A-B-4. 貴き血脈の証左
スキル。それは蒼き血が流れる証左とも言われる物。
貴族であればほぼ全員がスキルを持っており、人によっては同じスキルが子に遺伝する場合がある。例えばパリエ様のスキルなどはそうだ──
「また成績首位はこの並びですか」
掲示板に張り出された試験結果に、パリエ様がため息を付きながら言う。
「いつもと変わらない風景ですわね」
「君たちにはいつも感心するよ」
「パリエ様も満点ではありませんか」
「……私はまあ、スキルのせいもあるからね。むしろスキルが有るのに満点でなかったら色々とマズい」
張り出された成績表には、ヴィシャル様とパリエ様が全教科満点で男子首位に燦然と輝いている。女子では私とあの喰人鬼女(性的な意味で)が満点で首位。つまり我々三人と一匹は成績での優劣は付かない。
――パリエ様がご謙遜されたのは、彼のスキルが『絶対記憶』だからだ。
彼は、一度見聞きした物を全て正確に記憶できると言う、非常に便利なスキルを持っている。これは宰相をされていた彼の父からの遺伝だ。ちなみに当時宰相は社交界では歩く図書館とかKDB(※王国データバンク)とか言われており、国内どころか諸外国にもその名を轟かせているのだが、本人はその異名を大層嫌っていた。恐らく目の前のご令息もいずれはそうなるだろう。いや、もうなっているかも。
なお、肝心の宰相はループが始まる少し前に儚くなってしまっている。このため、目の前の彼は私の長い巻き戻り人生の中では基本的に常に喪中だ。
「頭では分かっていても、実践で使えるかどうかは別物ですわ。定理を口にするだけなら誰でもできます。それを実際に使って問題を解くと言うのは、また別の才能です」
「そう言ってもらえると、精神的に救われるね」
「まあ、随分とらしくないですわね」
私が満点なのは……まあ、何というか、今まで散々同じ試験を受けているからと言う物もある。何度も同じ問題を解いていれば、少なくともその問題についてだけは答えれるようになると言うか、テストがあまり意味を成していないと言うか。勿論、周回を重ねるにつれて多少設問が変わる事も有るが、基本的に大きく変わる事は無い。
ちなみにあのおビッチも点数は良いが、あのおクソビッチは腐っても特待生なのだからそれ位の事は出来て当然ですわ。と言うか、本当に実力であの成績なのかしら? 先生方を魅了して成績を改ざんしている可能性がありますわね……やはり枕営業なのかしら……
そう考えると、多分本当の意味で勉強をして満点なんてまともに出しているのはヴィシャル様だけだろう。
そんなヴィシャル様は回復魔法の使い手だ。もちろん聖女とは比べ物にならないけれども、それでも他己回復が出来るスキルと言うのは結構貴重であり、ヴィシャル様は王太子であると言う非常に重要な立場にありながらも戦場にも何度か後方支援要員として出動されている。
もしも私の国の戦力としてあの邪女を戦力に組みこむ事が出来れば、恐らくヴィシャル様自身も回復魔法が使えるだけあって我が国の軍はさながら不死者の行軍となり各国から恐れられることとなるであろう。
実際、性格というかあの性根は抜きにしても、魅了スキルと聖女スキルの掛け算はパッと思いつくだけでもその有効価値は計り知れない。控えめに見積もっても天下を握れるほどにはヤバい。
だってそうでしょう?
例えばですけど、例えばあの洗脳女が私の指示の下で我が兵を全員魅了し、恐怖心を取り除いて差し上げる施しをしてあげれば、我が国の兵士はその頭を剣や矢で直接抜かれない限り聖女による回復魔法で死の淵から何度でも蘇り、敵を討ち滅ぼすまで永遠に相手を嬲り続けられる軍勢に変える事が出来る。
しかも何が素晴らしいって、その兵士は魅了されているのでそれ以上魅了されない。つまり寝返ったりが出来ないと言う訳だ。
あるいは、王国の影の幹部に迎えても良い。影であれば、例えば魅了スキルの欠点を逆手に取り、影を魅了して回って魅了された間者がいないか調べて回ることも出来る。
魅了スキルの欠点は既に魅了されているか魅了スキルの持ち主であれば掛からない点。つまり、これを逆手に取れば、影を全員魅了してしまえば逆に言えばもうそれ以上は魅了されないのだから魅了防止なんて不要だし、その魅了がもし掛からない場合はその対象者が逆にスパイとかである可能性を即座に検知できるようになる。
それに、あの卓越した回復魔法は拷問にも使える。罪人を死にかけるまで拷問して、回復させてまた拷問を続ける……と言う事が出来るわけだ。ほんと、魅了と聖女の掛け算はどう転んでも便利すぎる。
あの泥棒猫が泥棒猫でさえなければ、ヴィシャル様に王命を出させて他の侯爵家とかに取り込まれて我が国の兵器として利用してやることもやぶさかでは無かったのだけれど……世の中は上手く行かない物だ。
「本心を言ったまでだよ」
「それは言われなくても分かりますわ」
また、当然だが遺伝しないで突然発現するようなスキルも多い。遺伝せず、誰に宿るか分からないスキルの代表例がそれこそ『聖女』だ。あれは絶対に遺伝しないことで知られている。
まあ、あんな厄災がそうホイホイ遺伝されてはたまったものではないが。
あとはネールなんかもそうだ。彼女は『物を修復する能力』を持っているが、彼女の親はそれぞれ全く違うものを持っている。
