T-B-3 もう1人の時間遡行者
「ヴィシャル様、紹介致しますわ。こちら当代聖女のベティ・トレイソン嬢です」
「ベティ・トレイソンです。ベティって呼んでね!」
何故こいつらが仲良くしているんだとでも言いたげな顔だ。
気持ちはまあ分からないでもない。私自身もまさかこうして仲良くする羽目になるとは夢にも思っていなかったのだから。
「あ、ああ……知ってはいると思うが、私はルトゥール王国王太子のヴィシャルだ」
「うふふっ! 勿論知っていますわ! 猛々しくて素敵なお名前だと思います!」
聖女……いや、ベティはいつも通り頭の悪さ全開でそう自己紹介をする。
「たまたま一緒にお茶をする機会がありまして……それに、今後の事もありますので、今のうちに親睦を深めておくのも必要なことかと」
他ならぬ私がデトルーロ王国に密告した裏切り者であることをヴィシャル……いや、この名前を呼ぶのも虫酸が走る男は知らないはずだ。
あの時この男はただただ怯え、震えていたのだから。
そしてそれは私の目の前にいる、もう一人の男も同じこと。
「……」
「勿論、ヴィシャル様の言わんとすることは理解しております。ですが、『今、この国が平穏であるからといって、未来までそうだとは限らない』。違いますか?」
「……そうだな」
暗にかの国の情報を匂わせて見れば、ドブカス男も渋々納得する様子を見せる。
そしてその横にいる、卑劣な共犯者がまた、胡散臭そうな目で私たちを見ていた。
「パリエ様。こちらトレイソン男爵家令嬢……いや、聖女様であらせられるベティですわ」
「ベティです。宜しくね!」
しかしこうして見るとこの女も相当な狸だ。
私と似たような感情を持っていても何らおかしくないのに、顔には全くおくびも出さない。やはりふしだらにも色んな男を引っ掛けてきただけはあるか。
「パリエ伯爵家が長子、クレイだ……宜しく……」
「うふふっ、宜しくね! クレイ! アタシ、貴方ともいっぱいお話をしてみたかったの!」
意味ありげな言葉に、パリエ様が僅かに目を見開く。
「ところでヴィシャル様、少々お時間を宜しいでしょうか。一部情報交換をさせて頂きたく」
「あ、ああ勿論だ。すまないクレイ、少しだけ2人きりにしてくれ」
「……分かりました」
どうやら本当に話したいことがありそうなベティの様子を察し、敢えてこちらから水を向ければベティはこちらにウインクをして見せパリエ様と共に私たちのいる教室から出ていく。
「よもや君があの毛嫌いしていた聖女とつるむとはな」
「……降って湧いて来た国難に、好き嫌いなどと言っている場合ではありませんから」
今回、実を言うと両親は時間を戻されていない。故に健在だ。
しかしだからと言ってそれは私が振り上げた拳を降ろす理由にはならない。
私は目の前の男を徹底的に叩き潰す。王家だろうと婚約者だろうと知ったことでは無い。
そのためには『毛嫌いしていた聖女』とも喜んでつるもうではないか。
「君が成長するのを見れて私は嬉しいよ」
「……」
吐き気がする。
よくもまあいけしゃあしゃあと。
視界が血で染まりそうになるのを堪えながら、私はこのチンカス野郎に囁く。
「間者が紛れ込んでいます」
「ほう」
「かの国から逃げ延びた亡命貴族を装っているとの事です」
「……」
実際に亡命貴族ではあるのだが。よもや私が嘘をつくとは思いもしないこの玉ナシ野郎は小さく、なるほどと呟いた。
「恐らく聖女が魅了持ちということはバレてはいませんが……その……今までの周回を踏まえるとバレるのも時間の問題かと……」
この短小男は私が前回密告していることも知らなければ今回密告された情報が渡っていないのでかの国がまだ攻め込んでくるようなこともないと知らない。
だからそのまま攻め込んでくる可能性のあるていで私は話を続ける。
「それは不味いな。とは言え、君への罰が済んだから今回は君の両親は健在だし、前回ほどの政情不安も起きているわけではないから領の統率が取れるのは幸いか。訳の分からない坑道などは産まれていないだろうな」
「……ええ。そこは、抜かりなく。またあの炎の中を彷徨うのは懲り懲りです」
あの国が直ちに攻め込んで来ることなど無いことを彼は知らない。それはすなわちこちらのアドバンテージであるということ。これを私たちは最大限利用する。
「ああ……それだけは勘弁願いたい」
「何よりも、御身を最優先なさって下さい。貴方様が儚くなられてはやり直しも出来ないのですから」
「分かっている。前回は危なかったが今回も同じ轍は踏まない」
ふん。
二度とやり直せる等とは思うなよ、ヴィシャル・ルトゥール。
そう心の中で呪っていると、部屋の外から深刻な顔をしたもう一人のカスと、僅かに目付きが鋭くなったベティが再び戻ってきた。
「どうした」
「少しだけ現状について説明をしたのですが……」
「どうして教会を狙うのか分からないけど、話せばきっと分かってくれるはずです!」
彼女は白々しくも対話に乗り気であるような演技を見せる。本当は全員が前回の結末を知っていて、およそ対話の通じる国ではないということを知っているのに。
そう。
私の予想が正しければ、時間遡行者は全部で4名いる。
私と、ベティと、この冠が微塵も相応しく無い男と。
目の前の記憶だけが頼りの凡蔵も、だ。
ベティは言っていた。
かの国が攻め込んできたのは2回だったと。しかし私が記憶しているのは1度だけだ。この数字のズレはどこにあるのか?
