T-B-5 告解の刻
「使者だと?」
もう一人のクソカスが放った言葉に、我が国の沈み行く斜陽殿が唖然としたようにその言葉を反芻する。
「はい……曰く、帝国へと攻め入るために我が国の中央街道を通らせて欲しい、とかで……」
私も使者? と一瞬頭を傾げたが、続いた言葉でああそういうことかと納得した。
恐らくデトルーロ王国は既にベティの居場所を突き止めている。
「こ、この国ではなく、その更に向こう? 何故??」
「……まさか聖女は帝国に?」
顎に手を当てながらそうすっとぼけて見ると、突っ立っているだけの無能畜生兄弟が揃ってこちらを見る。
「まさか」
「他に理由が考えられません。言葉は悪いですが……あの小娘が我が領、辺境伯領、そしてかの国の全域に放っている影たちの捜索網に、今まで全く引っかからない事にずっと違和感を覚えていました」
彼らの考えているであろう言葉を口にしてやると、少なくともヴィシャル側はそれに食いつく。
たかが男爵家の庶子ごときに、私の手勢はもちろん、王国の最精鋭たちが太刀打ち出来ないなどということは有り得ない。我々が裏で繋がっていて全てが筒抜けでなければの話だが。
では何故そんな事を突然聖女がしたかを考えさせてやれば、自ずとその答えを誘導する事くらい可能である。
「まさか……一人生き延びるために、我々の裏をかいて単身で逃げた……?」
ほぉら。
やっぱりその結論に至った。
「裏をかく? どういうことです?」
「あ……いや、こちらの話だ」
取り繕うその姿はある種滑稽だ。
聖女の時間も巻き戻っていることを私が知っているとは思ってもいない顔だ。
彼女の時間も戻っている事を知っている身からしたら、なりふり構わず逃げ出したと思うだろう。
「とにかく……ヴィシャル様、今は情報が足りません。至急、帝国にも影を遣わせるべきです」
「ああ。誰かいないか!」
そう言って、金魚が影を呼びに部屋を立ち去る。残されたのは私と、そのフンだけだ。
攻め時はここだろう。
「こんな時に宰相殿がいらっしゃれば……」
ポツリと、ギリギリ聞こえるかどうかと言う声でそう零してやれば、その出来損ないの息子が目敏くそれに反応した。
「……父上なら、どうされていたのでしょうね」
「あ……」
しまった、と口を手で塞ぐ様な仕草を敢えてしてみれば、彼はゆるりと首を振った。
「いえ、いいのです。僕も同じことを考えていたものですから」
「まだ、お亡くなりになって日が浅いですものね……」
「……え、ええ」
私の体感時間ではもう数十年も前の出来事であるが、現実世界換算では彼はまだ喪に服している身である。
そして私の感じている体感時間と、この男の感じている体感時間も恐らく同じ。
この男は、この数ヶ月の間に数十年分の泥を、自らの親の顔、親の墓石にこれでもかと塗っている親不孝者だ。
「ヴィシャル様は露ほどもその可能性を考えてはいないようですが……こうして国難がこれだけ立て続けに起きると、どうしても邪推せずには居られない──」
宰相殿の変死から、全て仕組まれていたのではないのか、と。
「……え?」
不安そうに目を伏せ、祈るような姿勢をしながら彼から身体を逸らして見せる。
後ろから聞こえてくる声が滑稽過ぎて、薄目を開けて窓ガラスに映る反射を目にすれば、彼は目を僅かに見開いて固まっていた。
「宰相殿がお亡くなりになってからまだ日が浅いのに立て続けにこのような事が起きて……ごめんなさい、今のは言うべきではありませんでしたわ」
この男が私の記憶を保持させて時間を巻き戻していることに察した時から、私は疑っていた。
そもそも宰相が変死したという重大な事件が起きているのに、未だに死因ひとつ明らかになっていないのは異常なのだ。しかも場所は、今までずっと明らかにされたことは無いが場所が王宮のど真ん中であると私は王宮の者から耳にしている。
表向きは突然死だが、変死と言うワードが付いているということは、明らかに不審な点があるということ。
それなのに死因が特定されないままずっと何十回と私たちが周回しているのもおかしな話なのだ。
メタな話だが、あの栄光の冠を辱める暗愚王太子もまた私と同様に周回しているわけだ。それが四六時中私を罰するために私をずっと監視しているということはありえない。それは私以外にも対応しなければならないものが多いからだ。
学園の授業や試験もそうだが、公務を捌きこの国をより良いものにしていくという大切な仕事がある。その中にこの変死事件の原因究明も、無いはずがないのだ。
私が周回ごとに時間が巻き戻る原因をあの手この手で調べていたのと同じように、未解決事件に対するアプローチだっていくらでも出来たはず……しかもこれは、その辺の平民がくたばったのとはわけが違う。国家の中枢を担う人物が死んでいるのに動きがないなどとは……
ねえ、パリエ様。
本当は薄々と気付いているのではなくて?
