A-B-R(EP) 粛清、そして
魅了。
それは世界最悪ともされる、精神操作系のスキル。
有名なところでは『毒蜘蛛聖女と傀儡王』の話で、魅了と聖女の力を併せ持つ邪悪な女が(聖女なのに邪悪というのも妙な話ではあるのだが……)とある国の王子を魅了し、国王を暗殺し国を乗っ取ったという話がある。
この話は実は実話であり、何十年か前に隣国デトルーロ王国で実際にあった政変を元にした話であった。
『おや? これは一体どういうことでしょう』
バガリー嬢のみが心から愉しいと言わんばかりに聖女へと歩み寄る。
『貴方様は、ただの聖女では? なかったのですか?』
スキル鑑定の水晶玉には交互に聖女と魅了の二文字が浮かんでいた。
稀に見る、多重スキル持ちでのみ起こる現象だった。
『貴方様が本当にただの聖女であれば譲るつもりでいたのですが……どうやらこれは、些か話が違うようですわねえ?』
『う、嘘……』
彼女が歩むごとに、聖女が一歩下がる。
『聖女と魅了の、多重スキル使いだと!?』
『過去にも事例はあるのですから、疑うのは当然ですわ。貴方、届出を怠っておりますわね?』
『ち、ちがっ……』
『そしてここにいる者たちの大半は、魅了されていますわね?』
『ちがう! ちがうの!! みんな騙されないで、これはサマラの策略よ!!』
『パリエ様、未認可の魅了使いがいた場合の法的な罰則はどのようになっていますか?』
聖女が叫ぶと同時に、バガリー嬢が僕に問う。
僕は未来の宰相として、父上からあらゆる法律を頭の中に叩き込まれている。スキルなどなくても暗唱するのは容易いことだった。
『……刑法第1000条によれば、魅了使いは自身が魅了使いであると自覚したその瞬間に国そして教会への届出が義務です。これに違反した場合、貴族であれば貴族籍とスキル剥奪の上で炭鉱労働、平民の場合は、危険度を勘案し処刑……』
『待って!! みんな騙されてるの!! 私は魅了なんてしてない!!』
『魅了……?』
『俺たちが? 聖女様に?』
『でも、言われてみれば私、急に聖女様の事を愛おしく思うように……あれ??』
洗脳されている生徒たちにも動揺が拡がっていく。
『ところで……ベティ・トレイソン。貴方、先日貴族院に貴族籍離脱の手続きをしておりますわね?』
『あ……』
『つまり公的には貴方の身分は貴族ではなく平民……平民の場合の罰則は、なんだったかしら?』
愉悦が溢れんばかりの目線が僕のことを射抜く。
『……処刑、です』
『王太子妃の座を簒奪しようなどと群衆を操るのですから、国家転覆未遂に間違いありませんわね? ヴィシャル様』
『ああ。そして国家転覆未遂罪は、例え貴族籍であっても処刑と刑法上は決まっている』
『あ……あ……い、や……』
『残念ながら、なまじ聖女様の聖女スキルもまた本物ですので、実際に処刑され死に至るまでさぞお時間がかかるのでしょうねぇ……なんせ聖女様といえば、自己回復の力が備わっていますし、常人なら死ぬような場面でも死なない……いや、死ねないでただただ苦しむというケースが多々ありますから……』
『いや……いやよ……まって……サマラ……』
そこで聖女は膝から崩れ落ち、バガリー嬢の足元に縋り付いて見せた。
『謝るから! 謝るから! アタシはただ、この世界をより良いものにしたかっただけなの!! そんなつもりじゃなかったの!!』
『まあ、この期に及んで何を仰るかと思えば……』
そうしてバガリー嬢はかがみ込んで、そっと聞こえるか聞こえないかと言った小声で小さく彼女に囁きかけた。
『貴族でもなんでもない平民風情が、私のドレスと靴に触れないで頂けます? 貴方みたいな情婦に触れられると、そこから性病でも移されそうで嫌ですわ』
『……ッ!! てめえ……』
『あら、てめえだなんて聴くに悍ましき平民語、寒気が致しますわ』
バガリー嬢は扇で群集から顔を隠しながら、しかし満面の笑みでそう言った。
その姿は、それこそ寒気を感じるほど冷酷なものだった。
『衛兵、彼女を連れて行け! 即刻処刑しろ!! そして教会に、厳重に抗議するんだ!!』
『いや、まっ、ヴィシャル様、嫌っ、いやああああああ!!!!』
◇
『これにて一件落着だな』
『ええ、お役に立てて何よりですわ』
式典ののち、2人が短く会話を交わすのを僕は垣間見た。
『やはり私の王妃は君しかいない。改めてサマラ……私と結婚してくれるか』
『ええ、もちろんですわ』
彼女の手に口付けをする殿下の目は、慈愛と安堵の2色に輝いている。それを影から眺めていた僕の心境は複雑だった。
なんせ僕は、前回どうなったかを知っている。前回はこの口付けをされている女が強引に処刑され、代わりに先程処刑宣告を受けていた女が口付けを与えられていた。
人のことをとやかく言うつもりは無い。ましてや殿下は男だ。
しかしどうにもその告白が薄っぺらなものであるように僕は感じた。
そしてその薄い愛情がまたしてもひっくり返り、彼の目が再度絶望に染まるまで、さして時間は掛からなかった。
◇
『なにをしている、サマラ!!』
バン! と勢いよく王宮の執務室の扉を開け放ちながら入室したのは殿下だった。