「それもそうか」
そう言って、パリエ様が僅かにその頬を緩める。
言うまでも無く私もスキルを保有している。私のスキル内容は『嘘の看破』だ。
私の前では何人たりとも嘘をつく事が出来ない。嘘であれば私がスキルで検知する事が出来る。少なくともあの時、ヴィシャル様は嘘をついていなかった。
陛下と王妃様のどちらかからの遺伝で、逆説的にどちらかが行っているかと疑う事もしたが、ヴィシャル様には癒しを遺伝したわけではないとバッサリ切られているのでそれも無い。
だから私の時間逆行は何が原因なのか、いまだに謎なのだ。
「それに世の中、お勉強は出来ても頭は良くない人もいますし……ではごきげんよう!」
後方から不愉快な音波兵器が起動する音が聞こえる。これはアレだ、そのお勉強は出来ても頭が良くないお方の代表例が近づいてきているのだ。
というわけで、例のお勉強は出来ても頭が悪い女がどうも成績を見に来たらしいことを敏感にキャッチした私は、すかさずそこで話を切り、礼をして足早に立ち去る事を決めた。急がないと馬鹿ウイルスが感染るからだ。っていうか、あれ多分空気感染する未知の性病かなんかですわ。危ない所でしたわね……
屋敷へと戻る家の馬車に揺られながら、時間逆行の原因について考える。
当然私の時間を毎回逆行させている輩が居る事は万死に値するが、正直言って私もその恩恵を受けなかったわけではない。実際最初の周回では私は毒杯を飲まされた。
それが無かった事になったのだからその点は感謝している。
だが幾ら何でもこれはちょっと巻き戻し過ぎだ。それになんであの卑劣な邪神の寵児が死んでも巻き戻るのよ。訳が分からないわ。
私も何も手をこまねいてただ時間が戻るのを見ているわけではない。
自分が優位で、かつ時間にゆとりがある時のみではあるが、私も侯爵家の手の物を動員して何か解決の糸口に成り得る物は無いか探してはいる。残念ながら毎周成果は無いばかりか、不利な時はむしろ巻き戻ってもらわないと困るのでその時はそうした調査を迂闊に出来ずには居るのはここだけの話なのだけれども……
「ターナ、時間操作スキルの持ち主の捜索進捗は?」
屋敷に戻り、私の直下に配属されている侍女・執事を集めて状況報告を貰う。
指名するのはその中でも私の身の回りの世話を行うターナ。そんな彼女はサッと顔を青くして見せた。
「も、申し訳ありません。現在も南部の捜索を続けていますがその様なスキルの保有者は何処にも……」
「はあ、つまりは役立たずね……」
本当に使えない。
心の底から失望しながらため息をつくと、ターナは震えあがって見せた。
最初の内はやみくもに調べまわっていたが、ただ同じように指示をしていては、毎回同じ調査法で、同じ調査結果しか齎さない事に気付いた私は、より細かく詳細に指示を出して毎回情報収集に努めている。
例えば今回はこの国の南部に捜索範囲を絞って指示を出している。前の周回では東部に的を絞って捜索していたけれどこれも駄目だった。その前は隣国を調べたけどそれもダメ。前には闇ギルドに依頼した事も有ったがそれでもだめだった。今回も状況は芳しくない。
「どうして時間操作スキルの持ち主は何処にも見当たらないの……!」
思わず持っている扇を握りしめる。
今回私が何とか婚約者の座を死守できそうなのに、このままではまた時間が戻って全てが無為に終わってしまう。
何とかして、どうにかして時間を巻き戻している元凶を見つけないといけないと言うのに。私の勝ちが確定している内に、この状態で未来に進まないといけない。戻ってはならないのに!
「魔道具の方はどうなの、イグアス!」
「お、お嬢様……申し訳ありません。時間を巻き戻すような魔道具についても特に報告は――」
「ああもう!」
執事の一人であるイグアスが震えながらたわ言を抜かす。
いよいよ怒りが収まらなくなり、気が付けば私は手に持っていた扇を折ってしまっていた。
スキルではなく、何らかの道具による時間遡行である可能性も視野に入れて別動隊で調査させているのに、これも状況が芳しくない。何故だ。私の部下はどいつもこいつも愚物ばかりだ。
原因がどこにも存在しないなんて、そんな事は有り得ないのに!
前にサボっているのかと疑って捜索に当たらせる人員を全て丸々変えた事も有ったけれど、結果は同じだ。だから今まで何度も私は不毛な争いを続けている。
「どこかに必ずあるはず。無い筈が無いのです。何としてでも見つけ出しなさい!」
思わず怒鳴るように指示を出すと、青褪めた家来たちが蜘蛛の子を散らしたように消えていく。青褪めたいのはこっちの方だと言うのに。本当に腹立たしい。この扇を誰かに投げつけてやればよかったわ。
この世界は将来の王妃たる私のために回っているのだ。
だと言うのにこの世界は前へと回る事を良しとしない。何故なのか。
このままだと、また私は卒業記念パーティーであの豚を牢に放り込むだけで全てが振出しに戻ってしまう。未来に進む事が出来ない。私の正気が擦り切れる前に、何としてでもこの永遠に続く牢獄から抜け出さないといけないのに、心は焦るばかりで、結果が全く出ない。
私は何を見落としているのだろうか。
嘘が有れば私のスキルで分かる。彼らは嘘をついていない。本当に必死になって探して居る事は、分かる。だから私は、何かを見落としているはずなのよ……




