T-B-終 かけがえのないもの
『お互いの破滅に』
『そして男共の破滅に』
『『乾杯』〜!』
別れる前に交わした盃は、思いの外美味だった。
『そういえば、前に一度毒杯を貴方の顔に吐きかけた事がありましたわね』
『あ〜あったね! あれ目がマジで潰れて最悪だったからやり返したんだっけ』
『そうそう、しかも私の番になった時はたまたま私が扇でそれ防いでしまって……』
『扇ガードほんとズル過ぎでしょ! しかもアタシの場合何が最悪ってさ、あの短小野郎がさ〜、アタシが目の再生を終える前に時間巻き戻しやがってさ〜、お陰で時間戻っていきなり目が見えるようになったら脳が光の刺激に慣れなくって〜、世界眩しすぎて逆になんも見えないの』
『あらまあ』
『暗いところからいきなり明るいところに出るとクッソ眩しいじゃん? あの現象が永遠に続いてる感じ』
これから訪れる私とサマラの破滅、そしてその先にある男共の破滅を願ったあの乾杯。
次に乾杯する時は勝利の美酒で乾杯すると約束している。
「アタシは……本当はずっとみんなに、このことを言おうと思っていたんです……でも、みんながアタシに真実を語ることを許してくれなくて……っ!」
だからアタシは涙ながらに民衆の前で盛大に懺悔を行う。
「でも、ここでアタシは勇気を貰いました……そして何より、皆様から優しさを受け取りました……だから、今この場で言わせてください……」
帝国議会の中心で、アタシは声を大にして叫ぶ。
「アタシはタダの聖女ではありません。アタシは『魅了』を持つ聖女……即ち『毒蜘蛛聖女』の再来なんです──」
キャハッ!
◇
「なんだと!?」
血相を変えて飛び込んできたのはベッコウ男爵だった。
今は、もう互いに今まで何千回と繰り返してきた婚約者との交流会だ。
互いに時間が戻されていることを把握しているのに、何を今更交流するんだと思わなくもないが、それを知っているのは極一部。私たちは良くても周りが怪訝な顔をするので仕方なく私たちはこの無意味な儀式をこの周回でも続けている。
でもこの周回においてはこの交流会が作戦会議代わりとなっているので、実は結構助かっている部分もある。
私が殿下と作戦会議を重ねて情報を流せばそれだけこの周回は混乱を極めるだろうし。
「聖女殿の滅茶苦茶な演説で各国から問い合わせが殺到しており……」
「馬鹿な!! 一体何が起きている!!」
「おふた方とも何をそんなに血相を変えているのです?」
演説? とあえて眉間に皺を寄せ怪訝な顔をすると、真正面のダメ男が顔をタコのように茹で上がらせながら席から飛び上がって見せた。
「聖女が……聖女が帝国議会の前で自らが魅了持ちであると告白し、あろうことか我々がそれを口止めし隠蔽していたと証言をした!」
「……ええっ!?」
ベティったら、さてはなかなか愉しんでいると見た。打ち合わせでは帝国の教会支部で保護を受けて、そのタイミングで発表を行うシナリオのはずだったけど……
何がどう回り回って帝国議会なんぞに顔を出しているのか……
「今正にかの国が帝国に向けて我が国の中央を進軍しているのに!」
「即刻抗議文を発表し──」
「殿下っ!」
ベッコウ男爵が突然殿下を抱え、床に伏せる。
次の瞬間王宮の壁面が砕け、ガラスが舞い、木屑やレンガの破片と共に凄まじい風圧が通り抜ける。
「敵襲ーーっ!」
「きゃああああっ!!」
巨大な鉄塊が通り抜け、天井も壁も床も、何もかもを破壊していく。
天井がシャンデリアの自重を支えきれなくなり天井ごと崩落し、逃げ遅れた侍女が生き埋めになる。
開いた風穴に目を向ければ、少し離れた位置にある王宮の厨房が完膚なきまでに破壊され、火の手が上がっている。
気が付けば、私自身も巨大なガラス片が右脇腹を貫いており、ドレスが赤黒い憎しみの色に染まっていた。
「ヴィシャル様、ご無事で──っ!?」
非常事態だと、人間の感覚が鈍麻することがあるとは話には聞いていたが、どうやらそれは事実らしい。痛みがないななどと思っていたところで、ふとあの便所のシミがリアル便所のシミになっていては困ると思い出し、辺りを見渡すと、そこには左半身が抉れるように吹き飛んでいたベッコウ男爵だったものを力なく支える彼の姿があった。
「男爵! 男爵! 頼む、死ぬな!」
「行けません、殿下!!」
気が動転しベッコウ男爵の亡骸に時間逆行を掛けようとしていたゴミクズの腕を掴み、それを制止する。
「魔力を無駄にしてはいけません! それは世界を巻き戻すためのもの!!」
「さ、サマラ……」
ハッと我に返ったのか、彼は動きを止める。その視線は私の真っ赤に染まったドレスにも留まる。