それはこの男のスキルによるものだ。
彼のスキルは絶対記憶。そして彼はそれを、他人にも掛けられる。
『いいや。ただ、お前の言葉の真偽だけは我々も分からないのでな。クレイのように、他者にもそのスキルを付与できれば良かったのだがな』
いつだったか、私の人生を簒奪していたあの男がそう言っていた。
そう、パリエ様は人にも自分スキルを掛けることが出来るのだ。
だから彼は死ぬ前に、もしくは死んだ直後に私たちに時間が戻っても記憶が残るように絶対記憶スキルを使っていたと、そう考えれば筋が通る。
そして恐らく、私だけ前回のその前の周回の記憶が全くないのは、我々の想定を遥かに超える電撃戦だったせいで、彼がスキルをかけることが出来たのがベティだけで私は間に合わなかった……ということ。
そう。奴は共犯者だ。
「いや、話し合いは流石に……」
「ヴィシャル様はどうしてそんな悲観的なんですか。我々は皆等しく神の子であり人の子なんですよ? 人を人たらしめる要素と言ったら、会話による意思疎通ができることに他ならないじゃないですか! 話ができないならそれは動物と同じですよ!!」
突然熱く語り始めるベティに、私を含めた全員が目を点にする。
「そして、ここにいる私たちは貴族なんです。確かに私はほぼ平民ですが、こんな私でも一応は貴族です。では貴族の責務とは何ですか? 貴族の仕事とはなんですか? 貴族の仕事と言ったら対話と交渉じゃありませんか! こんなところで対話を最初から諦めていたら、貴族なんて名乗れません!!」
そう言ってベティはぷんぷん! とでも口を付いて出そうなまでに頬を膨らます。
なんだろう、間違ってはいないんだけど絶妙に聖女みを感じるというか、そうだけどそうじゃないだろうとツッコミたくなるのを堪えているところにまさか見当違いの説教をかましてくるとは流石に予想していなかった。しかも何が恐ろしいって、これがまさかの演技であるということ。
面白すぎて思わず笑いそうになるのを堪え、慌てて私は顔を逸らした。
「……クレイ、お前本当に事情を説明したのか?」
「え、ええ……」
何を話していたのかは知らないが、少なくともこの腰巾着はこれを想定したわけでは無さそうな様子で彼と顔を見合わせる。
「まあ、対話の通じない者は動物と同じであるという所は一理ありますが……」
案外、このベティという女は私と価値観が近いのかも知れない。
会話をする価値の無いものは動物以下だ。動物ですら飼っている動物とかであれば言葉を投げかけることもあるのだから。
「こうなったら、私あの国に行ってきます! そして女王様にこんなひどいことをしないでって、お願いしてきます!!」
その言葉に、二人の纏う空気が変わる。
「やめろ」
「それだけはやめてください」
「どうして!? 教会の力があれば簡単に行けるじゃない!!」
「そうじゃない、あの国はそもそも反教会だからそんな簡単に──」
「あっ、もしかしてアタシの心配をしてくれてるんですか? 大丈夫、アタシこれでも奇跡使い放題なので」
「そういう問題じゃない」
「後生ですからそんなことはしないでください」
ギャーギャーと場を空転させるベティを、ふたりがなんとかして鎮めたのはそれから約一時間後のことだった。
私? もちろん止めたりなどしない。そもそも私は毛嫌いしている事になっているままの聖女ごときが自ら死にに行くことなど、喜ぶことこそあれど、食い止める理由などないですし。それにあの者たちが1番欲しいのは聖女の首。そして次点で教皇猊下の首だ。最悪そのふたつを差し出せばそれで止まることも有り得る。
少なくとも2人はその認識で私を見ているから私は止めないし、向こうもそれを期待したりなどしなかった。お陰で疲弊するゴミふたりを見れていい気分だ。
しかしついこの間までお互いに事情を知らなかったとはいえ、私がこの女にずっと何十年単位で振り回されていたのだと思うとゾッとする。
本当にこの女の体力は一体どこから湧いてくるのやら……




