B-X-R 二度あることは三度ある
『あらクレイ。そんな血相を変えてどうしたの?』
『は、母上……ちょっと、急用を思い出しまして…』
再度戻された場所は自宅の書斎。
飛び出してみると、前回と同様に母上が頭を傾げていた。
『あらまあ。あまり遅くならないようにしてくださいね』
『え、ええ──』
殿下に真意を問い詰めなくては。
そんな事を考えていたら、バン! と勢いよく父上の執務室の扉が開かれた。
『クレイ』
『ちち、うえ』
『……まさか、またやったのか』
『……』
僕は力なく頷く。
『王家に抗議を入れる。すぐに馬車を出せ』
父上の指示で、驚いたように口を抑えながらもテキパキと母上は馬車の手配を家来たちに指示していく。
僕と父上は目を見合わせた。いつかと同じように。
幸いというか、僕自身も殿下に真意を問い詰めなければならないので、これは好都合であった。
◇
『何? 時間逆行だと?』
『はい。それも今回で二度目です』
謁見の間で、父上が端的に陛下に報告をすると、陛下は顔を歪めて見せた。
『誰ぞ。直ちにヴィシャルを呼べ。して、何があったのだ』
前回時間が巻き戻った際に、僕は父上にその顛末を報告していた。
聖女が陛下を殺害してしまったという事実はあまりに大きく、陛下自身には逆行前の記憶が無いということもあり、その場では陛下に秘匿するという作戦を取っていたのだが。
『実は初回では、殿下がバガリー嬢と婚約破棄し聖女と結ばれるという事案がございました』
『!?』
今回はあまりにも事が大きすぎる。
秘匿なんてしている場合ではないだろう。
『聖女が魅了持ちで、しかもその事実を秘匿し未認可であった』という事実は国家を揺るがす事態であったからだ。
父上からは初周の出来事が掻い摘んで話されていく。殿下が独断でバガリー嬢を処刑した事を、そして聖女が陛下を殺めた事も。
それを聞いた陛下は驚きで空いた口が塞がらないと言った様子だった。
『に、二周目は何があったのだ……』
父上の視線がこちらに向くのを感じた。
もちろん馬車の中で最低限の報告はしているが、聖女の件は御者にすら聞かれては危険な事なのでそこはまだ報告できていない。
『殿下は……殿下は前周を踏まえ、聖女とは可能な限り近寄らずバガリー嬢とは程々の関係を保っていました……ただ……』
『ただ?』
そこで謁見の間の扉が再度開く。現れたのは殿下であった。
『何事でしょう、父上』
『貴様はそこで待機しておれ』
なんの事か分からず疑問符を頭に浮かべる彼を尻目に、僕はようやく言葉を紡ぐことが出来たのだった。
『……聖女が多重スキル持ちであることが判明したのです。2つ目のスキルは……魅了……』
『!!?』
『ば……馬鹿な……!?』
陛下は思わずといった様子で、己の胸を掴んで目を大きく見開いていた。
父上も、まさかそんな事態が起きていたとは流石に予想できていなかったらしく、同じように仰天していた。
『陛下が当時は近隣諸国への外遊のために出ていたことで父上が業務代行をし王宮に籠っていたため、父上には報告が遅れましたが……魅了持ちの聖女などという弩級の爆弾を抱える訳にもいかず、殿下が彼女を捕え処刑しました……』
『そ、そうか……』
『父上』
報告を終えかけたところで、棒立ちで待たされていた殿下が口を開く。
『今回私が独断で時間を戻したのは、その件で被害者があまりにも多かったからなのです……』
『何?』
『奴は非常に狡猾で、正にあの《毒蜘蛛聖女》のように下級侍女や騎士科の次男三男などといった所から巧妙に魅了し、少なくとも伯爵家の嫡子まで魅了に成功していた事を確認しています』
『は……?』
『このため聖女の処刑後、魅了された者共の掃討を進めようとしたのですが……調べてみたらそのあまりの数に、もしこれで一斉に粛清なぞしよう物なら、次代を担う貴族が居なくなってしまうほどにまで聖女の毒牙は深く……』
ん? と、ここで僕は殿下の言葉に小さな違和感を抱いた。
殿下は粛清を進めようとしたのでは無い。むしろ止めようとしていた側だ。それに、粛清自体は大方完了していたはずだ。王太子妃が先行して進めていたから。
『他国への情報漏洩を恐れるあまりに国家が潰れてしまっては元も子もありません。それに、全ては父上の外遊中に発生したことでした。難しい選択でしたが、全てを無かったことにしてでも、まずは父上、そして宰相殿の耳に入れた方が、国家の損失を防げると思った次第です……っ!』
そう言って、殿下は頭を勢いよく下げた。
国王陛下はなんとも渋い顔をしていた。それは僕の父上も同様だ。
長い沈黙を破ったのは国王陛下であった。
『……なるほど、な』
『しかし私が事前許可もなく、世界の時間を巻き戻したのは宰相殿のご指摘通り事実です。どうぞ私を罰してください』
頭を下げたまま、絞り出すように殿下はそう言った。
僕はずっと沈黙を守っているが、内心穏やかではなかった。
殿下は果たして本当にそんな事を考えていたのだろうか?