「彼が庇ってくれなかったら、私は死んでいた……それにお前も、大怪我じゃないか……」
「ええ、ですがヴィシャル様さえご無事であれば、全てやり直すことが出来ます。今この瞬間でこの国で最も重要な命は私でもなければ陛下でもありません。ヴィシャル様です。それを間違えないでください」
「あ、ああ……」
この死んだ方がいい男が生きてさえいれば時間は戻せるが、死んだ方がいいからって本当に死んでしまえばそれまで。
死んだ方がいい男を敢えて死なせないように立ち回るのは大変だ。
「ここに居ては危険です。まずは安全な場所へ避難してから、時間を戻しましょう」
「ああ」
「王宮で最も安全な場所は?」
「パルテ領へと続く抜け穴がこの辺りにあるはずだ。瓦礫に埋もれていなければだが」
砲撃は西の方から飛んできている。東から進軍して通り過ぎたデトルーロ軍が引き返しているからだろう。
私自身は死んでもいい身なため、常に死んで欲しい男の西の位置に立つことで、警戒しながらも私たちは走り抜けていく。
「……ここだ」
到着したのは客間の暖炉。
見るも無惨な状態だが、辛うじて仕掛けは生きていたのか、彼はそのまま抜け穴へとその身を滑り込ませていく。
それに私も続くと、石造りの階段が出現しそれが奥深くへと続いていく。
「ヴィシャル様、この辺でよいかと」
「ああ」
階段は螺旋状に掘り込まれており、その途中にあった踊り場のような地形で私たちは立ち止まる。
「声をかけられなければこのままパルテ領まで抜けていたかもしれん」
「時間を、戻すための……っ、時間を確保できれば、よいのですから、抜け切る必要はありません」
「そうだな」
肩で息をしながらも、全ての元凶が姿勢を正す。
私も姿勢を正したいが、とてもそんな事できそうにない。既に身体が冷たくなってきており、限界だ。
「……ここの所、君には迷惑を掛けてばかりだ」
「なにを、今更」
「ありがとう、サマラ。君がいなければ、私はとっくの昔に死んでいただろう」
そう言って、彼は笑みを浮かべる。
「もし無事にこの戦争が終わったら……いや、未然に防ぐことが出来たら……その時は、改めて共に歩んではくれないか」
「ヴィシャル様……」
何周か前の私だったら、この発言を喜んでいただろうか。
最も、この発言はある意味では私の計画通りにことが進んでいる証でもあるため、今も嬉しいといえばまあ嬉しいのだけれど。
耳が遠くなってきた気がする。いっそ早く死ねないだろうか。死んでいる間はこいつを知覚せずに済む。少しでも安らかな気持ちでいたいというのが本音だ。
「その返事は、全てが終わってからさせて下さいませ」
そう言って、私は可能な限り作った、心からの笑みを投げかける。
それを見て、彼はしばし固まって見せた。
まるで、見蕩れているかのように。
「……分かった」
「まずは目の前の課題からです。なぜあの忌々しい聖女が突如として帝国に現れたのかを確認しなくては……」
「ああ」
そうして時間が巻き戻っていく。
傍にあった不快な息遣いが間もなく消え去り、自分と世界の境目がなくなっていく。
十分な信頼を得ることは出来た。
あとは、これを叩き壊すだけだ。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
ハッと気がつくと、私は自らの邸宅に戻ってきていた。
当然出血もなければ、傷もない。全く時間逆行とかいうスキルは都合が良すぎると改めて思う。
「何でもないわ、ターナ。さ、行きましょ」
侍女に心配され、何事も無かったかのように私は馬車に乗る。行先は学園だ。
「今年も多くの学びに恵まれると良いですね、サマラ様」
「そうね」
侍女のターナのこの言葉を聞くのも何度目だろうか。
これが最後であると思うと、感慨深いものがある。
「ああ、サマラ。会いたかったよ」
そして到着した学園で、花のような笑みを浮かべてくれる男がいた。ルトゥール王朝ヴィシャル王太子だ。
「ヴィシャル様……」
「どうした、サマラ」
思わず思いに耽っていると、彼が心配そうに私に声をかけた。
「いえ、その……この先のことが、少し不安で」
「お前でも不安になる事などあるのだな」
心底驚いた様子で、ヴィシャル様が私に言葉を投げかけた。
「私とて所詮は一学徒ですもの。不安にもなりますし、こうしてそれを吐露する事もございます」
いつかの会話をなぞるように、お互いに言葉を選ぶ。良くも悪くも長い期間を共にしていたせいで、この辺りは阿吽の呼吸でできてしまう。
「さ、ヴィシャル様はこの後生徒代表挨拶でしょう? 行ってらっしゃいませ」
「ああ。また会おう」
さあ。
お前の全てを奪ってやる。




