T-B-6 回る愚者
「……そこからは、知っての通りです。僕は、殿下の指示で貴方と聖女にそれぞれ、記憶を保存するためのスキルを掛けるように指示され、そして現在に至ります」
「……」
未来の私が……無事に卒業した私がいる世界があったのか……
そう思うと、なんだかとても感慨深い物があった。ただ、今の私にはその記憶は無い。
彼らの3周目で私とベティに絶対記憶を植え付けられたのだという情報は全くもって新しいものだった。
「僕には、殿下が何故何度も時間を巻き戻すのかが最早分からない……あれ以来、殿下は必ず卒業記念式典の翌日までには時間を巻き戻すということを続けている……」
そう言いながら、彼は自らの頭を抱えて見せた。
「私たちにスキルを掛けたのは、具体的にいつ頃?」
「貴方の場合は、3周目……貴方にとっては初周に相当する回に、牢に入れられた際に、寝ている間に」
「聖女は?」
「聖女は……その周回で貴方が手下に指示して、彼女を倉庫に閉じ込めたことがあった日を覚えていますか?」
「ええ」
あの時はスカッと胸のすく思いをしたのを今でも覚えている。
「保護したあと医務室で休ませていたのですが、その際に」
「……つまり双方寝込みを襲ったわけね……」
「ね、寝込み……っ!?」
私は盛大にため息をつき、目を閉じた。
……粛清か。
確かに周回を始めたばかりの、まだバイタリティのあった頃の私なら間違いなくやっていただろう。
言い分についても申し分ない。一度情報漏洩した者は、私の判断基準ではもう二度と信用できない。
それに対してあの断種すべき男が生ぬるい泣き言を言いそうなところもまあ想定はつく。
だが、それでもあえて言わせていただきたい。
「で?」
だから何なの?
「え」
「いや、『え』じゃないでしょう。それでわたくしに今更こんなことを打ち明けて、何がしたいのです?」
「そ、それは……共に、殿下を止めて欲──」
「その後は?」
「……え?」
「殿下を止めて、その後どうするんです? 止めるって、具体的にはどのように?」
「そ、れは……」
これは思っていたよりも、この男、ダメかもしれない。
「殺すのですか? 消したいと言う意志自体に異議はないですが、陛下も公爵閣下も既にお年を召されていてこれ以上御子は望めないなかで、ヴィシャル様は王家の唯一正当なる後継者ですが、その殿下を殺めて、国を敵に回しますか? 国家の敵に回るというのであれば貴方様は私の敵ということになりますので、排除致しますわ」
「なっ、ちょっと待ってくれ。何故そうなる」
2度目のため息を思わずついてしまった。この男、思っていたよりもずっと愚かですわ……
とはいえ、これはこれで好都合。
「何を勘違いされているのです? 私は王太子ヴィシャル様の婚約者……この国に身を捧げた女なのですよ?」
結果的にそう言った事があったとはいえ、元々腫れた惚れたであのド屑と婚約している訳では無いのだ。
これはあくまでも政略結婚。そして国策。血にしか価値のない男と結ばれると言うよりも、この国その物と結ばれると言った方が正しい。
「それは……」
「それに、仮に私が貴方に賛同して殿下を葬ったとしましょうか。その後はどうされるのです? 殿下を消したら、陛下亡き後のこの国の運営は誰がするのですか? 結局のところ貴方様が何をしたいのか、まるで理解できませんわ」
小判鮫の分際で取り憑いているクジラを止めたいのは大いに結構だが、その後のことをまるで考えていない。
施政者としてお話にならない。
「大体何故今更このような事を言うのです」
「それは……っ、それは!」
僕が、貴方のことを異性として慕っているからです。
「……は?」
「周回の中で、貴方を見ている内に……僕は、いつしか貴方に惹かれるようになっていました……」
──常に国のことを考え続け、何があっても諦めないその折れない心に、僕はずっと惹かれていました……
「だから、僕はもう貴方にこれ以上苦しんで欲しくないんです! だからもう、こんな事は終わりにして、貴方を、この無限に続く地獄から解放したい……!」
……。
……、……。
は?
「ごめんなさい、色々と言いたいことはあるのですが……まず第一に、貴方には婚約者がいますわよね?」
「もう、ずっと喪中でいて交流を控えていますが、そうですね」
「あー……」
そうか。
宰相殿がお亡くなりになってずっと日が浅いままだから、ずっと交流を控え続けているのか。
「次に、私にも婚約者はおりますが」
「もうその方を裏切って全てお話しましたので、そこはどうでもいいですね」
こいつ……
そういう問題ではないのに……
「……」
「結ばれたいとかそう言うのではありません。むしろそんな資格、僕にあるはずがない……僕が貴方に出来る唯一のことは、こうして殿下を裏切り、貴方に情報を渡すこと……違いますか」
そこまで彼が口にしたことでようやくなるほどと合点が行く。
流石にそこまで愚かではなかったということか。これで結婚してくれみたいな事を言われたら何をしていたか自分でも分からない。自分の部を弁えているのであれば、好きにすればいい。許しはしないが。
「それはそうですわね」
「これが、僕が貴方に伝えたかった2つ目の話です。後は、僕のことを殺すなりなんなり、してください」
そう言うと、彼は自ら短剣を懐から取り出し、近くにあるテーブルにそれを置いて目を閉じた。
刺すなら刺してくれても構わないと言うことだろうか。それとも自分で死ぬのが怖いから一思いにやって欲しいのか。それならば望むところだが……
「……」
「……」
考えを巡らせる。
この男にもいずれ必ず報いは受けてもらう。だが、それは今じゃない。
これはベティとも共有している考えだけれども、そもそもただ憎くてたまらないからって殺してしまうのってどうなのだろうと、私は常々思っている。
私が恋心を滾らせていた時もそうだ。
確かに手をかけたら、その時は少しだけスッキリするかも知れない。だが、私は年単位で苦しんできた。それはベティもそう。
私たちは互いに殺し殺される事を何十年と続けていたせいで、生き死にそのものに最早価値を見いだせない。なぜならば比喩ではなく死は一瞬でしかないからだ。体感時間で言えば、死んだらその瞬間に、時間が戻ってしまう。寝て目が覚めるのと変わらない。むしろ眠気が残ったりしない分寝てるよりもいいまである。
だからコイツも、そしてアイツも、ただ殺すなんて生半可な復讐など我々はしない。
……コイツに関しては、最後の最後に私に寝返った事だけは評価してやろう。だから全ては奪わない。
「パリエ様」
最も、それがもう1人の首謀者殿よりも幸せな末路であるかどうかは別問題なのだけれども。
「わたくしを、信じてくださります?」