そもそも時間が戻る前、そんな『難しい判断』などと言うほど悩んでいただろうか?
結構アッサリと『まあいい次は失敗しない』とか軽く言われていなかっただろうか。
そんな疑念が渦巻いていた。
『……』
『……』
『……事情が事情だ、今回はやむを得んとしよう』
『父上……!』
ようやく顔を上げた殿下は、明らかにホッとしたような顔をされていた。
『この後即刻聖女を拘束する手続きに入る。魅了自体もそうだが、魅了聖女の存在が万が一他国に露見すると不味い』
こうして、聖女は秘密裏に捕らえられ、スキル剥奪の後に銀鉱へと送られることになった。
処刑することまでは出来なかった。処刑をしてしまえば明確に教会と対立してしまうからだ。
……スキル剥奪の上で炭鉱送りもどうかとは個人的には思ったが、教会より聖女が実際には聖女ではなく虚偽の申告をしていたという話がでっち上げられ公布される形となった。
こうして、聖女不在のまま穏やかに時が流れていくかと思っていたその時、事件が起きたのだ。
『銀鉱で、暴動……!?』
『は! ミノール領の銀鉱で暴動が発生しミノール伯爵が殺害される事件が……』
ミノール家と言えば、最近銀鉱山が見つかったという話だった。
そこは聖女が送られた銀鉱だったはずだ。
『旗頭となっているのは若い女のようでして……』
『若い女だと?』
『近隣住民からは高い癒しの力から《聖女様》と呼ばれているとかで信仰者を凄まじい勢いで増やしているとか……』
『馬鹿な!! 奴のスキルは剥奪して未来永劫使えなくしたはず!!』
思わず立ち上がる陛下の前に、報告に現れた兵士は完全に萎縮し切っている様子だった。
そこに更にダメ押しの報告が、謁見の間と外を繋ぐ扉の外から齎された。
『た、大変です! ミノール領から暴徒が王都に向けて進軍しています!!』
『なっ!?』
直感的に僕と陛下は事態を察していた。
何らかの理由で、聖女のスキルが復活している。
それも両方が。
『ヴィシャル』
『はっ!』
控えていた殿下に声がかかる。
『時を戻せ』
『えっ?』
『時を戻し、事態を儂に再度伝えるのじゃ。聖女は殺害し代役でも立てておくべきだった』
『し、しかし……』
『やれ!!』
『……わかり、ました』
その一言を最後に、また時が戻る。
時が再々度戻って最初に聞こえたのは、父上の怒号だった。
『どうなっている!? 三回目だぞ!』
『ち、父上! その件で報告が!!』
慌てて父上を呼び止め、現状を説明する。すると父上は目を見開いて見せた。
『なんと……陛下が……』
『緊急事態でしたので、やむを得なかったとの判断です』
『ううむ……しかし本来時間を戻すのは陛下だけでなく私の決済も必要なのだが……仕方あるまいか……』
『とりあえず早急に面会の予定を立てましょう。今回は緊急の事ですし恐らく殿下からも報告は既に行っているはず』
『うむ。そうであるな』
こうして僕たちは前回と同様に王宮へと馬車を走らせた。
しかし王宮へと到着したところで、僕たちを迎えてくれたのは殿下ひとりだった。
『宰相殿……』
『殿下』
『すまなかった。私も父上の命令に逆らうことが出来なくてな……』
『今回は目溢ししますが、次回は無いものと思ってください。ところで陛下は何処に?』
『それが……』
曰く、今までの周回と違い、今回陛下は外出していて戻られるのが遅くなるとの事。
それでも良ければ王宮で待っていて欲しいという殿下のご好意に甘えて、僕たちは控え室で時間が過ぎるのを待っていたのだが。
『父上!? 父上!!』
その父上が一瞬目を話した隙に王宮で突如として倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだった。
至極健康体であったため毒殺が疑われたが、毒物はどこにも見つからず、身体にも明確な異変は無かったためそのまま事件は迷宮入りしてしまった。
学園が始まる直前の話だった。
『すまない、クレイ……私は……私はなんと力不足なのだろう……』
『殿下……』
『死した者に時間逆行を掛けて生きている時に戻す……それができれば、いちばんよいのだが……病気である場合、同じ苦しみをまた味合わせることになってしまう……』
『……』
『この力は……本当に肝心なところでは、使いどころが難しい物だな……』
悲しみに沈んでいた僕はその時、涙で殿下の表情が見えなかった。
いたわるような様子で彼が僕の肩に手を乗せてくれた、その温度による安堵感で涙腺が緩んでしまっていた。
『これから……これから二人で、共にこの国を良くしていこう』
『はい……殿下……』
そしてここが僕にとってのターニングポイントだったのだろう。
無間地獄への入口へと続く曲がり角を曲がってしまった箇所。