バガリー王太子妃の執務室でベッコウ男爵の報告を聞いていたところでの入室に、僕は密かに安堵した。
胸の苦しくなる報告に、吐き気すら感じていたからだ。
『まあ、ヴィシャル様』
『まあ、じゃない! こっちは山のような数の嘆願書で埋もれそうだ!! 即刻それを辞めろ!!』
彼の手に握られていたのはヨッター家から寄せられていた嘆願書だ。
そこに並ぶのは1万人ほどの領民の署名。ヨッター家の令嬢であるナンシー殿の助命嘆願だった。
『何を仰るのですか? それにナンシーの事なら先程ベッコウ男爵が始末をつけて下さいましたわ』
『!!』
遅かったか、と歯ぎしりをする殿下を他所に、王太子妃は矢継ぎ早に指示を飛ばす。
『今日中にミノール家嫡子はカタがつきそうですか?』
『午前中には』
『分かりましたわ。そうしましたら次はモーヴ家の方についても確実に葬っておいてください』
『承知しました』
──彼女が行っていたのは、王家の影を使っての大粛清だった。
『王太子の名のもとに今の命令を撤回する!』
『いけませんわ、ヴィシャル様。此度の粛清は陛下の認可も頂いておりますもの』
『なんだと!?』
陛下の認定を受けているということは陛下から決裁権と行使権を委任されているということ。
それを止める権限は、王太子にはない。
『陛下の名のもとでの粛清ですもの。これは進めなければなりませんわ』
『だ、だが……っ! お前が殺そうとしてるのは、かつての学友たちなんだぞ!?』
『だからなんだと言うのです?』
『なっ……』
あっさりと言ってのける妃殿下に、ヴィシャル殿下の顔が真っ青になった。
『そもそも貴族は魅了避けを肌身離さず身につけていなければならないもの。それをつけ忘れたのか日頃からしていなかったのかは知りませんが、兎にも角にも政の中枢にいる者が魅了されるなど、本来あってはならないことですわ』
政に携わる者がもし魅了などで洗脳されたら。
この国の政治が根底から破壊されてしまう。
『貴族とは国家機密を扱う重要な官職でもあるのです。今回たまたま魅了使いが自国内にある頭の残念な宗教組織の子飼いの頭の残念な聖女でしたから良かったものの、これがもし帝国のスパイとかだったらどうするおつもりなのです?』
『そ、それは……』
僕は同じ説明を数刻前に聞いていて、項垂れた。
それは殿下も同じのようだ。
『それに我々は隣国にデトルーロ王国という強大な軍事力を誇る、反教会国家を抱えているのです。万が一にでも魅了聖女が再来したなどと漏らしたら最後、この国は3日と持たずに地図から消え去ります』
『……』
『一度魅了されたものには例えそれが自分の領であってもこの国の領土運営そして領土防衛の任を任せる訳にはいきませんもの。だから戒めとして粛清するしかないのです』
『だからって、彼らは被害者なんだぞ……』
『あら殿下。そんなこと言いますけど、我々のように魅了されずに最後まで残った方々もいるのですよ? それに何故忘れてらっしゃるのか理解に苦しみますが、わたくしこそ被害者なのですよ? あの罵詈雑言の嵐を忘れたとは言わせませんわ』
そこで思い出されたのは聖女に魅了された者たちから投げかけられた心無い言葉の数々だった。
『たとえ彼女に魅了されていたとて、彼らの発言は聖女贔屓というバイアスがかかった上で彼らが自ら選んで発した言葉です。温和で曖昧な貴族らしい言葉遣いで濁せばよいものを、あんなダイレクトに侮辱罪を顔面にぶちまけられて黙っていられるほど私もお人好しではございませんの』
『だが……だがこのペースで魅了被害者を殺していたら、次代の貴族が居なくなってしまう……!』
なんとか絞り出した反論に、彼女はコテンと首を傾げた。
『あら。次代なんてまた幾らでも家畜のようにまぐわって増やせばよいではありませんか、それもまた貴族の責務です。第一、どの道その家にいた失敗作の恥晒し共を、私が仕方なく、わざわざ、国庫からお金を出して、こうして影に依頼して、丁重に、そして何よりも合法的に、葬って差し上げているのです。感謝こそされどとやかく言われる筋合いは御座いませんわ』
言葉をわざわざ区切り、心を抉るようなどこまでも冷酷な物言いに、思わず目眩がした。
『サマラ……君は……』
『ではベッコウ男爵、あとはよろしくお願いしますわね』
『はっ!』
用は済んだとばかりにバガリー嬢は席を立つ。
ベッコウ男爵と共に姿を消すと、残されたのは僕と殿下の2人きりとなった。
『今、一瞬だけど思い出した……私が前の周回で聖女に惹かれていた理由は、人の血が通っているように見えていたからだったと……』
自嘲するように殿下は呟く。
『聖女と婚約すると彼女は父上を殺め、サマラと婚約を続ければ大粛清で私の両手は血に染まる……一体、どうしてこんなことに……』
『殿下……』
『まあ、いい。次こそは失敗しない』
『え──』
反応する前に、世界が紫に塗り潰される。
声を出した頃には既に自分の輪郭も分からなくなっており、状況に気付いた頃には既に僕は王都の邸宅へと戻されていたのだった。




