T-B-4 袈裟まで
「体力? ああほら、アタシ一応はこんなのでもしっかり目に聖女でしょ? だから常時癒しの力垂れ流しちゃってて自分のことも無意識で癒しちゃうから疲れる事ってほぼないんだよね」
そうケロッと言ってのけた彼女に、思わず私は自分のこめかみに青筋が立つのを感じた。そんなのアリか、と。
「こんなのでもって、普通自分で言います?」
「え、アタシだって最初に聖女スキル分かった時はアタシが聖女とか何の冗談だよ頭湧いてんのかこの神、ほんと幾らなんでも質が悪いわ〜とか思ったんよ?」
コイツ……
やはりもう一回ぐらい串刺しにしておいた方が良かっただろうか……
「ではイグアス、予定通り今夜ムサリティ殿に聖女が魅了持ちであることを漏らしておくように」
「……本当によろしいのですか、お嬢様」
「ええ、勿論」
「いいよ〜、別に嘘じゃないし〜」
「だそうよ、イグアス」
「……」
「本人公認の魅了聖女とか前代未聞過ぎてマジ卍〜。キャハハ!」
首を傾げながらも渋々と言った様子で彼は下がる。
ムサリティとはデトルーロ王国から逃げてきた亡命貴族の名前だ。
なんでも向こうで聖女事変周辺のタイミングで脱税だかなんだか知らないが悪さをしていたらしく、クーデター直前に当時反政府組織の一員であった現女王に首を獲られそうになった所を、間一髪で逃れたとかなんとか。
教会本山の座す我が国に産まれた聖女がまさかまさかの魅了持ちであると言う情報は、彼からすれば非常に大きいだろう。
かの『毒蜘蛛聖女』の再来とはそれだけの非常事態なのだ。少々の悪事に対するお目溢しが許される程度には。
「じゃ、予定通り旅行してくるね〜」
「ええ、あわよくばまた始業式の日にお会いしましょう」
「少なくともどっちかが絶対に死ぬ前提じゃん。ほんと面白すぎでしょ」
今生の別れをなんともいい加減に済まし、それからすぐに私はターナを呼び寄せる。
今生と言ってもどうせ最後の最後には巻き戻すのは分かっているので、今更ではあるが……
「はいお嬢様」
「至急殿下に連絡を。今日はご公務の最中のはずなので多分向こうから連絡があるのは夜更けになるかとは思いますが、一応ポーズとして火急の連絡とお伝えして」
「承知しました」
ターナにもそう言って、下がらせる。これで準備は整った。
さあ、目にものを見せてやるぞヴィシャル・ルトゥール。そしてクレイ・パリエ。
◇
「聖女が失踪しただと!?」
「申し訳ありません……! まさかあの小娘に、あれだけの怪力があるとは夢にも思わず……」
案の定と言ったところか。
夜更けも夜更けにゴミが先触れも出さずに我が屋敷に飛び込んできた。
「怪力……?」
「後ろから殴打されたのです! それでそのまま気を失って、気がついたら聖女が居なくなっており……」
私はあの後、このクソから聖女の監視役を仰せつかっていた。
散々ギャーギャー言っていたのはこのためであり、私自身が監視という名目で彼女と謀略を企む時間を確保するのが1つ目の目的。もう1つは聖女を失踪と言う名目で逃がしてやり、好き放題させることでこの愚か者を混乱と絶望の渦に叩き落とすため。
さあどうする。
「くっ……彼女を早期に引き込んだのは失敗だったか」
「こうなってしまっては、情報収集もどこまで出来るか……」
「ちっ! こうなっては時間を戻すべきか……」
「いえ、ヴィシャル様」
おっと、そうはいかない。
「なんだ」
「進軍ルートを限界まで見極め、防御を固めておくのです。戻ってからまたマナポーションを呷ればいいなどとは思わないでください。ご自愛を」
「……そ、そうか」
その言葉で多少冷静さを取り戻したのか、彼は大きく息を吐いて見せた。
「それと前回思っていたのですが、そもそも教会と王城の2拠点を守ると言うのが無理のある話なのです。教皇猊下を始めとした教会関係者を一時的に匿い、聖騎士と王城兵双方で王城を守るのが得策かと」
「教会本山は?」
「その辺は終わってから考えればよいかと。パルテ家のネールが物体修復持ちですので修繕の手伝いは可能ですし、いざとなればヴィシャル様のスキルを応用して教会そのものを元の状態に戻すと言う荒業も、ない訳ではありません」
そう言った所で、殿下は感心したようにこちらへと向き直った。
「……君は、私のスキルの事を、私以上に使うのが上手いな」
「ええ、身を以て存じ上げておりますので」
わざとそうやって皮肉を言ってやれば、彼も些か顔を俯かせた。
「その……今更だが、君の両親を赤子にしたことはやり過ぎたと思っている。すまなかった」
「謝罪は受け取りますが、済んだ話……いえ、そんな事実など最初から有りませんでしたわ。それよりも今は目の前のことに集中しないと……」
