T-X-1 王手
「まずは新入生諸君。入学おめでとう。そして在学生諸君。よくぞ戻ってきてくれた」
学園での在校生代表挨拶のために舞台に登壇した学園一の愚か者が、私たちを見下ろす。
「知らぬ者はいないとは思うが、私は在校生代表のヴィシャル・ルトゥールだ。ここで過ごす日々は、諸君にとってかけがえのないものとなるだろう。君たちには是非とも学問に励み、友と語らい、己の才を磨いてほしい」
彼は表面的には穏やかな笑みを浮かべているが、その目は鋭く聖女の方に向いている。
前回、帝国まで遊びに行って爆弾発言をし文字通り爆弾を王宮に落とした女に向けられるその感情は、憎悪。
「諸君もいずれはこの国を支える者となる。今、この国が平穏であるからといって、未来までそうだとは限らない。何故なら時代とは常に諸君の目には見えぬ場所で、音を立てずに静かに動いているからだ」
でもだからといって憎悪の眼差しを向けているのは何も彼だけではない。
「だからこそよく学び、よく考え、よく備えてほしい。平和とはただ与えられるものではない。守る者がいて、初めて続いていくものなのだから」
私もまた憎悪の眼差しを、彼に向けている。
皮肉なものだ。婚約者同士で、同じ感情を胸に秘めているだなんて。
そしてもっと皮肉なのは、彼が憎悪を向けている対象もまた、憎悪を胸に秘めている事だろう。
「それでは諸君。素晴らしい学園生活を送りたまえ」
憎悪は連鎖する。
憎悪は誰かが断ち切らなければ、永久に続いていく。
最も、わたしはこれを断ち切るつもりなど毛頭ないが。
「お疲れ様でした、ヴィシャル様」
「ああ、ありがとう。ところでクレイは見ていないか? 至急彼に聞きたいことがある」
挨拶が終わり、生徒たちが解散し教室へと戻っていく。
「パリエ様ですか? いえ、今日はまだ見かけていませんが……」
その顔には僅かな焦りが見える。
……さては聖女の事か。
「聖女については私が足止めしておきます。お探しでしたら、今の時間ならまだオリエンテーションの最中なのでその後に彼は図書室にいることが多いので、その辺からお探しください」
声を潜めてそう囁けば、彼はハッとした様子でこちらを見て、強く頷いた。
「ああ、頼む」
「また帝国に逃げられでもしたらたまりませんもの。お任せください」
視界に入れたくない害虫がそう言って姿を消す。
さて、次はベティの番だ。
「後は貴方次第ですわよ、ベティ……」
私たちの復讐の成就はあの子に掛かっている。
自分で手を下せないのは悔しいが、何も私が自ら手を汚す必要も無いと捉えればラッキー、なのだろうか。
分からない。
◇
さりげなくサマラの侍女から合図を受けて、アタシはデボラとのカフェテリアでのお茶を切り上げて独り校舎裏へと向かっていた。
今回、彼女は護符を落とさなかった。でももう別にそれはどうでもいい。
だってデボラは王国の影の一員だとアタシが知ってしまったから。
初めて聞いた時は驚いたけど、デボパパがゴリゴリ影だったのがわかって、アタシも流石に納得してしまった。
となれば、今まで護符を落としてたのはダミーの可能性が高い。
であればアイツは今まで王家の影として、ずっとアタシに魅了されたフリをして、アタシが魅了使いであると言う情報をヴィシャル様に流していたということになる。なかなかの役者。
アタシと一緒にナンシー蹴っ飛ばしたりしてたのにマジかコイツってなったのはここだけの話だ。
だってシラフでアタシと一緒にバイオレンスしてるとか思わないじゃん。まあシラフでやってるアタシはじゃあなんなんだってなるからそこから先はツッコまないけど。
「聖女殿」
辺りをキョロキョロと見回していたところで、声が聞こえてアタシは振り返った。
そこに居たのはヴィシャル様だった。サマラの手引きで彼もまた単身でここにいた。
「あっ……お、王太子様……じゃなかった、こっこの国の輝ける玉にっごご挨拶申し上げ──」
「ああ、いい。そう言う堅苦しい挨拶はやめてくれ」
アタシたちは、今が初対面ということになっている。
だから白々しくもアタシはヴィシャル様に挨拶をして見せると、彼もまた白々しくそれを止めて見せた。
「す、すみません……」
「いいんだ。ところで聖女どの、どうしてこんな場所に?」
それにしても、まさかヴィシャル様がアタシとサマラの無限に続く無意味な殺し合いの黒幕だったとは。
今彼が浮かべている柔らかい笑みからは全くもって想像も付かない話だった。
「ま、迷子になってしまって……」
