A-B-R 二周目
予約投稿するの忘れてました……
『さ、ヴィシャル様はこの後生徒代表挨拶でしょう? 行ってらっしゃいませ』
『ああ』
殿下に再会できたのは学園に到着した時だった。
『殿下』
『ああ、クレイ……』
僕の顔を見るやいなや、彼は心の底から安堵したかのような表情を見せた。
君がいてくれて本当に良かった、と。
『しかし、どうして記憶保持スキルをわざわざ?』
『幼少期の頃に、どうやら私は何度か時間を巻き戻したことがあったらしくてな。宰相が同じスキルを持っていたから時が戻っている事実を突き止めて父上と自分にその情報の共有がされている』
曰く、初めのうちに白昼夢や予知夢の類かと疑ったが、全く同じ展開を2度ほど繰り返して気づいたとの事。
そこでようやく殿下はご自身のスキルを自覚しないままに行使し、巻き戻る前の記憶を引き継げなかったために同じことが繰り返され、無限のループに囚われていることに僕の父上のみが気づいた、と。
『それ以来私は父上と宰相殿の両者に厳命されているんだ。緊急時以外は両者の決済無くして世界への時間逆行を行使してはならないと』
そして平時は癒しのスキルであると偽るようにとも陛下より指示された、とのことだった。
『今回は父上が殺されるという、恐ろしい出来事があったから正しく緊急事態に該当するだろうが……』
そう。
僕もそうだが、僕の父上も絶対記憶を保持しているせいで確実に時間逆行には気づいているだろう。
だがどう説明されるのだろうか。
そんなことを考えながらも、僕たちは舞台袖に向かって歩いていく。
『問題は現時点ではおそらくあの聖女にそんな謀反の意志など無いので捕らえることは無理でしょうね』
『ああ。仕方ないから泳がすしかあるまい。ただし今度は近寄らせないが』
◇
『きゃっ!』
『きゃあっ!! ちょっと、何をなさるんですか!?』
最早懐かしさすら覚えるような叫び声。
全てはここから始まったのだ。
『ど、どうしてこんな事をするんですか!?』
『どうして? 貴方こそどうして私の通り道を塞ぐ様な真似をなさるのです? この私をなんと心得ていらっしゃる?』
殿下と目を合わせて駆けつけてみれば、そこに居たのは殿下の婚約者であるサマラ・バガリー嬢と聖女であった。
『貴方だって避ければいいじゃない!』
『何故? 未来の王妃が、何故貴方のような童を前に道を譲る必要が?』
『未来の王妃だから何なの? 強ければ一方的に弱者を踏み躙っていいの? しょうもな。そんなしょうもない人が未来の王国担うとかこの国の先行きは暗いわね』
『……何ですって?』
『そこまでだ』
見れば、殿下はやれやれといった様子で婚約者の方に腕を回した。
『ヴィシャル様……』
『全く。いつだったか、争いは同じレベルの者同士でしか発生しないと言っていたのはお前の方だろう。自分の品位を下げるようなことをするな』
殿下は聖女とは目を合わせない。
そしてその言葉にハッとした様子でバガリー嬢は恭しく臣下の礼をとって見せた。
『仰る通りでした。衆人の前で醜いところをお見せして申し訳ありません』
『いいんだよ、サマラ。失敗から学べるのは君の美徳だ』
『ありがたきお言葉……』
2人は自然と手を取りあって廊下を進んでいく。呆然とした聖女を残して。
しかしその目が欲動でギラりと輝いたのを、僕はその時見逃さなかった。
◇
異変を感じたのはいつだっただろうか。
『聖女様ほど王妃に相応しいかたはいませんわ』
そんな事を言い出す生徒が、にわかに増え始めていたのだ。
『全くだ。それに比べて現行の婚約者ときたら……』
ひそひそどころではなく、バガリー嬢に聴こえるように言うような輩まで出る始末。
しかしそれに対してもバガリー嬢は冷静だった。
『止めさせますか?』
『パリエ様、そのような事はなさらないでください。言わせておけば良いのです』
『しかし……』