「……バガリー嬢」
「はい」
「実は、貴方にお話ししなければならない事が、2つあります」
意を決したように、パリエ様が私に向き直る。
「……2つ?」
「はい」
その言葉に私もまた向き直り、首を傾げてみせた。
この水槽に漂う汚物のような男の顔には、これまでにないほどの緊張が浮かんでいた。
まるで、ここから先を口にしてしまえば、もう後戻りは出来ないとでも言うように。
「一つ目は……殿下についてです」
「ヴィシャル様について?」
「ええ」
彼は一度だけ、扉の方へ視線を向けた。誰もいないのを確認し、彼は声を潜めて告げた。
「私は……殿下を裏切ります」
「……」
思わず目を見開いた。これは驚いたふりではなく、私の本心による行動だ。
あの未来の暗君を、裏切る……?
「どういうことですの?」
「バガリー嬢。今まで、本当に、本当に申し訳なかった」
次に、彼は突然頭を下げる。
これは、どう反応したらよいものだろうか。
「……何故、そのような事を?」
「私は時間が何度も戻っている原因を知っている」
即答だった。
その言葉に、思わず私は身が固まるのを感じた。
「……」
「原因というのは、もちろん誰がそんな事をしているかとかそんな次元ではない。誰が何故しているのか、その最終的な目標が何かも、僕は全て知っている」
「まあ」
「僕の役目は……時間が巻き戻る前に、各人の記憶を残し続けること……殿下の記憶にそれまでの出来事を記録させ、聖女の記憶も残し、そしてバガリー嬢……貴方にも、記憶を保持してもらうために僕のスキルをかけ続けるのが、僕の役目……」
「……」
「僕は、彼の共犯者です」
正気か。
怒りや憎しみよりも、なんだコイツ、という感情がまず湧き上がる。
「ですので僕は……貴方が過去の周回の記憶を保持していることを、知っている」
その言葉に、今度こそ私は何も言えなくなった。
いやはや驚いた。予想していたこととはいえ、まさか本人の口から、なんの脈絡も無く突然聞くことになるとは。
危うく私の描いていた作戦が頭の中から吹き飛びかけたが、グッと私は怒りと憎しみと呆然とした自分を律し、口を開く。
「なぜ今になってそのような事を言われるのかは理解に苦しみますが……それでは尚更、私の言っている意味が分かるはずですわね?」
「……疑ってはいました」
私は慎重に言葉を選ぶ。
憎しみを解き放ってはいけない。今はまだ。
「……」
「証拠は有りません。ですが、父上が亡くなってから……殿下はタガが外れたかのようにおかしくなってしまった……」
彼は目を閉じ、悲しみがにじみ出るようなため息を静かに吐いた。
「聞いて貰えますか、僕の懺悔を」
「……」
「僕の告解を」
「私、生憎聖女では御座いませんが?」
「貴方は知る権利がある。僕は……僕はもう、貴方が苦しむ姿を見たくない……!」
最後の一言だけ、妙に重かった。
「はい?」
「殿下は狂ってしまった……いや、もしかしたら元々狂っていたのかも知れない」
彼はそう呟き、意を決したように目を見開くと私をその目で射抜く。
「殿下が時間を巻き戻す前の、1番最初の時間の話から始めましょうか」