クレイはあの後懺悔してくれた。
自分がみんなの記憶を保持させることで、ヴィシャル様が時間を巻き戻すための前準備をしていた事を。
アタシが首を刎ねられ、毒杯を飲んで、火にかけられ、剣に串刺しにされ、そしてまた一から学園生活をもう何十回と繰り返していたのは全部、2人のせいだった。
それをクレイから聞かされた時は、ショックで動けなくなったあと、怒りが湧いてきてアタシは初めて渾身の一撃で彼をぶん殴った。
聖力で強化されていたアタシの腕力は思っていたよりも強く、殴った衝撃でクレイの鼻は折れ、歯が何本か吹っ飛んでいた。もちろんその後癒したが。
「迷子?」
「は、はい。はじめての学園だし色々と見て回りたいなと思っていたら、帰り道が分からなくなってしまって……」
何十回と人生を繰り返しているのに迷子なんてありえない。
敢えてバレバレの嘘をつくことで、アタシはヴィシャル様の疑心を誘う。
でもヴィシャル様はアタシに嘘だろうと指摘することはできない。
何故ならアタシは、ヴィシャル様が時間を戻していることを知らないことになっているのだから。ヴィシャル様もまた記憶を持っている事を知っているとは思われていないから。
「そうだったのか。よければ案内しようか」
だから嘘を承知で彼はアタシにそんな事を言う。
それに対してアタシは頷き、そして──
「あっ、危な──」
鮮血が舞う。
右肩から袈裟懸けに斬られた殿下が、目を僅かに見開きながらその場に倒れる。
「キャーーーッ!!」
先程、秒で魅了しておいた騎士課の男……モーヴくんが素早く逃げ去ると同時に、アタシは悲鳴を上げた。
そして倒れた殿下にアタシは膝枕をするようにして起こしてやり、必死な顔を作り彼を癒し始めた
「ヴィシャル様! ヴィシャル様!! しっかりしてください!」
「か、は……っ……」
彼の仕事はヴィシャル様を襲うこと。でも、アタシはサマラとの間で取り決めを交わしている。
何があってもこの人を殺すことはしない、と。
「誰か! 誰か来て!! おっお願いしますっかか神様っ、こっ、こここの者の傷を癒し給え……!」
震える手付きで助けを呼びながらも彼に癒しをかける。
もちろん今更血を見たぐらいで震えるほどアタシは聖女歴が浅い訳では無いけど、あえてそうすることで癒しの速度を遅くし、そして本命の場所にも癒しの力をアタシはふりかけていく。
騒ぎを聞きつけた人達がにわかに集まり出し血まみれの殿下を抱えるアタシの姿を見て更に騒ぎを大きくしていく。
「あ、ぁ……暖かい……」
「喋らないで!」
「べ、ティ……ゴホッゴホッ!」
そして遂に、目当ての行動を彼はとってみせた。
咳き込みながら、血を吐いたのだ。
吐き出された血の海に浮かぶソレを見て、思わずアタシは、ニッコリと笑みを浮かべた。
「ヴィシャル様、こ〜んなところに隠してたんですねェ?」
それを掬って、彼の目の前に敢えて持って行って見せると、彼は僅かに目を見開く。
「なっ──」
「もう遅い」
アタシは即座にもう片方のスキルを発動させる。
目の奥からピンクゴールドの光を照射し、網膜を介して奴のクソみてぇな脳みそをその電気信号でぶち犯し、脳下垂体からレモンを絞るようにノルアドレナリンとフェニルエチルアミンを強制的に絞り出させる。
「掌握完了」
涎を垂らしながら、目をハートマークに変化させた彼を見て、思わずアタシはそう呟いた。
そこでようやくアタシは彼の顔を覗き込むことを辞め、辺りを見回す。
目当ての人達が視界に入った。
片方は今まで見た中で最も邪悪な意味を浮かべていた。
もう片方は、この後の様子を固唾を飲んで見守っているようだった。
「ねえ、ヴィシャル様……」
「なんだい、ベティ」
そしてアタシは、その二人の期待に応えた。
「アタシのために時間を戻して?」
世界が紫の海に沈む。
何もかもが知覚できなくなり、そして世界が巻き戻っていく。
時間が巻き戻れば、魅了の効果は消え去ってしまう。当然だ。魅了する前の時間に戻るのだから。
でも彼の場合、その記憶は残る。だから最後の仕上げは、アタシ一人ではできない。
この後の展開に、アタシはニイッと我ながら悪い笑みを浮かべ、そして近くにいた司祭に声をかけた。
「教皇猊下っていまどこ〜?」
「猊下なら今休憩室におられます」
「おっけー。悪いんだけどこの後王宮に呼ばれてるから馬車の用意だけしといて」
「承知しました」
こうしてアタシは最後の支度をするために根腐れ教皇のいる所へと向かう。
間もなく、アタシたちの計画は完遂する。




