
「だから?」
確かに普通に考えれば今からベティに王太子妃教育なんてやらせた所で覚えるのは無理だろう。
だがそれについては目の前に解決手段がもう転がっている。
「今から聖女に王太子妃教育をさせて、覚えられるはずがない」
「何故? 時間は無限にあるのに?」
足りないなら足りない分だけ時間を巻き戻せばよいではないか。
もう時間遡行はうんざりだが、別に今更少々戻っても動じないというか、良くも悪くも我々は慣れ切ってしまったと言うか。
「本音を言えば私はもうヴィシャル様の顔も見たくなければ、即刻八つ裂きにしたい程です。正直名前を呼ぶのも苦痛ですの。それを我慢するのはあくまでも国益のため。だからそんなどうでもいいポストなどベティに幾らでも投げ渡しますわ」
幸い彼女は、あの男を必要としている。
本人の権力への欲望を存分に満たしてやればよいのだ。その分こちらにもキックバックがあれば私はもうそれでいい。
この場合のキックバックとは、私に都合のいい法律の制定や情報の融通など。
それにどの道ベティはあんなのでも根っこは神職であって、政治家ではない。嫌でも私が裏でブレーンとして動かねばならないだろう。この辺はもう諦めた。
私は私の手に届く範囲で幸福を見つけ、それを掴み取るのだ。
幸か不幸か、キックバックの内容には私の都合による時間の遡行もある。先程も言ったように今更少々時間が戻ってももう私たちは動じない。もちろん事前に双方で許可は取るが、この辺りは2人で手を組むと決めた時に合意済みだ。
「ならば、私と──」
「ご冗談を。貴方は婚約者がいる身ではありませんか。それに私はまだ彼の婚約者、それを貴方……言語道断ですわよ」
そういえば好きだとか妙な事を言っていたな、とここで思い出す。
まあ体感時間では長年喪中という扱いで婚約者との交流も自粛していたのだろうし、ある程度は仕方ないとはいえ……いや、待てよ。
「ああ、そうですわ。そこまで言うなら、ひとついい手がありますわ」
いいだろう。
何がどう回り回って私を好いているのかは知らないが、そこまで言うなら考えないでもない。
私が恐らくこの男を愛することはないだろうが。