『それよりも気になっているのは、こういう心無いことを口にする者の中に我が派閥の者がいると言うこと……私の庇護にあると言うのにそうしたことを軽々しく口にするような者を手の内に招き入れるような愚行、我が一族は致しません。どうも、きな臭いですわね……』
しばし考え込むような仕草をした後に、彼女は何かを閃いたように顔を上げた。
『ターナ』
『はい、お嬢様』
『件のものを準備するように』
『承知しました』
どこからともなく現れた侍女が深くお辞儀をすると、空間に溶け込んで行くようにその場を去っていく。
『一つだけ、心当たりがありますの』
そういうバガリー嬢は、珍しく人目でも分かるような笑みを浮かべていた。
◇
『ベティ・トレイソンよ。今日この時を以て、私ヴィシャル・ルトゥールは貴様を国家反逆罪で拘束する!』
王立学園の卒業記念式典と言う記念すべき舞台で、前回は婚約破棄を言い渡していた殿下が今度は聖女の拘束指示を出していた。
その声は怒りと憎しみに満ちており、彼女に対する一切の情けを感じられない物であった。
恐らくその憎しみは、前回国王陛下を殺めたという事実によるもの。
『国家反逆……!? ヴィシャル様、待って! どうしてそんな事を──』
『どうして、だと? 聖女よ、貴様が我らに対して行ってきた数々の悪辣な試みを、私が知らないとでも思ったか。この国をいずれ担う我らに対するその行いが、聖女として相応しい物であったと本当に思っているのか?』
殿下がそういうと、聖女はうるうると涙を流し始めてみせる。
『酷い……! やっぱりアタシが平民だからこんなことを……』
そして彼女がソワソワと辺りを見回すと同時に、幾つもの声が上がり始めたのだった。
『聖女様こそ次期王妃に相応しい!』
『捕まるべきはサマラ・バガリーだ!』
『そうだ! 聖女様が王妃となるべきだ!』
『殿下、どうかお考え直しを! 聖女様が国家転覆などできるはずがありません!!』
『みんな……!』
感極まった様子で聖女が呟く。
そうしたところで、1人、挙手をした女がいた。
『ひとつ、宜しいでしょうか』
ヒールの音がコツコツとこだまする。
歩み出たのはバガリー嬢であった。そしてその手には水晶玉のようなものが握られていた。
『皆様のご意見はよく分かりました。次期王妃に相応しいのは聖女であるとするのは、個人的に思うところも有りますが……確かに聖女様であれば、たかが侯爵令嬢ごときよりも格式はあるやもしれません。最もそれは──』
──本当にこの女がただの聖女であれば、ですが。
その発言の後に一瞬の間があり、その後怒号が轟き始める。
『ふざけるな!』
『ベティ様を疑うの!?』
『俺は聖女様の力で実際に癒されたぞ!!』
『見下げ果てた女ね!!』
僕と殿下もが不安な目を彼女に向けるが、彼女は何処吹く風と言った様子だった。
『ええ、ええ。わたくしは何も彼女の癒しの力を疑っている訳では無いのです。ベティ・トレイソンが強力な癒しの力を持っているのは誰の目を見ても明らか……ただ、その癒しの大元は本当に聖女というスキルによるものでしょうか?』
動揺する生徒たちを前に、彼女は更に言葉を続ける。
『彼女の癒しがただのとても強力な癒しである可能性もあるではないですか。重要な個人情報であるが故に、一般的に思われているスキルと実は違うことなど、世の中あるものです』
その言葉に、殿下が思わず目を逸らす。
そういえばこの人もまさにそうだったなと思っていたところに、彼女は水晶玉を掲げた。
『そこでこの水晶玉です。これは皆様がかつて神殿で鑑定を受けたスキル識別装置……いかがですか、聖女殿? もし貴方様が本当に民から言われる通り純粋な聖女であれば、わたくしは喜んで婚約者の座から降りましょう』
『なっ……!?』
その言葉に、僕と殿下は揃って動揺した。
こいつ、何を言っている!?