「ああ……そうだったな……」
自分で言ってて吐き気がする。
犬にすら食わせるのを躊躇する謝罪を受け取るなどとは。ふざけるな。
時間を巻き戻したから全てがなかった事になる? そんな理屈が通るものか。
私は絶対に許さない。
だが、その怒りをぶつけるのは今ではない。
だから私は淑女の面を、忠臣の面を被り続ける。今はまだ。
「早急に聖女を捕まえなくては……当家の息のかかった者で既に捜索していますので、後ほど当家のイグアスから情報連携を受けて下さい。もし聖女があの国に入ったら終わりです」
「ああ、恩に着る」
バガリー領の先……具体的には東にあるのが辺境伯領で、その更に向こう側がデトルーロ王国だ。
だからこの吐き気を催す邪悪は当然辺境伯領の方角に捜索の手を伸ばすだろうし、私もそのようにしている。
まさか西方面にある帝国へと真反対に逃げているとは思うまい。
「無いとは思いますが、念の為トレイソン領も調べましょう」
「ああ」
問題は王国の暗部と言う、我が家の手の者を超える、我が国の最精鋭にそれを気付かれないかどうかだが……ベティは腐っても魅了持ち。その辺は抜かりないだろう。
というより、私が当初想定していた通り、味方に回った途端に彼女は非常に有能な駒として立ち回りをしてくれている。私としては正直感心しっ放しである。
まさかこの私があの女の認識をここまで改める事になろうとは、ちょっと前までは考えもしなかった。彼女の言葉を借りるなら『マジ超展開過ぎて超ウケるんですけど』と言うやつだ。
「パリエ様への連絡は如何なさいますか」
「頼む。私は父上にこのことを報告せねば……」
「ではその場で猊下らの避難についてもご進言を」
「ああ、そうする」
切羽詰まった様に彼は踵を返し、我が屋敷を去っていく。ああ、ようやくあの臭くてたまらない男を追い出すことができた。
同じ空気を吸っていると思うとそれだけで鼻腔を介して私の脳が汚染されるような錯覚に苛まれるというもの。
昔はあの香水の香りも好きだったはずだったのだが……これが坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということか。
そういえばベティの香水は敵対していた頃と比べると全然耐えられると言うかむしろいい香りだと思えるようになっている。これが対義語のあばたもえくぼか……
「サマラ、一体何事だ。王太子殿下と今何を……」
「お父様」
そんなことを考えていると父の声がし、振り返るとそこには青い顔をしたお父様とお母様が立ち尽くしていた。
「緊急事態です。大至急南部の別荘のある島諸へ避難の準備を」
「何?」
「……王妃教育を受けているので直接は申し上げられませんが、教会の重大機密が漏洩し、デトルーロ国がこの機密事項を口実にまもなく辺境伯領と我が領を進軍経路として王都へと攻め入って来ます」
「!?!?」
私の言葉で、血の気の無くなっていた両親の顔が更に土気色へと変色していく。
その事実が壊れ切った私の心を更に締め付けて行く。
「民の避難は私が先導します。ですのでどうかお父様とお母様も避難をしてください……」
「そ、そんな……あなた……」
「な、何かの間違いでは!? 何故そんな……いや、それならば未来の王妃になるお前こそが真っ先に避難を──」
「未来の王妃だからこそ、最期の民孝行、親孝行をさせて下さい。私は間もなく戦闘指揮を取るため王城へと向かう必要があります。どうか、娘の最期の願いを聞き届けてください……」
「サマラ……」
例え最終的に時間が戻り全てが無かった事になったとしても、両親には苦しんで欲しくない。
本人たちの視点では仮に無かった事になっていたとしても。私のせいで両親が苦しんだと言う事実が、この私の中に未来永劫残り続けるからだ。
それが絶対記憶というスキルを持つもの、そして掛けられた者に授けられる祝福にして、呪いなのだから。
「分かった。必ず生きて帰って来るのだぞ」
「……ええ」
生きて帰るのではなく、死んで帰るわけだが。
両親を前にして嘘をつくのはやはり、気分のいいことではない。そして私がこうした嘘をつき、民を戦火に巻き込み、家財を破壊させ、両親を裏切り最終的に死ぬ予定になっているのも全て奴らのせいだ。
論理が飛躍しているのは分かっている。嫌なら密告しなければいいだけ。だがもう私は正常な思考をする事が出来ない。そういう機能はとうの昔に……いや未来だろうか? どちらでも良いが、とにかくそういうまともな思考回路はとっくに破壊されている。
もう、こういう嘘を付くことで生じる細かいストレスすら、最早私の燃料でしかない。
ああ、身を焦がす程の復讐の炎へと注がれるこうした潤滑油のなんと美味なことか。