『バガリー嬢、それは不味いです! そんな事をしたら、本当に聖女殿が王妃に──』
『よいではありませんか。ただ自身が聖女であると証明すればよいのですよ? それにこれは何よりも民衆が望まれているではありませんか?』
次の瞬間、バガリー嬢の話を聞いていた生徒たちが一様に喝采を浴びせ始める。
『馬鹿な女。でも好都合だわ! 遂にベティ様が王太子妃になるのだから!』
『ベティ様万歳!!』
『ベティ様、いやベティ殿下。ご婚約おめでとうございます!!』
その時、僕はふと、一瞬聖女に視線を送った。
ほんの一瞬見えたのは侮蔑するような、下品な笑み。しかしそれは瞬きの間に気弱そうな表情へと変わる。
『わ、分かりました……アタシは別に婚約者なんて、なれなくてもいいですけど……アタシの聖女という肩書きを疑うのは、許せません!』
あくまでも健気であるというアピールをしつつ、しかし聖女は水晶玉を指差し指摘をした。
『でも、その水晶玉が本当にスキル鑑定の水晶玉である保証はありません。誰かでテストをしてください』
その発言は至極真っ当なものであった。そこでバガリー嬢は宣言をして見せた。
『では間違いなく正しいものであることを確かめるために、私と、そしてパリエ様のスキルを鑑定してみましょう。我々のスキルは有名ですからね。宜しいですか、パリエ様?』
『え、ええ……ですがバガリー嬢、本当にいいんですか? 貴方が極めて不利な賭けかと思いますが……』
『わたくしを信じてくださいませ』
凛と、そう言うと彼女はスキル鑑定の水晶に手を置き、魔力を送る。
水晶玉にしばらくして映し出されたのは『嘘探知』のスキル名であった。
『私のスキルは嘘の探知……誰かが嘘をつけばすぐに分かるというスキルです。ではパリエ様』
『……』
僕も水晶玉に手を置き、魔力を送る。しばらくして出てきた文字は『絶対記憶』だった。もしかしてバガリー嬢が何か細工をしていたかと一瞬疑ったが、あくまでもただのスキル鑑定の水晶玉でしかないみたいだった。
『スキルに異議はありますか?』
『いいえ』
『ではこの水晶玉になんの細工もしていない事はこれで証明できましたわね。では聖女殿、どうぞ』
聖女が不安そうに、しかし笑いを隠せないのか口角の端を僅かに持ち上げて壇上へと上がっていく。
そうして水晶玉に手をかざし、彼女もまた魔力を送った。
『アタシは確かに品格はまだ足りていないかもしれない……』
瞬間、彼女は明確に嗤った。
『──でも、アタシは紛うことなき聖女サマなのよ!!』
眩い光とともに現れた文字は聖女。
一瞬の間があり、その後に鼓膜が敗れるような拍手喝采、そして狂喜が群衆を包んだ。
『おめでとうございます!!』
『ベティ様! わたくしは信じておりましたわ!!』
『万歳!!』
『ベティ様、万歳!!』
『ありがとう、みんな……アタシも、みんなのこと、愛して──』
『──あら、ところでこれは何かしら?』
皆が騒いでいて聞こえないはずの声が、やけにハッキリと聞こえた。
声の主であったバガリー嬢の方向に目を向ければ、そこにはスキルの水晶が引き続き眩い光を放っていた。
そしてそこに書かれていた二文字は、先程とは異なるものだった。
『なっ──!?』
スキルの水晶にはハッキリと『魅了』の2文字が浮かんでいた。
その文字を見て、殿下と僕、そして聖女は完全に凍りついたのだった。




